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魔性の血〈1〉
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「どうぞ、こちらです」
朝食のためにリィムに案内された部屋に入ると、ラスバートが先に来ていた。
陛下同席の朝食と聞いたわりに部屋は思ったほど広くなく、豪奢でも堅苦しくもない雰囲気の、プライベートな個室のように思えた。
「おはよう、眠り姫。気分はどうだい?」
(……あ、毒の香りがしない)
ラスバートを前に、そんなことを感じながらも、リシュの口から出た言葉は違った。
「気分なんて最悪に決まってるでしょっ。ひどいじゃない、おじ様!」
「えっ?」
「なぜ城に着いたとき、馬車の中で起こしてくれなかったの? 」
「えぇ~。だってさ、それはおまえが爆睡し過ぎてたからだろ」
「だからって、なんで宵の宮なのよッ」
「んなこと言ったって、俺が運んだんじゃないしー」
「え……おじ様じゃないの?」
「そうだよー、あんなの俺が止められる人でもないしね。あ、ほら来た」
───来た?
「俺が運んだ」
後ろから、抑揚のない声がして。
リシュは振り向き、その身を強張らせた。
「その事に何か不満でも?」
出入り口に立ち、瞳を眇めるような眼差しで、こちらを見つめている少年。
少年、とは言っても上背はリシュよりやや高い。
けれど、まだ青年と呼ぶに至らない線の細い印象としなやかさが、彼をまだ『少年』という枠の中に引き止めていた。
そして何よりもその髪色に目を奪われる。
やや暗く、赤みがかった紫の髪。
怪しく燃える炎のような……
夕闇に沈む太陽のような色。
そして瞳はとても薄く、白に近いくらいの水色。
暖かなものを何一つ知らないような冷たさで、刃のように鋭い光を宿した瞳が、真っ直ぐにリシュを射抜く。
───ああ……彼だ。
間違いない。
(自分たち……母様と私の瞳と同系色の髪は……)
親娘が視抜く毒の色。
魔性の色だ。
その彩を持つ、少年王。
彼の髪色は昔、美しく眩い金であったという。
そしてその瞳は春の新緑のような翡翠色だったと聞く。
それなのに。
リサナが六年前王宮で禁忌を犯したことにより、その容姿は変わってしまった。
まるでこの色がその代償であるかのように。
六年前の事件。
王宮で起きた『ロキルト王子暗殺』は未遂に終わったけれど。
当時、猛毒の影響で危篤状態に陥ったロキルトを、王宮の薬学師達は救うことが出来なかった。
だから、リサナが呼ばれたのだ。
リサナはロキルトに与えてはならないものを与え、命を救った。
その行為をリサナは誰の目にも触れさせることなく秘密裏に行った。
彼女がロキルトに与えた解毒剤がどんなものであったのかは、この世で最愛の娘と、それを与えられ、命を取り戻した本人、ロキルト以外に誰も知る者はいない。
猛毒からの再起。
そして変貌した容姿に、人々は言った。
彼は……王子は魔女と契約し、死の床から甦り、魔性王になったのだと……。
「王宮へようこそ。リシュ姫」
本来なら国王を前にして、跪くなりの挨拶をしなければならないはずなのだが。
リシュはその髪色に目を奪われ、言葉を失っていた。
「逃げ出さずに来ていただけるとは思いませんでしたよ」
ロキルトの言葉に、ようやくリシュは我に返った。
(逃げ出さずにですって? 逃げ出せない状況下にしたのは誰よ)
「よく眠っていた姫を起こすのも可哀想だと思ってね、そのまま俺が宮へ運んだ。ラスバートは腰が痛いそうでね」
言いながら、ロキルトは席に着いた。
リィムに促され、リシュも席に着く。
「姫は昨日から何も食べてないと聞いた。早く食事にしよう」
「陛下。その〈姫〉という呼び名、やめていただけませんか。呼ばれる度に気分が悪くなって、美味しそうな食事も喉を通りそうにありませんから」
「困ったな。では姉君にしますか」
それも嫌だとリシュは思った。
「毒視姫で結構ですわ、陛下」
「あまり好きな名ではないんでね。呼びたくない」
「あら。私は気に入ってますけど」
ムッとした表情を向けてきたロキルトに、リシュは少し満足して言った。
「では姫を外した名前で呼んでください」
「……そうか。ではリシュ、おまえはもっとたくさん食べた方がいいな。抱き上げたとき、意外と軽くて驚いたから」
そうだった。
(私、この人に……陛下に宵の宮まで運ばれたんだ)
意外と軽いなんて嘘。
起きてるときはちゃんと食べるし、小食ではない。
───これって嫌味?
苛立ちと嫌悪感と、羞恥の入り混ざった複雑な感情を持て余し、リシュは視線のやり場に困り、思わずラスバートにきつい眼差しを向けた。
───まあまあ、そんな怖い顔しないで。
というような表情でニヤけながら、ラスバートは言った。
「ほらほら。食事も運ばれたことだし、頂くとしましょうかね」
大地の恵みに感謝の祈りを捧げるラスバートに続き、リシュとロキルトもそれに習う。
リシュにとっては憂鬱な朝食の始まりだった。
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