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第19話 逃亡

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ぇーっ!!」


 合図と同時に自分の耳に鼓膜が破れるのでは?と思うくらいの轟音が響き、無意識に体が反応して両腕を顔の前で交差して顔面を守る姿勢を取っていた。そのまま顔を背けていたら生温かい風が吹いたような気がしたが、直後に見えない誰かに正面から突き飛ばされたような衝撃と両足が浮き上がる感覚を覚えて「え?」と思ったときには背中を床に打ち付けていた。


「がっ……!?」


 後頭部を床にぶつけないように首を前に倒せたのは殆ど奇跡だったと思う。お陰で気絶せずに済んだが、背中を床に打ち付けられたので激痛が体に広がり、痛みで床の上をのたうち回りそうになる。しかし、そのとき大きな音が室内に鳴り響き、痛みによってコンマ何秒かの間とはいえ、意識が飛びそうになっていた俺をその音が現実に引き戻した。


「いぃ!?」


 俺の目に映ったのは“ゴンッ!!”という巨大な鐘を打ち鳴らすような音が響くと同時に赤く光る壁に砲弾のようなものが突き刺さってそのまま霧のように音も無く蒸発する瞬間だった。

 赤い壁の正体……それは強力な魔法障壁であり、展開しているのはアゼレアを置いて他にいない。彼女は扉に大穴を開けて飛び込んで来た砲弾と思しき物体の射線上に立っていたが、廊下から聞こえてきた砲撃の合図と共に展開していた魔法障壁で身を守り、あまつさえ砲弾を蒸発させたのだ。
 

「突入ーー!!」


 ほんの数瞬ではあったが、その様子を唖然として見ていた俺は廊下から聞こえてきた大声で我に帰り、今も右肩から離れることなくスリングで吊られていたポーランド製短機関銃Wz.63のグリップを握り返し、鳥の嘴のように突き出たスライドの先端部を勢いよく床に押し当てた。

 他の短機関銃には見られない特徴的な形状をしている、大型自動拳銃のようなスライドが後退してオープンボルトで射撃する位置で停止した状態になったWz.63の引き金を俺は最後まで引ききった。するとスライドが勢いよく前進して薬室に初弾を装填、固定されている撃針が銃弾の雷管を叩いて撃発し、弾丸が発射される。


「くうぅ……」


 床に倒れ込み、僅かながら上体を起こした状態という不安定な姿勢ではあったが、短機関銃の銃口が扉に向くと同時に俺は射撃を開始。リズム良く、それでいて軽快な銃声が連続して宿の室内に鳴り響き、短機関銃のスライドが目にも留まらぬ速さで前後運動する度に排莢口から空薬莢が次々に吐き出されて宙を舞い、大穴が開いていた木製の扉に銃弾の群が命中して派手に破片が飛び散る。
 しかし、


「な!? 防弾盾!?」


 扉が砕け散る破壊音に混じって“カン!カン!”という硬い金属同士が打ち鳴らされるときに聞こえる甲高い音が響き、俺は瞬時に自分が撃った銃の弾が防がれたことを悟った。同時に弾倉内の銃弾が尽きて短機関銃のスライドが後退した状態で停止して、銃口と排莢口から僅かに硝煙が立ち上る。


「そのまま盾を構えて踏ん張っとけよ!」

「はい!!」


 扉の向こうから保安官達の声が聞こえる。
 やはりあの音は防弾盾に銃弾が弾かれた音だったようだ。周到にも保安官達は予め防弾盾を用意して来ていたようで、最初に部屋へ突入する先頭の者に防弾盾を装備させていたらしい。

 そのためWz.63から発射された銃弾の内、扉の向こう側に撃ち込まれた弾丸は全て盾で弾かれていた。どのような素材の金属なのかはわからないが、少なくとも日本の警察の機動隊が使用していたジュラルミン製の大楯より頑丈なのだろう。

 西側の9mmパラベラム弾より圧力の低い9mmマカロフ弾とはいえ、弾芯にマッシュルーム状のスチールコアを内蔵した軍用弾を使用していたのだ。至近距離から撃てば日本の制服警察官が着用する防弾装具をブチ抜くだけの貫通力がある。彼らの持っているのが、ただの鉄板で作られた盾とは思えない。


「逃げるわよ! 孝司!!」

「ああ。 って、うわぁ!?」


 背後からアゼレアの声が聞こえたので反射的に頷いて返事をした直後、襟首を物凄い勢いで引っ張られた俺は倒れていた扉の近くから強制的に遠ざけられる。

 アゼレアに襟首を引っ張られている状態の俺が見たのは、大穴が開けられた上に更に俺が撃ち込んだ銃弾によって上半分が完全に破壊された扉の向こうで濃い緑色の盾を構えている保安官らしき若い男性と、その彼の背後に立って若い保安官の右側から乗り出すような姿勢で拳銃を構えながら鬼の形相でこちら睨みつけている厳つい顔をした保安官の姿だった。


「逃すかぁー!!」


 厳つい顔の保安官がそう叫んだ直後、彼の持つ拳銃の銃口が光る。室内に新たな銃声が響き、先程まで俺が引き摺られていた場所の床に穴が空く。


「ぎょえぇぇー!?」


 その後も立て続けに銃声が鳴り響き、俺が引き摺られている軌跡を追うようにして銃弾が2発、3発と立て続けに撃ち込まれていく。


「飛ぶわよ孝司!! 目を瞑ってぇー!」

「え!?」


 「何!?」と言おうとしたところでフワッと浮遊感を感じると同時にガラスが砕け散る音が聞こえて反射的に顔を覆って目を瞑る。すると額や手にガラスの破片と思われる細かい石のようなものが当たる感触を感じて思いっ切り顔を左右に振った直後、感じていた浮遊感が消失し、次いで下へ勢いよく落ちる感覚に襲われて思わず悲鳴が出た。


