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第38話 転進

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シグマ大帝国の鉄道の軌間は地球の鉄道規格でいうところの広軌に分類されるが、正確に言えばそれよりも更に広い軌間である。

 元々、惑星『ウル』のサイズが地球の約1.5倍であるため、各大陸の面積もそれに合わせて地球の各大陸よりもビッグサイズとなっている。

 人間や魔族、獣人などを含めた二足歩行可能な知的生命体の総数は現在の地球人類の総人口に及ばないものの、『科学・魔法技術が進歩して行くに従い、やがてアース地球やイブ、ジストスなどを追い越すのでは?』と無数に存在している星々の世界の管理を司る神々及びその他有象無象達から注目を集めていた。

 このような経緯があるため、馬や馬車、自動車以外の大規模な交通・輸送機関は地球のそれと比べて大型化しやすい傾向があるのも事実である。

 そして現在、俺とアゼレアが乗車しているシグマ大帝国の広大な国土に敷設された線路を走行中の高速旅客列車『リンドブルム四号』もまたその例に漏れず広軌で知られるシベリア鉄道の車両よりも大型で、それに合わせて車内面積は相当広い。

 また、この世界ではアルミニウムやマグネシウムといった比重の軽い金属はごく一部の国のこれまたごく一部の研究機関において研究開発の段階であるため、列車本体とその部品に用いられている金属素材は鋼鉄が主流となっている。

 そんな地球の一般的なサイズの列車と比べてかなり巨大で重くて頑丈過ぎる車体を有する旅客列車とそれらの車両を牽引する機関車を見守る“存在”が上空・・を旋回していた。





 ◆





 「背中に鳥の主翼と同じ形状の翼が生えている人間を想像せよ」と言われたら殆どの者が御伽話や漫画に登場する天使を思い浮かべるだろう。

 その想像は決して間違いではない。
 人間の肩甲骨付近から生えている巨大な翼が風を捉えて優雅に空を飛んでいる姿は実に幻想的であり、感受性が高い者はもしかしたら感動のあまり涙を流すかもしれない。

 しかしながら、それが汚れひとつない綺麗な純白の翼であれば良いのだが、彼女らの大半が灰色や黒色の翼を生やし、それぞれの手に銃火器や武器を握った堕天使ともなると最早幻想的とは言いがたいのではないだろうか?

 逆にそういった輩が翼を生やして武器を持って集団で空を旋回しているところを目撃すれば例えそれが美しい女性達であったとしても不安に駆られる者の方が多いだろう。

 そしてそんな武器を持ち空を飛ぶ女達――――リグレシア皇国軍中央予備軍第六六航空隊隷下にある第六飛行隊は高速で走行する列車を見守るようにして追従しつつ上空を旋回していた。


「どうしますか?
 では未だに戦闘が続いているようですが?」


 少し後ろを飛んでいた隊員の一人が心配そうに上官へ話し掛けるが、通常高空において高速走行する機関車に追随できる速度で飛行した場合、風切り音が邪魔をしてお互いの声を正確に聞き取ることは困難を伴う。

 その為、彼女らの耳と首には専用の通信機が装着されており、その通信機のお陰で高空を飛行中でもお互いの声を確実に聞き取ることが出来ていた。

 そしてその通信機越しに話し掛けられた黒い翼を持ち、美しい金髪を飛行帽で覆った第六飛行隊長である『シルヴィア・トーラス』皇国軍少佐は気難しい表情のまま下を見やる。

 部下の呼び掛けに応じて視線を下へ向けると彼女の眼に映っているのは今も濃い灰色の煙をモクモクと元気良く吐き出しながら高速で走行する流線型の大型機関車だ。


「そうは言ってもからは何の要請も来てないんだ。
 要請や指示が下達されない状態で我々が勝手に動くわけにはいかん」

「それはそうですが……」

「だが、友軍が明らかに劣勢な状況下へと追い込まれている中、指示がないからと指を加えながら黙って見守っているだけというのは栄光ある我ら皇軍飛行隊の名折れだ。
 我々は自ら進んで航空支援を行うべきだとは思わないか?」

「よろしいのですか?
 要請のない状態で我々が勝手に動いてしまって……」

「よろしい訳があるか。
 親衛隊自体は正直言って鼻持ちならん存在だが、この作戦が成功せねばディレット少佐達だけではなく我々も最初から存在しない見捨てられることになる。
 そうならないためにも下を支援せねばならん!」


 元々、リグレシア皇国軍出身者が多い親衛隊と皇国軍は発足直後の仲は良好だったが、親衛隊が戦域後方で皇国軍憲兵隊に代わって防諜及び間諜スパイ狩りの任務を請け負うようになるとその良好だった仲に亀裂が入る。

 特に親衛隊が現地抵抗勢力へ情報提供を行なっていた裏切り者と言って差し支えない皇国軍将兵の捜査・逮捕を始めるようになると皇国軍は激烈な反対姿勢を示すようになり、戦域後方で戦友の引き渡しを巡って皇国軍兵士と親衛隊員が衝突しそうになる場面が散見されるようになった。

