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白薔薇は選択する2

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 音の高低、鳴る指。

 ふわっと王の身体を魔法が包む。

 王が笑いながらアーシュに打ちかかった。
 ローとアーシュを分断するように剣を打ち降ろし、飛び退ったアーシュを追撃する。

 ワイバーンのほうに押し戻されながら、アーシュが舌打ちをした。


「援護せよ!」


 パトリックに激が飛ぶ。

 それはきっと別れの言葉だ。

 すべてを覚悟した王の別れの言葉。援護し、自分の死に様を見よと。

 パトリックが激しく息を吸う。

 厳然とした顔、食いしばった歯。握り締めた拳が無念を伝えていた。

 わたしと同じ気持ちでいるに違いない。

 救えると期待した後の絶望を、この男も味わっている。


 もう少しだった。もう少しだったのに。


「一度だけでいい」


 パトリックの口から苦しげな声が漏れる。冴え冴えとした青い目がわたしを見た。


「頼む」


 吐き出した言葉を悔やむように、もう一度ぎりりと歯を食い縛った。

 ぎっと前を向いたパトリックが走り出す。

 先に来たワイバーンに打ち倒された騎士の剣を拾うと、王に襲い掛かろうとしている黒いワイバーンに打ちかかった。

 息を吐く。

 どうすればいい。

 何を行えば。

 何が正しい。
 何が間違っている。

 心臓が狂ったように打っている。

 王の陽動で稼げる時間はどれぐらいだ。
 その短い時間に正しい答えを出さなければいけない。



 ローを渡してはいけない。例え殺しても。



 では、ローに気を戻せば、ローは助かるのか。


 アーシュは一度気のある状態でのローを操っている。呪いを返されても生きていて、護符が割れるほどの呪いをローにかけた。

 冷徹な頭が判断する。

 気を戻してもローは依然として危険なままだ。呪いを退けられるとは断言出来ない。

 そして、わたしの腕では意識を失ったローを運ぶ事は出来ない。

 護りきれるだけの魔法を撃つことは出来るのか。



 では、どうすれば?



