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第30話 恋敵

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『本日の列車運行はこれにて終了致します。
 明日の当列車の運行開始時刻は朝八時になります。
 八時過ぎには当カティン駅を発車しますので、お客様におきましては朝七時三〇分までには乗車を開始するようお願い申し上げます。
 また、列車内で就寝する方は車内の御用所トイレは使用禁止になっていますので、カティン駅構内の施設を利用するようにして下さい。
 また当駅及び近隣の地域は深夜になると冷え込みますので、防寒対策をしっかりと行った上でお休みになるよう心掛け下さい。
 旧ティレノール領カティン市街地に行かれる乗客の方々は、必ず当列車の乗車券と身分証を携帯して行かれるようにお願いします。
 乗車券と身分証をお持ちにならない場合は街に入ることが出来ない可能性がありますので、くれぐれもご注意下さい。
 繰り返します…………』


 列車の内外で車掌の声が響く。
 車内に残る者、車外へ出て街へと繰り出す者達それぞれが車掌の注意を聞きつつ、思い思いの行動を始める。

 そして俺とアゼレアも車掌の言葉を聞きつつ列車の乗降口から駅のホームへと出る。
 

「さて、行こうか? アゼレア」

「ええ。 行きましょう」


 屋根のないホームから見る駅舎の外観は高さのある平屋建でありながら、レンガとコンクリートを用いた重厚な造りで建物中央部の屋上には刑務所のような監視塔が設置されている。よく見ると、駅舎とホームを繋ぐ出入り口には大きな鉄の扉が装備されており、同じく窓にも観音開きの鉄扉が備え付けられているのが確認できた。

 しかも、日没後の暗さで見逃しそうになるが、駅舎の扉や窓の傍には鉄の蓋を装備した銃眼と思しき設備が存在しており、駅というよりも小型の要塞か駅舎に偽装したトーチカに見えなくもない。そして駅舎の敷地の要所には拳銃や小銃、水平二連銃身型の散弾銃などで武装した鉄道公安官が周囲に鋭い視線を注ぎ、鉄条網を巻き付けた移動式馬防柵バリケードが敷地の所々に置かれている。


「それにしても、駅の防衛設備が異常なほどに充実しているなぁ……」

「当然ね。 市街地が近いとはいえ駅の周辺は深い森に囲まれているから、魔物や魔獣が出没するでしょうし、一等客車に乗車している乗客達は基本的に裕福な者達が多いから賊徒の襲撃がないとも限らないわ」

「なるほどね。 でも、賊はともかく魔物や魔獣ってそんなに警戒するものなの?
 あの巨大な鋼鉄の塊である機関車や客車を見ていると、例え列車に向かって来ても逆に弾き飛ばしそうな気がするし、魔物や魔獣が駅を襲ったりするのかな?」

「二十一年前と魔物や魔獣の生態が変わっていなければ、襲って来ないとは言い切れないわ。
 魔物や魔獣と呼ばれる動物は豚や牛などの家畜や犬猫など人間達と共生している動物達と違って大気中に存在する魔力――――魔素が濃密に滞留する地域の中で生態系や遺伝子に著しい影響を受けて突然変異を起こした野生の動物や生き物が『魔獣』とか『魔物』などとして定義されているの」


 アゼレアによると魔物や魔獣は元を正せば最初はただの動物だったらしい。だが、地球のガラパゴス諸島然り、その土地土地で独自に生物が進化するのと同様に魔力や魔素が及ぼす影響によって、それらが存在しない地域で育った生物達とは明らかに違う進化を遂げたものが『魔獣』や『魔物』として定義されて各々の名称で呼ばれていると言う。


「特に魔獣前者は狼や虎、熊など哺乳類が変異したものを指し、魔物後者はそれ以外の存在を指すわ」

「それ以外?」

「例えばゴブリンやオーガ、竜などの類人猿の類いや爬虫類などが進化する過程で魔素の強い影響を受けて変異した動物達のことよ。
 有り体に言えば、強烈な不快感や恐怖心を煽る外見を持つ動物を指すわ。
 でも、これもそれぞれの国で分類の仕方が違ったりするから、定義は結構曖昧なの。
 国によっては、魔素の影響を受けて進化した生き物を全て『魔物』として一括りに定義しているところもあるわ」

「なるほど」


 アゼレアの説明で俺の頭の中では地球では見られない派手な体色を持つ猛獣や、もはや定番となっているファンタジー物語の常連とも言えるモンスター達の姿が再生されては消えて行く。だが、この世界では国際的な学術の取り決めが設定されていないためか、魔獣や魔物の定義や区分が若干曖昧なようだ。


「殆どの魔獣や魔物は『魔力溜まり』や『魔素げん』などと呼ばれる魔力素の密度が濃い、人里離れた山中や深い森の中などに生息している場合が殆どなのだけれど、稀に餌を求めたり、縄張りを広げるために人間の生活圏の近くまで進出して来たり、別の魔素原に移動する途上で偶々人里の傍を通ることがあるの。
 もしくはその逆で人間の数が増えるに従って生活圏が広がり、それがきっかけで魔獣や魔物達の縄張りに触れたがために人里へ姿を現わしてしまうこともよくあるわね」

「ああ……」


 科学文明が充分に発達していないこの世界でも、日本の地方の田舎における人間の生活圏と野生動物の生息域の境界が曖昧になっているという問題と同じことが起きていると分かった俺は一人納得したように二、三度首肯する。