 そして当時の皇国軍を率いていたナーヴェル総司令官と仲が悪かったムラヒー警察長官が親衛隊長官へ就任したことで皇国軍と親衛隊の間に入った亀裂は決定的となる。

 現在は親衛隊も純粋な戦闘部隊である武装親衛隊を発足し前線へ出征させて皇国軍の軍事作戦へ参加するようになり、外征戦略軍や警察連隊という皇国軍と親衛隊双方にとって新たなライバルが出現したことで皇国軍将兵と親衛隊将兵の互いに対する心象も以前ほど悪くはなくなった。

 だが、長命種族である魔族出身の将兵の中には当時の出来事を憶えている者も多く、直ぐに親衛隊に対する考えを正すことが出来ない皇国軍将兵が未だに多く存在しているのもまた事実だ。

 そしてシルヴィア少佐も親衛隊にあまり良くない印象を抱く皇国軍将兵の一人だったりする。


「それでは……」

「少佐殿、から連絡が来ました。
 『作戦を第二段階へ移行。
  併せて航空支援と機関車の制圧を要請する』とのことです!
 それと機関車の運転員は絶対に殺すなと伝えてきています」

「少佐殿っ!!」


 部下との会話の最中に見計らったようなタイミングで今もなお列車内で戦闘を行っている武装親衛隊第二四襲撃撹乱大隊からの作戦指示と支援要請が来たことを通信兵が報告してきた。
 
 報告を受け取ったシルヴィア少佐は当時の皇国軍と親衛隊の確執を全く知らない若い部下の期待に満ちた目を見て彼女は内心どんな表情を示せば良いのか迷うが、直ぐに気を取り直して厳しい顔のまま部下達へ向き直る。
 
 過去の確執から親衛隊に対して良くない印象を持つシルヴィアであったが、今この瞬間も下で任務を遂行中であるエルザ・ディレット親衛隊少佐は元皇国軍士官で彼女とは士官学校時代の同期だった。

 何故エルザが親衛隊へ……それも警察活動を行う親衛隊から軍事作戦を遂行する武装親衛隊へ移ったのか理由は不明だが、皇国軍士官学校時代の同期が苦戦している中、正式な支援要請が届いたのだから助けない理由はない。

 だが、ひとつ注意しなければいけないのは、今回の作戦は非交戦国内での完全非合法作戦であるという点だ。

 もし作戦中に不覚にもシグマ大帝国側に捕らえられた場合、厳しい取り調べと苛烈な拷問が待っているだろうし、それが男よりも女の方がより惨い状況になるであろうことはここにいる全員が知っている。

 そうなったらそうなったで本国は自分達の存在を一切知らぬ存ぜぬで押し通すことだろう。

 何せ作戦とはいえ非交戦国の王族を拐うのだからシルヴィアはそれくらいはするだろうと踏んでいるので、彼女は気合いを入れて部下へ指示を下す。


「総員傾注!
 聞いての通り、からの正式要請により我らは第二作戦の開始と共に航空支援を行う!
 上空監視任務に就く者以外は降下だ!!」

「はっ!!」

「降下! 降下! 降下ぁーっ!!」

「攻撃ぃ用ぉー意っ!!」

「銃士隊発砲ぉ準備ぃー!!」

「発砲準備完了ぉー!」

「編成車両の内、機関車を除く一号車から最後尾の車両へ向けて順次小銃射撃による攻撃を行う。
 先に列車内へ突入している武装親衛隊へ誤って攻撃してしまわないよう敵味方の識別には充分留意して射撃せよっ!!
 機関車制圧はキンバー隊が当たれ。
 運転員は殺すなよ。
 それと攻撃魔法は絶対に使うな!!」
 
『はっ!!』


 シルヴィア少佐の指示のもと、長大な槍を持った者数名以外の堕天使族が走行する列車へ向けて降下を始める。

 彼女らの手にはそれぞれ銃器が握られており、射撃準備の為に銃の槓桿を引いて手を離すと初弾が薬室へと装填されていく。

 そして銃の安全装置であるセレクターレバーを『ア』と表示されているところから一気に『レ』の表示まで回転させる。

 もしその光景を銃器に詳しい地球の人間――――特に日本人が目撃していたならば驚いたことだろう。

 アルミニウムパイプを用いた特徴的な折り畳み銃床、弾倉の側面に残弾確認用の穴が開けれらている30連発STANAGマガジンが装着されていること。

 そしてスチールプレス製レシーバーの側面に刻まれている製造会社を示すエンブレムの他にアラビア数字とアルファベット文字で『89R』と刻印されている銃の存在に……





 ◇





 高速旅客列車『リンドブルム四号』での戦闘は激化していた。

 特に一等客車の内、一号車では激しい銃撃戦が展開されており、拳銃は言うに及ばず散弾銃や爆発物も使用されて一号車の車内は通路・客室問わず無事な場所は既に存在しない。

 この激しい銃撃戦に地球の軍用突撃銃こと自動小銃AKー74までもが加わって列車内では映画『ヒート』さながらの容赦無い銃撃の嵐が吹き荒れている。

 現在の状況だが、孝司とアゼレア、ベアトリーチェとカルロッタのそれぞれのコンビが合流を果たしたことによって戦闘は数で劣る筈の彼らが有利に進めていた。

 常識的に考えれば人数と統制力で勝っているエルザ・ディレット親衛隊少佐率いる『第二四襲撃撹乱大隊』が圧倒している筈なのだが、逆に彼らは窮地に陥っていた。

 正確にはエルザとその副官が直率している第一小隊だけで、二等客車の各車両と後方車掌車を制圧下に置いている第四小隊は未だ健在なので、この小隊から応援に回す人員を抽出してこれら抽出兵力と共に文字通り前後から挟撃すれば正面から粉砕出来るのだが、想定外の事態が発生したことにより挟撃そのものが不可能となっていた。


