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第6話 捜査会議

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『シグマ大帝国』
 惑星『ウル』の中で[文明圏]に位置し、最大級の面積を持つ[バレット大陸]に存在する列強国の中で国土面積・人口共に最大規模を誇り、農業大国であると同時に軍事大国でもある。

 大きさは地球のロシア連邦より大きく、国土が広大過ぎるが故の他国にはない独特な国土安全保障・治安維持体制を敷いていることでも有名で、国内には大小様々な治安機関が乱立し、バレット大陸有数の国土を誇る大帝国内に散らばるそれぞれの都市や施設を守っている。

 代表的な治安維持組織として帝国軍からは独立して組織された[治安警察軍]や[国境警備軍]、他にも帝国軍兵士の犯罪を取り締まる[帝国軍憲兵隊]や主に退役軍人らで構成されている帝国軍傘下の[義勇民兵隊]、司法省の外局である[入国管理局特別警備隊]、シグマ大帝国の情報機関たる帝国情報省が独自に保有する[情報省軍]、鉄道省の[鉄道公安隊]や内務省直轄の[警保軍]に外務省が保有する[渉外局保安隊]などなど……

 これらの治安機関以外にも、およそ役人や軍人、貴族らが働く場所において何かしらの軍・司法警察機関が設置されて国内の犯罪や反乱に目を光らせている。

 シグマ大帝国の主要産業は広い国土を利用した農業・畜産業であり、巨大な国営農場を中心に貴族や大地主、商人らが経営する大規模農場や牧場が国内各地に存在し、一般国民が運営している小規模農場もある。

 しかし、これら農場や牧場を作って余りある広い無人の土地が大帝国国内に散在し、それぞれの市街地との距離がかなり開いている地域も珍しくはない。下手をすると帝都との距離があり過ぎてしまい、一見すると別の国かと疑ってしまうような状態になっている街も存在するのだ。

 このような状況では国内外で消費される農産物や加工品、魔法製品をそれぞれの都市に輸送する鉄道網や帝都を含む人口密集地から離れすぎた村落を守るにしても、それ相応の規模と人員を持つ治安組織が必要になってくるため、当初は帝国軍がそれらの治安維持活動を一手に引き受けていたのだが、権限や権益が帝国軍に集中し過ぎてしまい帝国軍内部の汚職が横行し、大帝国の安全保障に支障をきたしかねないという不安が中央の閣僚や地方都市の知事や市長、総督府などから噴出した。

 『帝国軍が保有する強大な武力を牽制し、監視するため』という観点からも分業制のような形で様々な軍組織や治安機関が設立されることになり、国民の雇用問題解消や任期が切れた役人や軍人らの再就職先の確保と国土安全保障の両立という観点から見ても、これらの軍・治安組織の存在が深く関わっている。

 大陸一人口が多いと言っても、広い国土に比例して人口が極端に多いというわけではなく、この国ではあらゆる場所において常に人手不足の状態が続いているののが現状である。例えば、帝国軍で働いていた職業軍人が転職や定年退職で帝国軍を除隊した後に軍での経験を買われて辺境警備軍に再就職するなどザラだ。

 この世界での定年退職期となる年齢はそれぞれの国によって違ってくるが日本のそれとほぼ変わらず、大抵の場合は定年退職の年齢に達すると自然と雇用主や上司から肩を叩かれ、幾ばくかの退職金を貰い職場を去って他の仕事に再就職する場合が多く、退職金を多く貰えた幸運な者などはその退職金と知識と経験を活かして新たな商売を始める者も少なからず存在している。

 また、定年退職した職人や技術者がその道のプロとして後進を育成する仕事に就く場合もあるので、この国では転職・再就職によって生涯現役で働く者が非常に多く、国民一人当たりの生涯年収は近隣諸国の約1.7倍ほど高いと言われている。





 ◆





――――シグマ大帝国 帝都ベルサ
     治安警察軍 本部庁舎 検死室

 