 やはり人間と野生動物が隣り合わせに住んでいるとこのような諸問題は必ず発生するものだが、相手がゴブリンやオーガと言ったファンタジー物語のモンスターだとはっきり言って洒落にならない。さらに言えば、これらのモンスター達がファンタジー物語さながらの狡猾さや獰猛さを持っている場合は、ガチで居住地や命の危険に直結する問題だ。


「ここの駅もパッと見た感じ周囲は深い森だから、何処かに魔素原があったりすると魔獣なり魔物なりの縄張りが近くに存在しているのかもしれないわ。
 特にこの地図が示すようにすぐ近くに標高の高い山と北側に広い森が広がっているところを見ると、中型以上の大きさを持つ魔物が存在していても不思議ではないわね」


 俺がこっそり出したモバイル端末に表示された地図アプリの地形図を見ていたアゼレアは、歴戦の魔族の将軍らしくパッと見で魔獣や魔物が生息していそうな場所に当たりを付けつつ、山脈が広がっている方向を指し示していたが、俺は彼女の言っていた内容に違和感を感じて質問する。


「中型以上の大きさ?」

「ええ。 大きさにして体長約五メートル以上の体を持つ魔獣や魔物よ」

「そんなに大きいの!?」

「中型クラスの魔獣や魔物なんて可愛いものよ。
 魔王領には遥かに大きい大型の種が何種類も生息しているわ」

本当マジかよ……」


 5メートル以上の大きさになるサイズの魔獣や魔物など人間から見たら脅威以外の何物でもない。大体、某汎用人型作業機械並みの大きさになるモンスターなど、果たしてこの世界の武器で対抗出来るものなのだろうか?


「でも、そんなに大きくても国防軍我が軍の敵ではないわ。
 なんたって私以外にも大きな龍に変異できる龍族や空中戦を得意とする堕天使族の将兵達がいるのだから、魔王領の魔物達はよほど追い詰められない限り、積極的に領民を襲うような愚かな行為は犯さないの」

「そりゃあ、そうでしょうよ…………」


 あっけらかんとした表情で話すアゼレアの言葉に対して、俺の頭の中では津波のように押し寄せるモンスターの群れを鼻歌を交えて蹴散らす魔族達の軍勢の姿が過ぎり、更にそれらの軍勢を指揮しつつ、襲い来る無数のモンスター達を一撃で壊滅状態に追い込むアゼレアの映像が脳内再生されて、悪寒で背筋がブルっと震える。


「ただ、シグマ大帝国ここでは話は別よ。
 これだけ武器を持った公安官や兵士達が警備しているところを見ると、魔獣や魔物が駅の周囲に度々出没していると考えるのが妥当でしょうね」

「それはちょっと怖いなぁ……」

「安心して。
 もし、ここに魔物の大群が攻めて来ても最悪、この周囲一帯を更地にすれば大丈夫だから」

「アゼレア、君がそれを言うと洒落になってないよ!?
 って言うか、友好国の国土でそれやったら駄目だからね!」

「分かってるわよ。
 あくまで最悪の事態になったらっていうだけだから、気にしないで」

「いや、全然気にするんですが…………」


 かなり物騒なことを口にし、それを聞いて慌てる俺を気にした風もなく淡々と話すアゼレア。本人は気にしないでと言っているが、俺と彼女の会話を偶々耳にしていた乗客の何人かは顔面蒼白になって額や首筋に冷や汗をかいていた。


「フフフ。 それよりもほら、街が見えてきたわよ?」

「え? おおっ? あれは……城壁なのかな?」


 アゼレアと話しながら駅舎を出て、そのまま道なりに進もうとしたところで彼女に言われるがままに正面へと目を向ける。駅から直線で約500メートル程離れた場所にコンクリートで補強された跡が残る切り立った巨大な石造りの城壁がデンと鎮座しているのが見えた。

 城壁の高さは日本の4階建の公共施設学校くらいはあるだろうか?
 米軍の主力戦車が楽々通れるくらいの幅がある城門の扉は開放されていて、駅から歩いて来た乗客達が続々と門の中に入って行っており、城門の左右に存在する城壁より前にせり出している監視用と思われる門塔の上から治安警察軍の制服を着た男達が下を歩いている人々を睥睨していた。


「見たところ、あの城壁は対賊徒用ではなく魔物の襲撃を意識した造りのようだわ。
 ほら見て、城門の左右にある門塔が他の城壁塔よりもかなり前に迫り出して来ているでしょう?
 恐らくあれは、入り口へと誘導した魔物の群れを左右の門塔から安全に叩くのを目的に造られていると思う」

「ほお~?」

「そしてこの水堀は、あの山から流れて来ている川の一部を引き込んで天然の水堀として機能するように設計されているのね。
 橋桁から落とされた敵は堀をよじ登ることもできずに川の水流で洗い流され、最終的に下流で確実に溺死するように考えて作られているわ」

「なるほど。
 確かにこの流れじゃあ、浮輪やライフジャケットを身に着けていないと溺れてしまうだろうなあ……」



『当カティン市には列車の乗車券と身分証を持っていない乗客の方は一切入城できません。
 当カティン市街地に入る乗客の方々で乗車券と身分証をお持ちでない方は入城できませんので、持っていない方は乗車券を取りに列車へ戻って下さい!』


