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0.青春の影
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講堂で卒業式を終えた一群が、がやがやと教室に戻ってくる。
色紙やプレゼントを手にした下級生や着飾った保護者たちが廊下から駆け寄る中、大野暁は一人教室に入っていった。
自分を待つ人間はいない。
そのことを暁は当たり前のこととして受け入れていた。
中学の時には、今ほど大人ではなかったため、かなりささくれだった気持ちで卒業式の日を迎えた。高校の入学式でも、誇らしげな親たちと笑顔で校門をくぐる同級生を横目に、自分が果たして3年間高校生活が務まるものかといぶかしんだものだ。
自分の席に着くと、机の横に掛けていたコンビニの袋からペットボトルを取り出し、喉を潤した。
これまで大概の行事はサボってきた。
最後だからと仕方なく卒業式には出たものの、号令に合わせて起立や着席を繰り返したり、校歌を歌うふりをするのはバカバカしかった。
茶番劇に付き合いすっかり肩が凝っていた。
ため息をつき、教室を見回す。
教室に戻ったクラスメイト達は写真を撮りあったり、思い出を語り合って笑っている。
暁はここ数カ月ずっと空いたままの隣の席を見た。
今日まで片付けずにそのままにしていたのは、クラス担任の横着か感傷か。
(もう、二度と会うことはないんだな。)
主なき机を前に、暁の心は過去へと引き戻される。
開いたノートに突っ伏した頭。
少し開いた口から聞こえる規則的な寝息。
あるいは、舟をこぐように揺れる横顔。
長いまつげだな、と思ったことがある。
襟足から伸びた首筋のライン。
気怠げで物憂げな視線。
なのにふとした拍子にきらめく瞳。
本気か冗談かわからない口調で突然飛び出す言葉にいつもドキリとさせられた。
半年にも満たない思い出。
二度と取り戻すことはない。
もう、この場所に用はない。
暁は席を立ち、教室を後にした。
手にした卒業証書をゴミ箱に捨てようと一瞬思ったが、思い直してそのままバックパックに突っ込んだ。
廊下に出たところで、親友の薮内の姿が目に入る。
後輩や友人たちに囲まれながら、向こうも暁に気づいたようだった。
「暁っ、あきらー!もう帰るのかよ?」
暁は軽く手を挙げた。
「ヤブ、またな。」
中身はほとんど聞いていなかったが、答辞という薮内の晴れ舞台に立ち会ったのだから、少なくとも義理は果たしたはずだ。
他の級友たちと異なり、おそらく薮内との縁は続くだろう。
それでも住む世界が変わる以上、今の友情は形を変え、少しずつ疎遠になるのは間違いない。
「あとで連絡すっから…」
喧噪で薮内の語尾がかき消される。
靴を履き替えたところでスマートフォンを取り出すと、メッセージが入っていることに気づいた。
「卒業おめでとう。バイト、先週で最後で終わりだったんだね。元気でね~。P.S.アタシは元カレとより戻しました♡」
「そつおめ!今日は手巻き寿司にしよう!」
バイトの先輩と、妹からだった。
両方とも既読スルーを決め込み、暁は校門を出た。
歩道の脇に、2月に降った雪が踏み固められて寄せてあった。
あっけない3年間だった。
最初の2年間などほとんど記憶に残ることはない。
「彼」と出会ったこの一年、正確に共に過ごしたのはほんの数カ月。
他愛ない会話をして笑っていた日々。
『俺のこと、好き?』
絶望に震える肩をシーツの上から抱きしめた。
暁は唇を嚙みしめた。
甘さと苦さの混じりあった思い出も、いずれは風化し、忘れるのだろうか。
粉塵にまみれた根雪が、あと1,2週間もすれば跡形もなく消え去るのと同じように。
色紙やプレゼントを手にした下級生や着飾った保護者たちが廊下から駆け寄る中、大野暁は一人教室に入っていった。
自分を待つ人間はいない。
そのことを暁は当たり前のこととして受け入れていた。
中学の時には、今ほど大人ではなかったため、かなりささくれだった気持ちで卒業式の日を迎えた。高校の入学式でも、誇らしげな親たちと笑顔で校門をくぐる同級生を横目に、自分が果たして3年間高校生活が務まるものかといぶかしんだものだ。
自分の席に着くと、机の横に掛けていたコンビニの袋からペットボトルを取り出し、喉を潤した。
これまで大概の行事はサボってきた。
最後だからと仕方なく卒業式には出たものの、号令に合わせて起立や着席を繰り返したり、校歌を歌うふりをするのはバカバカしかった。
茶番劇に付き合いすっかり肩が凝っていた。
ため息をつき、教室を見回す。
教室に戻ったクラスメイト達は写真を撮りあったり、思い出を語り合って笑っている。
暁はここ数カ月ずっと空いたままの隣の席を見た。
今日まで片付けずにそのままにしていたのは、クラス担任の横着か感傷か。
(もう、二度と会うことはないんだな。)
主なき机を前に、暁の心は過去へと引き戻される。
開いたノートに突っ伏した頭。
少し開いた口から聞こえる規則的な寝息。
あるいは、舟をこぐように揺れる横顔。
長いまつげだな、と思ったことがある。
襟足から伸びた首筋のライン。
気怠げで物憂げな視線。
なのにふとした拍子にきらめく瞳。
本気か冗談かわからない口調で突然飛び出す言葉にいつもドキリとさせられた。
半年にも満たない思い出。
二度と取り戻すことはない。
もう、この場所に用はない。
暁は席を立ち、教室を後にした。
手にした卒業証書をゴミ箱に捨てようと一瞬思ったが、思い直してそのままバックパックに突っ込んだ。
廊下に出たところで、親友の薮内の姿が目に入る。
後輩や友人たちに囲まれながら、向こうも暁に気づいたようだった。
「暁っ、あきらー!もう帰るのかよ?」
暁は軽く手を挙げた。
「ヤブ、またな。」
中身はほとんど聞いていなかったが、答辞という薮内の晴れ舞台に立ち会ったのだから、少なくとも義理は果たしたはずだ。
他の級友たちと異なり、おそらく薮内との縁は続くだろう。
それでも住む世界が変わる以上、今の友情は形を変え、少しずつ疎遠になるのは間違いない。
「あとで連絡すっから…」
喧噪で薮内の語尾がかき消される。
靴を履き替えたところでスマートフォンを取り出すと、メッセージが入っていることに気づいた。
「卒業おめでとう。バイト、先週で最後で終わりだったんだね。元気でね~。P.S.アタシは元カレとより戻しました♡」
「そつおめ!今日は手巻き寿司にしよう!」
バイトの先輩と、妹からだった。
両方とも既読スルーを決め込み、暁は校門を出た。
歩道の脇に、2月に降った雪が踏み固められて寄せてあった。
あっけない3年間だった。
最初の2年間などほとんど記憶に残ることはない。
「彼」と出会ったこの一年、正確に共に過ごしたのはほんの数カ月。
他愛ない会話をして笑っていた日々。
『俺のこと、好き?』
絶望に震える肩をシーツの上から抱きしめた。
暁は唇を嚙みしめた。
甘さと苦さの混じりあった思い出も、いずれは風化し、忘れるのだろうか。
粉塵にまみれた根雪が、あと1,2週間もすれば跡形もなく消え去るのと同じように。
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