シーズナルラブソング

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8. Coming of Age Love Song ④

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 浩也がパニックになった会場で揉みくちゃにされながら、どうにかして外に出たとき、既に郡司と島本の姿はなかった。
(人一人連れているんだ、そう遠くへ行ってはいないはずだ。)
浩也は周囲を見渡し、はっとする。
目と鼻の先にあるのは、美井得市の歌舞伎町と呼ばれる風俗街。
さびれた通りに、場末のストリップ劇場や怪しげな風俗店、ラブホテルが軒を並べている。
浩也とて滅多に近づかない場所だ。

覚悟を決めて、通りに足を一歩踏み入れたところで、背後から肩を叩かれる。
「あらぁ、あなた、たー君のおともだちじゃない?」
「郡司のお姉さん!なんでこんな所に?」
白いファーをあしらったコートに、白いブーツ。肩のところで弾む巻き髪。
まるでファッション雑誌からそのまま飛び出してきたかのようないでたちだ。
郡司と付き合っていなければ、そのままナンパして持ち帰りたくなるような、すこぶる美人である。
「あら、あたしはこれからお仕事よ。もう、今日は午後からスケジュールがぎっしり詰まっちゃってて、たぁいへん!二十歳の記念にあたしに後ろの処女を捧げたいって童貞君がいっぱいいるのよ。割安な平日だってやることは変わらないのに。」
濃厚な香水の香りに浩也は酔いそうになる。

「大丈夫?あなた、顔色悪いわ。そこで休んでいく?あなた、たー君のお友達だし、あたしのタイプだから特別無料で介抱してあげるわよ。こんなサービス、滅多にしないんだから、あなたラッキーよ。」
「お姉さん、そんなことしている場合じゃないですよ、郡司が攫われたんですよ、怪しげな薬かなんか嗅がされて。」
「攫われたって、誰に?」
「島本泌尿器科のバカ息子ですよ!ああ、きっとあいつ、父親の所の麻酔薬かなんか持ち出したんだな、畜生っ!」
「まあ、落ち着きなさいよ。この辺に逃げ込んだのは確かなのね?ここはあたしの庭みたいなものだもの、すぐに見つけてあ・げ・る♡」
自分の弟が拉致されたというのに、まるで緊張感のない様子で郡司の姉は浩也にウィンクを投げるとスマートフォンを取り出した。

「もしもしぃ、チヒロよ、『ナイトメア』の。実はちょっと人を探しているの。市民センターから半径300メートル以内で、男同士オッケーなお店に入っていると思うわ。特徴は……」
浩也はじりじりした気持ちで、通話が終わるのを待つ。
「そう、そう、分かったわ、ありがと。今度いっぱいサービスしてあげる。」
電話を切ると、郡司の姉はにっこりと笑った。
「ビンゴよ、すぐ近くのラブホテル。行きましょ。」
(郡司、一体どんな目に遭わされているんだ)
一刻も早く駆けつけたいと思うのに、郡司の姉は『おニューのコートに泥が跳ねるのはイヤ』と、走ろうとしてくれない。
ついには、風俗街を真昼間から、郡司の姉をお姫様抱っこする羽目となった。

「すごぉい、たくましいのね。たーくんと違ってすごい筋肉。」
「お姉さん、こっちですか?」
「あ、そこを右に曲がって。ね、あなたフレグランスとかつけてないのね。野性的で素敵よ。」
「お姉さん、このまままっすぐですか?」
「あ、右に曲がって。ね、あなた横顔がセクシーって言われない?」
「お姉さん、次は?」
「あ、右よ。ね、心臓の音がドキドキしてるわよ。」
「お姉さん、まだですか?」
「あ、ここで右に曲がってちょうだい。ね、あなたも右曲がり?」
「お姉さん!!元の場所に戻ってきちゃったんスけど?!」
「あら、ごめんなさい。ここのお店だったわ。」
「……」
「大丈夫?すごく息が荒いわ。」
細身の女とは言え、人一人抱えて走り回ったのだ。
浩也はぐったりと膝をつき、ぜえぜえと肩で息をした。

「本当にここなんですね?」
「ええ、こっちよ。」
薄暗いエントランスを抜け、手馴れた様子で無人フロントに設置してある電話の受話器を取る。
「どうも~。チヒロです、お店から連絡入っていると思うんですけれど。」
すぐさま奥からスーツ姿の怪しい男が現れる。
「これはこれは、チヒロさま、お待ちしておりましたよ。いやあ、相変わらずカリスマ的な美しさですね。お写真撮らせていただいてもよろしいですか?今度お店に行きますから、是非一度お願いしますよ、でも予約いっぱいでキャンセル待ちなんですよね……。」
「いいから、さっさと跪いて靴をお舐め、じゃなかった、鍵をお寄越し!」
別人のような態度でフロントから鍵を取り上げると、チヒロは浩也を従え、郡司の囚われている部屋へモンローウォークで向かった。
「お姉さん、早く助け出さないと……」
「しっ!黙って言うことをお聞き。」
ドアを開け、飛び込もうとする浩也を、チヒロは鋭くけん制する。
二人はドアを少しだけ開け、薄暗い部屋の様子を伺った。


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