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第十七話〈黎紫の帰宅〉

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「隊長、なんで……」


 なぜここに? いつから……。

「福ちゃんに用があってね。探してたんだ、間に合ってよかった」


 ───そうだ。隊長が現れなければ彼はどうなっていたことか。

 自分だけではきっと福之助までは助けられなかった。

 諒の一撃は男の右手首に巻かれた鈴束を破壊していた。左手にはまだ鈴が残っているが音の響きは消えている。そして男が放つ妖霊の気配も弱い。

(今ならあいつに憑りついた妖霊を祓える。隙を突ける……)

 視線が合い、男はまるで諒の考えを察したかのように動揺の表情を見せた。

 諒が呼吸を整えようとしたときだった。

 男が突然苦しそうに胸を押さえ倒れ、身悶えながら唸り声を上げると、ピタリと動かなくなった。

 それはほんの数秒、あっという間の出来事だった。

「おい……」

 いったいどうしたというのか、近寄ろうとした諒だったが黎紫に止められた。

「残念だがもう亡くなっている。あれを見ろ。手首のところ」


 見ると男の両手首から赤黒い文字のようなものが浮かび上がり、それはまるで小さな虫のようにたくさん蠢いて男の身体を這いまわったかと思うとすぐに消えてしまった。

 倒れたまま残された男の皮膚は変色と腐敗が進み、見るも無残な死体と化していた。


「これって……術ですよね?」


「まあね。呪術なのは間違いなさそうだけど」


「操られていたんですか? そういえば紅緒隊長も鈴音から術の気配がするって言ってました。惑いの音だとも」


「ほう。さすが紅緒さんだ。んじゃ、俺は行くけど後はよろしくな」


「えッ!───どこ行くんですか⁉」


「とりあえずこのまま福ちゃん連れて屋敷に帰るよ。向こうで介抱してやりたいし。話さないといけないこともいろいろあるし。ひよりちゃんも心配してるだろうしさ」


「───あのっ、ちょっと待ってくださいよ隊長!その福之助とかいう人、六班の連中も捜してて」


「ああ、じゃあ諒から言っといて。しばらく俺が預かるって言ってたって」


「そんな……」


「それから警笛借して」


「はぃ?……でもこの死体はどうしたら……」


 黎紫の発言に戸惑いながらも諒は警笛を渡し言葉を続ける。


「城内でこんな死体騒動とか俺、初めてでどうしたらいいか」


「うん、そうだね。だから手っ取り早く来てもらえばいい」


 黎紫は諒から受け取った警笛をおもいきり吹いて鳴らした。

 しかも三回も続けて。
 

「夜警の連中もそれ以外も、これで大勢来てくれるだろうから。諒は起きたことありのままを伝えればいい。死体のことも呪術のことも専門の部署あるからそこにお任せして。あとは紅緒隊長の指示に従っておけ」

 黎紫は福之助を抱えたまま諒に背を向けると地面を蹴って高く飛び、風の中へ消えた。

 諒は立ち尽くし、唖然としたままそれを見送るしかなかった。


 ♢♢♢


 ふと目が覚めて、ひよりは耳を澄ました。

 なにか聞き慣れない音がしたような気がした。

 続けざまに二階から駆け降りる足音が響き、ひよりはハッとして起き上がる。

 二階には蘭瑛、そして莉玖と諒の部屋があるのだ。

 今はもう鳴り止んでいるが、あれは警笛だったのかもしれない。

 寝間着の上に毛糸で編んだ肩掛けを羽織り部屋を出ると、奥の部屋を使っている玲亜が姿を現した。


「玲亜さん、さっきの音って警笛ですか?」


「ええ。鳴ったわ、三回も」


 二人で居間へ向かうと案の定、蘭瑛と莉玖が先に来ていた。


「わりと近いかもな」

「どうするの。行ってみる?」

「───ああ。だが皆で行かなくてもいいだろう」

「そうよね、ひよりちゃん一人にするの心配だもの」

「警笛もあれっきりだからな。───莉玖、おまえ着替えて様子を見てきてくれ」

 蘭瑛に言われ、莉玖はハイと頷いて自室のある二階へ向かった。


「兄さま、まだ戻ってないのね」

 食卓にはひよりの作ったおむすびの入った弁当箱が手つかずで置かれている。

「どうしたんでしょうか。なんだか心配です」

「大丈夫だよ、那峰。隊長は最強なんだぞ」

 蘭瑛の言葉に玲亜も頷きながら言った。

「そうね。でもひよりちゃんに心配かけるのはよくないわ。帰ったらきつく言わなきゃ」


 数分後、隊服に着替えた莉玖が居間に顔を出した。


「───それじゃ、行ってきます」


「頼んだぞ」

「気を付けてね」

「行ってらっしゃい」


 それぞれの声を受けながら、莉玖は屋敷を出た。



「那峰。悪いがお茶でも淹れてくれ。二度寝できる状況でもないからな」


「はい」


 ひよりは炊事場へ入り湯を沸かした。

 お湯が沸くまでに湯飲み茶わんと急須を用意する。茶葉は玄米茶を選んだ。

 それらをお湯の入った湯筒《ポット》と一緒に居間へ運ぶ。

 淹れたてのお茶の香が漂いはじめると、それだけで張りつめていた緊張が少しずつほぐれる。


「玄米茶ね。いい香り」

 玲亜がふっと微笑む。

 二人の湯飲みにお茶が注がれたときだった。


 玄関の引き戸が開く音がして。


「ただいま……」


 黎紫の声が小さく聞こえた。


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