「少佐殿、第四小隊は二等客車内で起きた冒険者らによる反抗の鎮圧中で人員を回せないとのことです!」

「第三小隊はどうした!?
 こちらへ移動して来ている筈だ!」

「第三小隊もこの事案に巻き込まれて身動きが取れないとのことです。
 どうやら冒険者らの中に有力な魔導士が複数いるらしく、現在交戦中との返答がありました」

「糞っ!
 よりによってこんな時にか!?
 今回の作戦は杜撰過ぎるぞ。
 親衛隊参謀本部の情報課と作戦課は片手間で仕事をしているのか!?」


 本来、自分達が関わっている作戦の全てにおいて親衛隊参謀本部の情報課と作戦課が作戦立案の前段階から関わっている。

 時には皇国軍参謀本部や警察本部も作戦立案に参画し、皇国軍及び外征戦略軍、警察連隊などと共同作戦を遂行する事もある。

 なので、作戦中の想定外事案発生の可能性を極力低くする為に情報課と作戦課が緊密な協力体制の下で作戦遂行対象地域の入念な現地調査と情報収集が行われるのだが、今作戦においては杜撰と言って差し支えない結果を呈していた。
 
 魔王領の上級魔族の存在や教会特高官らの介入、有力な魔導師冒険者の乗車、警保軍保安官が標的の警護に参加していることなどだ。


(作戦課は兎も角として、何故情報課はこれらの情報を事前に知り得ことが出来ていなかったのだ?)


 作戦内容が親衛隊参謀本部作戦課より各兵科へと下達された場合、エルザ達【第二四襲撃撹乱大隊】は他の工作部隊と同様、作戦遂行対象地域へ秘密裏に現地入りした後で予めその地域の風土を含めた調査や情報収集を行う。

 だが、それはあくまで作戦遂行中に敵対したり障害となるであろう現地治安機関の規模や能力、警備体制、もしもの際の逃走経路の確認などであって、標的となる人物や施設とそれらに関わる全ての事象に対する詳細な情報収集は本来、情報課と情報課所属の工作機関や諜報員及び現地の情報提供者や協力者達に委ねられている。

 ところがどうだ?
 蓋を開けて見れば何から何まで想定外の事態が頻発する有様ではないか!!


「どうします?」

「どうしますも、こうしますもないだろう。
 ここまで想定外の事態が連続して発生しているんだ。
 成る様にしかならんさ」


 エルザは怒りのあまり己の下唇を噛み切りそうになりながら、副官ことクルーガー大尉の問いに半ばやけくその気持ちで返答した。

 既に賽は投げられてしまっている。
 第二小隊は事実上壊滅し、自分が直率する第一小隊の運命もこのままでは地獄へ一直線なので、今出来ることは全てやっておく必要がある。


「第五小隊の位置は?」

「はっ!
 既に合流予定地点へ先行して待機中であります」

「よし!
 連結させている無蓋貨車に第五と一緒に予備に回している第六小隊員全員を乗車させて戦闘態勢で待機するように伝えろ!」

「はっ!」

「それとを旋回中の飛行隊へ伝達。
 公女拉致は諦める。
 代わりに作戦を第二段階へ移行する旨と航空支援要請を伝えて機関車を確保させろ。
 間違っても運転員達は殺すなと厳命するんだ。
 列車を停められたら今作戦そのものが破綻するからな」

「はっ!」


 当初の予定では機関車が停車しようとした場合にのみ制圧しそのまま走行させる手筈であったが、ここまで激しい銃撃戦ともなると貴賓車を守っている鉄道公安官達が列車の停車を実行させかねない。

 今はこちらが劣勢に立たされていることを連中は知らないだろうが、二等客車で発生している冒険者達の反抗を察知された場合、鉄道公安官達が列車を停車させて下車し、あの上級魔族や教会特高官、冒険者らと協同で車両を包囲した場合、我々はいとも簡単に撃破されてしまうことは想像に容易い。

 なので、今は・・列車を停車させられるとエルザ達の部隊は非常に不味い状況へと陥ってしまうのである。


(何とかしてあの上級魔族に攻撃魔法を使わせねば! 
 こちらが全滅してしまうぞ!)


