毒視姫(どくみひめ)の憂鬱

翠晶 瓈李

文字の大きさ
上 下
14 / 31

魔性の血〈1〉

しおりを挟む

 ♢♢♢♢♢


「どうぞ、こちらです」




 朝食のためにリィムに案内された部屋に入ると、ラスバートが先に来ていた。



 陛下同席の朝食と聞いたわりに部屋は思ったほど広くなく、豪奢でも堅苦しくもない雰囲気の、プライベートな個室のように思えた。




「おはよう、眠り姫。気分はどうだい?」




(……あ、毒の香りがしない)



 ラスバートを前に、そんなことを感じながらも、リシュの口から出た言葉は違った。




「気分なんて最悪に決まってるでしょっ。ひどいじゃない、おじ様!」



「えっ?」



「なぜ城に着いたとき、馬車の中で起こしてくれなかったの? 」



「えぇ~。だってさ、それはおまえが爆睡し過ぎてたからだろ」



「だからって、なんで宵の宮なのよッ」



「んなこと言ったって、俺が運んだんじゃないしー」



「え……おじ様じゃないの?」



「そうだよー、あんなの俺が止められる人でもないしね。あ、ほら来た」



 ───来た?




「俺が運んだ」




 後ろから、抑揚のない声がして。



 リシュは振り向き、その身を強張らせた。




「その事に何か不満でも?」




 出入り口に立ち、瞳を眇めるような眼差しで、こちらを見つめている少年。



 少年、とは言っても上背はリシュよりやや高い。


 けれど、まだ青年と呼ぶに至らない線の細い印象としなやかさが、彼をまだ『少年』という枠の中に引き止めていた。




 そして何よりもその髪色に目を奪われる。



 やや暗く、赤みがかった紫の髪。


 怪しく燃える炎のような……

 夕闇に沈む太陽のような色。



 そして瞳はとても薄く、白に近いくらいの水色。



 暖かなものを何一つ知らないような冷たさで、刃のように鋭い光を宿した瞳が、真っ直ぐにリシュを射抜く。




 ───ああ……彼だ。



 間違いない。



(自分たち……母様と私の瞳と同系色の髪は……)


 親娘が視抜く毒の色。


 魔性の色だ。




 そのいろを持つ、少年王。





 彼の髪色は昔、美しく眩い金であったという。


 そしてその瞳は春の新緑のような翡翠色だったと聞く。



 それなのに。


 リサナが六年前王宮で禁忌を犯したことにより、その容姿は変わってしまった。




 まるでこの色がその代償であるかのように。




 六年前の事件。


 王宮で起きた『ロキルト王子暗殺』は未遂に終わったけれど。


 当時、猛毒の影響で危篤状態に陥ったロキルトを、王宮の薬学師達は救うことが出来なかった。




 だから、リサナが呼ばれたのだ。



 リサナはロキルトに与えてはならないものを与え、命を救った。


 その行為をリサナは誰の目にも触れさせることなく秘密裏に行った。


 彼女がロキルトに与えた解毒剤がどんなものであったのかは、この世で最愛の娘と、それを与えられ、命を取り戻した本人、ロキルト以外に誰も知る者はいない。



 猛毒からの再起。



 そして変貌した容姿に、人々は言った。




 彼は……王子は魔女と契約し、死の床から甦り、魔性王になったのだと……。






「王宮へようこそ。リシュ姫」




 本来なら国王を前にして、跪くなりの挨拶をしなければならないはずなのだが。




 リシュはその髪色に目を奪われ、言葉を失っていた。





「逃げ出さずに来ていただけるとは思いませんでしたよ」




 ロキルトの言葉に、ようやくリシュは我に返った。




(逃げ出さずにですって? 逃げ出せない状況下にしたのは誰よ)



「よく眠っていた姫を起こすのも可哀想だと思ってね、そのまま俺が宮へ運んだ。ラスバートは腰が痛いそうでね」



 言いながら、ロキルトは席に着いた。



 リィムに促され、リシュも席に着く。



「姫は昨日から何も食べてないと聞いた。早く食事にしよう」



「陛下。その〈姫〉という呼び名、やめていただけませんか。呼ばれる度に気分が悪くなって、美味しそうな食事も喉を通りそうにありませんから」



「困ったな。では姉君にしますか」



 それも嫌だとリシュは思った。




「毒視姫で結構ですわ、陛下」




「あまり好きな名ではないんでね。呼びたくない」



「あら。私は気に入ってますけど」



 ムッとした表情を向けてきたロキルトに、リシュは少し満足して言った。




「では姫を外した名前で呼んでください」




「……そうか。ではリシュ、おまえはもっとたくさん食べた方がいいな。抱き上げたとき、意外と軽くて驚いたから」




 そうだった。


(私、この人に……陛下に宵の宮まで運ばれたんだ)



 意外と軽いなんて嘘。


 起きてるときはちゃんと食べるし、小食ではない。



 ───これって嫌味?




 苛立ちと嫌悪感と、羞恥の入り混ざった複雑な感情を持て余し、リシュは視線のやり場に困り、思わずラスバートにきつい眼差しを向けた。




 ───まあまあ、そんな怖い顔しないで。

 というような表情でニヤけながら、ラスバートは言った。




「ほらほら。食事も運ばれたことだし、頂くとしましょうかね」



 大地の恵みに感謝の祈りを捧げるラスバートに続き、リシュとロキルトもそれに習う。





 リシュにとっては憂鬱な朝食の始まりだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

ファンタジー
口が悪く男勝りで見た目は美青年な不良、神田シズ(女)は誕生日の前日に、漆黒の軍服に身を包んだ自分とそっくりの男にキスをされ神様のいない異世界へ飛ばされる。元の世界に帰る方法を捜していると男が着ていた軍服が、城で働く者、城人(じょうにん)だけが着ることを許させる制服だと知る。シズは「君はここじゃないと生きれない」と吐き捨て姿を消した謎の力を持つ男の行方と、自分とそっくりの男の手がかりをつかむために城人になろうとするがそのためには試験に合格し、城人になるための学校に通わなければならず……。癖の強い同期達と敵か味方か分からない教官、上司、王族の中で成長しながら、帰還という希望と真実に近づくにつれて、シズは渦巻く陰謀に引きずり込まれてゆく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

異世界転生記 〜神話級ステータスと最高の努力で成り上がる物語〜

かきくけコー太郎・改
ファンタジー
必死に生活をしていた24歳独身サラリーマンの神武仁は、会社から帰宅する途中で謎の怪物に追いかけられてゴミ箱の中に隠れた。 そして、目が覚めると、仁は"異世界の神"と名乗る者によって異世界転生させられることになる。   これは、思わぬ出来事で異世界転生させられたものの、その世界で生きることの喜びを感じて"ルーク・グレイテスト"として、大切な存在を守るために最強を目指す1人の男の物語。 以下、新連載です!楽しんでいってください。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/586446069/543536391

処理中です...