 アゼレアの軍人らしい分析に基づく解説に耳を傾け、彼女が指し示す方向にある堀と橋桁を見ていると、城門付近から響いてくる声が耳に届き、何かと思って視線を送ると城門の手前に設置されている検問所が見えた。そこでは最早お馴染みとなった治安警察軍の制服を着用した兵士とカティン市の職員達とが入城する乗客達に対し、乗車券と身分証の携帯の有無を確認していた。


「入城検査がえらく厳重だね。
 乗客に犯罪者が混じっていないか警戒しているのかな?」


 物々しい警備に反して、幸いにも武器の所持についてはそこまで厳格に検査していないらしく、剣や槍、弓に銃といった武器を携帯している冒険者と思しき乗客達もギルド発行の身分証を提示してすんなりと入城出来ている。だがそれでも警備が厳重なのは変わりがなく、大きな荷物を複数持っている乗客らの集団は個別に荷物検査が実施されていた。


「どちらかと言うと、乗客ではなく別の物を警戒しているように見えるわね……」

「別の物?」

「ええ。 まあ、それはそれとして今は街に入ることだけを考えましょう」

「ああ、そうだね」


 アゼレアに背中をポンポンと叩かれて街に入るように促された俺は、懐からギルド発行の冒険者用身分証を出しつつ、彼女と肩を並べて城門の検問所を目指して再び歩き出した。





 ◇





「さあ! さあ!! カティン市名物、きのこの蒸し焼きだよ!
 今日の夕方に採れたばっかりの新鮮なやつだあ! そこのお兄さん、一本どうだい?」

「こっちは果物の砂糖水シロップ漬けだよ!
 あら可愛い。 お嬢ちゃん、一本試食するかい?」

「羊肉の串焼きはどうだい?
 秘伝の漬けダレに浸して焼いた羊肉の串焼きだあ!」

「お兄さん、うちの店に来ないかい?
 うちの店は良い娘が揃っているから、好きなことができるよ」

 
 厳重な警備を無事クリアして城門の中に入ると、そこは熱気に満ちていた。
 意外にも広く作られている城壁内の道は石畳で綺麗に舗装されており、その道の両脇には様々な出店が立ち並び、夜だというのに街灯や魔道具、ランタンといった光の煌めきで明るく照らし出されているこの街を訪れた者達の視線を誘導して一人でも多くの客を掴もうと、店員達はあの手この手のセールストークで興味を示した者達を自分の店へと誘う。

 そして両サイドに様々な出店が立ち並ぶ中、駅からこの街を訪れていた乗客達は客引きの言葉に時折足を止めて飲んだり食べたり、店先に並んでいる怪しげな民芸品を物色していたりする。そんな乗客達に紛れるように歩いている俺達だが、全然存在を誤魔化し切れないでいた。

 一緒の方向に歩いている乗客もだが、出店の店員達や立ちんぼの娼婦らしき女性、時折見かける治安警察軍の兵士達もアゼレアの姿を見ては驚いたり、チラチラと彼女の顔を伺っていたりする。時折、彼女の美しさに男性や一部の女性が好色の表情を浮かべて声を掛けようと近付いて来るが、ある一定の距離まで来るとアゼレアが放つ威圧感に負けて引き下がるのが視界の端に映る。


「うわあ! 凄いなぁ……」

「どうやら列車の乗客目当ての出店みたいね」

「みたいだね。 それにしても凄いや」


 この街の経済の一部が駅に止まる列車の乗客達から落とされる外貨で成り立っていることは、この熱気に満ちた出店の様子を見るだけですぐに分かる。恐らく、列車が食堂車や寝台のない二等客車を利用する乗客達のためであると言うのは定の良い方便であって、実際には経済的に脆弱な街に対して乗客達のお金を落とさせることこそが本音だろう。

 そういう意味であれば、地方の沿線自治体の活性化を狙ったJR九州の観光列車に通じるものがある。元日本人の転生者である斎藤さんことゾロトン議員は鉄道省に強い影響力を持っているので、もしかしたらこのような列車を利用した経済活動の発端は彼によるものかもしれないと、つい邪推してしまう。


「孝司、こういうときは荷物の置き引きや財布を狙ったスリが横行しがちだから、充分周囲には気を付けてね」

「分かった」

(とは言え、うーむ……やっぱり目立っているよなあ)


 スリや置き引きなどの犯罪を警戒しているアゼレアの注意を聞きつつ周囲へと視線を向けると、すれ違う者達や出店の店主や店員達の視線が必ずアゼレアへと注がれ、ついでとばかりに彼女と親しげに話す自分にも同じ視線が注がれることに俺は内心辟易していた。

 とその時、己の耳に聞いた覚えのある名前と凛々しい女性の声が響き、そちらに目を向けた俺は思わず驚きの声を出そうとしたところ、必死に顎を噛み締めて声を上げないように阻止する。


「ベアトリーチェ様、そちらは色街の方向です!
 食堂街はこちらの通りですよ!」

「ごめんなさい、カルロッタ。 魔導光の煌めきが綺麗だったからつい……」

「ベアトリーチェ様、わざとあちこちにフラフラと歩いて行っていませんか?」

「そんなことありませんわよ。 ……あら?」

(げっ!? やばい、目が合っちゃった……!)