 最早『全滅』という二文字が一瞬頭を過ぎるが、それを避ける唯一の方法があの上級魔族の攻撃魔法である以上、エルザには只々祈るしか手がない。
 
 だが、その目論みは意外にも直ぐに叶えられることになるのである。

 



 ◆





 列車内での銃撃戦は益々激しさを増していた。
 最初はアゼレアと敵集団との小規模な銃撃戦だったが、孝司、そして彼と邂逅したベアトリーチェとカルロッタが合流したことで銃撃戦は激化の一途を辿っていく。

 特に孝司が所持しているAK-74なる銃器が投入されて以降、まさに一方的と言っても良いくらいに無数の銃弾が敵集団へ向けて撃ち込まれている。

 魔法障壁だけではなく、破壊された扉などを含めた瓦礫で築いた遮蔽物バリケードを時折貫通して行く高速の銃弾は確実に敵集団を加害した。

 が、このような状況下で攻撃魔法がただの一発も使用されていないことに違和感を覚えている者がいた。


(おかしいわね……)


 アゼレアは釈然としないまま旧チェコスロバキア製の自動拳銃CZ75を撃っていた。

 この世界を管理する神の力が宿った拳銃とその銃弾の威力の前には魔法障壁による防御など意味を成さず、現在進行形で繰り広げられている銃撃戦の最中にアゼレアの持つCZ75から発射された9mmNATO弾は敵が二重三重に張り巡らせた魔法障壁を最も容易く破壊・突破して既に二人を撃ち殺している。


(常識的に考えれば、この劣勢な状況下で攻撃魔法の使用に踏み切らないのは変だわ)


 既に敵はアゼレアの手によって都合四人が殺られている。
 孝司やベアトリーチェ達が殺った人数も勘定に入れれば十人以上が殺られているのだ。

 あの少女というか女が部下と思われる男達から『大隊長殿』とか『少佐殿』と呼ばれていたことから推察するに、恐らく何処かの国の軍隊――――それも自分と同じ魔族が部隊指揮官に任命される国の軍隊ということだ。


(状況的に見て彼らは恐らくリグレシア皇国軍の部隊……それも潜入工作や破壊工作を専門に担っている部隊である可能性が高いということか)


 或いは同国の諜報機関か特務機関に所属している準軍事組織の部隊だろう。

 自身が魔王領国防軍憲兵隊や国境警備隊、軍刑務所など国防軍の防諜・保安任務を所管している各兵科部署の上部組織である【保安本部】において隷下にあるヴァンドリッツ衛兵連隊と野戦憲兵隊の司令官を兼任していたアゼレアにとって戦域後方及び兵站線における敵国工作員による諜報・破壊活動の防止と取締は最重要任務だった。

 任務遂行の途上、敵工作員や敵軍遊撃部隊、民兵らの拠点となった街や村を焼いて周ったことなど一度や二度ではない。

 ときには大きな街そのものが魔王領国防軍に対する強力な抵抗勢力であった為、戦術級軍用攻撃魔法『炎の宴』で街を非戦闘員を含む民間人諸共文字通りの灰燼に帰したこともある。

 今と違って当時はまだ銃器が本格的に使用される前だったとはいえ、作戦中に追い詰められた敵軍や諜報員スパイ狩りで拘束寸前だった工作員達はさっさと魔法攻撃へ移って逃亡を図ろうとしていた。

 そういった経験を持つアゼレアから見た彼らの置かれた今の状況は既に銃撃戦から攻撃魔法の応酬へと移っていても何ら不思議ではないのだ。


(少し突っついてみようかしら?)


 敵に何かしらの意図がないとも限らないが、玉砕覚悟でもない限り向こうにはこちらの攻撃魔法を防ぐ手立てはない。


「孝司、攻撃魔法を使用するわ。
 悪いけれど、少し下がっていてくれるかしら?」

「分かった!」


 孝司が目配せをするとそれまでこちらに合わせて射撃を行っていたベアトリーチェとカルロッタが頷いて三人がボロボロになったコンパートメントへ素早く引っ込む。

 それを確認したアゼレアは拳銃の射撃を中断して左手を敵に向けて狙いを定めた。狙うは当然、敵集団の長である銀髪の少女である。


(神罰の光よ、彼らの罪過を照らし清め給え)


――――通常軍用攻撃魔法・指向性誘導光熱線術式『光の禊ぎ』


 敵へ向けられたアゼレアの掌から無詠唱呪文で発現したのは赤い光だった。時間にして大凡五秒も経たずして掌上に赤い粒子が収束し始め次第に丸い高エネルギー体が形作られていく。

 通常の魔法戦闘に用いる軍用攻撃魔法である魔力を用いた熱線術式とはいえ、アゼレアほどの膨大な高魔力を持つ使い手ともなれば相手を防御魔法の障壁ごと瞬時に蒸発させるだけではなく、状況によってはコンクリートで強固に防護された掩体壕トーチカさえも貫通し破壊する威力を有している。

 そのような高威力になってしまう熱線術式をこのような狭い列車内、しかも彼我と敵との距離がとても近い空間内で撃てば敵集団は一瞬の内に消滅し、後ろの鋼鉄製の壁も溶解してしまう可能性が高い。


(発っ…………え?)


 「発射」と念じようとしたところで、いきなり魔力の奔流が自分の体の内側へと勢い良く流れ込んで来る感覚にアゼレアは驚きの表情を隠せずにいた。


(こ、これは魔力の逆流……!?)


