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狼は赤薔薇と切り結ぶ2

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 炎に対する耐性があるのか。心の中で舌打ちをする。

 つまり近距離でわざとターゲットを受けて巻きこむことはできない。

 着地した位置から、王に向かって蹴りを繰り出す。華麗に蹴りをよけた後、頭の上を剣が掠めた。
 王は息ひとつ乱すことなく剣を繰り出してくる。細い身体だというのに、化け物並みの体力を備えているらしい。体力切れを狙うのは無理そうだ。

 片手で気を練る。すばやく間合いに飛び込んで腹に打ち込む。

 びりびりと光が王を包んだ。

 微かなうめき声、ざあっと後ろに身体が滑って腹を押さえる。


 入ったか?


 希望を抱いたのは一瞬だった。目を上げた王が微笑んで剣をひゅっと振る。気が四方にはじけて消えた。やはり気も受け付けないのか。

 剣なのか王自身なのか、わからないが何らかの防御の壁が巡らされている。

「困惑しているか?」

 ぐんと飛んだ身体が剣を振るう。
 堪らず飛んだ空中。追いかけてきた王が嘲笑う。

「行動が単調になっているぞ?」

 よけ切れぬ一太刀をとっさの気で軽減する。わき腹を生暖かいものが伝うのを感じた。

「まずは一太刀」

 ひゅんと剣を振るった王の剣から血が飛び散る。

 じりじりと焼けつく痛みが走るが、傷を確認している暇はない。

 絶え間ない攻撃が続く。

 近距離ならば剣が、遠距離では魔法が。

 体力を削られるのはこちらが先か。

 直撃は辛うじて避けているが、徐々に切り傷が多くなり、出血が体力を奪っていく。

「押されているのではないか?狼」

 笑い声と闘気の波に背筋が泡立つ。


 この人は本当に強い。


 ふらつく頭を勢いよく振る。
 焼けるような胸に息を吸い込んで、出来る限りの速度で懐に飛び込んで拳を腹に当てに行く。

「つまらん」

 避けた王が呟く声を聞いた。俺の背中に剣の柄がめり込む。

 かっと息を吐いて辛うじて倒れるのを堪えた。

「何故のど笛を狙わない?目を、急所を。…………舐められたものだ」

 王が剣を挟んで手を引く。緩やかに血がしたたって地面に落ちた。刀身に禍々しい気が渦巻き、紫色を帯びる。

 あれを喰らうのはまずい。

 そう思ったが身体が動かなかった。

 刀身から放たれた闇の気の矢が向かってくる。痛みを覚悟して身を強張らせた。


 しかし、痛みは来なかった。


 外れたのか?