 何でこんな所にいるのかと思いつつ、ここで踵を返して逃げ出せば逆に目立ってしまうということで敢えて他人のフリをしてやり過ごそうとしていた俺だったが、ほんのチラッと相手を見た瞬間、互いの目がガッツリ合ってしまった。


「まあまあ! そちらにいるのはエノモトさん!
 エノモトさんも夕食を食べに列車を降りていたのですの?」

「え? ええ、まあ……」

「知り合いなの? 孝司?」

「ああ、うん。 さっき食堂車で知り合ったばかりだけれどね」

「そう……」


 俺を発見したベアトリーチェはこの人混みの中にいるのも拘らず、人の流れに逆らってこちらにやって来る。これだけ多くの人が歩いているのに、彼女は誰にもぶつかることなくスルスルと足早に歩いて遂に来てこちらに辿り着き、その直後に彼女を追って来た臙脂えんじ色の詰襟型の軍服を着込んだ女性がその隣に立つ。

 俺とアゼレアの前に立ったベアトリーチェは俺の両手をとって握手をしつつ、子供のように手をブンブンと上下に振って嬉しそうにしているが、俺はそれよりもこの光景を目を細めて見つめているアゼレアが怖くて、浮気の現場を押さえられた小心者の旦那のような顔になって彼女に弁明する。


「あの、アゼレア?
 誤解しないで欲しいんだけれど、声を掛けて来たのは向こうのほうからだからね」

「分かってるわよ」

「こちらの女性が、もしかしてエノモトさんが仰っていたお連れの方ですの?」

「え? ええ、そうです。 彼女はアゼレア。 魔王領の軍人さんです。
 こちらは、えっとお……聖エルフィス教会の司祭さんで、名前はベアトリーチェさん」


 見られてしまった以上、隠しようがない。
 諦めた俺はベアトリーチェにアゼレアを紹介し、アゼレアにベアトリーチェのことを紹介することに決めた。
 

「初めまして。 アゼレア・フォン・クローチェと申します。
 魔王領国防省保安本部付魔導少将を拝命しています」

「聖エルフィス教会監察司祭、エルフィス教皇領特別高等監察官のベアトリーチェ・ドゥ・ガルディアンと申します。
 こちらは私の護衛を務めている衛士のカルロッタです」

「お初にお目にかかります。
 エルフィス教皇領衛士庁上級衛士のカルロッタ・メッサーシュミットであります」


 俺の意を汲んでくれたのか、アゼレアは俺の目をジッと見た後で敬礼をしながら自己紹介を行う。アゼレアの正体に一瞬だけ驚いた表情を見せたベアトリーチェはそれまでのフニャっとした表情を改めて俺と彼女に自己紹介をし、次いでカルロッタを我々に紹介した。


「あ、自分は冒険者の孝司榎本です」

「さて! お互いの自己紹介も済んだことですし、良かったらクローチェ少将閣下とエノモトさん、私達と食事をご一緒致しませんか?」


 情け無いことだが、魔導少将や監察司祭だの上級衛士と聞いているだけで凄そうな役職が並ぶ中、只の冒険者という自分の存在がものすごく小さく思えてきて、ここから逃げ出したくなってくる。しかし、そんな俺の考えを見抜いたかの如くベアトリーチェが“パンッ!”と手を打ち鳴らしてニコニコとした笑顔で俺とベアトリーチェを食事に誘ってきたのである。


「え? 食事ですか? ……どうする、アゼレア?」

「私は大丈夫よ。
 聖エルフィス教会の監察司祭殿と知り合う機会なんて魔王領にいたら絶対になかっただろうから、司祭殿と色々お話してみたいわ」

「……だそうです」

「では決まりですわね。 実は先程、地元の方からお勧めのお店を聞いていますの。
 クローチェ少将閣下とエノモトさんは何処のお店に行きたいなどのご希望はありますでしょうか?」

「いやぁ……」

「私も孝司もこの街には不慣れなので、希望は特にありません」

「そうですか。 それでは地元お勧めの店に行きましょう!
 カルロッタ、先導お願いしますわね」

「了解しました」

「それでは行きましょう」

「は、はい。 よろしくお願いします」

「それでは、お付き合いさせていただきます」


 ベアトリーチェの笑顔に押されて次々に段取りが決まって行くが、俺は兎も角、アゼレアが反対しないのならばこちらから疑義を挟む余地はない。と言うことで、俺とアゼレアはベアトリーチェに誘われる形で街の雑踏の中に消えて行ったのだった。





 ◇





「まあ、ほどほどに混んでいる……と言えば良いのかな?」

「そうみたね」


 俺の声が店内の喧騒に消えると言うことはなく、声がはっきりと店内に響いていた。何故なら、店内にいる者達全員が食事や話を止めてこちらに目を向けているからである。ここはカティン市街の中にあるとある料理店の中なのだが、俺達が扉を開けて店内に入った瞬間からこの状態になっているのだ。

 はっきり言って客も従業員も、老若男女問わず吹き抜けになった店内の2階席にいる客達までもが動きを止め、こちらに注目を注いでいるのは非常に居心地が悪い。

 だがそれも仕方がないことなのかもしれない。アゼレアは軍服を着用しているし、ベアトリーチェは真っ黒な修道服を着ているものの、二人ともとても美しく、しかも独特の雰囲気を醸し出しているため、注目するなと言うのが無理なのかもしれない。