「わああああァァァァーーーー!!!!????」


 悲鳴をあげながらも、僅かに残っていた冷静な思考が「ここって確か3階だったよな?」という事実を思い出し、俺は死ぬ覚悟をした。「背中や頭を地面に叩きつけて死体を晒すんだろうなあ……」とか「神様になっても死ぬんだっけ?」というしょうもないことを考えたが、覚悟していた物凄い衝撃が襲ってくることはなく、代わりにアゼレアの声が耳に届く。


「孝司、着地するわよ!」


 彼女にそう言われた直後、一瞬だけフワリと浮くような感覚を覚えたときには自分の足が地面を捉えていることに気づいて心の底から安堵した。しかし、ホッとしていたのも束の間、正面から聞こえてきたホールドアップの警告に反応して前を向くと、こちらに銃口を向けている保安官達の姿があった。


「出て来たぞぉ! 大人しく武器を捨てて地面に跪けぇ!!」

「構わん!! 撃てぇブッ殺せぇ!」
 

 武装を解除して縛につくようにという警告の声は上から被せるように聞こえて来た大声によって掻き消され、直後に多数の銃声が大通りに鳴り響いて銃弾が自分達を狙って襲い掛かる。しかし、保安官達が撃った銃弾はこちらに届く前に1発残らず蒸発することとなった。


「魔法障壁!?」


 上から聞こえてきた声に反応してそちらの方向を見ると、部屋から逃げようとするこちらに対して追い縋るようにして銃弾を撃ち込んだ例の厳つい顔の保安官の姿があった。彼は全弾を撃ち尽くした拳銃の撃鉄をハーフコックの状態にしてローディングレバーを引き倒し、シリンダーピンを引き抜いていた。


(まさかシリンダーの交換をする気なのか!?)


 パーカッション式撃発機構を持つ回転式弾倉拳銃だったのは彼らが宿に入るときに確認していたし、6発又は5発装填と思われる弾倉内の銃弾を部屋から逃げるときに全弾撃ち尽くしていたと思ったので安心していたが、まさかレミントン社製パーカッションリボルバーM1858のように弾丸と装薬、雷管を予め装填・装着しているシリンダーを交換できる拳銃が存在しているとは……

 そしてあの厳つい顔の保安官は数秒の内にシリンダーの固定を解除し、代わりに腰のホルダーから取り出したと思しき新しいシリンダーを拳銃へ嵌めようとしていた。その流れるような一連の動作にガンマニアである俺は惚れ惚れしていた。

 実銃はエアガンのように部品同士の固定が柔らかくないので、正直なところかなりの力を要する場合がある。しかも、ABS樹脂や亜鉛合金ではなく、熱処理された鋼鉄が用いられているので、専用の工具を用いないと手を怪我する場合もあるのだ。

 そんなエアガンとは違う意味で注意が必要な実銃の、しかもパーカッション式リボルバーのシリンダー交換という作業を数秒のうちに完了させようとしているあの保安官は今までどれほどの練習と経験を積んできたのだろうか?


「…………ヤバ!? させるかぁ!!」


 保安官が自分の銃にシリンダーを挿し込もうとしているのを見て、自分も慌てて短機関銃から空になった弾倉を引き抜く。折り畳まれたままであった銃のバーチカルグリップを起こし、収納されていたストックを引き出す。次に弾薬がフル装弾されている新しい弾倉を短機関銃に挿入、給填して射撃体勢を取る。

 既にWz.63のスライドはオープン射撃位置で後退・停止しているため、照準が合うと同時に射撃を開始する。狙うはあの保安官が立っている場所の直上――――つまりは天井目掛けて銃弾を叩き込みながら、孝司はこちらを包囲している保安官達に挟撃されて押し込まれるのを防ぐためにストレージに収納しているを取り出して使おうと考えていた。





 ◆





「ぬおおおおぉぉぉぉーーーー!?」


 フルオートで撃ち込まれる9mmマカロフ弾とその弾幕にギリギリ当たらない範囲で襲われている厳つい顔の保安官――――ルーク・ガーランド独立上級正保安官は全弾を撃ち尽くした回転式弾倉の交換作業中に突如下からの銃撃を受けて床に伏せる。まるで一種の嵐のような今まで経験したことのない銃撃にルークは只々床に這い蹲ることしか出来なかった。
 

(糞! さっきのといい、今のといい……コレは本当に銃なのか!?)


 こちらが一発撃つ前に何十発という銃弾に襲われては成すすべもない。しかも、こっちがノロノロと弾倉の交換を行なっている最中に向こうは細長い箱のようなものを銃に挿入したかと思った直後にこの嵐である。

 下から撃ち込まれた大量の銃弾は天井に当たり、砕けた天井板の破片が真下にいるルークに降り注ぐ。そのため、彼は降り注ぐ破片から逃げるために一旦窓から離れて廊下に待機していた部下達に指示を出す。


「お前ら! 下に降りるんだ!
 下に行って外にいる連中とで奴を挟撃しろ!!」

「はっ! 了解しまし……!? うわ、何だ!?」


 すると、先程の室内への突入時に盾を構えていた若い保安官がルークの指示を了解して部屋から出ようとしたところ彼は何かに驚いたようで、指示を無視して慌てて部屋から廊下へと出て行ったが顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして直ぐに戻って来た。


「ゲホ! ゴホッ! ガーランド保安官、駄目です!
 下から上がって来る煙が階段と踊り場に充満して下へ降りれません!!」

「何ぃ!?」

「しかもこの煙、吸うと涙や鼻水が出て来て息ができません!
 ゲホッ! ゲホォ! ウォエェェ!」


 若い彼の報告に慌てて廊下に出ると確かに階段には煙が上がって来て充満しており、彼以外の保安官や保安官補達が踊り場で蹲ったり、壁にもたれ掛かって激しく咳き込んでいる。しかも、顔を真っ赤にして目を充血させ、涙と鼻水を大量に流して酷く苦しそうだ。