 シグマ大帝国には日本の警察に相当する治安機関が存在する。
 その名も[治安警察軍]という組織で名前の通り司法警察権を有する軍隊なのだが、シグマ大帝国軍とは違い他国との戦争には一切関与せず、どちらかというと武装警察的な存在である。

 その治安警察軍の本部庁舎の一階最奥にはこの庁舎に勤務する軍人や技術職員達があまり近寄りたがらない場所が存在している。

 『検死室』と『遺体安置室』である。

 両室共に担当官以外、余程のことが無い限り近寄るどころか足を向けたくもない場所であり、この二つの部屋は治安警察軍において最も忙しくなってはいけない場所の一つでもある。

 しかし今現在、ここは大変に賑わっていた。
 いや、正確には忙しないと言ったほうが良いだろう。白衣を着た医官数名が鉄板を張られたタイル製の台の上に横たわっている二つの遺体を検死し、それらの作業をジッと見守っている制服姿の男達が彼らの邪魔にならないように部屋の壁際に用意された椅子に静かに着席している。

 その座っている男達の中で一際鋭い視線を遺体に向けている者が一人。制服の襟には将軍を示す階級章が光り、胸には略綬りゃくじゅが縫い留められている。階級章が示す通りの地位にある男は、気の弱い子供が見れば泣いて逃げ出しそうな強面の顔に気難し気な表情を浮かべている。

 彼の視線の先で着ていた衣服を脱がされ全裸になった男女の死体が医官らによって死因を特定するための司法解剖が行われている真っ最中だった。既に死亡しているため女性の肌は遺体特有の青白い肌色へと変わってはいるが損壊はしておらず、健康的に育った肢体は冬のため日焼けこそしていないが、肉体労働特有の筋肉が付いてしなやかな印象を見る者に与えており、そこそこ美人な顔をしている彼女は職場ではそれなりにモテていたのではないかと思う。

 そんな彼女の下腹部、ちょうど肝臓が位置する辺りには一つの刺し傷が存在している。医学の知識が無い者でもその刺し傷が彼女が死亡するに至ったことが直ぐに分かるくらい大きな刺し傷だ。

 仰向けに寝かされているため分かりづらいが、医官から事前に聞いていた話では肝臓を刺し貫いた剣はそのまま背中まで貫通していたことから、彼女が即死だったことは容易に想像出来る。

 彼女にとって不幸中の幸いだったのは、酒を大量に飲んでいたことだろう。即死だったとはいえ、この娘は苦悶くもんの表情一つ浮かべることなく亡くなっていたことを見ても、死際に地獄のような痛みを味合わずに済んだのだ。


「せめて……
 せめて次に生まれて来るときは、幸せな人生を送って天寿を全うしてもらいたいものだな……」


 そう言って男は次に隣の台に横たわっている死体に目を向けた。
 女性の遺体の見ていたときの慈愛のこもった表情から一変して非常に厳しい、ともすれば視線だけで人を殺しかねないような表情に変わる。


「くっ……!」


 男の口から呻きが漏れる。
 その呻きには、悔しさと苛立ちが混じっていた。
 男が見つめているのは、目の前で物言わぬ遺体となった娘を殺した憎き犯罪者の死体である。

 この帝都で夜な夜な老若男女合わせて九人を殺害し、平和だった帝都の夜を恐怖のどん底におとしいれた犯罪者の成れの果て……

 本来ならば自分と己の部下達がこの男を逮捕し、法の下でこの世から抹殺させる筈だった存在。その犯罪者がこうして被害者の隣で同じ死体となって検死台に横たわっているというのはなんと皮肉なことか。


(一体、誰がこんなむごい殺し方を?)