「ベアトリーチェ様、あちらの個室が丁度空いているとのことです」

「ありがとう。 カルロッタ」

「こちらでございます」


 そんな中、カルロッタだけが店内の奥から戻って来てベアトリーチェ以下俺達全員を席へと誘導する。クールビューティな雰囲気を持つカルロッタが追加されたお陰で、客や従業員達の注目はより高まり、俺はというと男性陣全員から殺意が載った視線をぶつけられてしまう羽目になった。


「私が最後に部屋に入るわ」

「え? でも……」

「良いから。 孝司は先に入って。 ね?」

「わかった」


 そして俺達は4人は店内の奥にあるVIP用と思われる個室の扉を潜るまで注目を浴び続けながら部屋に入ることになり、個室に近付こうとした客の何人かは最後に入ったアゼレアから殺人光線並みの殺気をぶつけられたせいで苦しそうに胸を押さえながら自分の席へと退散して行った。

 室内に入った俺たちは入り口から見て右側の列の手前にアゼレア、奥に俺、左側の列の手前にベアトリーチェ、奥にカルロッタという席順で座っている。室内はそこそこ広くて窮屈さを感じさせず、魔道具から生み出される光も明る過ぎず、暗過ぎずといった感じで丁度良い。

 扉を閉めると僅かながらに店内の喧騒が聞こえてくるが、そこまで不快に感じるほどではなく逆に良いBGMとなっている。しかし、扉を閉めたのも束の間、俺達4人が着席したのを見計らったかのようなタイミングで扉をノックする音が聞こえ、次いで調理白衣を着込んだ恰幅の良い中年の男性が入室して来た。

 そして着席しているベアトリーチェに向き直って頭に被っていたコック帽を取り、彼女に対して恭しく笑顔でお辞儀する。


「いらっしゃいませ。 
 ようこそ、遠路はるばる当『向日葵亭』へお越し下さいまして、誠にありがとうございます。
 聖エルフィス教会の司祭様に当店をご利用いただけるなど、望外の喜びです。
 私は当店の店主兼料理長のデタルと申します。 以後、お見知り置きを」

「聖エルフィス教会監察司祭のベアトリーチェです。
 今回はお世話になりますわ」

「ご注文がお決まりになりましたら、部屋の外にいる給仕に申し付け下さいませ。
 私を含めて全料理人、腕によりをかけて料理をお作り致します。
 こちらは当店の献立メニュー表でございます。 では」

「ありがとうございます」


 アゼレアの方を一瞬だけチラッと見つつ、何も言わなかったのは気を遣った結果なのだろうか?
 オーナーシェフのデタルさんはベアトリーチェさんに感謝の言葉を述べた後、メニュー置いて部屋を退出して行った。


「何か凄いおもてなしですね。 料理長みずから接客なんて……」

「凄いと仰いますけど、面倒事も多いのですよ。 エノモトさん」

「え?」

「司祭ともなると結構な量のお金を持っていると思われて、会計時に普通のお客よりも多くお金を払うことになったり、肩書きの所為で安い宿や食堂を利用できずに不便を強いられるなど苦労もありますわね」

「ああ、なるほど……」

「司祭殿のご苦労は私もよく分かります。
 私も魔王領にいた頃は、似たような経験に結構苦労しました……」

「あらぁ? 少将閣下もですの?」

「ええ」


 俗に言う『有名税』とでも言えば良いのだろうか?
 日本のバラエティ番組で大物芸能人や大物芸人達が飲食店で食事をした際に、会計でボラれる話を面白おかしく聞くことがあるが、この世界でもある程度有名になってくると同じような現象が起きるようだ。

 だが、おっとりとした見た目のベアトリーチェさんは兎も角、将軍であるアゼレアに対して料金をボッタくるなど命知らずもいいところだと思うのだが?

 もしかして、料金自体はアゼレアが出すものの、支払い行為そのものは部下が代行していて、その部下がボッタくられて最終的に彼女が多めに料金を支払う羽目になるということなのだろうか?


「ところで少将閣下とエノモトさんは何故二人きりで列車に乗り込んでおりますの?
 閣下ほどのお方なら、お付の部下の方々が沢山付いて来ていてもおかしくないと思うのですが?」

「それは……」


 痛いところを突いてきた。
 さすが役職に『監察』という言葉が付いている所為か、ベアトリーチェはニコニコとした表情を浮かべつつも俺とアゼレアの二人きりの旅に疑義を持ち、歯に衣を着せぬ発言で質問をぶつけてくる。


「直接の原因となったのは恐らく魔研――――国防軍の魔法技術研究所における魔法実験の暴走によるものかと」

「魔法実験……ですの?
 でも最近、魔王領で魔法実験の暴走事故など聞いたことがありませんけれど?」

「私もベアトリーチェ様と同じ意見です」


 アゼレアの淡々とした話に唖然とした俺であったが、彼女は大丈夫とばかりにこちらに素早く目配せをする。そして彼女の話を聞いたベアトリーチェは己の顎に右手の人差し指を当て、何か考える素振りを見せつつこれまで自分が見聞きしている魔王領からここ最近、魔法事故の発表が為されていないことを思い返し、カルロッタはそんな彼女の意見に追従した。


「軍機につき、実験の詳細は明かせませんが、私はその時の暴走事故で魔王領から遠く離れたここシグマ大帝国の帝都ベルサに飛ばされて来たのです。
 それも二十一年前の魔王領から……」

