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魔法力〈3〉

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 ♢♢♢


「あたいがいない間、何かあったの?ルファ」

 昼食を終えて部屋に戻るとココアがきいた。

「私、無意識に魔法力を使いそうになったみたい」

 ルファは部屋で星図を視ていたときに起きたことをココアに話しはじめた。

「あの旋律の響きに反応するように目の前の星図も輝いたようになったの。星と星を結ぶ線が浮き上がって繋がって……。まるでみちのように視えたわ。光が路を示すように。そしたら急に魔法力が溢れ出したようになったの」

「どういうこと?」

「わからない。でも私、心の中でね、光を見つめながら望んでいたの。導いてほしいって光に向かって願っていた。そのときね、ラアナに腕輪を作るために光を紡いだあのときと似たような感覚がして……。私、光を………。アルザークさんが来てくれなかったら、星の光を操ってしまうところだったかも」

「ねぇ、ルファ。魔法力って星読みが使った場合、どんなふうに星護りに伝わるの?」

「実は私もよく知らなくて」

「え、知らないの?アルに尋ねてみたことないの?」

「聞いたけど「視えて感じる」としか答えてくれなかった」

「ルセル様にも聞いたことないの?」

 ルファは頷いた。

 魔法力の伝わり方や星護りへの影響など、今まで深く考えたことはなかった。

 だがしかし………。

「ねぇココア。もしもアルザークさんが感じるというのが、苦しさだったり痛みだったらどうしよう。……私、天文院から指令があって魔法力を特別に使うことになったの」

 ルファはココアに別任務の件を話した。

「でも考え方によっては、その方がいいのかもよ」

「え?」

「だってさ、もしも魔法力を使うことで自分ではなく星護りの身体に何か悪い影響が出るって酷いじゃない。でもだからこそ、使ってはならないものなんだって、星読みたちは皆そう思うのじゃないかな。戒める意味もあって。それでも平気で使うような星読みは処罰に値する存在で、だから星護りの手によって処刑されるという掟になっているんじゃないの?」

「そんな人、いるのかな」

 ルファは小さく呟いた。

「私利私欲のためとか。自分勝手に魔法力を使って、それで星護りに処刑された星読みが……いたのかな」

「さあね。そんなことまであたいは知らない」

「もしもいたのなら、なんだか悲しいね」

「心配ならアルにもう一度話してみたら?」

 ルファは首を振った。

「私、アルザークさんにあんまり迷惑かけたらいけないと思って」

「ルファ。そんなの全然迷惑なことじゃないでしょ」

「そうかな」

「そうだよ。でもそれよりもまずは今ルファがやるべき仕事を、ルファにしかできないことをしっかりやり遂げることを考えな」

(私にしかできないこと───)

「ココア、私ね、視えてきたの。隠れてたものが少しずつ……。ラアナが探してる〈二つ足りない標の星〉とか。隠れている、というより隠されているのかもしれないものとか」

 ルファの中で、ルキオンの月とほうき星が浮かぶ夜空図が、以前よりも鮮明に浮かぶことがとても不思議だった。

「私、心が感じるままに星を読むことが足りてなかったのかも。ルセルにも言われていたのにね」


 ───『心が感じるままに星を読んでごらん。光は必ず導いてくれる』

 ルセルの言葉を思い出すと、なんだか元気が湧いてきた。


「感じるままの行動や発言が軽率だと思われることもあるから。それで臆病になってたのよね」

「そんなのルファらしくないな。思うことはどんどんアルに伝えていくべきだよ。そのための星護りなんだから」

「そっか……」

「なに遠慮してるのよ」

「ぇ、遠慮とかじゃなくて」

「アルが苦手?怖い?嫌い?」

「そんなことない。そりゃちょっと怖いときもあるけど。でもとても誠実な人だと思うわ」

 無口で無愛想は相変わらずだが。

「私、アルザークさんのこともっと知りたいと思う」

 なにげに言ってしまってから、頬が熱くなり鼓動まで速くなることにルファは慌てた。

「へぇ~、そうか。ルファはアルのこと意識してるんだ。特別な感情があるのよ、それ」

「えッ⁉ と、とく。べつ?」

 ココアの言葉にドキリと心臓が跳ね、なんだかとても落ち着かない気分になる。

「そんなに動揺しなくても」

「だ、だってココアが変なこと言うからっ」

「なによ。変でもないし悪いことでもないでしょ。───さぁほら、そろそろお昼寝しなさいよ。アルにも言われたろ。少し休んで心を落ち着かせたほうがいいよ」

「………うん。そうだね、そうする。一時間過ぎたら起こしてくれる?」

「わかった。おやすみ、ルファ」


 ♢♢♢

(仕方ないな。いっちょ言ってやるか)