「糞が!」


 目の前の状況に怒り心頭になって思いっきり壁を叩いたルークは先程までいた部屋へと取って返す。しかし、彼が部屋へと踏み入れた直後に壊れた窓へ下から何かが投げ込まれる。


「ん!? 発破か!?」


 一瞬、投擲魔導弾を下から投げ込まれたと思い身構えたルークであったが、投げ込まれた物体は投擲魔導弾とは違う白色の筒のようなものが彼の目に映る。その瞬間、ルークは別の爆発物……岩盤破壊用の発破火薬を思い出して咄嗟に伏せたが、直後に床へ這い蹲った彼に襲い掛かったのは灼熱の爆風ではなく、青白い煙であった。


「うおっ!? 何だこりゃあ!? う……ゴホッ!
 ウゲホッ! ゲホ! ゲェェホッ!!」

「こ、これです。 この煙です! ゲホ! オホ!」


 最初吸ったときは何も感じなかったが、数秒後に鼻の奥が痺れるような感覚に襲われたかと思ったら、目や口の中が痛くなって強制的に涙が出てきて視界が歪む。鼻の中に鼻水が溜まり始めて鼻腔から空気を吸うのが困難になり口で息をするが、口の中が痺れて呼吸がしにくい。


「糞ォ!!」


 下からということは恐らく奴が何かをしたのだろう。さっき見た窓に投げ込まれた白色の筒状の何かから発生した煙はあの筒の中のどこに入っていたのかと思うほどの煙を大量に放出した。お陰で煙によって遮られた視界とこの不快な感覚のお陰で最早戦闘どころではなくなったルークは、室内に充満した煙――――CSガスの刺激によって床の上を苦しそうにのたうち回りながらガスを発生させた孝司に対して罵詈雑言を喚き散らしていた。





 ◇





 催涙ガス攻撃は思いのほか上手くいった。大型の主力戦車が3台横に連なって進んでもまだ余裕のある広い大通りに布陣していた保安官達はこちらに向けて一斉に銃を発砲したが、彼らの撃った銃弾はアゼレアの魔法障壁によって防がれて全て蒸発している。

 その間に俺はストレージから取り出したブルガリア製の催涙ガス手榴弾を宿の中に放り込む。宿の中のは10人以上と思われる人数の保安官達がいるので、上の階から降りて来る前に催涙ガス手榴弾を宿の出入り口から階段へ向けて複数投擲し、階段室をCSガスで充満させた。

 次に先程飛び降りた現在は壊れている窓めがけて下から同じ催涙ガス手榴弾を投げ込んだ。CSガスの効果は絶大で、宿の中から苦しそうに咳き込む音が聞こえてきて、誰一人として建物から出て来る者はいない。


「アゼレア、コレを保安官達に向かってこうやって投げて!」


 アゼレアにクリーム色の手榴弾を渡しつつ、見本を示すように同じものを銃を撃っている保安官達へ向かって投げる。


「わかったわ!」

「投げる前にこの輪っかを引っ張って外れたのを確認したら、このレバーごと持って投擲するんだ。
 人に直接当てないようにね?」
 
「ええ。 任せて!」


 そうして都合8個ほどのブルガリア製煙幕手榴弾を保安官達へ投擲すると、手榴弾から勢いよく白い煙が吹き出して周囲に拡散していく。大通りの左右は3~4階建ての建物が多く、幸いにも現在の天候は晴れで、しかもほぼ無風状態という煙幕を拡散させるには最も適した環境だった。
 そして……


「うわ!? 前が見えんぞ!」

「射線を確保出来ん!」

「痛てぇ!?」

「撃つな! 今、銃を撃つんじゃない!」


 見事に保安官達の視界を遮ることに成功した。見えないことで無闇矢鱈に動き回って同僚とぶつかったり、視界を確保出来ないために銃を撃つことがままならないようで、発砲を禁じる指示も聞こえる。先程使った催涙ガス手榴弾と違って催涙剤は用いられていないので呼吸が苦しくなることはない。


「ダメ出しでコイツも差し入れだ!」


 そう言ってアゼレアと共に先程投げ込んだものと同じ色の手榴弾を煙幕に包まれている保安官達へ投擲する。直後……


「何だぁ!?」

「伏せろぉー!!」

「うわぁ!?」

「きゃー!!」


 大通りに爆発音と眩しい光が立て続けに発生し、保安官達の叫び声に混じって女性の悲鳴も聞こえてきたが、どうやらこの騒ぎを遠巻きにして見ていた野次馬達も突然の爆発音に驚いているようだった。煙で視界を奪われている状況で突然の爆発音に保安官達は為す術もないようで、彼らはこちらに攻撃をしてこない。


(少し自信がなかったけれど、意外なほど効いているな)


 今さっき煙幕の中に投擲したのは同じブルガリア製の音響閃光手榴弾だ。よく『スタングレネード』と呼ばれている非殺傷型手榴弾の一種で、狭い建物の中で使用すると強烈な光と音で犯罪者やテロリストの視覚や聴覚を一時的に麻痺させて動きを封じることができる兵器だ。

 屋外では強烈な閃光は至近距離でもない限り役には立たないが、音は別だ。特に煙などによって視界が一時的に遮られている状態だと、直ぐ近くで爆発音ような轟音を聞かされれば、音響閃光手榴弾の存在を知らない相手はパニックに陥るだろう。

 事実、保安官や野次馬達は立て続けに響く爆発音に似た轟音を聞かされたおかげで煙の中で右往左往しているらしく、こちらに銃撃を加えるどころではなくなっている。


「よし。 逃げよう!」

「ええ」


 そう言って俺とアゼレアは宿の出入り口から見て大通りを右へと逃げる。反対側は保安官達が大砲のようなものを2門設置していたので、必然的に反対側へと逃げる格好になった。が、いざ走り出したときに大通りに強い風が吹き、滞留していた煙幕が根こそぎ吹き飛ばされてしまう。


