たったひとりのために

まつめぐ

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あいたい

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 翌日俺は朝早くから新幹線に乗って、よくライブやイベントで行っている地方都市へと足を運んだ。

 いつもならメンバーやスタッフとここに来るけど、1人で来ると同じ場所でも全然違う感じがする。

 でも、今日の俺の目的地はここではなかった。

「えっと ここからいつもだったら 車といきたいとこだけど 確か電車のほうが早いんだったな よしっ」

 案内板の前で1人つぶやきながら、俺は目的地までの切符を買って電車に乗った。

 昨夜目的地までの行き方を調べていたからたぶん迷うことはないだろう。

 それに俺はもともと旅が好きだし、よくライブの間にも1人で出かけたりしていた。

 電車の中では、何人か俺に視線を向けたけど声をかけられることもなかった。

 メンバーといれば周りから声を掛けてきたりするけど、今は1人だしいつものトレードマークもなしだから大丈夫だとは思っていた。

 そしてようやく目的地に着き、ホッとしながら電車を降りて駅を出て俺は大きく背伸びをした。

「ん~! やっと着いたな」

 目的地は地方の町だった。

 俺は何でここに来たのかとりあえずの理由はあるけど、でも本当はそれでよかったのかはわからなかった。

「さてと これから どうしよっかな」

 ぶつぶつと独り言を言いながらボ~っとしていると、横から誰かが話しかけてきた。

「あの? すみません 杉山 辰弥さんですよね?」

(おいおい待てよ? なんで俺だってわかるんだよ・・・っていうか ん? この声 前に聞いたことあるような?)

