絶望の島と死霊の王【完結】

緑のひつじ

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絶望の島と奥手な騎士

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 行くぞって言われたところで、こんな大事が起こったばかりなんだから、次々と後の処理の相談だの、今後の予定なんかを聞かれるのは当然で、あちらこちらとひっぱりまわされて目の回るような時間が過ぎる。

  気がついたら晩飯の時間になっていた。
  がらーんがらーんと中央塔の鐘が鳴る。

 「あ、飯だ」

  むっつりしているソロモンと一緒にうきうきと大広間に向かう。今日の晩飯はなんだろう。城では朝飯と晩飯が出るんだけど、まかないは全部城の台所がやることになっている。島民の人数がそれほど多くないってのもあるし、人の住める空間が城の廓の中だけになってるから、燃料や食材の節約の為に城の料理人が全員分の飯を作っているんだ。

 「トリスタン……」
 「ん?」

  振り向いた瞬間ぐうと腹が鳴る。
  それを聞いたソロモンが顔をしかめた。

 「まあいい」

  ぷいとそっぽを向いてしまったソロモンに、相変わらずだなと思っていると、イゾルテがこっちに走って来る。

 「兄さん? あれ、大丈夫なんですか」
 「大丈夫って何が?」
 「案ずることは、なにひとつ、ないぞ」

  なにひとつ? ん?
  イゾルテがびきびきと音が立つようなひきつった顔をする。

 「兄さん」
 「イゾルテ」

  慌てて俺を引っ張ろうとするイゾルテにソロモンが声をかける。

 「守護騎士殿はお忙しい。オレは何も気にしていない」

  ぎゅぎゅ~っとイゾルテが俺の尻の肉をつまんだ。なんだそれ!痛いぞ!

 「まずは飯だ。行くぞ、トリスタン」

  なんなんだよ。全く。
  尻をさすりながら、後ろを振り向くと、イゾルテが口ぱくでばーかばーかと叫んでいる。
  兄に向って馬鹿とはなんだ。まあ、そんな憎まれ口をきいても、イゾルテは可愛いんだがな。

  広間に入って行くと、ちょうど王族の食事の準備ができたところだった。
  トリスタンと俺はその次に食事を取る権利がある。つまり、ソロモンと俺が食事を取らないと、次の者は食事を取ることができない。出来た列が分かれて、俺達を通す。それはいつものことなんだけど、なんかいつもよりもざわざわしているのはなんでだ。

 「おい、トリスタン」

  騎士仲間のアイザックが俺の肩を叩く。

 「なんだ?」

  早く食事をとらないと列が詰まっているだろうが。

 「大丈夫なのか? お前……」
 「大丈夫って……」
 「トリスタン。これはどうやって取るんだ」

  視線を動かすと、ソロモンが肉を煮たやつを串で刺そうとしてぼろぼろこぼしている。 

「ああ、これは匙ですくうんだ」

  横に置いてあった大きな匙で大きな肉をすくって乗せてやる。ソースをかけていると、ソロモンが隣の野菜の大皿を指さす。

 「緑の木はいらないぞ、赤いやつだけでいい」
 「ブロッコリーは身体にいいんだから、食わなきゃだめだ」
 「木の保護は大事なんだろう。燃やすと大きくなるのに時間がかかる」
 「ブロッコリーは木じゃなくて野菜だから、大丈夫だ。沢山食べていい。三つ乗せるぞ」
 「それはトリスタンの皿に乗せよう。まずいし。木の味がする。オレの皿には赤いのを乗せる」
 「こら、俺の皿に乗せるな。木の味って木を食べたことはないだろう? 赤いのはトマトだ。ト、マ、ト。覚えろ」
 「赤いのは種類が多くてみんな丸いから覚えられない。木は嫌いだ。じゃあ赤いのも食べない」
 「ああ~戻すな。じゃあ、赤い方だけでも食べろ。木は俺の皿に乗せていいから」

  ソロモンが無表情に木、じゃなくブロッコリーを俺の皿に乗せる。それからトマトも乗せた。
  ガキか。自分の分はそのままにして、ソロモンの皿にトマトを乗せた。ソロモンがものすごく嫌そうな顔をした。偏食野郎め。
  隣でふわふわした丸パンを自分の乗せて、ソロモンの皿には半分にしたのを乗せてやる。ソロモンは小食でパンを一つ丸ごと食べられないんだ。困ったもんだ。
  最後に椀に入ったスープを取って、アイザックを振り向くと、何か微妙な顔をしている。

 「なんだ、どうした」

  そう声をかけると、アイザックの視線が泳いで蒼白になる。
  視線の方向を見ると、ソロモンが凍るような視線でアイザックを見ていた。

 「ソロモン?」
 「トリスタンは腹が減っているので、早く飯を食わせないといかんのだ。おせっかいな豚どもがぶひぶひ言うのにつきあうつもりはない」
 「いや、確かに腹は減ってるけどさ。どういうことだ?」
 「下種は勘ぐるな、ということだ」

  ますます怖い顔になったソロモンにアイザックがこくこくと頷く。

 「勘ぐるなって何をだ?」

  わけがわからなくて首を傾げると、ふんとソロモンが鼻を鳴らした。

 「行くぞ」

  ソロモンが歩き出したので、後について歩く。
  俺達が食事をとり終わったので列が進み始めた。
  俺達の席は王族の一番近くの右側と決まっているのでそこに進む。

 「今日は大儀であった」

  ウーサー王がうやうやしく言うと、そっけなくソロモンが頷く。
  その後も何かごちゃごちゃ言われていたんだけど、ソロモンはほとんど無視して皿のものをもくもくと食べている。

