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幼馴染み〈1〉

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 ルファとアルザークが宿館に着くと、声をかけてきた者がいた。

「待ってたぜ、アル!」

 赤茶色の短髪。背丈はアルザークと同じくらいで、身体つきも雰囲気も精悍だ。


「レフ、か?」

「なんだよ、三年ぶりなのにさ。相変わらず冷てえな、アルちゃんは」

(アルちゃん⁉)

 なんて似合わない呼び名なんだろうとルファは思った。


「なんでおまえ……。今の所属は西の砦だろ」

「うん。まあ、ちょっとわけありでこっち来てて。で、アルもこっちに来てるって小耳に挟んでさぁ、会いたくなって来ちゃったわけ」

「あの、お知り合いですか?」

 チラチラとこちらに視線を送ってくる男の様子が気になり、ルファはアルザークに尋ねた。

「ああ、こいつは」

「ども! レフ・イェールスカイといいます。アルとは友達で同業者で、幼馴染みで腐れ縁で、小さい頃からアルを知ってる貴重な存在でーす! よ・ろ・し・く!」

(なんか、軽いノリな人……)

 けれど屈託なく笑いかける顔は無邪気な子供のようで、アルザークとは対照的で気さくな雰囲気がある。

(それに、瞳は薄い緑なんだ、この人)

 至近距離で自分を覗き込んでくるレフの顔を見て、彼は純粋なエナシスの民ではないのだなと思いながらルファも挨拶をした。

「ルファ・オリアーノといいます」

「へぇ、君がエナシスの新しい星読みちゃんかぁ。いいなぁ、アルぅ」


 いったい何がいいなぁ、なんだろ。───それにしても。レフさん、顔近いんですけど。

 ルファが思わず後退りかけたとき、

「ちょっと来いっ」

「ぐはっ!」

 レフはアルザークに首根っこを掴まれ、そのままグイグイと遠くへ連れて行かれた。

 アルザークさんってば、どうしたんだろ。

 あんなに不機嫌な顔して。三年ぶりに会う友達なのに、嬉しくないのかな。

 遠くで何やら話し込んでいる二人を見つめながら、ルファは先に部屋へ戻ろうか、それともまだアルザークを待っていた方がいいのかと悩んだ。

 するとアルザークだけがこちらに歩いてきた。


「ルファ、俺はちょっと出かけてくるが。おまえ、今夜はもう絶対ふらふら出歩くなよ、いいな?」


 頷くルファを見届けると、アルザークはくるりと背を向け遠くで待つレフのもとへ歩き出して行った。


♢♢♢


「宿に着いたの? ルファ」

 部屋に戻ると鞄の中からのそのそとココアが出てきて言った。

 眠そうにぼんやりしているココアに、ルファは笑いかけた。

「食堂でなにか食べる物もらってくるね」

「うん。でもパンはいらないよ。肉とか食いたい」

「えー、昼間買ったパンも食べてよね。クリームパンはココアのリクエストなんだから」

「わかってるわよ。でももっとお腹に溜まるモノも欲しいの」

「はいはい。私は早くお風呂に入りたいな」

 迷って歩いたせいか足が疲れていた。

 浴場施設が備わった宿館でよかったとルファは思った。


「あたいはお風呂いいや。早く食べて寝たい。でもその前にあのへんな双子の正体が先。ルファ何か知ってるの?」

「あの双子はもしかしたら天界の星霊主セイレイシュ様かも」

「なにそれ」

 言い伝えではあるが、エナシスの天空には天界と呼ばれる別の世界があり、そこには精霊や聖獣、そして星霊主と呼ばれる『星を統べる王家』の存在があるという。

 詳細の大半は神話化している話ではあるが。

 そして額の星印や魔法力という星読みの証である『月星の祝福』は星霊主によって授けられるのだと、星読みになったとき老師衆はルファに言ったのだ。


「でも奇現象のある彷徨いの森で起きたことだから、彼らが本当に星霊主かどうかは私も確信が持てないの。だからまだこの話は誰にも言わないでね」

「星護りにも?」

 ルファは頷いた。

「そういえば、さっきのあれ何? やたらノリが軽かった奴」

「レフさん? 気付いてたなら顔出して挨拶したらよかったのに」

「面倒くさいわ。眠かったもん」

「アルザークさんの友達だって。同業者って言ってたから軍人さんだね。あと幼馴染みとも言ってたわ」

「へぇー、死神に友達ねぇ」

「二人して出かけちゃった」

「酒でも飲みに行ったか」

「かもね。じゃあ何か食べるもの貰ってきてあげるね」

「いっぱいだよ!」

「はいはい」


 ルファは苦笑いしながら部屋を出た。



 簡単な食事を用意して食べかけのパンも残さず食べ、再び眠りについたココアを残して、ルファは浴場で入浴を済ませた。

 部屋に戻り荷物の整理をし、胡桃入りの焼き菓子の入った包みを取り出す。

 アルザークをお茶に誘うためにせっかく用意した菓子だったが。きっと明日になったら味も落ちてしまうだろう。

 仕方ない、これは観測をしながら食べちゃう。

 夜半、露台バルコニーのあるこの部屋で、ルファはルキオンに着いてから毎晩、夜空の観測をしていた。

 眠り夜空のせいで何も見えなかったが。それでも、一瞬でもいいからと希望をもって祈るように夜空を見上げる。

 ほんの小さな瞬きでいいから、雲の切れ間から見えないだろうかと。

 星読みも星見師も、たとえ夜空がどんな状態でも毎晩空を見上げるのが仕事だ。

 睡眠不足を補うため『お昼寝』は欠かせない日課なのだが。

 今日は迷子になっていたせいでかなり眠い。

 それでもルファは目をこすりながら夜空を見つめた。

(……ルセル。この空を視てどう思うだろう)

 養い親でもあり星読みでもあるルセルのことを想った。

 ルセルだったら、あの泉の星図をどう読み解くだろう。

 聞いてみたいと思った。

 会いたいと思った。

 遠く離れた家族に。


────難しく考えることはないんだよ、ルファ。君の心が感じるままに星を読んでごらん。


 旅立つ朝、ルセルからの言葉をルファは思い出していた。


────光は必ず僕らを導いてくれるはずだから。月星の輝きを信じるんだよ、ルファ。


 導く光。

 しるべの星。

 ラアナの探す星。

 足りない二つ星。

 風の獣、春の魚。


「春………」


 天文院でよく読んだ辞典の一説を、ルファは思い出す。

 眠り夜空図も彷徨いの森も冬の終わり、春の初めに起こる現象だ。

(今は? まだ冬?それとも……)

 もうすぐ春にならなければいけない時期だと思った。

 季節の変わり目。

 境い目。


「そうか……」

 季節の変わり目である夜空を記した星図は、まだよく確認してなかった。

 この時期に限らず、四季の変わり目の夜空や季節を運ぶ獣のことをもっとよく調べる必要がありそうだ。

 風の獣が餌場とする星の泉。どれも彷徨いの森と関係している。

 (もっと星図を調べないと。それから……)

 それから。

 (眠い………。でも心が感じるままに進もう)


 ルファは何度もあくびをしながら、暗い夜空に想いを馳せた。



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