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偽りの星図〈2〉

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「ねぇ。星読みたちを追わなくていいの?」

 館から遠ざかっていく馬上の二人の後ろ姿を窓辺から見つめながら言った声の主は、真っ直ぐな真紅の髪を胸まで伸ばした姿をしていた。

 声だけ聴くと少年のようだが、顔立ちもその肢体も女性特有の妖艶さがあった。

「ふふ。ドキドキしたよ。面白かったなぁ、あいつすっごく怖い顔して僕を探してて。なのに見つからなくてさ。あの程度の人間ならたいしたことないんじゃない? セス」

 セス、と呼んで視線が向いた先には椅子に腰掛けテーブルに片肘をつき考え事をしているようなセシリオの姿があった。

「甘く見るな、セティ。奴は風鷲の称号を持つ」

「はいはい、わかったよ。それよりあいつはどうすんの?」

「あいつ?」

 セシリオは考えるのを中断しセティへ向いた。

「あのマヌケな星見師のことさ。さっき様子を見に行ったら大泣きしてたぜ。俺をこの部屋から出せ! とか。閉じ込めた召使いたちに会わせろとか。あれは僕の餌だって脅かして言ったらさ、震えだして。可笑しいったら! で、そのあと急にあの甘い香りをよこせ! だの、もう支離滅裂。ちょうだい、ちょうだいって、うるせーの」

 うふふ。───セティは愉し気に嗤う。

「あれはもう用済みにしてもいいが」

「じゃあどうする? 喰う? でもマズそうだよなぁアレは。喰うならやっぱり星読みだな! 若い女の血は美味いからなぁ。……ねぇ、いつ喰わせてくれんのさ」

「そのうちな。イシュノワもまだ少しは使い道があるかもしれない。だからまだ手は出すなよ。俺の命令に背くな。俺を無視して動くことは許されない。判っているな?セティ」

「わかってるって!」

 セティは面倒臭げに返事をした。

「それにしてもさすが星読み。読み解きが早いな。観測記録を持ち帰るとは。およそ気付いたか」

 セシリオの呟きを聞いてセティが尋ねる。

「で? これからどうするのさ。何すればいい? 愉しめそう? 楽しませてくれんの? セス」

「ああ、そろそろこの屋敷から出るつもりだが。……そうだな、挨拶くらいは許してやる。楽しんでくればいい」

「ふふふ。ゾクゾクする。あいつ、あの星護り、とってもいい匂いがする。濃い血の匂いがね。たくさん人を殺してる匂いだ」

「死神だからな」

 セシリオは冷笑を浮かべながら呟いた。


♢♢♢♢♢


 宿館へ戻り、ルファが馬から降りるとアルザークは言った。

「俺はこのまま出かけるが。判ってるな、ルファ」

「え? なんですか?」

「もうすぐ陽も暮れる。今日はもう宿からふらふら外へ出るなよ、絶対に。いいな」

「………」

「返事」

「はぃ……」

 なんなのか、ルファの胸の中にモヤモヤしたものが生まれて残る。

「アルザークさんこそ、雨降りそうですから。気を付けて」

 なぜかアルザークの顔が見れなくて。

 ルファは下を向いたまま向きを変え、足早に宿館へ入った。

(───なによ。いつも「絶対に!」とか。そんなに念を押す言い方しなくても。私そんなに信用ないのかな。……………ないか)

 自分自身で納得してしまい、ルファはガックリと肩を落とした。


♢♢♢

「おかえり、ルファ」

「ただいま」

「わ⁉ なんだよ、その顔。なに怒ってんの?」

 出迎えたココアが眼を丸くしながら尋ねた。

「べつに。怒ってないよ」

「そのわりにはふくれっ面だぞ。で、どうだった?何か収穫は?」

 ココアの問いにルファは無言で机の上に荷物を置いた。

「なにそれ、お土産?」

「違うわよ。イシュノワさんの所で観測記録や星図書を借りてきたの。ちょっと疑問に思うことがあって。イシュノワさんね、風邪ひいて熱出して寝込んでいて会えなかったの」

「ふーん。ルファ、あんたも大丈夫? なんか疲れてるみたいだよ」

「え、そう?」

「星図と睨めっこもいいけどさ、たまには息抜きも必要だよ。ねっ、今夜は外へ美味しいもんでも食べにいこ~よ!」

「ん~、やめておく」

「えー、なんでさ」

「私、今夜は天文院へ手紙を書きたいの。経過報告も兼ねて」

「それって彷徨いの森で迷ったことや星の泉に遭遇したことも書くつもり?」

 ルファは頷いた。

「ラアナと風の獣のことはまだ伏せておくけど。私、星の泉で忌星イミボシを視たの。不吉とされる忌星を視たら必ず報せて聖占を行なう決まりだから。それに天域管理局で確認してもらいたいこともあるの」

 ダイダイ色の星と忌星が現れていたあの夜空図を、ルファは星図に描いた。

 そしてそれと一緒にイシュノワの観察記録を写した星図書を数枚同封するつもりだ。そこに自分の読み解き文も添えて。

 イシュノワの観察記録が偽りの星図か否かの判定をしてもらうために。

 天文院からの意見も必要だとルファは思った。

 もしもイシュノワが夜空の観測を怠っていたとしたら。

 正しい観測をせずに毎月の星図を更新していたとしたら。

 事は重大だ。観測を怠っていたなら、何か見落としている事があるかもしれない。
 何もなければそれでいいが。

『眠り夜空図』になる現象は、過去に他の地方で確認されたことはあるが、ここルキオンでは初めて起きた現象なのだ。

 ルファは天空が〈眠り夜空〉になる直前の星図が見たかった。

 他の地方で記録されたものでもいいから知りたい。

 夜空を見上げて正しく書かれた観測記録や資料となりそうな星図書を天文院から送ってもらおうとルファは考えていた。

「ルファ。おまえやっぱり疲れた顔してるぞ」

 ぼんやりと考え込むルファを、ココアが心配そうに覗き込んだ。

「そうだ! アルザークを誘って夕飯行こうよ。歩み寄るいい機会じゃん」

「アルザークさんなら出かけちゃったよ」

「えーっ、またかよ。どこ行ったんだよあいつ。夕べだって遅かったくせに!」

「昨日はレフさんと一緒だったでしょ。今夜は知らないけど、また一緒かも」

「男と毎晩酒呑む奴がいるかよ。ありゃ、女だな。そうに決まってる! 女と遊んでんだ、あいつっ」

「そんなこと、ないと思うけどな」

「わっかんねーぞ。無愛想だけどさ、顔は整ってるからな、あいつ」

「詮索はよくないよ、ココア。星護りにだって自分の時間があるわけだし、私たちにいちいち報告しなくちゃいけない義務もないでしょ。───あ、忘れるところだった、お洗濯もの入れてこなくちゃ! なんだか雨降りそうだよ、ココア。だから今夜は出かけないことにしようね。これからまだ調べものもあるし少し眠っておきたいし。忙しいもの」

「ちぇっ、つまんないの!」

 膨れっ面になったココアを残し、ルファは部屋を出た。


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