「え!? 何で!?」


 明らかに自然に吹いたとは思えない風の流れに「何が?」と思い素早く周囲を走査すると、魔法仗を構えていた魔導師らしき人物が目に入った。


「どうやら、民間魔導師の仕業らしいわね。
 煙幕が野次馬のいる方向にも流れて来たから、風の魔法で煙幕を上方へ飛ばして拡散させたみたい」

「ええぇぇ……」


 せっかくの煙幕攻撃が台無しである。とはいえ、ここでモタモタしていても仕方がないので俺もアゼレアも大通りを走って逃げる。本来なら、俺もアゼレアも保安官達を蹴散らせられるだけの火力や武力を持ち合わせているのだが、保安官達に対して銃や破片手榴弾、攻撃魔法などの殺傷攻撃を行うとまず間違いなく保安官達の中から殉職者を出してしまう。

 そうなると俺もアゼレアも非常に不味い立場に置かれてしまうので、本当に命の危険があったとき以外での殺傷行為は控えようと彼女と予め話し合って決めていた。そういうことで今はのところは逃げの一手なのだが、煙幕が消失して周囲の視界がクリアになったお陰で再び保安官達がこちらに対して再び銃撃を仕掛けてきたのだ。


「撃ちぃ方ぁ始めぇー!!」


 後方から聞こえてきた掛け声に反応する間も無く大通りに響く轟音。思わず反射的に耳を塞ぎ背を丸めながら振り返ると、向こうの交差点付近に設置されていた2門の大砲がこちらに向けて同時に砲弾を発射した直後だった。


「ふん……」


 皮肉にも宿の部屋の中で見た先程の光景が大通りで再現される。
 発射された2発の砲弾がアゼレアの展開する魔法障壁に激突し、そのまま分子レベルで分解されるがの如く蒸発してこの世から姿を消し、その光景を目撃して唖然とする保安官達と野次馬の集団。

 
「ちょっと目障りだから、魔導砲は潰させてもらうわよ。
 ……悪く思わないでね?」


 そう言って魔法障壁を展開しながら大砲へ掌を向けるアゼレア。
 次の瞬間、2門の大砲の真上にそれぞれ2つの赤い幾何学模様の魔法陣が出現し、陣の中に描かれている丸いリングが高速で回転し始める。


「逃げろーっ!!」

「退避ぃーー!!」


 と、突然何の前触れもなく現れた赤く光る不気味な魔法陣の動きを見た保安官達は今まで培ってきた経験から何かを悟ったのか、顔を文字通り真っ青にして一目散に大砲から走って逃げ出すと、直後に回転していた魔法陣が内側に僅かに凹んだ後に陣の中から光る何かが超高速で射出されて真下にある大砲に突き刺さって大爆発を起こす。
 

「うおっ!?」


 大砲や音響閃光手榴弾を遥かに凌ぐ爆発音と炎に自分の口から思わず驚きの声が出たが、大砲を破壊した当の本人は特に何のリアクションもせずに振り返って走り出す。


「孝司、ボーッとしていないで走るわよ!」

「あ? あ、あぁ……」


 アゼレアに急かされて再び走り出すが、背後をチラッと見ると交差点付近は燦々たる状態だった。大砲を破壊しただけではなく砲弾や装薬に誘爆したのか、先程の爆発による被害は周囲へと及んでいた。付近の建物の窓ガラスは全てが爆風と衝撃波で割れており、中には玄関の扉や看板が完全に壊れている建物もある。

 黒煙を上げて燃えている大砲は煙に遮られているのと、こちらが走っているために一瞬しか見えなかったが、砲身が融解して原型を留めておらず、大砲が設置されていた場所の石畳からも炎が上がっており、アゼレアが発動した攻撃魔法の凄まじさの一端が理解できた。


(アレはもしかして地球の兵器で言うところの『自己鍛造弾』の一種……なのか?)


 一瞬の出来事であったために正確なことは判らないが、あの魔法陣から高速で射出された光る物体はパッと見た感じだと榴弾砲などから発射されて上空から戦車などの上面装甲を狙ってトップアタックするための精密誘導対装甲子弾から撃ち出されるSFF(自己鍛造弾)という金属製の溶岩弾に似ているような気がした。

 もちろん使用にあたっては各種センサーやGPSなどを利用したものではなく、アゼレア自身の目視による攻撃であったが、あの大口径の大砲の砲身が融解して貫通し、地面まで威力が到達して大爆発させるほどの威力を見ると、地球の軍隊が持つ主力戦車相手でも砲塔の上面装甲部分を狙えば充分通用しそうな威力である。


「どうやら保安官達はこちらには人員をわざと配置していなかったみたいね」

「え? どういうこと?」

「恐らくだけれど、十字砲火で射線を形成して宿から出て来た貴方を仕留める算段だったんだと思うわ。
 最初の段階で部屋にいた貴方を殺し損ねて逃亡された場合は宿の前で決着をつけるつもりだったのでしょうね。
 今私達が走っているこの方向にも保安官達を配置していたら、同士撃ちの可能性があるもの」

「なるほどね……」


 突然、走りながら説明される保安官達の人員配置とその目的に気付いたアゼレアの解説。彼女の分析によると、どうやら警保軍の保安官達は最初から問答無用で俺をぶっ殺すつもりだったらしい。


「普通なら、警告後に発砲なり砲撃をするのが法執行機関たる警保軍のやり方だと思うんだけれど、事前警告無しでの攻撃なんてあり得ないわ。
 孝司、貴方例の通り魔殺人をしていた憲兵以外で誰か殺した?」

「いやいや、滅相も無い!
 何で俺があの男以外の人を殺さないといけないのさ!?」

「ならば、今こちらに向かって来ている憲兵達は純粋に敵討ちということを前提に動いているみたいね……」

「は? それは、どういう……」

「止まれぇー!!」

「ええ!?」


 突然、前方から警告の声が響いて前を見ると大通りに繋がる細い街路から男達が出て来た。彼らはこちらの行く手を阻むように横に並んで前後2列になって展開し、前列の者達が膝撃ちの姿勢で銃を構えて後ろの者達は長い槍を持ってこちらに突き出すようにして構えている。


