シーズナルラブソング

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5.Coming of Age Love Song ①

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 目が覚めるとそこは雪国だった。

 浩也はまだ暗い窓の外を、寝ぼけ眼で見つめた。
寒い。
もぞもぞともう一度布団にもぐりこむ。
某文豪のパロディを思い浮かべた自分が馬鹿馬鹿しい。
そもそも、浩也の住んでいる地域は、目が覚めようがトンネルを抜けようが関係なく、雪国なのだ。
浩也の生まれたときから、冬になれば必ず雪が降る。
『発達した低気圧が……』
昨夜の天気予報でも言っていたではないか。
『北日本と日本海側を中心に大雪が……』
なに?雪?!
浩也はがばりと布団を跳ね除け、身を起こす。
「うわ、まじかよ。」
時計は6時半を指している。
(今ならまだ間に合うかもしれない……)
Gパンとトレーナーを身につけ、ダウンを羽織るとそろそろと部屋を出る。
足音を立てないように玄関までたどり着いたところで、ワンワンワンワン!と吠え声が響き渡った。
ぱっと灯りが点く。
しまった、と思った時すでに遅し。
吠えたのは、父親が半年ほど前から飼い始めた柴犬だ。
「おはよう、浩也、こんな朝早くからいい心がけね。」
母親がにっこりと微笑む。
「ようし、ポチ、おりこうさんだ。」
父親がしゃがみ込んでバカ犬の頭を撫でる。
「あと15分くらい寝かしておいてやろうかなあ、とか思っていたところだったんだが。お前もようやく自分で起きられる歳になったか。昔はお漏らししても目を覚まさなかったのになあ。ポチ、お兄ちゃんも少しは成長しているみたいだぞ。」
はあ。
浩也は盛大なため息を吐くも、両親の耳には届いていないようだ。
「ほら、ホッカイロ。背中に張ると温ったかいぞ。それから、父さん愛用の帽子も貸してやる。」
坊主頭を冬の寒気から守ってくれる、毛糸帽が浩也の頭にかぶせられる。
「風邪引かないようにね。看病するこっちが大変なんだから。」
風邪を引いても『寝てなさい』と言うだけで、滅多なことでは病院にすら連れて行くことのない母親が浩也に言い放つ。

「親父、おかん、俺、今日、成人式なんだけど。」
浩也はそれでも小さな抵抗を試みた。
そう、浩也は大学に入学し、順調に単位を修得して進級を果たし、二十歳の誕生日を迎え、今日に至る。
郡司との交際も2年目に突入し、時に痴話喧嘩をすることもあれど、絵に描いたようなリア充生活を送っている。
順風満帆な生活に唯一水を差すものがあるとすれば、この両親である。
「浩也、父さんたちはまだボケちゃいない。自分の息子が幾つなのか、今日は何の国民の休日なのかぐらい、ちゃんと分かっているさ。」
「そうよ、ようやく浩也も成人だと思うとホッとするわ。図体ばかり大きくて、いつ大人になるのかしらってずっと思ってたのよ。」
「母さんのおかげでここまで大きくなれたんだぞ、感謝しなさい。」
「いやあね、お父さんが浩也をここまで成長させてくれたんじゃないの。」
こんな両親の元、多少ひねくれた部分はあるものの、グレもせず成長したのは、『両親のようにだけはなるまい』と努力してきた自分自身のおかげだ、と浩也は つくづく思った。

「はいはい、どうも感謝してまーす。ってことで、俺、出かけてくるから。」
とりあえず家からの脱出を図る。
「こんな朝早くどこへ行くの?」
「えっと、その、そう、美容院。今から着付け。」
口から出任せで言ってみる。
振袖の着付けで美容院は午前4時から営業する、と昨夜のニュースで言っていたのを思い出したからだ。
「あら、晴れ着なら母さんが着せてあげるわよ。ついでに髪も結ってあげましょうか?」
「あっはっは、そりゃいい、父さんもお願いしたいくらいだ。だがな、いくら晴れ着を着たところで、この大雪だ。まともに歩けないし、せっかくの着物が台無しになっちまうだろう。」
父親が禿げ上がった頭をつるつると撫でながら笑って言う。
「ということで、はい、よろしく。」
母親が雪かき用の大きなショベルを浩也に手渡した。
「去年、石段でこけたばあさんがいたからな、念入りに頼むぞ。」
「除けた雪をその辺に積まれると植木が傷むから、きちんと雪捨て場の空き地へ運んでちょうだい。ママさんダンプは物置に置いてあるから。」
「終わったらポチの散歩、頼むな。」
両親は言いたいことだけ言い終えると、部屋へ引き上げていった。

はあ、と浩也はもう一度盛大にため息を吐いた。
冬の雪かきは、浩也の仕事である。
昨今、暖冬と言われているが、それでも浩也の住んでいる地域は、それなりの豪雪地帯だ。
浩也の家は、それほど大きな寺ではないものの、一般家庭に比べれば、境内から石段、その先の駐車場まで相当の面積だ。
それを全て一人で雪かきをするとなると、とても1時間や2時間では済まされない。
浩也は時計をチラッと見た。
成人式の開始は確か10時だったはずだ。
「ま、いいか。」
浩也は重い腰を上げた。
もとから、式典そのものには参加するつもりはないのだ。
式が終わる時間までに、会場にたどり着けば問題はない。
「よっしゃあ。」
見る者によってはロマンチックにも見えるであろう白銀の庭先へ、浩也はショベルを担いでポチとともに飛び出した。
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