「に、二十一年前の魔王領から!?」

「それは本当ですの? クローチェ少将閣下?」


 アゼレアの口から出た彼女達にとって予想外に内容にカルロッタは思わず声を上げ、ベアトリーチェは普段のおっとりした表情がなくなり、監察司祭として特高官としての鋭い表情でアゼレアに内容の確認を問う。


「本当ですよ。 ガルディアン監察司祭殿。
 私は二十一年前の魔王領から時空を超えてこの時代にやって来ました。
 俄かには信じられないと思いますが……」

「んんっ? クローチェ少将閣下? クローチェ、クローチェ…………?
 ……もしかして閣下は二十一年前に魔王領から姿を消した、又は既に亡くなったと噂されているあの国防軍のクローチェ魔導少将閣下ご本人ですの?」

「…………ええ。 そうです。
 正確には、当時は既に国防軍から保安本部へと軍籍は移っていましたが……」

「…………やはり、そうなのですね。 
 名前を聞いてそんなことはないとは思っていましたが……まさか当時魔族最強と謳われていた少将閣下とお話し出来ることになるとは夢にも思いませんでした。
 閣下とお会い出来て、とても光栄ですわ」

「ほ、本官もベアトリーチェ様と同じ意見であります!」


 さすがに転移魔法の実験による暴走事故という点は軍事機密を理由に伏せたようだが、ベアトリーチェのような勘の鋭い女性は遅かれ早かれ真実に辿り着くことだろう。そんな気持ちを抱いているアゼレアに対して、彼女が当時魔王を含めた全魔族最強の存在だったことを確信したベアトリーチェはかなり真剣な表情でアゼレアと言葉を交わし、同じ軍人であるカルロッタはガチガチに緊張しているのが見て分かる。


「過分な評価をいただいていたようで、とても恐縮な思いです。
 私のことは是非名前だけでお呼び下さい。 敬称は一切必要ありませんので」

「では、お言葉に甘えて失礼ながら名前だけで呼ばせていただきますわ。
 私のことも閣下と同じように是非、名前でお呼び下さいな。 アゼレア……」

「じ、自分も是非名前で呼んでいただきとうございます。 ア、アゼレア……様?」

「ふふふ、そんなに固くならないで。
 私も貴女のことは『カルロッタ』と呼ぶから、私のことも様を付けて呼ばないで良いのよ?
 だから、よろしくね? カルロッタ?」

「い、いえ!
 本官のような弱輩者にとって閣下のお名前を呼び捨てにするなど、恐れ多いことであります!
 是非、『アゼレア様』と呼ぶことをお許しください。 閣下」

「分かったわ。 では、改めてよろしく。
 ベアトリーチェ、カルロッタ」

「はい。 よろしくですわ」

「よ、よろしくお願いします! アゼレア様!!」

「自分のことは好きに呼んでくださいね」

「ええ。 分かりましたわ、タカシさん」

「よろしくお願いします。 エノモト殿」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 女性ということで気が合うのか、それとも敢えて気を許した雰囲気を作っているのかは判らないが、少なくともアゼレアとベアトリーチェの双方が互いの名前を敬称を用いずに呼んでいることで室内に満ちていた緊張感は一気に霧散していく。

 少なくともアゼレアにとって俺と出会って以降、自分以外で親しく言葉を交わせる相手はいなかったし、同性で、しかもお互い名前を呼び捨てできる相手が見つかったことは彼女にとって悪い話ではない筈だ。


「では、アゼレア、ベアトリーチェさん、カルロッタさん、早速どの料理を注文するか決めるとしましょうか?」


 そして俺はというと、この落ち着いた雰囲気を失わないためにもメニューの冊子を開いてどの料理を注文するか彼女達に提案した。





 ◇





 個室のテーブルにはいくつかの料理が並んでいる。
 名前は違えど、ローストビーフや生ハム、イタリア風のサラダ、トマトを使った辛いパスタ、そしてポトフなどの料理の他に赤ワインが入ったガラスのデキャンタなど、日本で見たことがある料理が置かれている。

 それらの料理や酒に舌鼓を打ちつつ、俺はベアトリーチェから彼女の特高官としての話を聞いている真っ最中で、アゼレアとカルロッタは食事をしながら俺と彼女の会話を静かに聞いていた。


「へぇ~?
 じゃあ、ベアトリーチェさんとカルロッタさんはずうっと二人だけでこの大陸の各地を巡っているんですか?」

「ええ。
 時折、他の特高官や衛士達と共に行動することもありますが、基本的には私とカルロッタの二人だけですわね。
 聖エルフィス教会やエルフィス教皇領関連の団体や組織、教皇領直轄の保護領への査察や調査を行うのが主な仕事になりますわ」

「査察や調査ですか?」

「ええ。 教会本部や教皇領から支出された予算が申告通りに正しく執行されているか、保護領の運営が適切に行われているかなどに対する査察や調査などです」

「なるほど」


 ベアトリーチェの話は中々に興味深いものだった。宗教国家の監察官、監察司祭と聞いて、てっきり異端審問官のような仕事をしている思っていたが、どちらかと言うと彼女の仕事は端的に言えば日本の会計検査院と公安調査庁の業務を合わせたようなものらしく、護衛として衛士のカルロッタを伴ってバレット大陸各地の教会や教皇領の施設を巡っている真っ最中らしい。