 死体の左腕は肘から先が千切れ飛び、頭部に至っては右側がものの見事にぜてしまい、胸にも無数の穴が開いて膨れ上がっており、一部は頭部と同じく爆ぜているように見える。

 確かにこの犯罪者は憎い。憎いのだが、その憎しみ以上に気になるのがこの死体の惨状である。
 誰がこんな状態にしたのかが分からない上にその上で唯一証言が取れたのは、事件が発生したと思われる昨晩の時間帯に叫び声が聞こえた後に雷のような、耳をつんざく轟音ごうおんが家の外から響いてきたという内容が複数確認されただけで、肝心の目撃者は見つかっていないということだった……

 しかし、一番憂慮すべき問題はこの惨状を作り出した者が未だに特定されておらず、現在もこの帝都の何処かにいるかもしれないという状況が帝都の安全を預かる彼にとって非常に頭を悩ませる結果になっている。

 勿論、連続殺人犯を倒してくれたことには大変感謝している。
 何しろ帝都に住む者達が安心して夜の街を歩けるようになったのだ。国から連続殺人鬼を倒した功績として多額の褒賞金ほうしょうきんが支払割れたとしてもこの国の者達は誰も文句を言わないだろう。
 
 
(しかし、これほどの功績を挙げたにも関わらず名乗りを上げてこないのは何故なのだ?)


 どのようにすればここまで惨い死体を作り出すことが出来るというのだろうかと考えを巡らせるが、殺しを分析する専門家ではない自分が幾ら考えたところで意味がないということを思い出して溜息をつく。


「ふう……考えても埒が開かないな」


 やはり、こういうことは専門家に任せたほうが良いだろうと治安警察軍の長たる将軍、アルフレッド・グスタフは部下と共に遺体安置室を後にした。





 ◆





 アルフレッドが部下と共に遺体安置室から廊下に出ると、彼の腹心とも言うべき男が待っていた。治安警察軍中央統括部中佐ミゲル・エルマン。今年で六十七歳になろうかというアルフレッドより四十歳も若い生え抜きの佐官の将校である。

 しかし、中央統括長という重責ある立場のためか見た目より五歳くらい老けて見えた。苦労性とも言うべきなのか何かと気苦労の多い立場にあるため時折疲れた顔をすることもあるが、確実に仕事をこなす真面目なデキる男であり、そんな彼に対してアルフレッドは絶大な信頼を寄せている。


「何か進展はあったか? エルマン」

「いえ、それが何も。
 現在、鑑識が遺留品の鑑定と残留魔力の検出を行なっており、現在はそれの報告待ちであります」

「そうか……まあ、ここにいても仕方がない。
 取り敢えず、捜査本部に戻るぞ」

「はっ」


 そのままアルフレッドはミゲル達を従え、会議室に向かうため廊下を歩き出した。


「将軍。 ここ最近頻繁していた『帝都連続通り魔殺人事件』は、今回被疑者死亡で一応収束したと判断しても良いかと思いますが、何故こうもお気になさっておいでなのですか?」

「うむ、どうも儂の“勘”が今回の事件を単なる殺人事件だと思うなと言って来ているのだよ」

「勘……ですか?」

「そうだ。 憲兵時代から培ってきた長年の経験による“勘”だよ」

「はあ。
 確かに、将軍の勘がよく当たるのは存じています。
 が、既に被疑者が死亡している以上、事件は収束したはずでは?」

「儂が言っている事件とは、通り魔殺人の方ではなく被疑者が何者かに殺された方の事を言っているのだよ」

「なるほど。 被疑者死亡の件ですか?」

「そうだ」


 あの特徴的な傷口。
 腕が千切れていたり、体の中身がごっそり弾け飛んでしまったような傷口は、長年シグマ大帝国の治安を守って来た彼の経験上、初めて見る殺しの手口であった……

 アルフレッド自身、連続殺人犯を倒してくれたことには感謝しているのだが、このり方には一種の恐怖感と危機感があった。何か得体の知れない、ともすれば未だ発見や発表されていない古代、または新規に開発され武器や魔導具が使われた可能性があるかもしれないのだ……

