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1章 この国と僕

3話 自己紹介は突然に

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――長い長い廊下を進む。
赤を基調とした廊下を抜けると、次は青。そこを抜ければ黄色の壁。
この城は、やはり”色”が何か特別なものを象徴しているようだった。

「あの、クローズド、さん」
「はい。いかがされましたかな?ウル様」
「その子は…大丈夫なのでしょうか」
斜め前を歩くクローズドの腕の中には、未だにジクジクとべそをかいている半獣がいた。
「ああ。心配には及びません。…まあそうですね。飼い主に縋りついているだけの子犬です」
ふふ、と笑うと、柔らかそうなケモミミを一撫で。ウルも少しだけ触りたいなと思った。

少しだけ緊張が解れ、壁に飾られている色んな絵画が目についた。
色鮮やかな絵具で描かれたそれは、抽象的過ぎて何について描かれているのかウルには理解が出来ないモノばかりだった。

「ウル様。そういえばこの子から自己紹介は受けましたか?」
「そういえば…ティンカルのコントルという事は聞いていたのですが、名前までは聞いてなかったです」
そうだ、この半獣の名前をまだ知らない。てっきり言いたくないのかとも考える程だった。
「ほら、ご挨拶ですよ。ケン」
またもやクローズドの右手が鳴ると、腕に抱かれていた半獣はしゅるりと空中に頬り出され、ウルの目の前にストンと降り立った。

「お、お初にお目にかかります。ティンカルから参りましたコントルのケン・ウォンと申します。妖精族の狼半獣につき、満月の夜は誰にも会わない事をお約束致します。無論、誰の手も煩わせる事はございませんのでご安心を。このマリフィアとティンカルの未来に命捧げる覚悟であります。よろしくお願い申し上げます」
45度のきれいなお辞儀と共に発された言葉は、今まで同じ時を過ごしたやんちゃな子供とは思えないソレだった。
ゆっくりと顔を上げ、ウルを認識したケン・ウォンはゆでダコのように全身を真っ赤にさせると、「ギャー――――――――!」と大声を出して今まで来た道を走り戻っていってしまった。

「やれやれ。全く騒がしくてなりませんね。申し訳ございませんでした、ウル様」
「い、いえ…この国に入ってからずっと案内して頂いてたのですが、あんなに礼儀正しい感じはしなくてちょっとだけびっくりしてしまいました…」
「あの子、ケンがこの国にコントルとして配属してから100年。私が礼儀のイロハを叩きこんで来たものですから」
ふふふ、と笑うクローズドは、まるでケンの親のように感じた。”ジイ”と呼ばれているのも納得がいく。
『ご挨拶』と言われると、ケンはああやって誰の前でもスイッチが入ってしまうのだという。
面白い事を聞いた、とウルはクローズドにつられてくすくす、と笑った。

「…道中、色々と言われたかもしれませんが、決してこの国の皆、悪気があるわけではないのです。ただ少し、…この10年で風向きが変わってしまって」
「それは、サンヒスのコントルがこ、王子に殺されているという事に関係しているのでしょうか」
「…そこまで話している輩がいるのですね。全く…品のかけらもない」
ウルは、その輩がケン・ウォンであるとは口が裂けても言えなかった。
「今日お越しいただいたウル様にお話するべき内容ではないと、私でも分かっているのです。それでも、それでももう人間の死体を見たくはない。それは皆、気持ちは一緒です」
「…僕だって、死にたくてこの国に来たわけじゃありません」
ーー魔法の国。小さい頃から憧れた国。友達も作らずに通った図書館で毎日毎日読み漁ったこの国の事。コントルになるには、数多くの資格やいくつもの適正テストを突破しなければならない。志願者は年々増え、合格した順番から、現役のコントルが死亡するまでいつまでも待ち続けないといけないのだ。
つまり言い換えると、現在就任しているコントルが生きている間中はその仕事に就くことは出来ない為、実力と運、どちらも兼ね備えた者だけがこの場所に立つ事が出来るのだ。

ウルもおかしいと思っていた。18になる歳に受けた適性検査で一発合格を果たしたはいいものの、先に合格した人生の先輩達で待ちの行列だったはず。
…もしかしたらおじいちゃんになってもコントルにはなれないかも。そんな事を考えていたのもつかの間。
たった1年で76人ものコントルが交代、交代、交代。次々と代替わりしていく。この異様な状態はとてもじゃないが普通じゃない。
サンヒスに来ているマリフィアのコントルは、原因究明の為「一度国へ戻る」と帰ったっきり音沙汰もないという。
そうやってこの”普通じゃない”状態であろうマリフィア王国に就任したのが、最年少コントルになったウルである。

 
クローズドの足が止まる。
一際輝くその大きな扉は、1秒毎に色を変える。 
「ウル様。どうかお気をつけて。あなたにもう一度、生きて会える事を心から願っています」
「は、はい…頑張ってきます」
「いいですか、この扉の中には王子がいます。決して、決して目をそらしてはなりません」
「目を?」
「はい。何時如何なる時も。逃げ出したくなる時も。…目を逸らさなければきっとまた、ここでお会いできるでしょう」
「ありがとうクローズドさん。行ってきます。…次会った時、僕にもコントルとしての礼儀、教えてくださいね」
ふわり、と笑ったウルは、肩ですやすやと寝ている黒猫をクローズドに渡した。
「行ってくるね、リア」
その小さな額に口づけを一つ。

ウルが扉の前に立つと、白い光が身体を包み込む。
「行ってきます、クローズドさん」
「…はい。どうかご無事で。…ルティ…様」

クローズドの最後の言葉は、ウルにはもう聞こえてはいなかった。
 
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