 パトリックならばアーシュ自体を倒すことが出来るかもしれない。
 聖なる気を増幅し、アーシュを倒す。

 王の為ではなくても、パトリックはやってくれるだろうか。

 できるだろう。やるだろう。

 パトリックはそういう漢だ。


 だが……それは追撃がないと判断してのことだ。もし魔皇帝自体が後ろに控えているのだとしたら、ローも王も奪われるかもしれない。

 それに……それは王を見捨てることだ。


 わたしにその判断ができるのか。

 何もかもが混乱している。


 そして、誰にも相談することは出来ない。


 頭が割れるようだ。


「何をしている!メリドウェン!」


 王の叫ぶ声が聞こえた。はっとして頭をあげると、アーシュが呪文を唱えようとしている。

「のたうち回れ!」

 アーシュが唸るように叫ぶ。
 解呪か?魔法を防御しようとするが間に合わない。背中を冷たい汗が流れる。

 ひらりと身を翻した王が高らかに笑ってアーシュの側に近づくと音の高低からの魔法を繰り出した。小さな身体に炎の球がぶつかって跳ね飛ばされる。

「燃えあがらんとは……つまらん。魔の者と炎の相性はいまいちとのようだな」

 今……何をした?愕然とした顔のわたしに王が妖艶に微笑む。

「何度あの技を見せたと思っているのだ。たわけが」

 ターゲットを外した。

 アーシュが身体を起こした。魔法を撃つつもりなのだと身構えた。一瞬王の身体が光を放つ。

「いらぬよ」

 動いた身体が赤い髪を巻きあげながらアーシュの側に舞い降りて思い切り蹴飛ばした。

「こんな生ぬるい魔法などが役に立つものか」

「くそ!何故だ」

「敵に種明かしをするほど、このルーカスがお人好しだと思うのか?」

 優雅に肩をすくめると、深紅の髪の毛を後ろに払う。

「血塗られた赤い薔薇は、闇に落ちていようが呪われていようが血塗られている事に変わりはあるまいよ……怒りを買った者には棘が付き刺さる。それだけのことだ」

 立ち上がったアーシュの魔法をまたかわす。やはり一瞬だけ身体が光る。
なんらかの魔法を自身にかけて、それに触れたターゲットを知覚してかわしているのか。

 ローとの戦いの中でターゲットを外す方法を理解し、自分のものとして実戦に役立てることが出来るなんて……。


 やはりこの人もまた天才なのだ。
 ローがそうであるように。


 そして、この二人がこの時代に産まれて来たことには絶対に意味がある。そして、闇に沈む王に聖騎士のパトリックが、孤独に苦しみ死にたがるローにわたしが与えられたことにも。

 どんなことをしても、失ってはいけない。


 わたしが出来ることは……
 するべきことは……


「パトリック!」


 ワイバーンの周りで戦うパトリックに向かって叫ぶ。


「一度だけだ!ありったけの力で撃て!」

 答えはなかった。ただ答えるかのようにパトリックの身体から青い闘気が揺らめく。援護の為に捕縛の魔法を音の高低から繰り出した。地面から茨が沸きあがり、ワイバーンに強烈な痛みを味あわせながら縛りあげていく。

 ワイバーンの絶叫が辺りに響いた。

 好機を逃さずにパトリックが飛び上がり、黒いワイバーンの首を跳ね飛ばした。

 ごろごろと転がるワイバーンの頭に周りから歓声が上がった。

 捕縛されたままの黒い巨体が首から黒いぬめぬめした血を吐き出しながらのたうち、震えている。

 パトリックは剣を降ってワイバーンの血をビッと地面に巻き散らすと、剣を素早く回した。


 刀身が青白く輝きはじめる。


 ワイバーンが倒れた事に気付き、アーシュの顔が歪む、そして……邪悪な笑みを浮かべた。

 赤いワイバーンが去った方から叫び声が聞こえる。


「こいつら!分裂するぞ!」


 のたうつ黒いワイバーンの切り口から肉が盛り上がり、あっという間に新しい頭になる。落ちた頭から一気に根のように黒いものが飛び出し、身体を形作った。

 黒い2匹のワイバーン。二匹は耳を劈くような咆哮をあげる。その声に呼応するように赤いワイバーンが何匹も空を舞った。

 アーシュが狂った様な笑い声をあげる。


「どうだ!愚か者ども!」

 わたしを庇うように王が走りこんで来た。先ほどのパトリックへの指示が聞こえていたのだろう。感情を消した顔がゆらりと振り向く。

「良いのか……メリドウェン」

「最初の作戦通りです。終わるまでの間、ローをお願いします」

 強い瞳で頷くわたしを王の緑の瞳が見つめる。

「一撃でよい、後は何があろうとも抜くがいい」

──そして、ローに気を戻せ。

 王がパトリックを見る。それから闘技場をぐるりと見回した。

 戦況を分析し冷徹に勝つための手段を模索しているのだろう。

 穏やかな声がわたしにだけ聞こえるように呟く。

「助かろうとも助からずとも、一度機会が与えられればパトリックの心は慰められるだろう。元よりわたしは助からぬと思っていた。
 私が亡き後、もしそなたがパトリックを望むなら……」

「大変失礼ながら、わたしは婚約中の身ですし。わたしはローを愛し抜いていますから、例え何があってもロー以外の人間に心動かすことはありません。特にパトリックのような石頭にはこれっぽっちも心は動きません」