「武器を捨てて投降しろ! さもなくば発砲する!」


 拡声用魔道具による大きな声が通りに響き、近くにいた一般人達が巻き添えにならないように蜘蛛の子が散るようにその場から逃げ出して行く。


「濃緑色の制服……間違いなくシグマ大帝国軍憲兵隊ね。
 接近戦に持ち込まれないために、銃士隊を守るようにして彼らの背後から槍を突き出す陣形を組んでいるわ」


 確かにアゼレアの言う通りこれでは容易に近付けない。こちらはスピードを緩めたとはいえ、今も前に向かって走っているのだが、このまま進んで行って銃弾を彼女の魔法障壁で防いだとしても槍で串刺しにされてしまうだろう。


「ど、どうする? アゼレア」

「どうするって? もちろん……押し通るに決まっているわ!」


 そう言ってアゼレアは腰から軍刀を抜刀して先程大砲の砲弾を防いだのと同じ魔法障壁を展開し、そのまま走る速度を上げて高速で憲兵隊の列へと突っ込んで行った。


「と……とと、止まれぇー!! 止まらんかー!?」


 布陣している隊列の指揮官らしき憲兵が焦った様子で怒鳴り声が上げるが、こちらに背を向けて突っ込んで行くアゼレアは一向に減速することなく憲兵隊に向けて突撃を敢行する。憲兵隊員達もまさか槍と銃を構えている隊列に真正面から馬鹿正直に突っ込んで来るとは思わなかったらしく、指揮官の制止を命令する声が明らかに動揺していた。


「う、撃てーーッ!!」


 指揮官が号令を下した直後、複数の銃声が通りに響いて少なくない量の黒い硝煙が憲兵の隊列から立ち昇る。しかし保安官達の銃撃を防いだのと同じように銃弾は魔法障壁に当たると一発残らず蒸発して消滅してしまう。


「マジかよ……」


 その光景を後ろから眺めながらも走りながらストレージに短機関銃を仕舞って、代わりに散弾銃を取り出してポンプアクションで初弾を薬室に装填し射撃準備を整える。この散弾銃に装填している弾丸は実弾ではなく、暴徒鎮圧用のゴム弾だ。

 一応、相手を撃ち殺さないための配慮ではあるが、散弾銃を構えたまま前へと進んで行った俺は呆然と呻き声を出すしかなかった。


「うわぁ……」


 結論から言うと憲兵の隊列は壊滅状態だった。魔法障壁を展開したまま突撃したアゼレアは傷ひとつ負うことはなく、先程まで憲兵達が布陣していた場所に悠々と立っているのだが、その僅か前方に彼ら憲兵達が倒れていた。

 アゼレアが展開していた魔法障壁と憲兵達が激突し、障壁に触れた槍の穂先が粉々に砕けて至近距離から発射された銃弾は前述の通りに蒸発した。そのまま魔法障壁を伴ったまま突っ込んで来た彼女の攻撃に対して憲兵隊は激突した隊列の中央部分から瓦解し、吹き飛ばされた彼らは体を石畳へ強かに打ち付けることとなったのだ。

 しかし、彼らもまたそれなりに修羅場を潜り抜けて来たプロだった。石畳に体を打ち付けることになった者の内、数名は受け身を取ることに成功して身体へのダメージを最小限に抑えて直ちに立ち上がり、そのままアゼレアへ攻撃を加える。

 ある者は抜剣したサーベルで斬り掛かり、またある者は吹き飛ばされてもなお離さずに持っていた小銃に次弾を装填して再び発砲しつつ銃剣を着剣して突撃を行う。相手が魔導士であり、しかも女性ということを考えて接近戦に持ち込めばどうにかなると思ったのであろうが、それは愚かな考えであった。


「ぐわっ!?」

「がッ!?」

「ぎゃあ!?」


 彼らが距離を詰める直前に右手に軍刀を持ったまま、徒手格闘の構えを見せたアゼレアは警棒を持って襲い掛かって来る憲兵に素早く肉薄して顎に掌底を打ち込み一瞬で一人を昏倒させ、次いで己の首を狙って来るサーベルの斬撃を軍刀で斬り結びながら躱してバランスを崩した憲兵の腹に膝を突き込む。背後から銃剣突撃を敢行した者は切っ尖をまるで闘牛士のようにヒラリと躱されて足を祓われ、前に倒れそうになったところを背中へ軍刀の柄の兜金を垂直に叩き込まれて顔面から地面へと落ち、石畳と激しいキスをする。


「うおおおおー!! …………あがッ!?」


 アゼレアが数人の憲兵と格闘戦を繰り広げていると、彼女の背後へ回り込んで斬り掛かろうとしていた憲兵が銃声が響くと同時に裂帛の気合いも虚しく短い悲鳴を上げて地面へと崩れ落ちる。ポンプアクション式の散弾銃特有の装弾音が響いたときには既に格闘戦は終了し、立っているアゼレアを中心に肉弾戦を仕掛けた憲兵達が放射状に倒れているという状況になっていたのだった。


「大丈夫だった? アゼレア」

「ええ。 お陰様で良い運動になったわ。
 ここのところずうっと宿の中にいて外出と言えるのは部屋と公衆浴場との往復だけで身体が鈍っていたから、この徒手格闘のお陰で運動不足を解消出来たから、正直言って助かるわ」

「そ、そう……?」


 とはいえ、周りは死屍累々と言った状態である。死んではいないものの、完全に意識が無い者や脳震盪のために呻き声しか出せずに身体が満足に動かせない者などばかりであるが、その全員がアメリカ海兵隊のような屈強な体格を持つ男達であり、その彼等を長身とはいえ一人の女性が殺すのではなく、行動不能に陥らせたなど到底信じられない出来事だ。おまけにその本人が自分の口で「運動不足が解消出来た」と言っているとくれば返答に困るのも致し方ないことだろう。