 俺はそう思いながら声のほうを見ると、そこには1人の同世代ぐらいの女性が立っていた。

「わぁ やっぱり杉山さんだ」

 女性はそう言いながら満面の笑顔でこちらを見ていたが、俺はすぐに思い出せなかった

「あ あたしのこと覚えてます? ほら 東京で車椅子のあやのちゃんと一緒にいた」

「あ~! ゆ 優希ちゃん? いやぁ 久しぶり!」

「はい! お久しぶりです あのときはいろいろとありがとうございました」

 そして、女性はペコリと頭を下げた。

「いやいや 俺のほうこそいろいろ楽しかったからさ それにあのときは あやちゃんと一緒だったから 一瞬誰かわかんなかったよ」

「はは そうですよね」

 そう、この女性は東京で偶然会ったあやちゃんと一緒にいた友達の優希ちゃんだった。

「それにしても まさかまた杉山さんに こんなところで会えるなんて思わなかったですよ」

「俺もだよ」

「それで なんでここに来たんですか?」

「うん ちょっと休暇もらってさ で ブラブラとここに」

「ええ? ブラブラと来るような距離じゃないと思うんですけど?」

「はは まぁいいじゃないか そんなことはさ」

 少し驚きながら話す優希ちゃんに、俺は笑って答えた。

「そうですね さて立ち話ばっかりじゃなんですし そろそろ行きますか?」

「え? あ ちょっと待って? 行くってどこに行くんだよ?」

 突然の優希ちゃんの言葉に、俺は少し焦りながら聞いてみたけど優希ちゃんは平然とした様子でいた。

「どこって あやちゃんのところですよ」

「え?」

「え?じゃないでしょ だってここに住んでるんですよ あたしもあやちゃんもね まさか知らないで ここに来たわけじゃないですよね?」

「ま まぁね」

 顔を覗きこんで聞いてくる優希ちゃんに、俺は視線を逸らしながら認めてしまった。

 本当はあやちゃんからここに住んでいることは知っていた。

 それで前から一度は来てみたいと思っていた。

「じゃ 行きましょうか? あやちゃんの家はここから近いから ね?」

「う うん」

 こうして俺は、優希ちゃんの案内であやちゃんの家に向かうことにした。

 正直言って、俺は何も考えずにただこの町に来たわけじゃない。

 この町に来た一番の目的は、あやちゃんと久しぶりに会うことだった。

 でもあの手紙の彼女のことで迷っている今の俺は、果たしてあやちゃんと会って東京のときのように接することができるかどうか複雑な気分だった。

 そんな気分を隠すように、あやちゃんの家に向かう途中俺は優希ちゃんと話をしながら歩いていた。

「あ そういえば 聞きましたよ 杉山さんとあやちゃん メル友なんですって?」

「え? はは やっぱり優希ちゃんに言ったんだ」

「そりゃあもう すっごい喜んでましたからね」

「へぇ そうなんだ」

 俺はその話を聞いてうれしい気分になった。

「でも、今日杉山さんが来るってこと あやちゃんから聞いてなかったですよ?」

「うん 急に決めたからさ」

「なるほど それじゃあ 杉山さんを見てきっとビックリしますね?」

「そうだね」

「ふふ どんな反応するのか ちょっと楽しみ あ もうすぐ着きますからね」

「あぁ」

 しばらく歩いていると目の前に畑があり、その後ろには何軒か家が並んでいて建っていた。

 そして俺は1軒の家の前に人がいるのがわかった。

「あれ? 優希ちゃん? あそこの家の前にいるのは あやちゃんかな?」

「ぇ? あ~ ホントだ それじゃ ちょっと急ぎま・・・」

 優希ちゃんに言われる前にそのとき既に俺は自然と足が早足になっていたことに気がついていなかった。

 

 俺は早くあやちゃんに会いたかったのかもしれない。

 あやちゃんに会って、俺の本当の気持ちに気づきたかったのかもしれない。

 

 でも、それと同時に俺のせいであやちゃんの心に傷をつけることになるとは知る由もなかった・・・。



 一方、この日のわたしはいきなりはじまった家の大掃除のおかげで母から外に追い出されていた。

 家の前でわたしは車椅子に乗って、耳には部屋から持ってきた音楽プレーヤーにつながれたイヤホンをつけて曲を聴きながらボ~っとしていた。

 音楽プレーヤーには、もちろん大好きなプリゾナーズの曲がたくさん入っている。

(はぁ いつも大掃除のときはこうなるんだよね そこまでわたしがいるのが 邪魔なのねぇ)

