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8月7日(土)【14】お姉さんの家
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――ピーン......ポーン――
カメラもスピーカーもついていないインターホンは、押した瞬間と離した瞬間の2回、音がなる。
玄関戸の向こう側で残響が響いている。返事は無い。
「あきふみくんだ。なんか用事?」
肩に感触。振り返るとチョコをくれた人の娘だ。
「わっ――。エリカさん。どこか出かけられてたんですか?」
家の中からではなく、後ろから登場したので驚いた。
「ちょっと探検にね」
「探検好きですね」
「それ、プレゼント?」
ぼくが両手にもっていた菓子折りを指さす。
「そうです。エリカさんのお母さんに昨日チョコをいただいたみたいで、そのお返しのゼリーです」
「そんな、気をつかわなくていいのに。母は男の子にお菓子あげたいだけだから。お返しをもらっても逆に困るかも」
「そうなんですか。でも、いらなければ捨てていただいて結構ですので受け取ってください」
そういって、菓子折りを胸の前にかかげる。
「じゃあもらっておきます」といって、お姉さんは菓子折りを受け取った。
「それでは」といって戻ろうとすると「あきふみくんも一緒に食べよ」と誘われた。
「えっ、一緒に?」
「そう一緒に。あと、両手使えないから鍵開けて欲しいな」
追い込み方もうまい。ゼリーへの興味はなかったが、お姉さんと一緒に食べられると聞き、すぐに鍵開けの役目を引き受ける。
「わかりました、開けます。鍵をください」
「さて問題です。鍵はどこでしょう?」
女性はみんなクイズが好きなのかもしれない。ポケットの中、ポストの底とハズレが続いて、正解はプランターの下だった。
「手使えないから開けてくれる?」
「はい」
――ガチャリ――ガラガラガラ。
部屋の間取りはぼくの家とほとんど同じだった。
玄関を入って右側が台所、前のガラス戸を開けるとふすまで仕切られた畳部屋が縦に2つ。奥のガラス戸を開けると、左側がトイレで右側がお風呂。一番奥が、外へとつながるガラス戸だ。
しかし、二階への階段があるため、手前の部屋はやや細い。家具は少なく一階にはカーペットが敷かれ、椅子と机が置かれていた。
「適当に座って」
「はい」
小山内のおばちゃんは出かけているようで、部屋の中はエリカさんとぼくの二人きり。
台所から「わー、果肉が入ってるう」という声が聞こえる。わざわざ1つずつ白いお皿にのせて運んできたゼリーを、小山内家のオシャレ柄スプーンですくう。
「母から何のお菓子もらったの?」
モモをすくいながらお姉さんはたずねる。
「チョコです。お酒が入っているやつ」
「えー、それわたしの好きなやつ」
「そうだったんですか」
からくて中身を全部取り出したことはいわない。何かチョコ以外の会話をと考える。
「エリカさんって、彼氏さんとかいらっしゃるんですか?」
「急になに。いないよ......今は」
本当に急に。なんでそんなことを聞いてしまったのだろうと自分でも思った。セミの鳴き声にまじって、時計の針の音が聞こえる。
「ごめんなさい。特に意味はないんです」
「意味がないのに聞いたの?」
「ごめんなさい」
つい好奇心からデリカシーのない質問をしてしまったと反省する。
「うそ。週に1回くらいは聞かれてたし。お店で」
「そうなんですか......」
お姉さんは立ち上がると、冷蔵庫からお茶を取り出し、右手でグラスを2つもってきた。
「もう別れちゃったんだよね」
そそいだお茶をぼくにわたす。えしゃくをして、いっきに飲んだ。緑茶だった。
高校2年生の時、お姉さんは元カレと出会った。当時、彼女は家出2か月目で、中学時代からの女友達の家に居そうろうしていた。携帯代など何かとお金が必要で放課後はキャバクラで働いていた。そのお店で出会ったのが7歳年上の彼。
環境のせいもあって、付き合ってすぐに同棲することに。やさしかったがエリカさんのわがままな性格のせいで愛想をつかされ、1年とちょっとで別れたという。
「それでね。あとで知ったんだけど――」
「はい」
「その彼、お姉ちゃんの彼氏だったんだよね」
「えーーーー!」
「ふふふ。あきふみくんの反応面白い。わたし、お客さんにこの話したときのリアクションをみるのが好きなの」
彼女はにっこりして、ぼくのグラスに緑茶をそそぐ。
彼はエリカさんと付き合う前から、姉の彼氏だった。姉は大学進学費用などの理由で、離婚した父の方へ引き取られて以来会っていなかった。
