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第十一話〈おもてなしのその後に〉

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「うわ。おまえ乱れ過ぎ」


「きゃっ!?」


 ひよりは思わず悲鳴をあげた。

 そして両手で顔を覆う。


「さ、相楽さんッ、な、なななんて格好してっ……⁉」


 福之助は半裸状態だった。


 下半身も履いているのかいないのか。脱いで丸めた袴などを腕にかかえ、片腕だけを通した羽織りを引きずるように、ひよりたちの前に現れたのだ。


「ハァ、ハァハァ……」


 息が荒くその顔は桃色に染まり、ずり落ちそうな丸眼鏡の奥の瞳にはうっすらと光るものが………。


 相楽さん!一体なにがあったの!?


「……あいつら、節操ねーな」


 苦笑いを浮かべ、黎紫が呟く。



「ほら、福ちゃん。お茶でも飲んで落ち着きなさい。ひよりちゃん、福ちゃんにお茶、いいかな」



「……ふ、服を着てもらえますか? お、お茶はそれから……」


「あはは。だよな、その格好じゃな。ほら、ここじゃダメだから向こうの居間でちゃんと着ておいで」


「……ふぁぃっ」


 くすんくすんと鼻をすすりながら、福之助は居間へ向かった。


「ひよりちゃん」


 両手で顔を隠したひよりに黎紫は言った。


「もう大丈夫だよ」


 その言葉にホッとして、ひよりは顔をあげた。


「あの、相楽さんはどうしてあんな……」


「ん~、なんか罰ゲームでも当たったんじゃね? 悪ふざけの好きな連中だからねぇ。……だから、ひよりちゃん」


 黎紫の顔が間近にあったことに、ひよりは今更ながらドキリとした。


「ひよりちゃんは絶対、あそこに行ったらダメだよ」


「はぁ……」


 返答したものの、疑問符顏でいるひよりを見つめ黎紫はふわりと笑った。


「とにかく、あいつらが帰るまでこの調理場から出たら駄目だからね。福ちゃんには俺がお茶を持ってくよ」


「はい。すぐに用意します」


 ひよりは湯飲み茶碗を用意し、お茶を注いだ。


 黎紫がそれを持って居間に向かうのを見届け、お茶漬けを食べながら待つこと数分。


 戻った黎紫が椅子に座り、食べることを再開する。


「相楽さん、大丈夫でした?」


「ああ、もう落ち着いてる」


「相楽さん、お酒の匂いがダメで気持ち悪くなるって言ってました」


「そうみたいだね。じゃあこのまま、また福ちゃんをひよりちゃんのお手伝いに使ってくれる?  向こうへは戻りたくないだろうしね」


「はい、わかりました」


「茶漬け美味かったよ、ご馳走様。さて、戻っておひらき宣言してくるか」



 こう言いながら調理場を出かけた黎紫だったが。


「そうだ、ひよりちゃん。今日はいろいろ迷惑かけたから、なんかお礼するよ。何がいい?」

「えッ。 いいえ、迷惑だなんて思ってません」


「でも突然あんな大勢に来られてさ、昼飯も今ん頃になって」


「そんなの平気です。お料理作るのが私のお仕事ですから」


「でも怖い思いさせたろ」


「ぁ……あのときは……」


 確かに怖かったけど。


「隊長に庇ってもらったから……」


 あのときの温もりがまた思い出されて、ひよりは慌てた。


「えと、その……助かりました。それに接待は大切です。男の人はとくに付き合いとか、そういうの大事だって、お師匠様言ってましたから」


 ひよりの言葉に黎紫は噴き出すように笑った。


「じゃあ、そうだな。突然の来客にもしっかりと料理で『おもてなし』できたご褒美に、何かあげるから考えとくように。これ、隊長命令ね」


 黎紫はふわりと笑い、ひよりの返事も聞かないまま調理場を出て行ってしまう。



「ぇえ……⁉」



 なにか……って。


 ご褒美なんて、そんな……。


 ───嗚呼、お師匠さま。ご褒美とは?


 いったいどんなものを考えたらいいのでしょう。


 ひよりにはさっっぱり思いつかなかった。


 ♢♢♢


「大丈夫ですか、相楽さん」


 身支度を整えて戻ってきた福之助は、まだ少し顔色が悪いように見えた。


「……す、すみませんでした。あんな格好で驚かせて」


「いえ……あの、やっぱりまだ顔色が悪いです。私が客間へ行って片付けを」


「ダメです! あんなっ、魔窟と化した場所へあなたを行かせるわけにはいきません!」


「まくつ?」


「いえ、あの。あなたとか……なんか馴れ馴れしくてすみませんッ」


「いいえ、こちらこそまだ自己紹介もしなくて。私、糧給支部、厨房班でここの専属賄いをしている那峰 ひよりです。よろしく、相楽さん」


「あの! ぼ、僕のことは下の名前で構いませんッ。福之助で」


「はい。じゃあ福之助さん、お手伝い、またよろしくです」


「はい! 了解っす!」



 客間に戻った黎紫の『おひらき』号令が効いたのか、しばらくするとガヤガヤと声や足音がこちらに近付いてくるのがわかった。



「ご馳走さん!」


「ごちそうさま」


「おご馳走さま!」


「美味かったぞ~」


「ありがとね~」


「また食べさせてな!」


「ご馳走様でしたぁ」



 代わる代わる調理場を覗いては声をかけていく護闘士様たちに、ひよりはびくびくドキドキしながら、ひょこりひょこりと頷いて相槌を打つ。


 ……お見送り、とかした方がいいのかな。


 などと思いつつも、囲まれたときの恐怖心がまたよみがえりそうになる。

 それに、ここに居なさいと黎紫に言われたこともあり、ひよりは調理場から見送ることにした。


「福之助さんもそろそろ戻ってください。後は私がやりますから。本当に助かりました。ありがとうごさいました」


「いえ。僕は今日、隊長に連れられて初めて議会に出たんですけど。……でもあまりお役に立てる意見も言えなくて。それなのに護闘士なんてやっていて。しかも先程はあんな恥ずかしくてみっともない姿までお見せして。……ほんとに申し訳ありませんでした。───でもあの! 那峰さんの料理、とても美味しかったです。……それに、なんか楽しかったです」


「楽しかった……ですか?」


「はい───僕、本当は武仙じゃなくて文仙の仕事の方が向いてると思うんです」


「でも福之助さんは護闘士なんでしょ? 」


「はあ、一応。でも二年前に城入りしてから去年までは上番隊の四班所属で。それがこの新年に隊の編成があって移動に。……でもなんで僕が六班なんかに決まっちゃったかなァって、ずっと思ってますけど」


「でも後番隊の所属ということは、それだけ闘魄値が高いということですよね?」


「……まあ潜在的には……って感じなんでしょう。でもそんなの勝手に言われたり決められたり……。そんなの、本当のところはどうなんだろ、って思うときありますよ……」


 俯き加減で呟く福之助の、表情の見えない物言いが気になった。


「他人に解るとか変ですよ。僕にもよくわからないとき、あるのに……自分のことが」


 こう言って福之助は僅かに笑ったように見えたが、ひよりにはなぜかその表情に暗さを感じた。


「……それじゃあ僕もこれで」


「───はい。ありがとうございました」


 ひよりはぺこりとお辞儀して、調理場から福之助を見送った。


「お、福ちゃん。ありがとうな」


 廊下の向こうから黎紫の声が聞こえた。


 そして近付く足音。


「ひよりちゃん。何か手伝おうか?」


 黎紫が調理場を覗いて入る。


 ───それにしても。

 グータラで面倒くさがりな黎紫の口から、二度も「手伝う?」などという台詞が飛び出したことにひよりは驚いた。


「あ、ご褒美考えた?」


「えっ、いえ! ほんとにいいですから!」


「だめだめ」


「……ええっと。まだです」


 しどろもどろで答えるひよりに黎紫は微笑む。


「ま、ぼちぼちでいいから。……はぁ~ぁ」


 目の前の黎紫の大あくびに、ひよりはおもわず微笑んだ。


「隊長、ものすごく眠そうな顔ですよ」


「ん~。呑み過ぎたかな。ちょっと寝てくるよ」


「はい。休んでいてください」


 言いながら食器洗いをするひよりの背後に黎紫はそうっと近寄り、耳元で囁いた。


「んじゃ後で起こしてね。ひ・よ・り、ちゃん……」



───つん。


「ひゃっ⁉」



 一瞬、右耳を何かが掠め、ひよりは思わず身をよじる。



「んななっ⁉」


 それは吐息だったのか、まさかの唇だったのか……⁉



「たた隊長っ⁉ ───い、いまなんかあ、ああ当たっ⁉ ……って! もッ、もぉ‼ 何するんですかっ!」


 ひよりは両耳を押さえて叫んだが黎紫は知らん顔だ。


「じゃあ、おやすみ」


 ふにゃふにゃと酔った顔をして、ご機嫌な様子で。

 黎紫は調理場を出て行った。



 隊長ってば!

 隊長ってば!

 隊長って……。


 私、あの人に……もてあそばれてる……ような⁉


 触れられたように感じたのは片耳だけだったのに。


 そこからじんわりと熱が広がって。


 しばらくは頬が熱くて仕方のないひよりだった。


♢♢♢

 そしてようやく宴会の後片付けを終え、調理場で熱い緑茶を飲みながら一息ついていたとき、ひよりは床の隅にキラリと光るものを見つけた。

 近寄って拾うと、チリンと微かに鳴ったような気がした。

 これ鈴?

 大きさは親指の先くらい。水色で雫型をしたそれは鈴に見えるが振っても音は響かなかった。

 変だなァ。さっきの音は気のせいだったのかな。

 鈴(?)には紐を通す小さな穴があり、そこに通された白い紐は途中で切れている。

 これって、もしかして福之助くんの落とし物?

 それとも隊長の?

 とにかく後で隊長に聞いてみよう。



「ただいま」

「ただいまぁ」

 同じ声が重なって響いた。


 諒と莉玖が帰って来たようだ。


「───うぇ⁉ なんか家ん中臭っせ‼───んだよ、これっ」


「うん、ホント……。煙草とか、お酒の匂い? 」


 パタパタという足音と近付く声に、ひよりは苦笑い。

 やれやれ。客間の窓とか、しばらく全開にしておかないとね。


 ───さてと。

 休憩時間はもうおしまい。

 次のお仕事は夕食の準備。

 それから諒くんのお夜食弁当も作らなきゃ。


 ひよりは水色の鈴のような落とし物を割烹着の内側にある衣嚢ポケットへ大事に仕舞ってから立ち上がり、調理場の外へ出た。


「おかえりなさい! 諒くん、莉玖くん!おやつあるよ。───あのね、今日ね………」



 調理場から廊下へぱたぱたと、ひよりの小さな足音が響いた。


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