 矢のような武器では、あのような汚い傷は出来ないだろう。
 第一、矢が使用されたのなら死体に矢が突き刺さっているし、仮に貫通したとしても突き刺さった反対側の傷口があんな内側から爆ぜたような状態になる筈がなく、死体から使用した矢を引き抜いたとすれば、引き抜いた箇所の傷が盛り上がって矢のやじりかえーしに引っ掛かった筋肉や内臓が傷口から表面にに引きずり出されてきているはずなのだ……
 しかも……


「殺された被疑者が着用していた金属鎧は?」

「はい。 確認したところ、金属製の板金鎧でした……
 損傷具合が激しかったのですが、幸いにも身元が判明した被疑者が日常的に着用していたという証言が取れてます」

「そうか……」

 
 そうとなれば、尚更なおさらまずい……
 金属鎧ごと着込んでいた中の人間をボロボロに破壊出来るほどの、殺傷能力を持つ武器または魔導具。

 もちろん、鎧を着込んだ人間を殺傷する魔法は現代にも多数存在している。炎やいかづち系などの魔法で焼き尽くす他に岩などの重量物を操り、それをぶつけて圧殺あっさつするなどこの場で考えても幾つか方法が浮かんでくるのだが、それでも先ほど己が直接見た死体の状況は今まで見てきた、魔法絡みの犯罪で殺されたどの死体とも違うような気がしたのだ。

 
「エルマン。 君は、殺された被疑者の死体を見てどう思った?」

「どう思ったと、申されますと?」

「果たして、どのような武器や魔法が使われたと思う?」

「そうですね……魔法を使い、石礫いしつぶてのような物を高速で当てたのではないでしょうか?」

「ふうむ。 なるほどな……」


 確かに、エルマンの言う通り石礫を魔法で当てれば、腕くらいならば引き千切れることも十分可能であろう。
 しかし、

「それならば、石礫が当たった箇所の鎧が潰れず穴が開いているのは何故なのか?
 しかも、穴には煤のようなものが付着して黒くなっていた箇所が複数あった……
 わしも憲兵時代に魔法については職務上相当勉強したが、一度に複数の石礫を動き回る人間に命中させるのは果たして可能なのだろうか?」

「すみません。
 自分も魔法については、一般的な知識に毛が生えた程度しか知りませんので、そこまでは……
 ただ、一つ可能性が他にもあるとすれば、銃を使った可能性でしょうか?」

「銃か……」


 ミゲルに言われるまですっかりその存在を忘れていたが、確かに銃ならば死体をあの様な惨状に仕上げることも可能だろう。矢や石飛礫以上に初速がある銃弾であれば、金属鎧を貫通できるだろうし、場合によっては弾丸が当たった腕を吹き飛ばせるかもしれないが、それにしたって対重装歩兵用に開発された大口径の銃が必要だが、凶器として使われなかったとは言い切れない。


「そうか……そうだな」


 そうこうしているうちに会議室が見えてきた。
 この治安警察軍本部庁舎は敷地面積が広大で遺体安置室がある建物と本部棟は別に建てられている。そのため遺体安置室と会議室には結構な距離があり、歩きながらの話が長くなるのだがそれももう終わりである。

 あとは、本格的な捜査会議で部下と話し合って今後の捜査方針を決定すれば良いだろう。
 自分の後ろを歩いているミゲル以外にも、優秀な部下や専門家はいる。
 必ず何か良い糸口が見つかるはずだ。


(それに廊下で話す程度の事件ならば、既に捜査は終結しているか……)


 と、アルフレッドが内心そう思いながら会議室の前に来ると、彼の前を歩いていた尉官が会議室の扉を開けて全員が会議室へと入って行く。すると既に会議室に入室していた治安警察軍の捜査官達が一斉に起立して入って来たアルフレッドへと礼をする。