別れ際、「前の彼女とよりを戻す。子供ができた」と彼氏から見せられた画像に、3年ぶりにみる姉の顔が写っていたという。
「顔はあんまり似てないんだけどな。これって奇跡だよね」
「嫌な奇跡ですね」
「でも、奇跡だから」
奇跡という言葉に彼女ほどの関心を抱いていないぼくは「奇跡ですね」とそのまま返すしかなかった。
「じゃあ元カレさんはそのままお姉さんと?」
「いや、また別れたの。そういう人だから」
うまく理解できていなかったが「そうなんですね」と返した。
別れたあと、エリカさんはいままで以上に仕事でお酒をたくさん飲むようになって肝臓をわるくしたという。
「中学生のときから飲みつづけてきたからね」
「たいへんですね」
「でも女の子は、そこらへんの大人よりも稼ぐ方法があったの。水商売だからはじめたってところもあるし、みんなに認められている仕事だったらやらなかったかも」
中学生で認められているのは新聞配達や家業の手伝いくらいだろうと思ったが、いわない。
女子中学生が携帯を持ち始めた時代。「とにかくそういう気分だったの」という彼女の言葉に、ぼくはかなしくて美しいものを感じた。
「それよりあきふみくん」
「はい」
「耕地くんって男の子、知ってる? たぶんあきふみくんと同じ校区だと思うんだけど」
「はい。耕地キヨフミという男子なら知っています」
エリカさんの口からその名前が出てきて、内心とても驚いていた。
「ほんと! どんな子?」
「クラスメイトですけど」
性格を教えろと問い詰められたら、100枚のオブラートで中身が見えないようギチギチに包装しようと覚悟した。
「えー。友達だったりする?」
「遊んだりはします」
「えー。そうなんだあ」
エリカさんは興奮している。
今日は土曜日なのでケイタとの約束はなく、キヨとの約束を入れていた。そのことを彼女に伝えると、また興奮していた。
エリカさんともっと話をしていたかったが、キヨとの約束の時間がせまっていたので仕方なくおいとますることにした。
〇
「明日なんやけど、いける?」
野球ゲームの対戦中、キヨが尋ねる。
「また野球か?」
「はあ? ASJの話や」
「ああ」
そんな話もあった。
「全額出す」「お前はきてくれるだけでいいから」とキヨが必死に説得するので承諾してしまった。
「よっしゃあ。じゃあ明日朝の9時に俺ん家集合で」
「わかった」
帰り際、「エリカさんって人知ってる?」と聞くと「は? 誰やそれ」とキヨはいった。
カメラもスピーカーもついていないインターホンは、押した瞬間と離した瞬間の2回、音がなる。
玄関戸の向こう側で残響が響いている。返事は無い。
「あきふみくんだ。なんか用事?」
肩に感触。振り返るとチョコをくれた人の娘だ。
「わっ――。エリカさん。どこか出かけられてたんですか?」
家の中からではなく、後ろから登場したので驚いた。
「ちょっと探検にね」
「探検好きですね」
「それ、プレゼント?」
ぼくが両手にもっていた菓子折りを指さす。
「そうです。エリカさんのお母さんに昨日チョコをいただいたみたいで、そのお返しのゼリーです」
「そんな、気をつかわなくていいのに。母は男の子にお菓子あげたいだけだから。お返しをもらっても逆に困るかも」
「そうなんですか。でも、いらなければ捨てていただいて結構ですので受け取ってください」
そういって、菓子折りを胸の前にかかげる。
「じゃあもらっておきます」といって、お姉さんは菓子折りを受け取った。
「それでは」といって戻ろうとすると「あきふみくんも一緒に食べよ」と誘われた。
「えっ、一緒に?」
「そう一緒に。あと、両手使えないから鍵開けて欲しいな」
追い込み方もうまい。ゼリーへの興味はなかったが、お姉さんと一緒に食べられると聞き、すぐに鍵開けの役目を引き受ける。
「わかりました、開けます。鍵をください」
「さて問題です。鍵はどこでしょう?」
女性はみんなクイズが好きなのかもしれない。ポケットの中、ポストの底とハズレが続いて、正解はプランターの下だった。
「手使えないから開けてくれる?」
「はい」
――ガチャリ――ガラガラガラ。
部屋の間取りはぼくの家とほとんど同じだった。
玄関を入って右側が台所、前のガラス戸を開けるとふすまで仕切られた畳部屋が縦に2つ。奥のガラス戸を開けると、左側がトイレで右側がお風呂。一番奥が、外へとつながるガラス戸だ。
しかし、二階への階段があるため、手前の部屋はやや細い。家具は少なく一階にはカーペットが敷かれ、椅子と机が置かれていた。
「適当に座って」
「はい」
小山内のおばちゃんは出かけているようで、部屋の中はエリカさんとぼくの二人きり。