 ソロモンがトマトを避けている。つぶしてなかったことにしようとしているみたいなので、腕をつついた。

 「トマトを食え」

  ソロモンがぐしゃぐしゃになったトマトの上にパンをそっとのせた。いや、隠れてないから。

 「野菜もちゃんと食べるんだ」

  ちらりとソロモンがこっちを見る。いつもと同じ無表情。だけど、わかる。それは絶対食わないって顔だよな。

 「ああ!もう!」

  世話が焼ける。ソロモンのスプーンを取りあげると、つぶれたトマトをすくって口の前に差し出す。

 「あーん」

  ソロモンがものすごく嫌そうな顔をしたが、容赦はしない。うんうんと促しながらスプーンを振ると、嫌々ながらぱかりと開いた口にトマトをつっこんだ。

 「すっぱい」
 「こら、出すな」

  うえって声を出しながら吐き出そうとした口に回って来た蜂蜜酒を差し出した。杯に口をつけて来たのでそのまま杯を傾けて、一口飲ませてやる。
  ごくんと一緒に飲みこんだので、よしと頷いて杯を渡してやる。よほどまずかったのか、ごくごくと勢いがいい。おい、それは飲み過ぎだろう。

 「ゆっくり飲め。酔っぱらうぞ」

  ぷはっと音をたててソロモンが杯を離して俺を無表情に見る。手を差し出すと大人しく杯を俺に手渡した。残りを飲んでいると、恐る恐るといった体でウーサー王が俺に話しかける。

 「食事の後、ソロモン殿とトリスタンに今後のことで相談があるのだが……」
 「あ、はい」

  いいよな。ソロモンの顔を見ると、くわっと表情が変わった。
  あ、あああ~~と遠くでイゾルテが情けない声をあげる。

 「トリストラム」

  え?
  なんで?
  すごくソロモンが笑顔です。

  ぞぞぞっと背筋に冷たい戦慄が走る。

「兄さんの馬鹿!」

 遠くの方でイゾルテの悲鳴が聞こえた。

 「イゾルテ」

  地を這うようなトリスタンの声が俺の妹を呼んだ。

 「はいはいはい!なんでしょうか、ソロモン様」

  たたたっとスカートのすそを跳ね上げながらイゾルテが走って来る。ソロモンの前でしゃきんと敬礼をした。おいおい、女の子なのに、それはちょっとお転婆すぎやしないか。お兄さんは心配だぞ。

 「お前の兄は嘘つきなのか?」
 「へ?」

  金髪の巻き毛がぶんぶんと横に揺れる。

 「兄さんは嘘つきではなく、鳥頭なだけです!」

  しゃきんとイゾルテがまた敬礼をした。

 「馬鹿だということか?」
 「いえ!悪気はないので天然だと思います!」
 「天然……天然か……そうか」
 「でも、ぶちかましちゃって構わないと思いますよ?」

  指で頬を押しながらイゾルテが首を傾げる。緑の瞳がきらきらと輝いて、やっぱりうちの妹は世界一かわいいと思う。  

「ぶちかます?」

  そう聞くと、イゾルテが大きく頷いた。

 「何故だ」

  俺は何かぶちかまされなきゃないようなことをしたのか? ぽかんとして聞くと、イゾルテがだんと足を踏み鳴らした。

 「兄さん、墓穴を掘るのもいい加減にしないと……」

  はははっとソロモンが楽し気に笑う。
  え、何その爽やかスマイル。鳥肌が止まらないんだけど。

 「イゾルテ、トリストラムとオレの間の契約を唱えろ」
 「トリスタン兄さんは、今回の結界石の破壊と死霊の来襲への対応への報酬として、他者の関与しない密室における、ソロモン様への接吻を約束されました!」
 「オレの満足するまで、が抜けているぞ、洗濯板」
 「おい、イゾルテの胸はちっぱいでステータスだぞ」
 「シスコン気持ち悪い」
 「両方射殺しますから、そこで万歳してください」

 「イゾルテ、二人を殺すことはならんぞ」

  そう言って、ウーサー王ががっくりと頭を垂れた。あ、そうだった約束忘れてた。でも、一度したんだから、そんなに怒ることはないと思うんだがな。ソロモンがまだにこにこしていて、ぞわぞわが止まらない。

 「ソロモン殿は報酬が得られていないので、お怒りなのですな?」

 ソロモンへの報酬? イゾルテはなんて言ったっけ……他者の関与しない密室における、ソロモンへの接吻……あ~そういやちゅうするって言ったっけか。0点とか言ってたくせに、なんでそんなにちゅうちゅうしたいのかよくわからんが、確かに約束はしたっけな。

 「そのとおりだ」

 こっくりとソロモンが頷く。
 え、ガチでちゅうしなかったから怒っているのか。

 「トリスタン。そういう大事なことは先にするべきではないのかな? 騎士が約束を違えるとは嘆かわしい」
 「違えたわけでは、」
 「そうだな、ちょっと忘れていただけだ」
 「それに、ソロモンがキスを求めるのはいつものことですし」
 「あ~あ~兄のリアルな乱れた性事情などききたくな~い」

  イゾルテが耳をぱこぱこさせている。

 「あのな?」

  あ~あ~という合唱が聞こえたので、周りを見ると、広間にいた人がみんな耳をぱこぱこさせている。おいと思ったら、後ろで声が聞こえた。

 「は~や~く~い~け~」

  ウーサー王が耳をぱこぱこさせながら震える声で言っていた。
  王様酷い。

  ふんとソロモンが鼻を鳴らすと立ち上がって俺に手を差し出した。ここで逆らうと何が起こるかわからないので、しかたなくその手のひらに手を乗せる。
 引かれる馬のように、俺はソロモンの後について広間を離れた。
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