40 / 61
報告
しおりを挟む食事を終え店を出て宿館へ戻るまで、ルファはアルザークに何度も話しかけようと思ったのだが、言葉がうまく出てこなかった。
星読みがルキオンに来ているという噂があることにルファは動揺していた。
天文巡察官の任務に関して領主はもちろん軍の関係者、そして星見師もその所在を口外してはならないという鉄則がある。
(それなのに。……どうして)
「どこから噂が出たんだろう」
厩舎へ愛馬を戻してようやく、ルファは思いを口にした。
「で、どっちなんだ?」
「は?」
「星印は触ると天罰が下るのか、それとも幸福を得られるのか?」
「そんなの、どっちでもありません」
星印にそんな意味などないし聞いたこともない。
「そんな噂、信じないでください。それよりも星読みがルキオンにいるらしいって噂の方が重大です」
「所詮噂だ、気にするな。皆真剣に信じちゃいない。誰かに見られたわけじゃないだろ」
「それはそうだけど」
「だがうっかり見られないように気をつけろよ、おでこのそれ」
それ、と言われて。
ルファはおもわず額に手を当てて頷いた。
「噂を気にするようなら上等だ」
意味がわからないと言いたげな眼差しを向けるルファに、アルザークは言った。
「警戒心を養うにはいい薬になる」
「くすり?」
アルザークは頷いた。
「もっと注意深くなってもいいんだがな。そうすれば、おまえのその危なっかしい性格や自分の行動にももっと責任が持てるようになるだろ」
「そ、それって、まるで私が危なっかしいくせに警戒心の全くない人間だと言われてる気が………」
「そう。あと無自覚な子供」
「そッ、そこまで言わなくてもっ」
「ほら、そんなふうに膨れるところが子供みたいじゃないか。真実を言ったまでだ。お子様じゃないんだったら直せ。───俺は部屋に戻る」
アルザークはふくれっ面のルファに背を向けると、宿館の正面玄関へ向かって行った。
♢♢♢
「ふぁ~、いいお湯だったなぁ!やっぱり浴場のある宿館はいいわね~」
お風呂上がり。
部屋へ戻ったルファは寝台に寝転がると、大の字になった。
「ちょっと~、髪の毛ちゃんと拭きなさいよ!風邪ひいても知らないぞっ」
ココアがルファの足元で言った。
「わかってるわよ。……ね、ココア。あのさ」
ぼんやりと、ルファは天井を眺めながら言葉を続けた。
「ほら、今夜食べたあのお料理! お肉が柔らかくてよく煮込んであって。香辛料はわりと辛めだったけど美味しかったね」
「そうねぇ。まあまあ、良かったわね」
「まあまあって。ココア、あなたそんなに味に厳しかった?」
ココアの返事はなかった。
「……ねぇ、ココア。…………あのさ……」
それはルファの中ではまだ言葉を繋げることに躊躇いがあった。
「やっぱりなんでもない」
少しして。
近くに気配を感じ目を開けると、ココアがいつの間にかルファの顔の横へ来ていた。
「ルファ」
ココアは翡翠色の眼を細めて言った。
「あんた、何か森で感じているね?」
「もしかして、ココアも?」
ココアは長い尻尾を揺らしながら答えた。
「あたいはさ、普通の動物とは違うからさぁ。でもルファ、あんただって普通とは違う。だから感じるんじゃないの?」
「そう……。あのね、一日目はね、何も感じなかったの。でも昨日から少しずつ、気のせいかなって思ったけど。でもやっぱり今日も感じてるときがあって。
……あのさ、ココア。花探しを始めてから、森で何か聴こえるときない?」
「んー、あたいはぞわぞわしたものを感じるわ。ヤな感覚をね。ルファは音なの?」
「そう。歌、みたいな」
(歌うような声が………)