 午睡に入ったルファを見届けてから、ココアは半分開いたバルコニー側の窓からこっそり出ると、ひょいと手すりに上り、そのまま隣りのアルザークが借りる部屋のバルコニーへ降りた。

 窓をカリカリ引っ掻くと、部屋の中にいたアルザークがココアに気付いた。

「なんだ焦げ猫。なにか用か」

 開けられた窓からするりと部屋の中へ入りながら、ココアは答えた。

「ちょっとね。アルに言いたいことあんの」

「あいつはどうした」

「ルファなら昼寝中だよ。あのさ、アル。老師衆の聖占でルファが特別に魔法力を使うことになったでしょ」

「ああ、聞いてる」

「ルファはそのことでとっても悩んでる」

 椅子の上に飛び乗ったココアは真っ直ぐにアルザークを見つめた。

「今回だけ特別とはいえ魔法力を使うことで、アルの身体に何かとても負担がかかるんじゃないかって心配してるんだよ」

「そんな心配をする必要はないと、俺はあいつに言っている」

「でもルファはアルにこれ以上迷惑をかけたくないとも言ってた」

「迷惑をかけられてるとは思っていない」

「だったらそういう気持ち、もっとしっかりとルファに伝えてあげてよ。迷いや不安などなく魔法力が使えるように。少しでもルファの気持ちを軽くしてあげてよね。何か一言でも、声をかけてあげるだけでも違うんだから」

 きっとこの目の前の青年には苦手な注文かもしれない。

 眉間に皺を寄せ仏頂面の星護りを前に思ったが、ココアはかまわず言葉を続けた。

「星読みの精神面に気を配ることも星護りの務めとして必要なことだぞ。不安が溜まると正しい判断もできなくなるだろ。だからルファをこれ以上不安にさせないで。星読みの瞳を曇らせることのないようにしてよね」

「………わかったよ。声をかければいいんだろ」

 渋々とだが、返答したアルザークに、ココアは翡翠色の眼を細めた。

「ありがとう、アル。面倒くさい奴だけど、ルファのことよろしくな!」

 来たときと同じようにバルコニーの窓から出て行くココアを無言で見送ってから、アルザークは溜息をついた。


 ♢♢♢


 午睡から目覚めたルファは中断していた天文院からの書類を読み始めた。

 そしてもう一度星図を並べてみたが光ることはなく、あの旋律も聴こえることはなかった。

 全ての書類に目を通し、最後にマセラからの手紙を読み終える頃には夕刻も過ぎ、窓の外は薄闇に包まれていた。

 軽く夕食を済ませてから、ルファはココアにアルザークの部屋へ行くことを告げた。

「報告内容はまとまったの?」

 長椅子の上で毛づくろいをしながらココアが訊いた。

「ええ。でもほかにもね、私、アルザークさんに伝えてないこともまだあるから。旋律と詩の件とか。それもちゃんと言わなくちゃと思って。……まだ自分の中で確信持てないけど」

「確信が持てないから不安で自信もなくて、それでず─っと言い損ねてるんでしょ、ルファは」

 ルファは頷いて答えた。

「そうなの。でも心にモヤモヤをためて悩んでも、なにも解決できないから。自信がなくてもアルザークさんには聞いてほしい。伝えたいと思うわ。ココアも行く?」

「眠いから行かない」

 ココアは大きな欠伸をすると、そのまま丸くなり目を閉じてしまった。



 アルザークの部屋の前で、ルファは一度深呼吸をした。

(部屋に入る前からこんなに緊張してどうするの)

 彼を意識してしまうほどの特別な感情が、自分の中で疼いているのは間違いない。

(でもこの気持ちはとても大切なものだと思うから───)

 今はまだ心の奥に仕舞っておこう。

 ルファは頬をペチぱちと軽く叩いてから、アルザークが待つ部屋の扉をノックした。


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