 地面の黒い黒煙は俺を逸れていた。

 どよめく観衆に後ろを振り返る。

 矢は観客席に刺さっていた。

 ぶすぶすと真っ黒な黒煙をあげている。

 そこは……心臓が捻られるように痛む……その場所は。


「手元が逸れたようだ」


 王が妖艶に微笑んだ。

 赤い髪、緑の目…………この……悪魔め。

 絶望が目の前を真っ赤に染めていく。


『愛しているよ。わたしの黒い狼』


 俺のメリドウェン。俺の白い薔薇。光を主とするエルフに闇を打ち込むなんて。

 吸った息に血の味が混じる。

 俺の白薔薇を。よくも。

 身体の奥底から憎しみと叫びが込み上げる。


 こいつは生かしてはおけない。


 もはや目の前に立つ何かは人ではなかった。


 殺せ。


 殺意に身体が乗っ取られるのを感じる。俺は喜んでその衝動に身を任せた。たとえこの身が塵になったとしても目の前の悪魔を決して許しはしない。

 声を限りに叫んだ。

 身体に血の匂いのする気がまとわりつく。

 ざわざわと全身の毛が逆立つ。びくんびくんと身体が震えてびしびしと筋肉が音をたてた。


 身体が熱い。


 堪らずに上衣を剥ぎとった。腕にざわっと黒と灰色の混じった毛が逆立つ。

 なるほど、俺は獣になるらしい。


 背筋を伝わるこのざわめきは毛が生えて来ているのだろう。どこか冷静な頭で判断した。原種のオオカミ族は狼に近い姿をしていたと聞いたことがある。

 沸いてくる力に笑いが込み上げて来た。


 メリー。メリー。メリー。


 ヘタレで優しい俺がどこかで泣いている。のたうつように泣き崩れている。

 涙が頬を濡らす。

 優しさが何になる。


 狂気が涙を踏みにじった。


 怒ることも憎むことも出来ないひ弱な精神を持つ俺が、この俺が、メリーを殺した。

 脆弱なヒトに遅れをとって。


「すばらしい」


 涼やかな声に目をやると、そこには悪魔が立っていた。


 殺せ。


 両手を地面について、獣のように地に伏せる。尻で何かがふさりと立ち上がり、ゆらりと揺れた。

 むき出した歯ががちがちと鳴る。低いうなる声が喉から漏れた。


「シね」


 うなり声の間からしわがれた声が漏れる。弾丸のように王へ走りこみ喉笛に噛みついた。

 剣があやういところでそれを受ける。

 砕けよ。

 俺は剣に歯を立てた。
 びしりと剣にひびが入る。

 引かれる剣に、空中をくるくると舞いながら後ろに飛んだ。

 ふわりとターゲットが来るのを感じたが、そのまま王に向かって走りこむ。火球が身体を包み込んだ。焦げ臭い匂い。肌を焼く熱。火に包まれながら王の喉笛を狙い、逸らされると拳を叩きこんだ。

 みしっと手応えがある。


 やってやったぞ。


 残酷な嗤いが口を歪める。

 王がわき腹を抑えて咳き込んだ。


「しネ」


 口から血を吐いた王が剣を構える。

 まっすぐに突っ込んで、その剣を素手でつかんだ。生暖かいものが腕を伝って行く。


 このけんがメリーをころした。ころした。


 光が湧き出るほどの気を腕に集める。

 強くつかんだ手が剣をばらばらと細かく砕いて行く。最後に渾身の力をこめると剣は弾け飛んだ。

 かけらがいくつも俺の身体を貫いた。


 ざまあみろ


 狂ったように笑いながら王の顔を見る。

 美しい顔には血が滲んでいた。


 赤い薔薇、何故お前が生きている?


 メリー。メリー。メリー。

 心の奥でまた弱い俺がのたうつ。

 こいつを肉の塊にするまで、お前はそこにいろ。

 ゆらりと尻尾を振ると、王の首に手をかけた。

「めりーをかえせ」

 呂律の回らない口で訴える。

「死者は生き返らない」


 笑い声とその残酷な事実にぞわりと全身の毛が逆立った。王を空中に投げると落ちてきた身体を思い切り蹴る。薔薇を散らすように赤い血を撒きながら軽い身体が飛んでいく。

 クダけるはずなのに。

 狂った俺が首を傾げる。骨がくだける音が聞きたいのだ。そうシたい。そうしてコロすのだ。

 そうか、なにかでマモられているんだ。

 すたすたと赤毛の悪魔に近づき、転がった身体に極大の気を当てる。

 手から何か臭いが漂う。頭がふらつく気がするが、それガどウした。

 王の周りに何かが飛び散る。胸につけていた鎧が音もなく崩れた。

 なるホど、そういウことか。

 ぐいっと赤い髪を掴み、その目を覗きこむ。

 満足そうな微笑みを浮かべた顔に平手を食らわせた。


「めりーをかえせ」


 子供がだだを捏ねるようにまわらぬ口で叫んだ。返せ、返してホしい。俺のだ、オれのなんだ、好キ、あいシテいるんだ。めりー。めりどうぇん。

 俺の美しい白い薔薇。

「殺せ。狼」

 メリー。

 指が震えた。
 緑の目は何を望んでいる。

 死だ。死を求めている。

 きっと俺と同じ目をしている。

 俺も死にたい。

 ころせ。ころセ。おレを。


 憎しみが身体を駆け巡る。

 煽るように音の高低が聞こえて、王の指が鳴る。

 背中が熱くなって肉の焦げる匂いが漂う。
 俺はゆっくりと微笑んだ。


 そんなのはいたくナい。

 もっともっと痛みが欲しい。
 俺をすりつぶし、粉々にして息を止める程の痛みが。

 ああ、何故、痛みを感じないのか。

 何故、まだ考えることができるのか。

 泥の人形のように崩れて消えたいのに。


 愛しい人の声が聞きたい。
 俺の名を呼ぶ声が聞きたい。


 聞けないならば何故生きているのか。

 俺は何故弱かったのだ。これほどの力を持ちながら何故弱かったのか。内側でのたうつ自分につばを吐きかける。


 よわムしめ。おまえのせいだ。
 おまえがしねばよかったのに。


 ころしてくれ。


 そうスるとも。


 身体がはじけるほどの気を放出しようとして思い出す。

 ああ、そうだった、その前にこの悪魔を殺さねば。

 細い王の首に指を回して力を込める。

 手の中の塊がぐっと音を鳴らした。

 紫色に変色した顔。

 指に流れた涙が触れる。
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