後宮の最下位妃と冷酷な半龍王

翠晶 瓈李

文字の大きさ
上 下
3 / 18

〈3〉後宮の最下位妃、半龍と出逢う

しおりを挟む

「あなたは……」

「ほかに咲いている場所は? 服を脱げ」

 苺凛の問いかけと同時に男の言葉が重なり、掴まれた腕はそのままで、男のもう片方の手が苺凛の胸元へ伸び衣を掴む。


「───なにするのっ⁉ 離して!」

 身に付けている薄い上衣など、この男の力なら簡単に裂けてしまいそうだ。


「嫌っ!やめてっ……」

 胸が苦しい。怖い。

 身体が震え、涙があふれ出そうになったとき、ぱらぱらと何かが舞い落ちるのが見えた。

 なぜなのか、咲いていた花が次々と散り、落ちては消えていく。

 男は表情を変え、慌てたように苺凛を離した。

 苺凛はその反動で体勢を崩し、よろけて床に膝をついた。

 そして身体が自由になった途端、花びらが散る現象は止まった。


 両手でそっと左右の花を触ると、花弁はどちらにも二、三枚しか残っていないようだった。


「痛むのか」

「え……?」

「散れば痛みはあるのかと聞いているんだ」

「少しは……。でも……」

 掴まれていた腕の方が痛かったと答えてやろうかと一瞬思ったが。

 言葉を交わす気にならなかった。

 恐ろしさから立ち上がることもできない。


「でもなんだ」

 真上から、苺凛を押し潰すような威圧感で男が尋ねた。

 俯いたまま答えない苺凛に男の気配が近くなる。

 苺凛はぎゅっと目を閉じて思った。

 いっそひと思いに殺してくれたらいいのに。

 服を脱がされて辱しめられるのは嫌だ。



「───洙仙シュセン様?」


 突然、声がした。

 見ると藍色の官服を着た青年が戸口に立っていた。

 そして男を見ると「こちらでしたか」と言いながら軽く礼をして部屋に入ってきた。


「捜しましたよ、洙仙様。急に部屋を飛び出してどこにいるのかと思えば……」

 青年は苺凛を見つめ、驚きながらも納得したように頷きながら言った。


「ようやくお目覚めになられたのですね」

梠玖成リョクセイ、見ろ」

 二人の男の視線が苺凛に向いた。


 苺凛は両耳の上でカサカサと音がするのを聴いた。

 同時に芳しい香りが部屋を満たす。

 花が再び咲いたのだと苺凛は感じた。


「なんとなんとっ……。驚きましたね。この花が例の?」

 梠玖成という青年は目を丸くしながら『洙仙シュセン』と呼んだ男に尋ねた。

「そうだと言いたいところだが。不完全だ。出来がよくない」

 洙仙は不機嫌に言った。


「そうなのですか? まぁ、多少色に欠ける気もしますが。清楚な感じは悪くないのでは?」

「本物はこんなものじゃない。こんなに不細工な花ではない、もっと美しい。そう思わぬか、梠玖成」


 問われて梠玖成は困った顔で唸る。

「……ん~。でも私は遠目に一度しか見たことありませんし。私のようなものが簡単に目にできるものでもありませんでしたから、なんとも言えませんが。でも洙仙様、なぜここへ?」

「匂いだ。こいつが眠っている間、ずっと漂っていた香りがあると言ったろ」

「はい、今は私にも判りますが。この方が眠っていたときはまだ洙仙様だけが感じていた香りのことですね」

「ああ。それが急に強くなったのを感じた。だからもしや目覚めたのかと思って駆け付けたのだ」

「そうでしたか。見事当たったというわけですね、さすがです。ですが洙仙様、そろそろ本殿へお戻りになってくださいよ。いろいろと今後の打ち合わせもあるんですから。この方は私の妻に世話をさせましょう。ちょうど近くの宮殿で片付け作業を手伝ってますから」

「そうか。じゃあ俺が先に行って声をかけてくる。おまえはこいつを見張ってろ」

 洙仙は出入口まで歩くと苺凛に向かって言った。

「逃げようなどと思うなよ。まあ、逃げてもそんな姿では見世物小屋行きだろうがな。おとなしくしていれば、ここで暮らすことを許してやる」

 冷ややかに言い放ち洙仙は出て行った。

 後に残った梠玖成リョクセイという青年は苺凛の前で拱手し、優しく微笑んだ。

「立てますか?」

 苺凛は頷いて立ち上がった。

「名乗る前に名前を呼ばれてしまいましたが。私は梠玖成と申します。あなたは苺凛妃で間違いありませんね?」

「名は間違いありません。でも私はもう妃ではありません」

 この青年もあの男も釆雅国の者なのだと苺凛は悟った。

 瑤華国は征服されたのだ。

「あなたがそう思っても、洙仙様にとってはどうでもいいことです。むしろ事は善い方向へ向かうかと」

「……それはどういう意味?あなた達はこの花について何を知っているの?」

「いやぁ、私はそんなに詳しくないんですよ」

 こう言って梠玖成はポリポリと頭を掻いた。その困った顔や砕けた物言いには呆れるが、柔和な雰囲気は親しみやすさもある。

「じゃあ、違う質問に答えて。あの男は何者?」

「洙仙様ですね。あの方は釆雅国の第二王子です」

 梠玖成は微笑んで答えた。

 ───やっぱりそうだった。予感はしていた。


(あれが噂の半龍だという王子……)


「あなたの今後は洙仙様がお決めになるでしょう。花について知りたいならここに残ることです。洙仙様もそれを望んでいますからね」

「ほかのお妃様たちは?」

 生きているのか、それとも……。

「六人中、自害してお亡くなりになっていたお妃さまが三名。そして二名のお妃様が逃げ出して行方不明となっていましたが、昨日までに二人とも遺体で見つかりました」

「あなた達が殺したの?」

 苺凛の問いかけに梠玖成は首を振った。

「いいえ。こちらは何も危害を加えてはいませんよ。我々が王城に入ったときには既に逃げ出した後のようでしたし。内乱が起きた挙句に侵攻と戦火の混乱下で逃げ出したとしても、兵士に限らず城外には暴徒と化した民もいますからね。誰に殺されたかなんて調べようもありません。ですから、残っているのはあなただけです」


 毒を飲んだのに。

 政治の道具として祖国宗葵国に利用され、ここでは寵愛も受けず後宮の隅で放っておかれた自分が生き残ってしまうなんて。

 なんだかとても惨めで虚しくなる苺凛だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...