「…………孝司、そのまま動かないでね?」

「え? 何、どういうこと?」


 そう言ってアゼレアはこちらの問いかけには応じずにスタスタと俺の横を通り過ぎて行ったかと思ったら、そのまま数歩進んだところで起き上がろうとしていた若い憲兵の顔面にブーツの爪先を軽く蹴り入れた。


「うがっ!?」


 見た感じほんの軽く蹴り入れたように見えたその動作は彼の鼻っ柱を砕き、鼻血が吹き出す。衝撃で脳を揺さぶられた若い憲兵は一瞬で意識を刈り取られてしまい、倒れたままの同僚達と同様に地面の一部となったかの如く動かなくなる。彼は背後から不意打ちでアゼレアに襲い掛かろうとして咄嗟に俺が散弾銃のゴム弾で仕留めた憲兵だった。


「『抵抗する意思を見せた敵は容赦なく叩き潰す』それが私が戦場で戦う上で決めた信条よ。
 今まで経験して来た戦場では、抵抗するのを止めたと思っていた敵に背を向けた戦友や部下が何人も散って行った……時には保護した筈の子供から背中を滅多刺しにされて亡くなった部下もいたかしら?
 だから抵抗や反抗ではなくても、軍務上の支障になると判断すれば老若男女問わず手に掛けたわね……」

「…………………………」

「その所為か、『殲滅魔将』とか『鏖殺姫』なんていう物騒な二つ名がいくつもこの身に付いてまわるようになったわ……私としては間違ったことは何一つしていないつもりなんだけれどね?
 孝司はこんな私を軽蔑するかしら?」


 淡々と、そして自嘲しながら話すアゼレアの表情は何処か寂しそうにしていた。このとき彼女を見ていた俺の顔は自分でもよく分からないが、ものすごく穏やかな表情だったのではと思う。そして告解のように呟く彼女の手を取り両手で包み込みながらこう発言した。


「…………いや、軽蔑しないよ。
 今聞いた君の信条を受け入れられるかと問われたら全部は無理だけれど……だが、理解はできる」


 これは紛れも無い俺の本心だ。平和ボケした国の国民である俺にとって戦場とは最も縁遠い場所であり、今まで経験したことのないものだ。だからアゼレアの戦場における信条を全て受け入れられるかと聞かれればそれは無理な話だ。

 だが、抵抗するのを止めた敵に背を向けたら隙を突いて殺されるかもしれない。それを回避するため、そして自軍の都合や国益の為に心を鬼にして老若男女を問わずに手を掛けたいう話は、もし自分が彼女の立場に置かれたらそうせざるを得ないだろうと理解できるのだ。

 だから俺はアゼレアに対して理解できると素直に答える。
 それを聞いた彼女は何も言わずに黙ったままであったが、やがて俺の言わんとしていることを理解して穏やかな顔になってこう言ったのだった。


「ありがとう。 孝司」

「さ、逃げよう。 クローチェ少将閣下」

「ええ。 行きましょう」

 アゼレアの混じりっ気のない穏やかな顔を見て思わず抱きしめたくなる衝動を誤魔化すために、ワザとらしく彼女を名前ではなく姓と階級で読んだ自分に対して、アゼレアは俺の意図が分かったのか苦笑しながら手を強く握りしめて頷いた。
 しかし、物事はそう気長にこちらのことを待ってはくれないらしい。


「ん?」


 空の方から何やら今まで聞いたことのないような音が聞こえたのでそちらに顔を向けると、何と驚いたことに馬が空を飛んでいるのが目に入り、思わず視線をアゼレアに戻してから再度先程見た方向を見る。


「ええっ!? う、馬ぁ!?」


 胴体から翼が生えた白い馬が物理法則に喧嘩を売るかの如く悠々と空を飛んでいるのだ。しかも空飛ぶ馬は人間を一人乗せている上に、地上を走るのと同じように前脚と後脚を交互に動かしてそれに連動するかのように翼を羽ばたかせている。


「え? 何? 空飛ぶ馬って……えぇ~? 嘘だろう?」


 アゼレアと良い雰囲気だったのに、急にとんでもない形で現実に引き戻されたのだが、最初に目に飛び込んで来たのが空飛ぶ馬という今まで一度も経験したことにないものを見た所為で思考が混乱している。


「あれは『天馬ペガサス』ね」


 すると混乱しているこちらを他所に飛んでいる馬を見ていたアゼレアから聞きなれない言葉が出る。


「え? 天馬?」

「ええ。 『天馬航空騎兵』とか『空中騎兵』と呼ばれる兵科よ。
 魔王領国防軍では空中戦力の中核を龍族と堕天使族が担っているから、天馬は主に捜索や偵察任務に多用されているわ」

「へえ……?」


 なるほど。
 言われてみれば、天馬ということだけあってよく目を凝らして見れば翼が生えている体躯に額から突き出ている角は確かにペガサスだ。それにしても『空中騎兵』とは……厄介な存在が出て来たものだ。


「でも、魔族国家ではない人間種国家の軍では龍族や堕天使族は存在しないから、竜騎兵と共に天馬騎兵も貴重な空中戦力として重用されているの。
 多分、あの天馬は乗馬している騎兵の軍装から判断して治安警察軍の所属のようね?」

「今度は治安警察軍かぁ……」


 治安警察軍。
 先程戦った警保軍や帝国軍憲兵隊と並びシグマ大帝国治安機関御三家の一つを担う準軍事組織。とうとう真打の登場である。オマケに航空戦力である空中騎兵付きと来た。


「上空に空中騎兵を上げたということは、地上にも部隊を展開させているはずよ。
 このままだと地上の治安警察軍部隊と会敵するのも時間の問題ね……」

「うーむ……」

(まったく、次から次へと……)


 俺はよほど彼らから見たら魅力的な存在らしい。
 あの通り魔殺人を犯した憲兵を撃ち殺されたのが余程誰かの気に障ったのだろうか?何だかこの国に居場所が無いような気がしてきた。


「あまり彼らと争いたくないんだけれどなあ……」


 とはいえ、私情ではなく職務で動いている彼らを積極的に害する訳にはいかない。彼らが逮捕ではなく、最初から殺害を目的に動いているのならば反撃するのも吝かではないのだが、いかんせんそうなると将来的にこの国へ入国できなくなる可能性が高い。

 イーシアさん達からの依頼がいつ終わるのか分からない以上、国家に目を付けられるのは避けたいのだ。漫画や映画の主人公のように国家機関とガチンコでぶつかって事態を好転させられるだけの能力は今の俺には無い。


「ねえ、孝司? 私にちょっと考えがあるんだけれど……」

「ん?」
 
 
 内心、悩んでいるところであった俺にアゼレアが提案を出す。
 その提案とは…………?