 呆気に取られた顔が私の顔をぱっと見た。初めて見るように緑の目がわたしの顔をじっと見る。

冷静な顔が崩れて、本物の笑顔がその顔に浮かんだ。

「石頭だと?」

「はい」

 軽やかに王が笑う。

「まあ、生きていたなら、パトリックがいかに柔軟な頭を持ち、機知に富んだ恋人であるかを教えてやろう」

「吐かずに聞ける自信がないのですが」

「それはいい。私は他人の嫌がる顔が大好きだ」

 目を剥いて呻くわたしに、王が満面の笑顔で告げた。
 ワイバーンがまた咆哮をあげて動き出す。

 王はワイバーンに目を向けると、わたしに手を差し伸べた。


「動くぞ」


 その手をつかむと華奢な腕がわたしの身体の下に入り込み、荷物のように脇に抱えて走り出す。

「重いな」

「失礼なことを言わないでください!」

「うちの騎士共に比べれば紙の様なものだが」

 ローの側に寄っていたワイバーンを軽々と切り倒すと微かな笑い声を漏らす。

「なるほど」

 わたしをローの側に降ろすと2つに切り裂いた赤いワイバーンに向かって剣を構える。

「5、6、7、8、9、10……」

 艶やかな唇が数を数える。ワイバーンの傷口が盛り上がり始めて新しい身体が再生した。2つに分裂した身体がゆらりと起き上がり、咆哮を放つ。

「遅いな」

「陛下!」

 闘技場に黒い騎士達が走り込んで来る。赤いワイバーンを討伐に行ったガレス殿達が分裂したワイバーンがここに戻ったのを見て帰って来たのだろう。

「ガレス!」

 王が親衛隊長を呼ぶ。

「これの首を撥ねよ!」

 闘技場にいる沢山のワイバーンを避けながら黒騎士は王の元に走り寄り、目の前のワイバーンの首を横になぎ払った。分裂すると分かっているのに一切の迷いもなくなぎ払われた剣に戦慄する。

 音の高低。炎が目の前のワイバーンの首を焼く。
 もう一度放たれた炎が落ちた頭を黒こげにした。

「奴らは分裂すると弱くなる」

 王の言葉に黒騎士が頷く。

「はい。最初の一匹よりは確実に」

「つぎの分裂までは十秒だ。8、9、10……」

 ぶすぶすと傷口から焼け焦げた悪臭を放つワイバーンの身体は動かない。満足そうに王の唇が弧を描く。

「やはり、ヒュドラが混ざっている」

 王が魔法を空に打ち上げると派手な音が鳴り響いた。
 ざわざわとしていた騎士団員たちが一斉に静かになり、周りのワイバーンを避けながら王の声に耳を傾ける。

「聞け!やつらは分裂し、約十秒で再生する。が、傷口を焼くと再生は行われない。再生は不完全であり、元の能力を完全に復元することは出来ない。ゆえに弱体化する。
 首を切り落とし、斬った後に傷を焼け。敵が強く首を切り落とせない場合には分裂させてから作業せよ。よいか?」

 王の声に騎士達が鬨の声を上げる。
 黒騎士ガレスの指示が飛ぶ。

「三人一組で行動せよ!斬る者一人と焼く者が二人で行動する!
 魔法を使えるものはすぐに編隊を組み行動を!使えぬ者はたいまつを探し火を灯してから行動だ!」

「焼くのはお任せください。ルーカス王ほど詠唱は早くありませんが、範囲で焼くことが出来ますので」

 フロド兄様が黒騎士に掛け寄る。黒騎士が頷いてワイバーンと対峙する。
 その隣でナル兄様が空に矢を放った。

「確かに、分裂したものには矢が刺さる!」

 どさりと落ちてきた赤いワイバーンを避けながらナル兄が叫んだ。
 撃ち落とされてぐしゃりと翼の折れる音がする。その場でばたばたと暴れるワイバーンを観察していたナル兄様が頷いて言った。

「翼膜の損失では分裂しない。
 血が流れなければ、骨が折れても分裂しないようだ」

「翼を狙え!飛行能力を奪うのだ!」

 父上が指示を叫ぶ。さっきまでは当てるのに苦労した矢が簡単に当たる。
確かに……ワイバーンは弱くなっている。
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