 アゼレアがその異常に気付いた時には既に放出を始めた己の魔力が強制的に体の中へ戻されている感覚に対して言いようのない不快感と不安に全身を支配される。


「ガッ!?」


 発射寸前だった『光の禊ぎ』は術式が強制解除されてしまい、全身を貫く痛みによって体が金縛のような麻痺状態に陥ったアゼレアはなす術もなく通路へと倒れ込んだ。


「アゼレア!?」


 突然起きた想定外の事態に慌てた孝司が自分の名を叫ぶが、最早その呼び掛けに応える間もなく倒れ込んだアゼレアの視界に広がるのは一等客車の通路の床とそこに広がる硝子の破片、そしてボロボロになっている壁だけだった。





 ◆
 




『おおぉぉっーーーー!』


 目の前で上級魔族が昏倒する様子を見ていたリグレシア皇国親衛隊省武装親衛隊本部直轄『第二四襲撃撹乱大隊』の隊員達は驚きと安堵の混じった声を上げている。

 隊員達の中には魔族ではなく人間種も混じってはいるが、彼らリグレシア皇国民にとって本国では王族だけにしか存在していない上級魔族が倒れ込む様子は非現実感を伴う衝撃的な光景だった。


「やったぞ!」


 誰が言ったか分からないが、直後に隊員達から歓声が上がる。


「相手は上級魔族だ。
 倒れたからといって油断して近寄るようなヘマは犯すなよ。
 今の内に態勢を立て直しつつ、射撃を続行!」

「はっ!!」

「させませんわ。
 慈悲の光よ我らを包み護り給え!」


 大隊長であるエルザがそう言うと先頭にいる部下達が倒れた上級魔族を守るために防御魔法を展開している教会特高官らに対して牽制射撃を行いつつ、残りの隊員はその間に態勢を立て直しながらそれぞれが武器の点検や弾薬の確認を始めた。


「それにしても凄い性能ですね。
 上級魔族を無力化させる程の魔力の逆流とは」

「そうだな。
 さすがはあの『殲滅魔将』を昔潰しただけのことはある。
 だが、当初聞いていた性能とは違って高魔力に対して無差別且つ自動的に反応する機能はどうにかしてもらわないといけないだろう」

「確かにそうですね。
 その機能のお陰で少佐殿や自分らは防御魔法をのぞいた各種攻撃魔法の使用が制限されていましたから……
 魔力逆流機能の対象を標的のみに絞れるように改良しませんと、こちら側にどんなに強い魔力を持つ味方が居ても何の意味もありません」

 当初、ベルグマン中尉から聞いていた話では、この『魔力逆流装置』は標的である上級魔族が出す魔力を特定して探知し、相手が攻撃魔法を使用する際に高魔力反応を示した瞬間、その高魔力反応に同調して魔力を術者本人へ逆流させて無力化するという内容だった。

 だが実際には変異種である自分はおろか中級魔族である副官のクルーガー大尉が発動させようとした攻撃魔法の魔力にも装置は反応したのである。

 その為、上級魔族を前にしておいそれと攻撃魔法の使用した魔導戦闘へと移行するわけにもいかず、防御魔法を併用した銃器や爆発物に頼った非攻撃魔法戦闘を続けざるを得なかった。


「まあ、それは今後の課題のひとつだな。
 実戦記録データが増えれば増える程、今後の改良に役立って行くのだから、それを考えれば今回の件はとても良い記録が取れ……た?」

「少佐殿? ……え?」


 クルーガー大尉と魔力逆流装置について話していたディレット少佐は会話の途中であったにもかかわらず話すことを止めて驚愕の表情を浮かべつつある一点を凝視していた。

 そのことに気付いた大尉も少佐の視線を辿るようして前を見ると、上官と同じように目を見開いて驚愕する。


「アゼレア?」


 そして彼女らの視線の先にはディレット少佐が散々痛め付けていた黒髪の人間種の男が心配そうに声を掛ける様子とそれに応えるようにして魔法障壁を展開しつつ、ゆっくりと起き上がりつつある上級魔族の姿があった。

 その顔に物凄く獰猛な笑みを貼り付けて……


「フフフフフフッ!
 アーーーハッハァー!!」

「な、何だと……!?」

「ア、アゼレアが壊れた……!」


 高らかに響き渡る笑い声とそれに合わせるように驚きと心配の声が巻き起こるが、当のアゼレア自身はそんなことなどお構いなしに笑い続けていた。


「フフフフ!
 大丈夫よ、孝司。
 別に私は壊れた訳ではないわ。
 ただぁ、ある事実を知ってしまってぇ笑いが止まらなくなったのよ」

「じ、事実?」

「ええ。
 孝司と私が出会うきっかけになったあの時の事故が実は単なる事故ではなく、やはり仕組まれた事件だったということにねぇ……!」
 
「事故が実は事件だった?」


 アゼレアの言ったことについて意味が分からないとばかりに首を傾げながら思案に耽る孝司だったが、突如としてそれを打ち破るようにして疑問の声がディレットから投げかけられる。

 
「貴様ぁ!!
 一体、何故起き上がれるのだ!?」

「あら?
 私が起き上がれることが何か問題があって?」

「我々が用いた装置はあの殲滅魔将すら無力化した対上級魔族用の魔導兵器なんだぞ!
 いくら上級魔族の軍人とはいえ、殲滅魔将に劣る貴様が何故魔力の逆流を受けて平気でいられるのだ?」