「ほお? やっぱり、道中危険があったりするんですか?」

「ええ。
 やはり女の二人旅だと良からぬことを考える輩もいるようで、襲われたことなど数え切れませんわ。
 ですから危険な場所はなるべく迂回して通り過ぎるように心掛けていますが、一部の孤児院や施療院、教会などがそれぞれの国の貧困地域に設立されていることも多いので、そういう場所にある施設に赴く際には現地の警察や軍隊に護衛を要請する場合もあります。
 でも、時には護衛してくれる筈の警察や軍隊を信頼できないことも多々ありますわね……」

「ああ……」

「なるほど」


 ベアトリーチェの苦労話に俺もアゼレアも納得したように頷く。日本国内で旅行する分には人里離れた辺鄙な場所に行かない限り問答無用で襲われることはないが、この世界ではそうもいかない。

 魔獣や魔物が存在し、盗賊などの犯罪者集団が普通に存在している上にアメリカやフィリピン以上に銃器を始めとした各種武器類をナチュラルに携帯出来る世界など、命が幾つあっても足りないだろう。そんな世界を任務とはいえ、女性2人で旅をするなど「好きにして下さい」と言っているようなものである。

 しかも、この世界は地球で言うところの前近代から近代くらいの文明であり、以前聞いたアゼレアの話だと国際法も20年くらい前から漸く議論され始めたと言う状況で、領主制度もついこの間まで存在していて、国によっては未だに存在している有様である。

 そのような世界では余程の先進国か民度が高い国でもない限り、警察や軍隊の職務レベルもたかが知れている。地球でも治安の悪い国だと地元の警察や軍隊がマフィアやギャング達に買収されていたりするパターンはよくあるが、この世界の場合、警察や軍隊が直接犯罪行為に手を染めていることなど容易に想像できることだ。

 なのでベアトリーチェが言うように、危険地帯での護衛を要請した警察や軍隊が信頼できないと言うのは全く不自然なことではない。事実、彼女の言葉に高級軍人であるアゼレアがウンウンと現在進行形で頷いている。


「だからなのか、向こうから近寄って来る初対面の方に対しては警戒心が働いて信用できないのです」

「ううむ……」

「あ、もちろんタカシさんのことは信頼していますわ。
 見ず知らずの魔族であるアゼレアを助けて、その後必死になって看病された話を本人から聞いて私、痛く感動しましたもの。
 そして確信しましたわ。 タカシさんはとても善良な男性なのだということを」

「いや、知り合ってまだそこまで時間が経っていないにも関わらず信頼してくれるのは嬉しいんですけど、そこまで持ち上げられると逆に体が痒くなって仕方がないのですが……」


 キラキラした目で俺のことを見つつ、讃えてくれるベアトリーチェには悪いが、何かこうむず痒さを感じて居心地が悪い。


「まあ、助けてもらった私が言うのも何だけど、孝司は人が良過ぎるのよね」

「あ、やっぱりアゼレアもそう思う?」

「ええ。 
 人柄が良いのは素晴らしいことだけれど、誰にでも優しく接するのは良くないわ。
 貴方のその優しさにつけ込んで、自分の都合の良いように利用しようとする者が近寄って来ないか心配なのよ」

「う……ごめん」

「もしかして、アゼレアは私がタカシさんに近寄ったことを疑っているんですの?」

「まあ、疑っていないと言えば嘘になるわね。
 護衛を連れた教皇領の特高官が、人の良さそうな外見の孝司に何の理由もなく近寄るとは思えないもの」

「アゼレア、いくら何でもちょっとハッキリ言い過ぎじゃあ……」


 アゼレアの指摘にシュンとしていたのも束の間、彼女の歯に衣を着せぬ物言いに対してベアトリーチェは自分達に対する疑いを問い質し、アゼレアは軍人らしく率直に自分の持つ疑いの心を口にする。それを聞いたベアトリーチェの表情は全く動くことはなかったが、俺はアゼレアの喧嘩を売っていると思われても仕方がない言い方に内心動揺していた。


「そう思われて当然ですわ。
 仮に私がアゼレアの立場でも、同じように疑ってしまいますもの」

「同意するんかい! じゃなくて、やっぱりベアトリーチェさんは…………」

「正直に申し上げますと、孝司さんに近づいたのはその体から感じたことのない魔力波を感じたのが一番の理由ですわね」


 動揺した俺の気持ちはどうなるのだろうか?
 アゼレアの疑いを肯定したベアトリーチェは悪びれる素振りもなく、淡々とした口調で俺に近付いた理由を述べ始めるが、彼女の言っていることの意味が分からない俺は思わず首を傾げる。


「魔力波……ですか?」

「ええ。 魔力波ですわ。 
 それがまるでタカシさんを『自分のものだ』とでも言わないばかりに、貴方の体に纏わり付いているように感じましたの。
 まあ、その魔力波の持ち主の正体を知って内心かなり驚愕しましたけれど……」

「ああ…………」

「いや、別に犬猫の縄張りを表すように魔力波を纏わり付かせた訳ではないわよ?
 多分、無意識によ。 そう無意識よ…………」

「まあ、そう言うことですので、邪な気持ちがあってタカシさんに近付いた訳ではないので安心して下さい。
 でも、お陰で魔族最強と謳われていたクローチェ魔導少将とこうしてお話しができるとは夢にも思いませんでしたが」