 などとため息をつき曲を聴きながら考えていると、急に横から誰かの気配を感じた。

 わたしは目だけその方を見ると、笑顔でこっちに近づいてくる優希ちゃんの姿があった。

「ぇ? 優希ちゃん どうかしたの?」

「もう どうかしたのじゃないよ 今日遊びに行くって言ったでしょ?」

「あ そうだった ごめん 忘れてた」

 わたしが謝ると優希ちゃんは少し呆れ顔で見ていた。

「って そんなことより 今日はあたしだけでないんだよ?」

「え? どういう 意味?・・・ぁ そういえば 後ろに 誰か いるよ?」

 わたしがそう言いながら、そのとき初めていることに気づいた後ろの人を見ると、優希ちゃんは 満面の笑顔で横にずらして後ろにいた人をわたしの前に通した。

 わたしはその人を見た瞬間、慌てて耳からイヤホンをはずした。

 わたしはその人に対して、驚きとともにまさかという気持ちとうれしい気持ちがこみあげてきた。

「す 杉山 さん?」

「よう 久しぶり」

 少し照れながら言ってくるその人は、まさに東京で会ったときと同じ素顔の杉山さんだった。

「ビックリしたでしょ? あたしも駅で見かけたときは驚いたよ」

「でも どうして ここに? あ 確か今 仕事 忙しいんじゃ?」

「うん 確かに忙しいよ だけど結構進んでるし それで俺だけ特別休暇もらったってわけ」

「そうなんだ」

「だけど リーダーがいなくて 大丈夫なんですか?」

「はは まぁ なんとか大丈夫大丈夫」

 杉山さんは苦笑いをしながらも明るく言っていた。

「さて せっかくだし あたしたちが町を案内しましょうか?・・・ね あやちゃん?」

「うん そうだね」

「え? そんな 2人とも 別に気を遣わなくてもいいんだよ?」

 杉山さんは軽く手を振りながら遠慮をしていた。

「まぁまぁ いいじゃないですか 杉山さん ところで どこか行ってみたいとこってあります?」

「行きたいとこって 言われてもなぁ・・・?」

 杉山さんが考え込む隣で、わたしはあることを思い出した。

「そういえば 前に この町の 川が見たいって メールで 言ってたよね?」

「あ あぁ そう言われると 書いたな」

「川ねぇ だったらあそこしかない! ってことでちょっと待ってて? あやちゃんのバック おばさんに頼んで持ってきてもらってくるから」

 っと言って優希ちゃんは玄関まで歩いていった。

 優希ちゃんはきっとわたしに気を遣ってくれたんだとわかっていた。

でもその時のわたしは、逆に優希ちゃんに早く戻ってきて欲しいと願っていた。

 だってわたしの横には久しぶりに会った杉山さんがいる。

(いつもメールで会ってるのに やっぱり本人にと久しぶりに会うと 何を言おうかわからなくなっちゃうよぉ)

 そんなことを考えていると、杉山さんはそっとわたしの目線に合わせた。

「それにしても よく覚えてたな? 俺が川が見たいってこと」

「うん いつか 杉山さんが 来てくれたら 見せて あげようと 思ってたから」

「そっか ありがとう」

 少し緊張しながらわたしがいつものようにゆっくり話すと、杉山さんはひとことお礼を言ってニカッてはにかんだ。

 そんな杉山さんにわたしは、またドキッとした。

 杉山さんに出会ってこのドキッとするのは何回目になるんだろう・・・?

 そんなときに優希ちゃんが戻ってきて、わたしにバックを渡した。

「おまたせ おばさんに了解をもらったから行けるよ?」

「ちょっと待って? わたし このカッコで 大丈夫かな?」

「うん 全然外でも大丈夫だよぉ・・・ね? 杉山さん」

 優希ちゃんはわたしを見たまま横のほうに向けて話すと、ゆっくり立ち上がりながら杉山さんが言ってきた。

「俺も そのカッコでいいと思うよ?」

「でしょ?」

「う うん!」

 優希ちゃんと杉山さんに励まされて、わたしは少し安心することができた。

「じゃあ そろそろ 出発しようか?」

「そうだね」

「それじゃあ よろしくたのみます」

 少し照れながらお願いをする杉山さんは男の人に言うのは失礼だけど、なんだかとてもかわいいと思った。

 すると杉山さんはすかさずわたしの後ろに来て、車椅子のハンドルを握ってきた。

「俺が押すから 2人で案内よろしく」

「あ ありがとう それじゃお願いします」

 わたしはそっと上を向いてみると、杉山さんがその視線に気づいて下を向いてこちらを見た。

 そしてその時一瞬わたしは、杉山さんと目が合った気がして思わず前を向きなおした。

「ん? どうした?」

「あ ううん なんでも ないよ」

「さぁ 行きますか」

「よしっ 押すぞ」

「うん」

 先に歩き出した優希ちゃんにあとを追うように杉山さんはゆっくりわたしの車椅子を押して歩き出した。

 

 こうして、わたしたちは川のほうに向かって歩き出した。

 わたしは本当にうれしかった。

 ライブやイベントでは会えても、もうメールでしか会って話せないと思っていた杉山さんとまさか この町でまた会えるとは思っていなかったから。

(もしかして これってチャンスだよね? 杉山さんにわたし想い伝えなきゃ・・・)

 でも、わたしはその時、杉山さんに思いを伝えることができなかったっていうか伝えられないでいた。

 

 それは、その先わたしは思いもよらないことを知ることになるなんて想像もしなかった・・・。

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