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4.白昼夢③
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定期テストの翌日、暁は教室に居残り、必死でレポートを写していた。
勉強するという習慣を持たない暁は赤点の常習犯で、レポート提出でお情けを頂戴することになったのだ。
すっかり見慣れた、細い丁寧な坂下の筆跡。
「代わりに書いてあげようか?」
坂下が横から覗きこむ。
「お前の字じゃ一発でバレるだろ。」
教室に残っている生徒は他にいない。
受験勉強に本腰を入れ始めた他の同級生たちは、予備校に通うか冷房の効いた図書館で過ごしている。
「ねえ、藪君って大野君のこと好きだよね。」
ちょうど鉛筆を置いて一息入れたところで唐突に言われ、暁は飲みかけていたペットボトルのお茶をぶっと吐き出してしまった。
「俺のレポート…」
「わりーわりー、でもお前のせいだろ、わけわかんねーこと言うから。」
「なんで?」
「ヤブ、彼女いるぞ。ありえねーわ。気色わりー。」
坂下の顔がぱっと赤らむ。
「あ、ごめん!そういう意味じゃなかったんだ。」
坂下が気まずそうに口ごもる。
「そうだね、気色悪い…よね。変な表現しちゃった。そういう意味じゃないんだ。」
「なんなんだよ、ヤブだけに藪から棒。」
「うん、ダジャレはいいから…その、藪君はすごく大野君のこと理解してるっていうか、心配してるっていうか。」
「ああ、中学からずっと一緒だったからな。」
自分が知らない暁を知っている薮内に、坂下はすこし嫉妬めいた感情が湧きおこる。
普段あまり教室の中では笑顔を見せない暁が、薮内に話しかけられたときだけは笑ってみせることにも坂下は気づいていた。
もっとも薮内を除いては、そもそも暁に気軽に話しかける人間はクラスにいない。
長めの前髪から覗く、鋭い眼光やちょっと曲がった鼻梁が、威圧するような空気を漂わせている。
一匹狼といった風情で、周囲を寄せ付けないのだ。
薮内と教室で談笑するときも、口の端をちょっと上げる程度で、感情を抑えている様子が伺えた。
スポーツ大会の一件以来、クラスメイトの大半が暁と距離を置いていることに坂下は改めて気づいた。
『やっぱ狂犬は怖い。』
閉会式にはすでに姿を消していた暁のことを、誰かがボソッと口にした。
『あいつがキレたの、別に本気じゃないから。』
なぜか薮内は坂下に言い訳するように話しかけてくる。
『うん、わかってる。』
鎧のようなものだ、と坂下は思う。
自分が眠りの世界へと逃げ込むことで、周囲に壁を巡らせるのに似ている。
『バイトだからって、さっき普通に帰っていった。藪君によろしくってさ。』
そう伝えると薮内は破顔した。
『あいつさー、1,2年のころはほんっと他人を寄せつけなくってさ、触れなば斬らん、みたいな。最近ようやくマシになってきたんだけどな。』
自分の知らない狂犬。でも、知らなくていいことはたくさんある。そして知られたくないことも同じくらい。
黙り込んでしまった坂下に、なんとなく気まずい空気を感じ、暁は取り繕うように言った。
「あいつのこと、嫌いじゃないよ。ちょっとうざい時もあるけどな。あ、変な意味にとるなよ。あいつにも言わなくていいから。お前の言い方、誤解を招く。あ、あと『気色悪い』ってのもなかったことにして。」
(ヤブよ、すまん。)
『気色悪い』という言葉はやはり失礼だったと思い、暁は心の中で謝った。
もっとも、『気色悪くない』と言ったとしても、今度は薮内のほうが『気色悪い』と言いかねない。
「俺のことは?」
坂下は暁の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「は?」
「俺のことは…嫌いじゃない?」
暁は急に胸のあたりが落ち着かなく感じた。
「いや、嫌いだったらこんな風に一緒にいないし。」
「レポート写したいだけじゃん。」
ちょっと拗ねたような坂下の顔がなぜか可愛く見える。
「だったらレポートだけカツアゲして、自分の名前書き換えて提出する。」
「ひっでー。サイテーじゃん。てか字でバレる。」
坂下がクスリと笑う。
嫌いじゃない、という言葉を暁は心の中で反芻した。
嫌いじゃないというのは、好きということなのだろうか。
暁はレポートを写しながら、坂下の顔を盗み見た。
すでに頬杖をついてうつらうつら居眠りを始めている。
試しに自分をどう思っているのか聞いてみればよかった、と思った。
きっと坂下は『嫌いじゃない』と答えるだろう。
だけど、もし『好き』と言われたら——気色悪いだろうか?