「殲滅魔将に劣る?
 フフフ……あなた私のことを何も知らないないのね。
 流石に私も同じ攻撃を二回も受ければ、耐性や対応策くらい身に付けているわよ」

「何? 同じ攻撃だと?」


 ディレットから投げかけられた疑問に対してアゼレアは苦笑しながら答えつつも目だけは全然笑っていなかった。

 逆にあの時の事故が偶発的なものではなく、人為的なものだったという確証を得たことで今すぐにでも目の前の敵を皆殺しにしてしまいたいという感情が湧き起こって来て、その感情を理性で抑えることに内心苦労している始末である。


「あなた達だったのね?
 二十一年前、あのとき魔研の実験室の魔導回路へ密かに細工を施していたのは?」

「二十一年前の魔研だと?
 ……いや待てよ。
 確か殲滅魔将も女性の将官だった筈だが…………ま、まさか!
 まさかまさか、そんなことがあるわけが……!?」

「まあ、お礼と言っては何だけれど、一応言っておくわ。
 ありがとう……そして死ね」


 突き付けられた答えに対して明らかに狼狽するディレットだったが、当のアゼレア自身はそんなことなど知ったことかと言わんばかりに拳銃の銃口を敵の首魁である中級魔族の少女の眉間へと指向して照準を合わせる。

 既に撃鉄が起こされている自動拳銃は引き金を少し引くだけで薬室に装填されている銃弾が発射される状態にある。相手が中級魔族であろうが、どんなに強力な防御魔法障壁を展開しようがこの拳銃から発射される銃弾の前ではそんなものは何の役にも立たない。

 仮に銃弾を防げたとしても次策として自身の左手から撃ち出される『光の禊』を喰らえば少女の周りに控えている男達諸共瞬時に蒸発させてしまうだろう。

 そう思いつつ拳銃の引き金を人差し指で引こうとした直前に最愛の男性から声が飛ぶ。その直後無数の銃弾が嵐の如き勢いで列車の窓から飛び込んで来てアゼレアの周囲へと降り注いだ。
 

「アゼレアぁぁっ! 伏せてぇー!!」


 孝司の声に反応して振り返るよりも先に展開していた防御魔法障壁に無数の銃弾が着弾する感覚と障壁破壊に至らないまでもザラッとした嫌な感覚が防御魔法障壁を操る為の魔力波を通じて伝わって来る。


「堕天使族?」

「何で陸自の89式がこんなところに!?」


 車窓から見えた姿に対してアゼレアは銃撃者の背中から生えている翼に注目していたが、孝司は彼女らの持つ銃器に目を見張っている。前者は銃撃してきた者達の種族の正体に当然といった反応を示していたが、後者は顎が外れていると言わんばかりに愕然としていた。


「ベアトリーチェ様、お怪我は!?」

「何ともありませんわ。
 カルロッタ、貴女こそ大丈夫かしら?」

「はい。 大丈夫です」

「少佐殿、ご無事ですか!?」

「ったく、シルヴィアの奴……
 我々を連中ごと殺す気か?」


 驚愕の表情のまま窓の外を見たまま固まっている孝司を他所にカルロッタはベアトリーチェの怪我の有無を心配し、はディレット少佐の安否を気遣うなどしてお互いが敵同士であるにも関わらず、それぞれが直属の上司・上官のことを本気で気遣う様子は第三者が見れば不思議な光景だったに違いない。


「さて、邪魔者が入ったから仕切り直しといきましょうか?」


 だがその様子に水を注すして殺気に満ちた声が列車の通路に響く。このときには既に驚きから立ち直った孝司がアゼレアと共に銃を構えており、二つの銃口は真っ直ぐにディレット達へと向けられていた。


「我々としてはこのまま仕切り直しなどしなくて結構なのだがな……」


 気怠げな、そしてどこか面倒臭そうな自嘲気味な表情のまま、ディレットはアゼレアへと向き直りつつも自身も部下と共に拳銃を構えるが、この距離で撃ち合えば死ぬのは間違いなく自分達であるという確信がディレット達にはあった。

 何せ上級魔族が展開する防御魔法障壁には銃弾はおろか大口径の要塞砲から撃ち出された砲弾さえも通じないことは中級魔族であるディレット自身がよく知っている。そしてあの殲滅魔将とその傍らにいる男が持つ銃から放たれる弾丸はどういうわけか、こちらが展開する防御魔法障壁が一切役に立たないどころか破壊されてしまうのだ。


(少佐殿、第五小隊が配置につきました)

(分かった)

 
 内心どのようにしてこの危機から脱出しようかと責めあぐねていたところ、副官であるクルーガー大尉から極近距離でしか使えない念話で予備として控えさせていた第五小隊の配置完了の報告を聞いたディレットは緊張状態にある顔の表情筋が思わず綻んでしまわないように平静を装いながらも、ひとまず脱出の為の時間稼ぎを開始することにした。


「……ところで貴官の名前を聞いていなかったな。
 すまないが今後の為にも教えて貰えるか?」

「逆にそちらは教えて貰えるのかしら?」

「ふん。 教えるわけがないだろう」

「まあ、そうでしょうねぇ。
 ならば捕まえて聞き出した後で楽にしてあげるわ。
 だから、それまで私の名前をよく覚えておくことね。
 アゼレア・フォン・クローチェよ。
 あなた達にしてやられた当時は国防省保安本部付魔導少将を拝命していたわ」