「それでは捜査会議を始めます」


 全員が着席したところを見計らいミゲルが捜査会議を開始する号令を発すると、会議室の雰囲気は一気に緊張を孕んだ空気へと変わった。これから始まる会議は治安警察軍始まって以来、最も騒然とした捜査会議となることを誰も予想していなかった。





 ◆





――――シグマ大帝国 帝都ベルサ
     治安警察軍 本部庁舎
     第一会議室 『帝都連続通り魔事件』捜査本部



「昨夜発生した事件ですが、現場に倒れていたのは憲兵隊のミルズ・マウザー憲兵軍曹と帝都在住のゴードン侯爵家に仕えている侍女のスオミという女性でした」


 現場周辺の聞き込みを担当した者が今回の捜査で得られた結果を説明して着席すると同時に白衣を着た法医魔導官が起立する。


「検視担当のモロトです。
 検死の結果、女性の死因は肝臓を刺し貫かれたことによる失血死であることが判明しました。
 凶器は現場に落ちていた憲兵が所持していた剣と傷口が一致していること、過去の通り魔事件での被害者の傷口と手口を鑑みても同様の剣が凶器として用いられている可能性が高いことも併せて申し上げます」

「剣を使ったものは誰か?」

「これまで発生した同様の事件と今回の事件の因果関係を詳しく調査しましたが、使われている凶器が剣であることと、剣がマウザー憲兵軍曹の手に握られていた状況から見るに憲兵軍曹が被疑者である可能性は高いものと推察されます」

「では真犯人はマウザー憲兵軍曹であると思うか?」

「はい。 マウザー憲兵軍曹の持っていた剣は憲兵隊から彼に貸与されていた官給品であり、安全上切っ先以外の刀身には刃が付けられていません。
 現在、憲兵隊員には剣や槍以外に警棒、警杖のほか一部の部署には銃などが配備されていますが、基本的な装備は剣と警棒になります。
 これまでの事件での被害者の傷口は全て特徴的な物でした。
 切り裂かれた被害者の衣服や皮膚は鋭利な刃物で突かれてますが、刃物を引き抜く際に傷口周辺の箇所は全く切り裂かれていません。
 そのため凶器は街中で隠し持てる大きさの手製の槍又は槍のような形状の刃物を使用している可能性が高いと思われていました。
 まさか官給品の剣が凶器に使われているとは思いませんでしたが……」

「現在、憲兵隊では貸与されている全ての剣と槍及び剣の鞘を目視と反応魔法で確認中とのことですが、今のところ血液が付着していたり、保管状況に異常があるモノは無いとの回答を受けています」

「我々、捜査課では憲兵軍曹が勤務中に市街地の巡回時間を利用して犯行に及んでいたものと推察しています。 これまでの事件発生直後の目撃証言や通報内容を洗い直しましたが、その何れも事件現場の近くを巡回していた憲兵がいち早く現場に到着していたことが分かりました。
 我々と同じ治安組織たる憲兵であったのでそこまで注意していなかったため、駆け付けた憲兵の身分を確認していませんでしたが、今回の事件で詳しく調べた結果、すべての事件でマウザー憲兵軍曹が現場に一番最初に到着しています」

「つまり……我々は事件の真犯人が直ぐ近くにいる状態で初動捜査を行っていたということか?」


 部下からの報告を聞き、ミゲルは眉間を押さえ苦虫を噛み潰したような表情を露わにするがそれはここにいる全ての者達も同じ気持ちだったようで、全員が悔しそうな顔をしている。
 

「そういうことになります。 現場では捜索犬を使った捜査も行われましたが、そのいずれも犬が現場周辺をぐるぐる周回するだけで終わっていたのはマウザー憲兵軍曹が攪乱の為にわざと現場周辺を歩き回っていたからではないかと思います」


 会議は白熱していた。
 次々に部下たちから上がってくる報告がアルフレッドに入ってくるが、彼は内心別のことを考えていた。


(被疑者が現役の憲兵であることには驚いたが、問題はそこではない)

「現場の状況・凶器・傷口の情報を鑑みるに被疑者はマウザー憲兵軍曹で間違いないと思われます」

「では被疑者をミルズ・マウザー憲兵軍曹と仮定してこれからの会議を進めます。
 マウザー憲兵軍曹の死因を報告してください」

(来た!)