 ◆





「もうすぐ賢人大通りです!」

「分かっている」


 治安警察軍・中央統括長であるミゲル・エルマン中佐は報告してきた部下に対して騎上から鷹揚に頷くと視線を左に向ける。彼の目に映るのは最近仕事でよく顔を合わせるようになった帝国情報省のデイビット・テイザー情報官だ。彼もミゲルと同じように治安警察軍から拝借した軍馬に騎乗し、彼ら治安警察軍の部隊と行動を共にしている。
 

「もうすぐ例の宿が面している賢人大通りに接します。
 テイザー情報官は今の内に部隊の後方へと下がられたほうがよろしいかと思うのですが?」

「いえ、私も情報省職員の端くれです。
 事態の推移を直接この目で見たことを上に報告する義務がありますので」

「しかし、先程の爆発音は聞こえたでしょう?
 報告によると確保に向かった警保軍の部隊は壊滅。
 また、警保軍の動きを察知して現場へと急行した憲兵隊一個中隊も蹴散らされたらしいと聞きます。
 そのような危険な相手を前にして、戦う術を持たない軍属でも法執行官でもない行政官である貴官を守り切れる自信は本官にはありません」


 ミゲルは率直にデイビットへこう告げているのだ。
 「戦えないお前を守る余裕などないので、大人しく後ろに下がれ」と。
 
 転移魔法で治安警察軍本部庁舎へと到着したデイビットは中央統括長のミゲルや本部長のアルフレッド・グスタフに対して至急の面会を要請し、邂逅一番にこう言ったのだ。




――――『憲兵軍曹を射殺した者の傍に魔王軍の高級軍人が一緒に居る』と……




 次いで「警保軍の部隊が彼の者の潜伏先を割り出して部隊を進発させた」という内容も彼らに伝えた。お陰で治安警察軍は蜂の巣を突いたような騒ぎになり、とりあえず状況を把握するために治安警察軍が保有する航空戦力の一つである天馬空中騎兵を偵察任務として一騎発進させるに至る。

 そして空中騎兵より入って来た情報は信じられないものであった。警保軍の部隊は死者こそ出ていないものの負傷者多数でほぼ壊滅状態に陥り、街路に配置された二門の魔導砲は大破爆発炎上。

 彼ら警保軍の動きを察知して部隊を急行させた憲兵隊も負傷者を多数出して見事に蹴散らされてしまう。そのような危険な相手に自ら部隊を率いて出撃したミゲルもデイビットのような戦闘に不慣れな者を守りながら戦える自信など全く無かった。

 対するデイビット自身もミゲルの言うことは重々承知しているが、情報官としてここで後方へ引き下がることはできない。特にこの事案は元々自分に与えられた任務であるため最初から引くことは考えていないし、アルフレッドやミゲル達治安警察軍上層部は彼の者――――タカシエノモトなる人物をこの国から追い出そうと考えている節があるので尚更引けないのだ。

 仮にデイビットが後方に引いたとして、その間にタカシエノモトを治安警察軍が確保した場合、治安警察軍は彼を情報省に引き渡すのを拒むだろう。そうでなくても尋問や事情聴取にデイビットの同席を拒む可能性もあるし、下手をするとそのまま簀巻きにして国境の外に摘み出しかねない。


「監視している空中騎兵からの報告によると、例の男性冒険者の傍には軍服を着用した長身の女性の姿が確認されており、行動を共にしているようです。
 最初に発生した戦闘の場所に急行した部下が調査した結果、警保軍の魔導砲を破壊したのは目撃証言から見てどうやらこの女性らしいですね。
 魔導砲が破壊された時間を同じくして国土省の魔力計が強力な魔法術式反応を記録しています。
 魔力反応の解析に当たった魔導士官の話によると、魔力の強さは上級魔族……それもかなり強力な魔力を持つ者の仕業であるとのことです」

「やはり、そうですか……」

「もう一つ報告がありますよ。
 このタカシエノモトが宿泊していた宿の一室を向かいの宿から監視していた魔導士が意識不明の状態で発見されたそうです。
 彼は現在医療魔導士による回復魔法の治療を受けているらしいですが、かなり強力な魔力波制御魔法と精神操作魔法に妨害されて治療を施しても直ぐに意識不明に陥るらしいですよ。
 魔導士と一緒にいた男性を事情聴取したところ彼は情報省国外総局の所属で魔導士は情報省軍に籍を置いているらしいですね?」

「……………………」


 ミゲルの報告を静かに聞いていたデイビットは自分が知らなかった新たな事実に対して背中に悪寒が走り、言い様のない恐怖を覚える。しかし、実際に彼以上に恐怖を感じでいるのはミゲルの方であった。


「デイビット情報官、教えてください。
 タカシエノモトの素性はギルドに問い合わせて只の新人冒険者であると判明しましたが、もう一人の女性魔族は一体誰なんですか?
 このまま彼らと接触した場合、部下達に警保軍や憲兵隊以上の被害が出ないとも限りません。
 情報は多ければ多いほど良い。
 何か判っていることがあれば教えてください」