「そうか。
 教えて貰って良かった。
 では……さらばだ!」


 やはりというか知りたくない嫌な答えが返って来たことにディレットは内心舌打ちする。

 目の前にいる女魔族の正体が間違いなくあの殲滅魔将であるということが今はっきりと分かったのだが、それを聞いた彼女はアゼレアに悟られないようにして左手を僅かに動かして灰色の礼服ドレスの袖から細長い紙束を滑り出させて通路の床へばら撒いたのである。

 そして次の瞬間には床へばら撒かれたそれぞれの細長い紙が生き物のように勝手に動き始め、それを見たアゼレアは容赦なくディレットへと銃弾を叩き込んだ。


「何っ!?」


 だが撃ち込まれた銃弾はその全てが浮き上がった破損した扉などの瓦礫によって阻まれてしまう。よく見ると浮き上がった瓦礫には先程の細長い紙が貼り付いており微かにだが青白い光を纏っているように見えた。


「魔導符?」


 流石は殲滅魔将といったところだろう。ばら撒かれた紙の正体を瞬時に見破った魔王領の魔導将軍ことアゼレアは空になった自動拳銃の弾倉を素早く交換して今度は狙いをディレット自身から魔導符へと変更して再度射撃を開始した。

 だが直後に魔導符のひとつが太陽を上回るほどの光を発光させ、また同時に別の魔導符からは膨大な量の黒煙が発生し、それに合わせるようにして煙の中で爆発音が聞こえる。

 爆発音の直後、硝子の割れた車窓から大量の空気が流入して猛烈な気流となってディレット達のいる方向へと流れて行くが、魔導符から発生した黒い煙はそんなことお構いなしと言わんばかりにその場へ留まり続けてアゼレア達の視界を邪魔し続けた。


「くっ!」


 敵が逃亡を図ろうとしていることに気付いたアゼレアはとりあえずディレット達がいるであろう前方に対して弾倉を空にする勢いで自動拳銃を適当に発砲する。だが次の瞬間、お返しとばかりに先程の堕天使族の奇襲時と同じ銃声が通路内に響き渡り、数十発の弾丸がアゼレアの展開している防御魔法障壁へと着弾した。


「……っち!」


 アゼレアが悔しそうに舌打ちする。
 魔力波を操作して魔導符が展開する術式に干渉して黒煙を払ったときには目の前にいた敵は誰もいなかった。

 ご丁寧にも先程までの銃撃戦で孝司とアゼレアが射殺した敵の死体も消えており、残っているのは先の銃撃戦でボロボロになっている客室の扉などの残骸や既に魔力を失った状態の魔導符だけである。

 そして魔導符から黒煙が発生する前までには存在していた乗降口の扉が綺麗さっぱりと消えており、先程聞こえてきた爆発音はこの乗降口を吹き飛ばしたときのものだろう。

 急いでドア枠まで移動して車外へ落ちないように気を付けつつ顔を覗かせると目に映っていたのは小さくなりつつある先程まで対峙していた敵の姿だった。

 線路へと飛び降りたのではない。
 本来、単線であるこの線路の本線とは別に列車の行き違い用に敷設されているのであろう退避線だが、この伏線に停車させていた列車へと飛び移ったのだ。


(あれは……もしかして無蓋貨車か?)


 見えたのはこの列車と同じ車幅を持つ古めかしい雰囲気の無蓋貨車とその荷台に乗っているあの少女とそれに率いられていた男達、そしてそれらとは別に後方の二等客車から飛び移っている最中である男達の姿だった。

 この列車の走行速度から考えても停車中の無蓋貨車の荷台へ飛び移れる時間はほんの数秒間だけだろう。そのごく限られた時間の内にチャンスを逃すことなく臆せずに飛び移る彼らの度胸と勇気は賞賛に値する。

 間違っても彼等がただの軍人ではないことは確かだ。

 その証拠に彼等の護衛なのか、遠ざかって行く無蓋貨車の上空には巨大な鳥のような翼を持つ女性の堕天使族が銃器や槍で武装した状態で滞空していたが、二等客車から男達が飛び移ってしまったことを確認すると列車と並行するように飛行を開始し、客車へ銃撃を加え始めた。

 
「伏兵がいたとは不覚ね。
 まんまと逃げられてしまったわ」

「…………のようだね」


 アゼレアの悔しさの籠った言葉に頷きつつもチラッと線路へ目を移すと、列車が走行している本線とそれに並行して敷設されている待避線の間には電柱や駅のプラットフォームなどといった障害物が何も無いことが分かる。


「なるほど。
 いつの間にか線路が単線から本線と待避線が並走する伏線状態になっていたのか。
 これなら確かに中級魔族の身体能力なら無理なく飛び移れるだろうなあ。
 それにしても、あの無蓋貨車の後ろに連結されていた車両は一体……」

「先程、一瞬だけチラッと見えましたが、あれは恐らくシグマ大帝国軍の装甲軌道車ですわね」


 「何だったのだろう?」という言葉が出る前に声が掛かる。
 その声の主へ顔を向けると、そこには頭巾ウィンプルとそこから僅かに覗く美しい金髪の前髪が風に靡いているベアトリーチェの姿があった。