 ミゲルの放った言葉で思考の海から浮上して来たアルフレッドは部下たちの方向に耳を澄ませる。
 すると彼の呼びかけに対して先程モロトと名乗った三十代前半の白衣を着た男性法医魔導官が起立した。


「えー、再び検視担当のモロトです。
 憲兵軍曹の死因ですが、直接的な原因は頭部左側と後頭部の一部を吹き飛ばされたものであります。
 使用された凶器は、えー、その……分かりませんでした」


 法医魔導士の報告に会議室が若干ざわつく。
 報告を聞いていたアルフレッドもまさかの回答に驚いてモロトに質問する。


「分からないというのはどういうことかね? モロト君」

「ほ、本部長閣下!? い、いえ、分からないというか、何というか……
 その……傷口や体の損壊個所を見ても決め手となる凶器が思い当たらないのであります」


 突然、階級が遥か上のアルフレッド直々の質問にモロトは驚いた様子であったが、直ぐに気を取り直して報告を続ける。


「憲兵軍曹の直接的な死因は先程も申し上げた通り、頭部の損傷が原因です。
 恐らく何かが飛来してそれが頭部に当たった迄は推測出来るのですが、それが一体どういったものなのかが分からないのでありまして……」

「続けてくれたまえ」

「あ、はい。 えー、通常このような死因ですと飛び道具系の武器が該当するのですが、普通こういった武器は例えば石礫などを使用した場合、えー、命中箇所が陥没することが多く、陥没した頭蓋骨の圧力で頭蓋内の内圧が高まって中身の脳や場合よっては眼球などが飛び出します……」


 淡々と話すモロトの話で想像してしまったのか、若手の捜査官や兵士らの何人かが思わず口元を手で押さえて吐き気を堪えているが、彼らのことなど御構い無しに話は続けられる。


「しかし、憲兵軍曹の直接の死因である頭部の損傷は特徴的且つ似て非なるものでした。
 頭蓋骨は内側から膨れ上がったかの如く弾け飛び、脳もその大半が外に飛び出して行ってしまっています。 他にも肘の部分から千切れ飛んでいる左腕や鎧を貫通し体内の肋骨や背骨、臓器等が一部破壊された胴体部分など不可思議な傷が目立っている点です」

「他に気になる点はあったかね?」

「はい。 これをご覧下さい」


 そう言ってモロトは立ち上がり、木製の盆を持ってアルフレッドの座る席まで歩いて行き、彼の目の前に盆を置いた。


「これは?」

「本部長閣下から見て右側に置いてあるのが事件現場より採取した物です。
 そして、左側にあるのが憲兵軍曹の体内から取り出された物になります」

「一体、何なのだこれは? エルマン、君はこれが何か分かるかね?」

「いえ、初めて見ました。 これは一体……」


 アルフレッドと彼から尋ねられたミゲルも目の前の物体に首を傾げる。
 物体はそれぞれ特徴的な形状をしていた。右側の物体は金属製の細い筒状の形を形成しており、先端がほんの少しばかり細くなっていて中に空洞が存在していて元々は金色で彩ってあった外観は煤のようなもので若干黒ずんでしまっている。

 対して左側の物体は材質が金属というのは分かるのだが、一部が傷付き潰れてしまっている。そして潰れた箇所から下地なのか異なる材質と思しき金属が顔を覗かせているのが印象的だった。


