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距離感〈2〉
しおりを挟む食堂へ行く前に、ルファは一度部屋へ戻った。
「アルとランチ? へぇ、進展してんじゃん」
話を聞いたココアは寝台の上であくびをしてからニヤリと笑った。
「ココアったら、変な事言わないでよね」
「へんなことって何さ。あたいがなに言ったっていうのよ」
「私がレフさんに連れて行かれたなんてアルザークさんに言ったでしょ」
「ホントじゃん。アルにはそんくらい言って脅かした方がいいのよ」
「脅かす?」
「そうよ。だってあいつ素直じゃないもん。ルファのことが心配だってはっきり言えばいいのに」
(私のことが?)
「心配? まさか」
「まさかじゃないよ。あたり前だろ、星護りなんだから。それより昼ご飯、あたいは部屋で食べたいから帰りになんかもらってきて。せっかく二人っきりなんだからさ、もっといろいろアルと話しなよ」
こう言ってココアは毛繕いをはじめた。
「うん、そうだね。じゃあ行ってくるね」
レフと似たようなことをココアにも言われてしまったと思いながら。
ルファは部屋を後にした。
♢♢♢
「魔に狩られた風だと?」
食堂で食べる手を止めたアルザークがルファを見つめて言った。
「はい。詳しくは聞けなかったけど、そのせいで彷徨いの森が歪んだのではないかとラアナが言っていて」
「まさかそれ、レフに話したのか?」
「いいえ。───あ、でもそういえばレフさん」
ルファは野菜サラダへ伸ばしかけたフォークの手を止め考え込んだ。
「なんだ」
「何か言いかけていて。不吉な風、と言っていたような……」
(私、何か肝心なことを聞き逃したかも───)
「ルファ」
「はい?」
「あいつ、なんかおまえに無理強いしたんじゃないだろうな」
「いえ、そうではなくて。話が途中から逸れてしまって」
「なぜそんなに曖昧なんだ」
「レフさんとの会話が途中から脱線してしまって……」
「脱線?なぜ脱線した」
「そ、それは……」
アルザークさんの話になったから。 とは言えないルファだった。
「ごめんなさい。私がよく聞いてなくて。レフさんは〈不吉な風〉のことで何か知っていたようで」
「そうか。まあ、いい。後であいつに聞いておく」
「あの、そのときは私も一緒に行きたいです」
その言葉に、アルザークは顔を顰めた。
「ダメですか?」
アルザークは無言で食事を再開した。
「アルザークさんと一緒でもダメなんですか?」
遠慮がちに。そしてどこかあきらめ感のある口調と、すがるようにアルザークを見つめるその瞳が、なぜか罪悪感のような気持ちをアルザークに抱かせる。
───まったく! なんなんだ、こいつはッ。
アルザークは困惑したように溜め息をつき、ルファから視線を外した。
「わかった。一緒に行けばいい」
結局ダメだと言えなかった自分に、アルザークはなぜか腹が立った。
「はい!」
そんな彼の複雑な感情を知る由もなく、ルファは嬉しそうに返事をした。
「勝手にふらふらされるよりはいいからな」
「私、勝手にフラフラなんてしてません」
さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに。今度は口を尖らせ少し膨れた顔になる。
(よくもまぁ、コロコロ変わる顔だ。顔の筋肉が緩くできてるのか?こいつは)
などと思いながらアルザークは自分に半分呆れて半分困惑した。
(俺はこいつに手を焼いているのか? ───こんな小娘に⁉)
過去に親しい女性の存在がいなかったわけではない。
しかし皆、自分の持つ地位や名誉、家柄や階級などに興味があって言い寄り媚を売る。そういった関係は長く続くわけもなく、続けていこうとも思わない上辺だけの浅い付き合い方を女性としていた時期もあった。
そんな彼女たちとルファを比べる理由もないが。
───こんな、子供のように笑うこの娘とくらべる理由もないはずなのに。
「わぁ、このスープ美味しい!おかわりしてこよう。アルザークさんもどうですか? 持ってきましょうか?」
「いや……。いい」
「じゃあ何か他のものは? 朝食抜いたんだから、たくさん食べた方がいいですよ」
「それじゃあ、パンをもう一つ持って来てくれ」
ルファはニコニコと頷いて、席を立った。
………ふわふわと。
ルファが歩くたび、ふわふわと。
白金の美しい髪が揺れ、その足取りを軽やかなものにする。
フラフラよりはふわふわという表現がとても合うその娘の存在が、今日はなぜかとても気になっていた。
ふわふわと不安定で危なっかしくて。
いつかふわりと消えて無くなってしまうのではないかと。
そんなふうに思わせるその存在から。
ルファから目が離せないでいる自分にアルザークは戸惑っていた。
♢♢♢
「街へは何を聞きに行くんだ?」
パンを乗せた皿を差し出すルファにアルザークは尋ねた。
「私が視たあの彩星、ここでは月と呼ぶそうです。きっと地元の人だけが知っている話や伝えられてる事がまだあるような気がして。ルセルはよく………あ、ルセルって私の親代わりになってくれた星読みなんですけど。ルセルがよく言ってたんです。目には見えないものの中にも、隠れてることや真実があるって。小さい頃、私はルセルたちと一緒に旅をすることが多かったんですけど、ルセルはよく地元の人の話を聞いて、奇現象解明の参考にしていたことがありました。だから私もなるべく話を聞こうと思って」
「星読みを名乗ることは禁止だ」
「はい、わかってます。天文院からの研究員という身分で星見師を名乗るようにと言われてますから」
「それならいいが」
「あの、アルザークさん」
ルファは聞いてみたかったことを口にした。
「いろいろと……心配をかけているんでしょうか、私」
アルザークは無言のまま視線をルファに向けた。
「迷惑ではないって、アルザークさんは言ったけど。それとは別に心配もかけてしまったんじゃないかと……あのっ、気をつけます、ス、」
「おまえ」
スミマセン、ごめんなさいとルファが謝る前にアルザークが言った。
「おまえは俺に謝ることが好きで心配事を増やし続けてるのか?」
「そんなことないです!」
(……だよな)
アルザークは思い直した。
無自覚、無防備、警戒心ゼロの娘なのだ。
「気をつけるならそれでいいが。心配させた分はいつか後で返してもらうか」
「え?」
手元の皿に視線を移し食事を続けるアルザークに、ルファは言った。
く
「な、何を返せば? 一応お給料は貰ってる身分ですけど。でも私そんなにお金持ちではないので」
「金で返せとは言ってない」
「じゃあいったいなにで?」
「考えておく」
「はぁ……」
なんだか妙な取り引きをしたような気分になるルファだった。
とにかくなるべく心配をかけないようにしなくては、などと思いつつも。
(私が与えた〈心配〉の数って今どのくらい⁉ アルザークさん、しっかり数えてるの?まさかね……)
きいてみたいような、聞くの怖いような。
冗談ですか? とも今更聞けず。
結局、ルファはそのまま何も言い出せず食べることに集中した。
そして先に食事を終えたアルザークが「一時間後に出かけるぞ」と言い残し、食堂を出て行った。
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