 このときミゲルは内心縋るような気持ちで目の前の情報官に新たな情報がないものかと問い掛けていた。相手に魔族の軍人が居るとなれば、おっとり刀で出撃してきた自分達は現在出撃準備をしているであろう治安警察軍第二陣の部隊の到着を待ち、合流する必要性が出てくる。


「…………私が国外総局の同僚から教えられた情報では女性魔族は魔王領国防軍の所属であるということと、部屋を監視していた魔導士が見た軍服の階級章が佐官又は将官級だということです」

「なっ!?」


 デイビットから新たに聞かされた事実にミゲル達治安警察軍の将兵らは驚愕の表情も露わに彼の顔を見るが、そんなことなどどこ吹く風といった感じでデイビットは淡々と話す。


「女性魔族の名前や素性は私は知りません。
 ただ、そのとき一緒に入ってきた知らせは彼らが潜伏している宿に警保軍のガーランド保安官が部隊を率いて向かったということです……」

「……警保軍にはこちらで知り得た情報は提供していないはずですが?」


 このときミゲルには一つの疑問が頭を過ぎる。アルフレッド以下、治安警察軍上層部は警保軍に伝わった情報がそのまま憲兵隊に伝わることを憂慮して内務省にはこの件の情報は殆ど渡していないのだ。もちろん警保軍が憲兵隊同様、独自に事件を捜査しているのは先刻承知していたが、治安警察軍と警保軍は共に憲兵軍曹殺しの人物の特定には至っていない筈だった。


「私が上の判断で直接ガーランド保安官に情報を渡しました……」

「は? どういうことですか?
 何故よりにもよって『暴風のガーランド』に情報を渡したのですか!?」


 衝撃の事実にミゲルは耳を疑う。しかも情報が治安警察軍や情報省の何処かから漏れたのではなく、事件を調べていた者達の中核にいたデイビット自身が内務省警保軍に持って行ったというのだ。それもよりにもよって法執行官達の間でも荒っぽい逮捕行為で有名なガーランド独立上級正保安官に渡したとのことである。


「エルマン中佐も既にお察しとは思いますが、我々情報省の目的はタカシエノモトなる人物が所持している銃器を手に入れることです」


 デイビットの言葉にミゲルは内心「やはり、そうか」と一人得心する。直属の上司である本部長のアルフレッドから情報省が助言だけに来るとは考え難いので、彼らの行動には充分に注意を払うようにと忠告されていたが、その考えが見事に的中していた。


「金属薬莢を用いた連射が可能な銃、しかも一人で持ち運べる上に射程距離が長く、殺傷能力が高いときている。
 これだけでも特筆すべき内容ですが、それに加えてあらゆる魔法防護を破壊・貫通させるという未知の魔力特性が付加されているのですよ?
 もしこれらの能力を持つ銃を我々シグマ大帝国が手に入れることができ、尚且つ大量に生産できるようになればこの大陸を手中に治めることも夢ではありません!
 ですから、我々情報省はどんな手を使ってでも彼が持つ銃を手に入れなければならないのです」
 
「それは皇帝陛下、御自らのお考えによるものと理解してよろしいのですか?」


 自分の言葉に酔い、どこか陶然とした様子のデイビットとは対照的に醒めたような目で尋ねるミゲルは敢えてこの国の最高指導者の名前を出す。この質問の答え方如何によっては彼ら情報省への対応を変えなければいけないと心に留めながら……


「我々情報省が導き出した考えです。
 情報省の存在意義は大帝国の国益を最優先に考えて行動すること。
 よって皇帝陛下も国益に叶うのなら理解を示してくださると我々は信じています」


 おおよそ予想できていた答えを口に出したデイビットに対してミゲルは深い失望を覚えた。皇帝自身が大帝国を大陸の覇者として目指すのならば、情報省の行動を黙認するのも吝かではないと彼は考えていたのだが……はっきり言ってデイビット達情報省の考えは完全に国益と省益を取り間違えている。しかも「国益の為になるのなら、皇帝もそれに追従するだろう」という大いなる間違いを正すどころか、自己肯定の材料に用いているのだ。


「…………分かりました。
 やはり安全の為、テイザー情報官は部隊の後方へ退がって下さい」

「エルマン中佐!?」

「貴官と情報省の国益を最優先に考えるその気持ち、充分に本官の心に届きました。
 率直に言って感服します。
 しかし、我々治安警察軍の使命は大帝国臣民の生命・財産を守ることを最優先に考えて行動することです。
 そして貴官とて、その例外ではありません。
 どうかお退がり下さい」


 口で言うことと、部下へ下したミゲルの指示は完全に相反するものだった。デイビットや情報省に対して嫌悪感を抱いた自分はまだまともな法執行官なのだということに少なからず安堵しつつも、彼は部下に命令してデイビットを部隊の最後方に連れていくように命令する。

 ミゲルの意図を汲んだ直属の部下はデイビットを半ば拘束するかの如き勢いで騎乗している彼を軍馬から力尽くで引きずり降ろす。そして抵抗する彼を文字通りに担ぎ上げて後方へと連れて行こうとする。


「待ってくれ、中佐! これは極めて重要な……」


 抗議の声も虚しくデイビットは速やかに連れて行かれてしまった。元軍属でもないただの文官である一行政官のデイビットと日頃から街のゴロツキや賊を相手にしている訓練された屈強な体つきの警察官では言わずもがな、彼の声は段々と小さくなりミゲルの視界から消えて行ってしまう。

 
「中佐殿! 前方に何者かが!?」


 とそのとき、部隊の先頭を進んでいた部下から報告が入る。何者かがこちらの進路上に立っていると言う報告にミゲルは軍馬から下馬し、部下に促されるように部隊の先頭部へと進んで行った。


「なんと……」


 部隊の先頭に到着して前方を見ると、そこには灰色の軍服に身を包んだ赤金色の目を持つ長身の美女と女より若干背の低い黒髪黒目の人畜無害の人の良さそうな男が立っていた。
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