台所から「わー、果肉が入ってるう」という声が聞こえる。わざわざ1つずつ白いお皿にのせて運んできたゼリーを、小山内家のオシャレ柄スプーンですくう。
「母から何のお菓子もらったの?」
モモをすくいながらお姉さんはたずねる。
「チョコです。お酒が入っているやつ」
「えー、それわたしの好きなやつ」
「そうだったんですか」
からくて中身を全部取り出したことはいわない。何かチョコ以外の会話をと考える。
「エリカさんって、彼氏さんとかいらっしゃるんですか?」
「急になに。いないよ......今は」
本当に急に。なんでそんなことを聞いてしまったのだろうと自分でも思った。セミの鳴き声にまじって、時計の針の音が聞こえる。
「ごめんなさい。特に意味はないんです」
「意味がないのに聞いたの?」
「ごめんなさい」
つい好奇心からデリカシーのない質問をしてしまったと反省する。
「うそ。週に1回くらいは聞かれてたし。お店で」
「そうなんですか......」
お姉さんは立ち上がると、冷蔵庫からお茶を取り出し、右手でグラスを2つもってきた。
「もう別れちゃったんだよね」
そそいだお茶をぼくにわたす。えしゃくをして、いっきに飲んだ。緑茶だった。
高校2年生の時、お姉さんは元カレと出会った。当時、彼女は家出2か月目で、中学時代からの女友達の家に居そうろうしていた。携帯代など何かとお金が必要で放課後はキャバクラで働いていた。そのお店で出会ったのが7歳年上の彼。
環境のせいもあって、付き合ってすぐに同棲することに。やさしかったがエリカさんのわがままな性格のせいで愛想をつかされ、1年とちょっとで別れたという。
「それでね。あとで知ったんだけど――」
「はい」
「その彼、お姉ちゃんの彼氏だったんだよね」
「えーーーー!」
「ふふふ。あきふみくんの反応面白い。わたし、お客さんにこの話したときのリアクションをみるのが好きなの」
彼女はにっこりして、ぼくのグラスに緑茶をそそぐ。
彼はエリカさんと付き合う前から、姉の彼氏だった。姉は大学進学費用などの理由で、離婚した父の方へ引き取られて以来会っていなかった。
別れ際、「前の彼女とよりを戻す。子供ができた」と彼氏から見せられた画像に、3年ぶりにみる姉の顔が写っていたという。
「顔はあんまり似てないんだけどな。これって奇跡だよね」
「嫌な奇跡ですね」
「でも、奇跡だから」
奇跡という言葉に彼女ほどの関心を抱いていないぼくは「奇跡ですね」とそのまま返すしかなかった。
「じゃあ元カレさんはそのままお姉さんと?」
「いや、また別れたの。そういう人だから」
うまく理解できていなかったが「そうなんですね」と返した。
別れたあと、エリカさんはいままで以上に仕事でお酒をたくさん飲むようになって肝臓をわるくしたという。
「中学生のときから飲みつづけてきたからね」
「たいへんですね」
「でも女の子は、そこらへんの大人よりも稼ぐ方法があったの。水商売だからはじめたってところもあるし、みんなに認められている仕事だったらやらなかったかも」
中学生で認められているのは新聞配達や家業の手伝いくらいだろうと思ったが、いわない。
女子中学生が携帯を持ち始めた時代。「とにかくそういう気分だったの」という彼女の言葉に、ぼくはかなしくて美しいものを感じた。
「それよりあきふみくん」
「はい」
「耕地くんって男の子、知ってる? たぶんあきふみくんと同じ校区だと思うんだけど」
「はい。耕地キヨフミという男子なら知っています」
エリカさんの口からその名前が出てきて、内心とても驚いていた。
「ほんと! どんな子?」
「クラスメイトですけど」
性格を教えろと問い詰められたら、100枚のオブラートで中身が見えないようギチギチに包装しようと覚悟した。
「えー。友達だったりする?」
「遊んだりはします」
「えー。そうなんだあ」
エリカさんは興奮している。
今日は土曜日なのでケイタとの約束はなく、キヨとの約束を入れていた。そのことを彼女に伝えると、また興奮していた。
エリカさんともっと話をしていたかったが、キヨとの約束の時間がせまっていたので仕方なくおいとますることにした。
〇
「明日なんやけど、いける?」
野球ゲームの対戦中、キヨが尋ねる。
「また野球か?」
「はあ? ASJの話や」
「ああ」
そんな話もあった。
「全額出す」「お前はきてくれるだけでいいから」とキヨが必死に説得するので承諾してしまった。
「よっしゃあ。じゃあ明日朝の9時に俺ん家集合で」
「わかった」
帰り際、「エリカさんって人知ってる?」と聞くと「は? 誰やそれ」とキヨはいった。
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