「因みにこの潰れている金属片は先程憲兵軍曹の体内から取り出したと申し上げましたが、取り出されたのはこれ一つではありません。体内から見つけることが出来た物だけで三個。
 更に死体を詳しく調べればもっと出て来る可能性もあります」

「では、これが彼の体内に入り込んだことが死因になっているのかね?」

「恐らくはその可能性が最も高いかと……」

 
 深妙な面持ちで話すモロトにアルフレッドは何か思い出したのか、更に質問を重ねる。


「…………確か件の憲兵軍曹は事件発生時に金属鎧を着用していたと聞いているが?」

「あ、はい。 仰る通りです、本部長閣下」

「これが体の中から出て来たということは、この金属片は着用していた鎧を貫通していたということかね?」

「その通りです。 憲兵軍曹は憲兵隊から貸与されている金属鎧の下に更に鎖帷子を着用していましたが、この金属片は驚いたことにその両方を貫いていました。
 しかも憲兵軍曹の体にはこれと同じ金属片によるものと思われる傷が複数発見されています」

「複数?」

「はい。 中にはこれらが体を貫通して行った箇所も複数発見出来ましたが、憲兵軍曹を殺した者はコレを彼の身体に突き刺して殺害したと考えられます。
 最初、コレを発見した当初、私はコレを鏃の類と考えていましたが、矢本体を引き抜いた形跡が見られませんでしたので、恐らくコレは矢や槍などの武器ではないものと思われます」

「ふーむ……では、銃弾という可能性は考えられないかね?
 銃弾であれば金属鎧などの防具を貫通することも可能であろう?」

「小官も鎧の破損状況を見て当初は銃が使われたと思いました。
 しかし、この金属片を見て思うに銃弾とは違うのではないかと推察します」

「何故かね?」

「まずこの金属片の大きさですが、我が国の軍や治安部隊で使用されている銃器の弾丸より小さいのです。
 これでは大きな殺傷能力が得られません。
 次にこの金属片には異なる金属が複数使われていまして、銅、鋼鉄、鉛と三つの金属の存在が確認できました。
 通常銃弾に使用されている金属は整形が容易な鉛が用いられている場合が多く、大型の魔物や魔獣などといった人より大きく、鉛の銃弾が効かない生き物に対して鉄を削り出して作られた特別な銃弾が使用されているくらいです。
 この点から見ても、銃弾とは似て非なる武器であると思われます」


 モロトの説明を受けたアルフレッドは腕を組んで苦悩する。
 矢でも槍でも、ましてや銃弾とは似て非なる武器。
 果たしてそれは何なのか?


「会議中、失礼します!」


 とその時、捜査会議を中断させる力強い声が扉をノックする音と共に第一会議室の中に響く。


「何事だ!?」

「はっ! こちらにグスタフ本部長閣下はいらっしゃいますでしょうか?」

「うむ、いるぞ。 入りなさい」

「失礼します!」


 入室して来たのは若い兵士だった。
 確か彼は最近、受付の警備を任されている者だったとアルフレッドは彼の顔を見て兵士の持ち場を思い出す。


「閣下。 本部長閣下を訪ねてお客様が見えています」

「客? 私を訪ねてかね? 事前連絡も無しに……一体、誰なのだ?」

「はっ!
 身分証を確認したところ、帝国情報省のデイビット・テイザー情報官というお方であります。
 念のため情報省に照会を行ったところ、ご本人で間違いなく、公務で当庁舎を訪れているという事実も確認出来ましたのでご報告に上がりました」


 帝国情報省。
 思いがけない客の来訪に思わずミゲルと視線を合わせるが、彼自身も来訪に関することに思い当たりがないのかゆっくりと首を左右に振る。


「わかった。 では私の執務室に通してくれたまえ」

「はっ。 それでは本部長室へご案内します」


 アルフレッドとミゲル、そして幾人かの治安警察軍幹部は会議を中座して本部長室へと向かった。
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