「装甲軌道車?」

「ええ。
 シグマ大帝国軍鉄道警備隊に配備されている鉄道及び鉄道施設警備用の装甲車両ですわ。
 過日、ハーベスト村付近の大帝国軍部隊の駐屯施設から強奪された車両と形状が酷似していますから、同一車両ということで間違いありません。
 それにしても、まさかあの方達が装甲軌道車を盗んだ犯人だったとは流石に驚きでしたが……」

「…………ああ!
 そう言えば、この間ベアトリーチェさんがそんなこと言われてましたね」


 そういえば食堂車で話をしているときにそんな話題があったことを思い出していたが、そのときは犯人はまだ判明していないとベアトリーチェから聞かされていた。

 だが彼女の言う通り、あのような使い方がされているところを見ると、自分を痛め付けてくれた少女とそれに率いられている男達が装甲軌道者の強奪犯ということで間違いないだろう。


「これは間違いなく、シグマ側の中にも今回の件を手引きした者がいますわね」

「でしょうね」


 道さえあれば縦横無尽に走ることが出来る自動車とは違って軌道車は敷設されている線路の上しか走行出来ないというのは子供でも分かることだ。

 ということは強奪した装甲軌道車を解体せずにそのまま隠匿するにせよ密かに何処かで走らせるにしろ、線路を保守・管理している側の協力が欠かせないことは容易に想像出来る。

 それにいくら単線とはいえ、他国の王族が乗車している列車の本線進路上に位置している待避線に予め無蓋貨車を連結した装甲軌道車を怪しまれずに警備の目を掻い潜って堂々と停車させておくにはそれ相応の権限を持つ協力者が必要不可欠だろう。


「ふむ……」


 そして俺とベアトリーチェの会話を聞いたアゼレアは何か思うところがあるのか、思案顔のまま遠ざかって行く敵の姿を見送った後で踵を返して貴賓車へと続く通路の扉を開けようとしていた。


「アゼレア、何処に行くの?」

「ガーランドが乗り込んでいる貴賓車へ行くのよ。
 この国に張り巡らされている鉄道と今乗っている列車の構造や通過する場所に何があるのかを知っているのは彼らしかいないもの」

「どういうこと?」

「何か引っ掛かるのよ。
 堕天使族を含む中級魔族達とそれに率いられていた敵集団が防御魔法以外の魔法……攻撃魔法を一切使用せずにずうっと銃器だけで戦闘を続けていたことと、貴賓車を目前にしてあっさりと第一公女の拉致を諦めてさっさと撤退して行ったことにね」





 ◆





 隣の本線を疾走して行く旅客列車の風圧を感じながら美しい銀髪が靡かないように左手でやんわりと押さえているリグレシア皇国親衛隊省武装親衛隊本部直轄の工作部隊、『第二四襲撃撹乱大隊』の指揮官であるエルザ・ディレット親衛隊少佐は無蓋貨車の荷台へ飛び移ったあとで同部隊所属で第五小隊の隊長を務めるキャリコ中尉と向き合い互いに敬礼を行った。


「ご苦労だったな」

「大隊長殿、ご無事で何よりです」

「いいところに来てくれて助かったぞ。
 流石に今回ばかりは生きた心地がしなかったな……」

「少佐殿、先程クルーガー大尉から掻い摘んで聞きましたが、例の女魔族はやはり……」

「ああ。 あれは殲滅魔将だ。
 間違いない」


 キャリコ中尉の疑問に対してディレットは素直に答える。
 別に隠すような内容でもないし、相手が全魔族最強の存在だったとしても作戦を中止する理由にはならないからだ。

 だが、やはり第五・第六小隊の隊員達の間には相手が高位上級魔族の魔導将軍であることに対して動揺が広がっているのを肌で感じるが、こればかりは仕方がないことだと割り切ることにして代わりに隊員達の士気を下げないようにする為に多少悪い顔で隊員達の顔を見回した後で言葉を紡ぐ。


「だが、いい機会だ。
 今度こそ殲滅魔将に引導を渡してやる。
 物理的にな……」


 大隊長のそんな顔を見て部隊員達も釣られて全員が悪巧みを考える悪人顔になってニヤリと笑う。彼等の表情を一瞥して満足気に頷いたディレットは第六小隊長であるスパス中尉に進捗状況を尋ねることにした。


「例の魔法陣の設置状況は?」

「はっ! 
 先程、シルヴィア少佐殿より三号車の屋根に標的魔法陣の設置を完了したという報告がありました」

「よし。
 シルヴィアに再度伝えろ。
 機関車を制圧したら当初の予定通りの位置で列車を停車させてその後は運転室の破壊と運転員を始末させるんだ。
 いいか、それまでは運転員は絶対に殺さないように伝えるんだぞ」

「はっ!」


 通信を行うために後部の装甲軌道車へと向かって行くスパス中尉を尻目に大隊副官のクルーガー大尉が小さく笑みを浮かべつつも悔しくてたまらないと言わないばかりにディレットへと話し掛ける。


「シレイラ第一公女を確保出来なかったのは誠に残念でしたが、本命の方が達成出来れば今回の作戦は成功と言って差し支えないと思うのですが?」

「そうだな。 そうなることを是非とも祈ろうではないか」


 果たしてディレットは現段階で作戦がそう上手く進むものなのか甚だ疑問に思いつつも、内心縋るような気持ちで作戦の成功を祈ることにした。
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