「ほら、彷徨いの森でラアナと出会ったとき、あの子何か唄うように口ずさんでいたでしょ。歌詞のない旋律だけのものを。あのときのメロディーに似た響きがね、二日目くらいから森の中でときどき感じて。耳を澄ませてしまうの」
「うん。実はあたいも彷徨いの森で迷子になってたときの感覚に似てるのは同じ。でもそうか、だからルファ、なんだかぼんやりしてたわけね。サヨリおばさんもアルの奴も、そんなぼんやりなあんた見て疲れてるのだと思い込んでるわけだ」
「でもサヨリおばさんに言うわけにはいかないもの。アルザークさんには聴こえてないみたいだから。私だって確信がもてるわけでもないの。もう少し様子を見ようと思ってはいるのよ 」
「でもそれ、言った方がいいと思うよ、アルに」
「だって。まだ自信ないし、私の空耳かも」
「空耳でもなんでも、ちゃんと報告しないと。ただでさえあんたは危なっかしいんだから」
アルザークに次いでココアにも同じことを言われ、ルファは落ち込んだ。
「私ってそんなに危なっかしい?」
ココアは頷いた。
「星の泉でもそうだったけど、集中し過ぎて周りが見えなくなってるくせに突っ走っちゃってハラハラさせて。危なっかしくて、貴重で稀少価値で。料理屋でも言われてた通りだよ」
「そ、それは……。確かに否定はできないけど」
「アルザークに歩み寄りたいって想いはどうしたんだよ。あいつはルファの星護りだぞ。月星が導いた相手で、星読みが情報を共有できる相手でもある。
まぁ、今はレフとかいうあの軽薄兄さんも交ざってるけど。でもアルにはいろんな考えや気持ちを伝えていかないと、この先、奇現象の一つも解決できないぞ」
「……うん」
「まさか言っても信じてもらえないとか思ってるわけ? あいつ、そんな奴か?」
「そうは思わないけど」
「だったら怖くてもさ、人間関係も信頼関係も、頑張って歩み寄って努力もしないと築けないときもあるでしょ」
「うん………」
「もしもルファが星護りだったらどう思う?」
「え?」
「自分に置き換えて考えてみなよ。星読みにはなんでも話してほしいとか思わない?」
「思うわ……」
「隠されてたらどう?」
「心配……。不安だよね」
「アルもきっと同じじゃないかな。あいつ無愛想だけど本当は………。ルファがしっかり伝えることで、あいつだって安心すると思う」
「伝える?」
「そうだよ。それにアルは天文や奇現象に関しちゃ素人なんだからさ。ルファがもっと積極的にあれこれ教えてあげたほうがいいと思うぞ」
「そりゃ、私だって、ほんとはアルザークさんともっといろいろ話せたらって思うのよ。でも、もしかしたらアルザークさん星護り職が嫌なんじゃないかって思ったり。それに私、いろいろと迷惑かけて心配させてるみたいだから。申し訳ないなとか思っちゃって。そしたらなんか言えなくて」
「でもさ、星護りは護衛職でもあるんだから。星読みの心配するのは当たり前な感じするけどね」
ココアの言葉にルファは少し考えてから首を振った。
「当たり前だなんて、そんなふうに思ってはいけない気がする。私はなるべく心配をかけないようにしなきゃって思ってるわ」
「ふーん。ま、ルファがそのことで心苦しいならさ、少しでも減らすこと考えなさいよ。ほら、報告報告!」
「え、今から?」
「思い立ったが吉日よ」
「でももう寝ちゃったかも」
ココアはルファから離れると窓から外を覗いた。
「大丈夫、まだ灯りついてる」
「そ、そう?」
躊躇いながらも、ルファは寝台を下りた。
「ちょっとルファ。その格好のまま行くつもり? なんか羽織りなさいよ。髪の毛も!乾かして梳かして。もおッ、世話の焼ける~」
ココアに世話を焼かれてから数分後、ルファはアルザークの部屋を訪ねた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる