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〈7〉後宮の最下位妃、体調不良になる
しおりを挟む霊仙花の栽培方法を確立させるという目標に意気込んではみたものの。
翌日、苺凛は朝から熱をだした。
身体が怠くて食欲もないが、とにかく喉が渇くので水が飲みたいと春霞に頼んだ。
「無理もありませんわ」
春霞は水を注いだ茶杯を苺凛に差し出しながら言った。
「きっと霊仙花を咲かせるために、お身体が今までとは変わったのですよ。それに長く眠っていて目覚めたばかりですもの、身体が変化に慣れるまで仕方ないと思いますよ」
用意された水はとても冷たく、熱があるせいか一気に飲み干してしまった。
「おかわりありますよ。もう一杯飲まれますか?」
頷いた苺凛に春霞は卓に置いた水差しを取ると苺凛の持つ茶杯へ水を注いだ。
「この水、なんだかとても美味しいのね。熱があるからそう感じるのかしら」
「そうかもしれませんが……。でもこの水は後宮内でもやたら広くてお庭の美しい宮殿から汲んできたものなんですよ」
「え、わざわざ汲んできたの?」
「はい。でも汲んできたのは私ではありませんけど」
二杯目もすぐに飲み終えてしまったので、春霞は苺凛の持つ飲杯にまた水を注いだ。
苺凛が住居としている宮殿内にも飲用に使う井戸があるのだが。
なぜその井戸水ではなく別の場所から……?
それに、やたら広くて庭の美しい宮殿って、まさか。
「ねぇ春霞。その宮殿って、もしかして東の『璃紫宮』のこと?」
「さあ……。私には宮殿の名前まではわかりませんが。その宮殿の庭園内には豊富な湧き水があって、その場所に霊脈を感じるため、清水は霊水と呼べるものだろうと洙仙様が仰ってました」
「璃紫宮は皇后さまの居住としていた宮殿の名前よ。泉があって噴水や水路が整えられた美しい水の庭園があると聞いていたわ。王と親族、それから皇后が贔屓にしていた妃嬪の数人だけがその庭園を見ることができたそうよ」
噂でしか聞いたことがない場所だ。
皇后は次期国王とされていた息子の死を嘆き、服毒自殺をしてしまった。
けれど数日後、自殺でなく皇后も暗殺されたのではないかという噂があると聞いたが。真実を知ることはもうない。
「そうでしたか。洙仙様は半龍なので、その湧き水から何か感じるものがあったようです。それでその水を苺凛様に飲ませるようにと。汲んできてくださったのは洙仙様なのですよ」
(えっ⁉)
苺凛は驚き、飲杯の中の水をじっと見つめた。
「特別な水だから身体にも良いし、味も違うだろうと言ってましたけど。苺凛さまが美味しいのであればよかったですわ。水差しにはまだたくさんありますし、なくなったらまた洙仙様に汲んで来てもらいましょう」
汲んで来てもらうなんて……。
あんな奴だけど、春霞ってば主君に水汲みさせていいの? ───と苺凛は思った。
「花を食べに来たらお礼を言わないといけないわね」
「それが今日は食べないそうですよ。苺凛様の体調が良くなるまで霊仙花の食事はしないと言ってましたから」
「……ほんと?」
昨日、洙仙から受けた恐怖と冷酷な印象からは想像もつかない話だ。
てっきり食べにくると思っていた。
───ああ、でも……。
花が咲いていると思われる耳上の場所にそっと触れると、カサリと音がして花弁が落ちた。
膝の上に落ちたそれは乾燥していて枯れたように見える。花の香も薄い。
体調が悪いと霊仙花も潤いを失くすのだろうか。
きっと霊仙花は昨日よりも更に美しさのない状態であることは苺凛にも感じられた。
こんな花では食べる気も失せるだろうし、洙仙の糧として力にもならないはず。
「花がこんな状態じゃ、食べに来ないのもあたりまえよね」
苺凛の言葉に春霞は「いいえ」と首を振る。
「それも理由の一つかもしれませんけど。でもそれだけじゃないとも思いますよ。苺凛様が熱を出して体調がよくないことや、水が飲みたいと言っていることを洙仙様に伝えてから、すぐにこの水を用意してくれて。それはきっと苺凛様に早く元気になってほしいからだと思いますし。苺凛様の体調が悪いうちは洙仙様も無理強いなどなさりませんから」
「……そう。わかったわ」
返事をしたものの。
洙仙の行動全ては糧となるこの花のため。
べつに私のことを気遣っての行動ではないだろうと、春霞に言ってもよかったが。
なんだか子供みたいに拗ねているような気がして。
なぜそんなふうに思ってしまうのか。
自分が嫌になる。
「───春霞、どうもありがとう。しぱらく眠るわ」
「わかりました。水差しにはまだお水が残ってますから、このまま置いていきますね。昼頃にまた伺いますわ。お身体に霊力が馴染むまでは無理をされずに、ゆっくりお過ごしくださいね」
春霞は部屋を出て行った。
苺凛は手にしていた飲杯の水を飲んだ。
微かに甘味を感じるのは気のせいだろうか。
気怠さがだんだんと弱まるかわりに眠気が強くなっていくような気がして、苺凛は身体を横にし目を閉じた。
───そして、不思議な夢を見始めた。
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