 俺が向けるジト目の視線に耐え切れなかったのか、若干顔を赤面させつつ子供のような言い訳をするアゼレア。まあ、聞きたいことはあるが、先ずはベアトリーチェから話を聞くことが先決なので、俺は焦るアゼレアを置いてベアトリーチェに更に質問を重ねるために軽く手を挙げつつ口を開く。


「あのー? でもさっき、“一番の”って言ってましたよね?
 じゃあ二番目の理由って何ですか?」

「それはぁ…………」

「あの、何でいきなり歯切れ悪くなっているんですか?
 って言うか、目が泳いでますけど?」

「あー…………」


 途端に歯切れ悪そうに俺から視線を外して目を泳がせるベアトリーチェ。その様子に不信感を覚えた俺は、彼女に対して追撃を仕掛けるが、惚けるベアトリーチェに横から助け船(?)が出された。


「皆様の会話に割り込んでしまい誠に恐縮ではありますが、恐らくエノモト殿の容姿がベアトリーチェ様の異性に対する嗜好に見事合致しているものと思われます」

「は?」

「あ…………」

「実はベアトリーチェ様は清潔で礼儀正しく、物腰が柔らかい男性が堪らなく好きなのです」

「カ、カルロッタ…………!」

「えー……? 自分がそれに合致しているんですか?
 俺、自分で言うのも何ですが、全然格好良くもないなら、顔もそこまでハンサムイケメンってわけでもないですし、今の職業は冒険者ですよ?」


 淡々と自分の男のタイプを部下に暴露されて顔を真っ赤にさせるベアトリーチェだったが、対象となった俺は驚き半分、不思議半分といった状態に陥っていた。もしカルロッタの言っていることが本当だったとしても、よりにもよって何故俺なのだろうか?

 自分で言っていて悲しくなるが、俺の今の職業は冒険者という中途半端なものである上に、筋肉モリモリでもイケメンでも何でもない、若干顔が濃い目の平均的な純日本男児である。ハッキリ言って、ここに座っている女傑の面々と本来ならば絶対に釣り合う筈がない男なのだ。


「まあでも、そのベアトリーチェがタカシを好きに思う理由、分からなくもないわ」

「え? アゼレア?」

「確かに孝司は貴方が以前から自分で言っているように格好良くもないでしょうし、顔や体格の良い男はこの世にゴマンといるでしょう。
 でもね? 貴方の素晴らしいところは目端が利いて、相手の為に嫌味にならないようにそれとなく気遣いが出来るところと、いざという時は自分のことを差し置いてでも他人を救おうとする勇気と決断力があることよ。
 口では言うのは簡単だけれど、実際にそれを実行できる者はかなり少ないわ。
 だからこそ私は貴方のことを愛おしいと想っているのよ」

「何か聞いていて、今すぐにでも穴に入って死にたい気分なんだけれど……」

(うわぁ! 他人の前でマジな目で言わないで!
 誰か穴掘って! 穴に入って自爆したいぃぃーー!!)


 アゼレアがよりにもよって自分の恋敵候補(未定)に同意した上に、愛の告白とも取れる内容の言葉を臆面も無く語る彼女に俺は今すぐにここから逃げ出して爆死したい気分だった。2人きりのときだったら兎も角、他人のいる場所で大好きな女性ひとに愛してると言われるなど公開処刑にも等しい!


「あらぁ? もしかしてお二人は付き合っているんですの?」

「え? も、もちろんですよ?」

「ふふ、そう言うこと。
 だから悪いのだけれど、ベアトリーチェ貴女の割り込む余地はないわよ?」


 どうやら先程の言葉はベアトリーチェに対するアゼレアなりの牽制だったらしい。地球のワイングラスと比べて幾分武骨に作られているソレに注がれていたワインを一口で飲み干したアゼレアは、俺の肩を抱きつつ、こちらにしな垂れ掛かるような姿勢でハッキリとベアトリーチェの目を見て俺と彼女の間に隙がないことをわざと2人に見せつけてアピールしていた。


「私も『殲滅魔将』と呼ばれたアゼレアからタカシさんを奪うことも手を出すつもりもありませんわ。
 でも、羨ましいですわね。
 そこまで相思相愛だと、傍から見ているこちらは今にも口から血を吐きそうですわ……」

「自分もベアトリーチェ様と同じ思いであります。
 いつかお二人に雷が落ちて黒焦げになってしまえなど……微塵も思っていませんとも」

「カルロッタさん! 心の声が漏れてますよぉ!!」

「おっと、失礼」


 自分の上司に同調しつつも、澄ました顔でいきなり毒を吐くカルロッタは俺の指摘に悪怯れる様子もなく、こちらからそっぽを向いてデキャンタを手に取り、グラスへ手酌で注いだワインを真顔で一気にあおる。


「ふふ。 カルロッタ、貴女真面目なフリして結構毒舌なのね。
 真面目一徹だったフレアと違って、この反応は新鮮だわ」

「ふふふ。
 何時もはカルロッタと二人きりでご飯を食べているので、こんなに賑やかな夕食は本当に久し振りですわね……」


 アゼレアはカルロッタの意外な一面を発見してクスクスと笑い、ベアトリーチェは先程の彼女との話を一切気にした様子もなく、俺と自分の直属の部下である上級衛士とのやり取りを見つめて幸せそうに笑っていた。
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