5 / 13
第5話 思い出のプーさん
しおりを挟む
穏やかな日々が続いていた。
裕樹は相変わらず身勝手に振舞っていたが、俺はそのことに一々腹を立てるのはやめた。
思えば裕樹の気紛れは今に始まったことではない。
かつて一緒に暮らしていた時、俺たちはそれなりに上手くいっていた。
なにかと拗ねたりいじけてみせたりする裕樹を、案外可愛く思ったりしたものだ。
自分の兄バカぶりを今さらになって思い出す。
良く考えてみると、裕樹は何一つ変わってないのかもしれない。
たとえ外見が女になっても、だ。
いや、変わってしまったのはむしろ俺の方だ。
仕事にかまけて、いつの間にか裕樹のことを思い遣ることを忘れ、苛ついた気持ちを裕樹にぶつけることしかしなくなっていた。
昔に戻れたらいいのに、と思った。
もちろん両親が揃っていた頃の、無邪気な兄弟に戻れるはずなどない。
だが、せめてこのギクシャクとした空気はどうにか変えたかった。
ある時、ふと立ち寄った店先で、俺は懐かしいものを見つけた。
くまのプーさんのぬいぐるみ。
子どもの頃裕樹は一人で寝ることができなかった。
俺がいつも添い寝していたが、俺が中学生になる頃には、勉強やらなんやらでいつまでも一緒に寝てやるわけにもいかず、寂しい思いをしないようにと買ってやったのだった。
裕樹はそれをえらく気にいってくれたのだったが、やがて自ら手放した。
俺たちの両親が死んだ時だ。
裕樹は、母親が安心して眠れるように、と棺にぬいぐるみを入れた。
それは、裕樹の子ども時代との決別だった。
深夜遅く帰宅した裕樹は、ソファの上に寝そべるプーさんを見て、一瞬目を見張った。
「これ……」
「ああ……いや、その。」
相変わらずぎこちない会話。
よく考えると、裕樹はもう成人男子(とは言い難いけれど違いない)なのだ。
今さらこんなもの、喜ぶかどうか分からない。
というよりハタチ過ぎてくまのぬいぐるみが許されるのは、某フィギュアスケート選手くらいなものだろう。
しばらく沈黙が続く。
俺の行為は反って裕樹を白けさせただけかもしれない、と危ぶんだ時だった。
「覚えててくれたんだ……。」
裕樹の表情がふっと綻ぶ。
「つーか、店で見つけて思い出した。でも、良く考えるとお前もうガキじゃないし、俺、つい懐かしくて買ってきちゃったけど……。」
「……ありがと。」
裕樹はプ-さんをぎゅっと抱きしめながら、小さく呟いた。
バービー人形みたいな顔でぬいぐるみを抱き締める姿は、犯罪的な可愛らしさだ。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
あれは男だ、弟なのだ。
「ね、洋介、今度いつお墓参りにいくの?」
裕樹が首をかしげて尋ねてくる。
両親の墓参り、そう言えば久しく行っていなかった。
俺は薄情な息子だ。
「ああ、行こう行こうと思いながら、なんかずっと行ってないな。近いうちに絶対行く。」
「俺も一緒に行っていい?」
「当たり前だろ、二人とも喜ぶよ。」
「ほんと?そう思う?」
裕樹が俯き加減に尋ねてくる。
「俺のこんな姿見たら、二人ともすごく哀しんだりしないかな。」
プーさんの毛並みに顔を埋めて頼りなげに呟く。
息子がオカマになったのだ、生きていればさぞかしショックを受けたことだろう。
だが、どんな姿をしていても裕樹は裕樹だ。
両親はきっと分かってくれる。案外天国で笑って見守ってくれているかもしれない。
「大丈夫だよ。お前の元気な姿を見れれば、二人ともそれだけでうれしいはずだよ。」
「…うん……」
二人で墓参りに行く約束をし、俺は心が軽くなるような気がした。
失くしてしまったものが戻ってくるような感覚。
俺は裕樹が部屋に戻ったあと、隆之に電話をかけた。
俺と裕樹の間のわだかまりが融けつつあることに、隆之は素直に喜んでくれる。
隆之は今、大阪にいるらしい。
「なあ、次に帰ってくるのはいつだよ?」
「明後日帰るけど、半日休んですぐまた出発なんだ。ゆっくりできるのは来週の半ばくらいかな。」
「さっさと帰ってこいよ。3人でメシでも食おうぜ、昔みたいに。」
俺は隆之に会いたくてたまらなかった。
隆之、裕樹——一度は俺から離れていった大切なものが、一つずつ自分の許に戻ってきたような気持ちだった。
わくわくするのとは違うけれど、心の奥底からゆっくりと暖かさが広まり満たされていくような感覚。
こんな日々がいつまでも続けばいいのに、と思った。
もちろん俺のそんな考えは甘いもので、それは嵐の前の静けさに過ぎなかったのだけれど。