突然、教室の気温が1,2度上昇したような気がした。
坂下が目を瞑って動かないことに暁は安堵を覚える。
柄にもなく顔が赤くなっているところなど見せられたものじゃない。
坂下と一緒にいると調子が狂う。
暁は慌てて鉛筆を取り直すと、レポートを再び写し
勉強するという習慣を持たない暁は赤点の常習犯で、レポート提出でお情けを頂戴することになったのだ。
すっかり見慣れた、細い丁寧な坂下の筆跡。
「代わりに書いてあげようか?」
坂下が横から覗きこむ。
「お前の字じゃ一発でバレるだろ。」
教室に残っている生徒は他にいない。
受験勉強に本腰を入れ始めた他の同級生たちは、予備校に通うか冷房の効いた図書館で過ごしている。
「ねえ、藪君って大野君のこと好きだよね。」
ちょうど鉛筆を置いて一息入れたところで唐突に言われ、暁は飲みかけていたペットボトルのお茶をぶっと吐き出してしまった。
「俺のレポート…」
「わりーわりー、でもお前のせいだろ、わけわかんねーこと言うから。」
「なんで?」
「ヤブ、彼女いるぞ。ありえねーわ。気色わりー。」
坂下の顔がぱっと赤らむ。
「あ、ごめん!そういう意味じゃなかったんだ。」
坂下が気まずそうに口ごもる。
「そうだね、気色悪い…よね。変な表現しちゃった。そういう意味じゃないんだ。」
「なんなんだよ、ヤブだけに藪から棒。」
「うん、ダジャレはいいから…その、藪君はすごく大野君のこと理解してるっていうか、心配してるっていうか。」
「ああ、中学からずっと一緒だったからな。」
自分が知らない暁を知っている薮内に、坂下はすこし嫉妬めいた感情が湧きおこる。
普段あまり教室の中では笑顔を見せない暁が、薮内に話しかけられたときだけは笑ってみせることにも坂下は気づいていた。
もっとも薮内を除いては、そもそも暁に気軽に話しかける人間はクラスにいない。
長めの前髪から覗く、鋭い眼光やちょっと曲がった鼻梁が、威圧するような空気を漂わせている。
一匹狼といった風情で、周囲を寄せ付けないのだ。
薮内と教室で談笑するときも、口の端をちょっと上げる程度で、感情を抑えている様子が伺えた。
スポーツ大会の一件以来、クラスメイトの大半が暁と距離を置いていることに坂下は改めて気づいた。
『やっぱ狂犬は怖い。』
閉会式にはすでに姿を消していた暁のことを、誰かがボソッと口にした。
『あいつがキレたの、別に本気じゃないから。』
なぜか薮内は坂下に言い訳するように話しかけてくる。
『うん、わかってる。』
鎧のようなものだ、と坂下は思う。
自分が眠りの世界へと逃げ込むことで、周囲に壁を巡らせるのに似ている。
『バイトだからって、さっき普通に帰っていった。藪君によろしくってさ。』
そう伝えると薮内は破顔した。
『あいつさー、1,2年のころはほんっと他人を寄せつけなくってさ、触れなば斬らん、みたいな。最近ようやくマシになってきたんだけどな。』
自分の知らない狂犬。でも、知らなくていいことはたくさんある。そして知られたくないことも同じくらい。
黙り込んでしまった坂下に、なんとなく気まずい空気を感じ、暁は取り繕うように言った。
「あいつのこと、嫌いじゃないよ。ちょっとうざい時もあるけどな。あ、変な意味にとるなよ。あいつにも言わなくていいから。お前の言い方、誤解を招く。あ、あと『気色悪い』ってのもなかったことにして。」
(ヤブよ、すまん。)
『気色悪い』という言葉はやはり失礼だったと思い、暁は心の中で謝った。
もっとも、『気色悪くない』と言ったとしても、今度は薮内のほうが『気色悪い』と言いかねない。
「俺のことは?」
坂下は暁の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「は?」
「俺のことは…嫌いじゃない?」
暁は急に胸のあたりが落ち着かなく感じた。
「いや、嫌いだったらこんな風に一緒にいないし。」
「レポート写したいだけじゃん。」
ちょっと拗ねたような坂下の顔がなぜか可愛く見える。
「だったらレポートだけカツアゲして、自分の名前書き換えて提出する。」
「ひっでー。サイテーじゃん。てか字でバレる。」
坂下がクスリと笑う。
嫌いじゃない、という言葉を暁は心の中で反芻した。
嫌いじゃないというのは、好きということなのだろうか。
暁はレポートを写しながら、坂下の顔を盗み見た。
すでに頬杖をついてうつらうつら居眠りを始めている。
試しに自分をどう思っているのか聞いてみればよかった、と思った。
きっと坂下は『嫌いじゃない』と答えるだろう。
だけど、もし『好き』と言われたら——気色悪いだろうか?
突然、教室の気温が1,2度上昇したような気がした。
坂下が目を瞑って動かないことに暁は安堵を覚える。
柄にもなく顔が赤くなっているところなど見せられたものじゃない。
坂下と一緒にいると調子が狂う。
暁は慌てて鉛筆を取り直すと、レポートを再び写し
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