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〈3〉後宮の最下位妃、半龍と出逢う
しおりを挟む「あなたは……」
「ほかに咲いている場所は? 服を脱げ」
苺凛の問いかけと同時に男の言葉が重なり、掴まれた腕はそのままで、男のもう片方の手が苺凛の胸元へ伸び衣を掴む。
「───なにするのっ⁉ 離して!」
身に付けている薄い上衣など、この男の力なら簡単に裂けてしまいそうだ。
「嫌っ!やめてっ……」
胸が苦しい。怖い。
身体が震え、涙があふれ出そうになったとき、ぱらぱらと何かが舞い落ちるのが見えた。
なぜなのか、咲いていた花が次々と散り、落ちては消えていく。
男は表情を変え、慌てたように苺凛を離した。
苺凛はその反動で体勢を崩し、よろけて床に膝をついた。
そして身体が自由になった途端、花びらが散る現象は止まった。
両手でそっと左右の花を触ると、花弁はどちらにも二、三枚しか残っていないようだった。
「痛むのか」
「え……?」
「散れば痛みはあるのかと聞いているんだ」
「少しは……。でも……」
掴まれていた腕の方が痛かったと答えてやろうかと一瞬思ったが。
言葉を交わす気にならなかった。
恐ろしさから立ち上がることもできない。
「でもなんだ」
真上から、苺凛を押し潰すような威圧感で男が尋ねた。
俯いたまま答えない苺凛に男の気配が近くなる。
苺凛はぎゅっと目を閉じて思った。
いっそひと思いに殺してくれたらいいのに。
服を脱がされて辱しめられるのは嫌だ。
「───洙仙様?」
突然、声がした。
見ると藍色の官服を着た青年が戸口に立っていた。
そして男を見ると「こちらでしたか」と言いながら軽く礼をして部屋に入ってきた。
「捜しましたよ、洙仙様。急に部屋を飛び出してどこにいるのかと思えば……」
青年は苺凛を見つめ、驚きながらも納得したように頷きながら言った。
「ようやくお目覚めになられたのですね」
「梠玖成、見ろ」
二人の男の視線が苺凛に向いた。
苺凛は両耳の上でカサカサと音がするのを聴いた。
同時に芳しい香りが部屋を満たす。
花が再び咲いたのだと苺凛は感じた。
「なんとなんとっ……。驚きましたね。この花が例の?」
梠玖成という青年は目を丸くしながら『洙仙』と呼んだ男に尋ねた。
「そうだと言いたいところだが。不完全だ。出来がよくない」
洙仙は不機嫌に言った。
「そうなのですか? まぁ、多少色に欠ける気もしますが。清楚な感じは悪くないのでは?」
「本物はこんなものじゃない。こんなに不細工な花ではない、もっと美しい。そう思わぬか、梠玖成」
問われて梠玖成は困った顔で唸る。
「……ん~。でも私は遠目に一度しか見たことありませんし。私のようなものが簡単に目にできるものでもありませんでしたから、なんとも言えませんが。でも洙仙様、なぜここへ?」
「匂いだ。こいつが眠っている間、ずっと漂っていた香りがあると言ったろ」
「はい、今は私にも判りますが。この方が眠っていたときはまだ洙仙様だけが感じていた香りのことですね」
「ああ。それが急に強くなったのを感じた。だからもしや目覚めたのかと思って駆け付けたのだ」
「そうでしたか。見事当たったというわけですね、さすがです。ですが洙仙様、そろそろ本殿へお戻りになってくださいよ。いろいろと今後の打ち合わせもあるんですから。この方は私の妻に世話をさせましょう。ちょうど近くの宮殿で片付け作業を手伝ってますから」
「そうか。じゃあ俺が先に行って声をかけてくる。おまえはこいつを見張ってろ」
洙仙は出入口まで歩くと苺凛に向かって言った。
「逃げようなどと思うなよ。まあ、逃げてもそんな姿では見世物小屋行きだろうがな。おとなしくしていれば、ここで暮らすことを許してやる」
冷ややかに言い放ち洙仙は出て行った。
後に残った梠玖成という青年は苺凛の前で拱手し、優しく微笑んだ。
「立てますか?」
苺凛は頷いて立ち上がった。
「名乗る前に名前を呼ばれてしまいましたが。私は梠玖成と申します。あなたは苺凛妃で間違いありませんね?」
「名は間違いありません。でも私はもう妃ではありません」
この青年もあの男も釆雅国の者なのだと苺凛は悟った。
瑤華国は征服されたのだ。
「あなたがそう思っても、洙仙様にとってはどうでもいいことです。むしろ事は善い方向へ向かうかと」
「……それはどういう意味?あなた達はこの花について何を知っているの?」
「いやぁ、私はそんなに詳しくないんですよ」
こう言って梠玖成はポリポリと頭を掻いた。その困った顔や砕けた物言いには呆れるが、柔和な雰囲気は親しみやすさもある。
「じゃあ、違う質問に答えて。あの男は何者?」
「洙仙様ですね。あの方は釆雅国の第二王子です」
梠玖成は微笑んで答えた。
───やっぱりそうだった。予感はしていた。
(あれが噂の半龍だという王子……)
「あなたの今後は洙仙様がお決めになるでしょう。花について知りたいならここに残ることです。洙仙様もそれを望んでいますからね」
「ほかのお妃様たちは?」
生きているのか、それとも……。
「六人中、自害してお亡くなりになっていたお妃さまが三名。そして二名のお妃様が逃げ出して行方不明となっていましたが、昨日までに二人とも遺体で見つかりました」
「あなた達が殺したの?」
苺凛の問いかけに梠玖成は首を振った。
「いいえ。こちらは何も危害を加えてはいませんよ。我々が王城に入ったときには既に逃げ出した後のようでしたし。内乱が起きた挙句に侵攻と戦火の混乱下で逃げ出したとしても、兵士に限らず城外には暴徒と化した民もいますからね。誰に殺されたかなんて調べようもありません。ですから、残っているのはあなただけです」
毒を飲んだのに。
政治の道具として祖国に利用され、ここでは寵愛も受けず後宮の隅で放っておかれた自分が生き残ってしまうなんて。
なんだかとても惨めで虚しくなる苺凛だった。
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