裕樹は相変わらず身勝手に振舞っていたが、俺はそのことに一々腹を立てるのはやめた。
思えば裕樹の気紛れは今に始まったことではない。
かつて一緒に暮らしていた時、俺たちはそれなりに上手くいっていた。
なにかと拗ねたりいじけてみせたりする裕樹を、案外可愛く思ったりしたものだ。
自分の兄バカぶりを今さらになって思い出す。
良く考えてみると、裕樹は何一つ変わってないのかもしれない。
たとえ外見が女になっても、だ。
いや、変わってしまったのはむしろ俺の方だ。
仕事にかまけて、いつの間にか裕樹のことを思い遣ることを忘れ、苛ついた気持ちを裕樹にぶつけることしかしなくなっていた。
昔に戻れたらいいのに、と思った。
もちろん両親が揃っていた頃の、無邪気な兄弟に戻れるはずなどない。
だが、せめてこのギクシャクとした空気はどうにか変えたかった。
ある時、ふと立ち寄った店先で、俺は懐かしいものを見つけた。
くまのプーさんのぬいぐるみ。
子どもの頃裕樹は一人で寝ることができなかった。
俺がいつも添い寝していたが、俺が中学生になる頃には、勉強やらなんやらでいつまでも一緒に寝てやるわけにもいかず、寂しい思いをしないようにと買ってやったのだった。
裕樹はそれをえらく気にいってくれたのだったが、やがて自ら手放した。
俺たちの両親が死んだ時だ。
裕樹は、母親が安心して眠れるように、と棺にぬいぐるみを入れた。
それは、裕樹の子ども時代との決別だった。
深夜遅く帰宅した裕樹は、ソファの上に寝そべるプーさんを見て、一瞬目を見張った。
「これ……」
「ああ……いや、その。」
相変わらずぎこちない会話。
よく考えると、裕樹はもう成人男子(とは言い難いけれど違いない)なのだ。
今さらこんなもの、喜ぶかどうか分からない。
というよりハタチ過ぎてくまのぬいぐるみが許されるのは、某フィギュアスケート選手くらいなものだろう。
しばらく沈黙が続く。
俺の行為は反って裕樹を白けさせただけかもしれない、と危ぶんだ時だった。
「覚えててくれたんだ……。」
裕樹の表情がふっと綻ぶ。
「つーか、店で見つけて思い出した。でも、良く考えるとお前もうガキじゃないし、俺、つい懐かしくて買ってきちゃったけど……。」
「……ありがと。」
裕樹はプ-さんをぎゅっと抱きしめながら、小さく呟いた。
バービー人形みたいな顔でぬいぐるみを抱き締める姿は、犯罪的な可愛らしさだ。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
あれは男だ、弟なのだ。
「ね、洋介、今度いつお墓参りにいくの?」
裕樹が首をかしげて尋ねてくる。
両親の墓参り、そう言えば久しく行っていなかった。
俺は薄情な息子だ。
「ああ、行こう行こうと思いながら、なんかずっと行ってないな。近いうちに絶対行く。」
「俺も一緒に行っていい?」
「当たり前だろ、二人とも喜ぶよ。」
「ほんと?そう思う?」
裕樹が俯き加減に尋ねてくる。
「俺のこんな姿見たら、二人ともすごく哀しんだりしないかな。」
プーさんの毛並みに顔を埋めて頼りなげに呟く。
息子がオカマになったのだ、生きていればさぞかしショックを受けたことだろう。
だが、どんな姿をしていても裕樹は裕樹だ。
両親はきっと分かってくれる。案外天国で笑って見守ってくれているかもしれない。
「大丈夫だよ。お前の元気な姿を見れれば、二人ともそれだけでうれしいはずだよ。」
「…うん……」
二人で墓参りに行く約束をし、俺は心が軽くなるような気がした。
失くしてしまったものが戻ってくるような感覚。
俺は裕樹が部屋に戻ったあと、隆之に電話をかけた。
俺と裕樹の間のわだかまりが融けつつあることに、隆之は素直に喜んでくれる。
隆之は今、大阪にいるらしい。
「なあ、次に帰ってくるのはいつだよ?」
「明後日帰るけど、半日休んですぐまた出発なんだ。ゆっくりできるのは来週の半ばくらいかな。」
「さっさと帰ってこいよ。3人でメシでも食おうぜ、昔みたいに。」
俺は隆之に会いたくてたまらなかった。
隆之、裕樹——一度は俺から離れていった大切なものが、一つずつ自分の許に戻ってきたような気持ちだった。
わくわくするのとは違うけれど、心の奥底からゆっくりと暖かさが広まり満たされていくような感覚。
こんな日々がいつまでも続けばいいのに、と思った。
もちろん俺のそんな考えは甘いもので、それは嵐の前の静けさに過ぎなかったのだけれど。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる