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10.戻ってきて欲しい?
しおりを挟む――フェイが村の主人となってから数日後。
村の食料事情は順調に改善していた。
フェイの作ったゴーレムに魚を取りに行かせ当面の食料を確保しつつ、川から肥えた土を運び田畑を作っていく。
そのうち、穀物や野菜も収穫できるようになるだろう。
――さぁ、次は何を改善しようか。
フェイは想像を膨らませていく。
だが、
「ご主人様!」
村人の一人が突然、フェイの前に駆け寄ってきた。
「どうしました?」
「大変です! 王都からの使いが!」
――それは村人からすれば突然のことだったのだろう。
だが、「やはり来たか」と言うのがフェイの感想だった。
「……仕方がないですね。今行きます」
フェイは村の入り口へと向かって歩いていく。
村に来た使者は、近衛騎士の一人だった。
「フェイ・ソシュール! 女王様の命令である。直ちに、王都へ出頭せよ」
「い、一体なぜ!?」
村人が騎士に尋ねる。
「この者が宮廷に使えていた時の仕事があまりに粗末だったのだ。その埋め合わせをせよ」
村人たちは村の救世主が突然王都に連れて行かれようとしていることに困惑した。
だが、フェイは落ち着き払っていた。
どのみち、どこかでは王都に行かなければと思っていたのだ。
「みなさん、大丈夫です。すぐに戻って来ますから」
フェイは村人たちにそう言って聞かせる。
「――ご主人様! 私も行きます!」
と、イリスがそう申し出る。
「ああ、そうだな。悪いが、イリス、ちょっと王都まで乗っけていってくれるか?」
フェイがそう言うと、イリスは笑顔で頷く。
「はい! 人に乗られるのは初めてですが……ご主人様が初めてのお相手なら!」
「いや、その言い方は誤解を産むから!?」
――と、イリスは光を纏い、次の瞬間、2倍ほどの大きさの龍へと変身した。
「悪いですが、僕たちは先に行かせてもらいます」
フェイは騎士にそう告げると、イリスにまたがった。
「お、お前たち!」
イリスはその翼を大きく羽ばたかせる。
フェイは騎士を置いてけぼりにして、王都へと旅立つ。
†
――――実に一週間ぶりの王都だが、懐かしいと言う印象は皆無だなとフェイは思った。
今思えば、王都ではがむしゃらに働いたが、楽しかったという記憶はあまりなかった。
「イリス、あそこに止めてくれ」
空中から、王座の間がある建物の目の間にに降り立つ。
――前までは空中にフェイが張った結界があったが、今はガラ空きだ。
もし今他国のドラゴン部隊がやってきたら、王都は壊滅するだろう。
突然現れたフェイたちを見て、騎士たちが剣を引き抜いて慌てて駆け寄ってくる。
「き、貴様! 何者だ!」
「何ものって、呼びつけといてひどいな」
だが、フェイの顔を見て騎士たちは現れたのが待っていた相手だと気がつく。
「……フェイ・ソシュール!」
「さて、女王様が呼んでいるんですよね? 手早く済ませたいので会わせてもらえますか?」
フェイは騎士に付き従って、王座の間まで歩いていく。
「フェイ・ソシュール!」
フェイが現れるなり、女王は王座から立ち上がり、駆け寄ってくる。
「今まで高い金を払って来たと言うのに、あなたのした仕事は欠陥だらけでしたよ! おかげで王宮は大混乱だ! どう責任を取ってくれるんですか!?」
いきなりまくし立てる女王。
「……それは、失礼しました」
フェイは一応謝ってみる。
反論したところで、いいことはないという判断だった。
「今すぐに、王宮の機械を直しなさい! それに、ドラゴンたちと喋れるようもしなさい!」
女王は唾を飛ばしながら、さらに怒鳴りつける。
だが、フェイは頭を掻きながらぼやくように答える。
「あの、一応、僕がいなくなったときのことを考えて、マニュアルを用意していましたよね? 女王様にはちゃんとお話ししたはずですが」
フェイは、王宮の様々な事象が自分でしか対応できないことは把握していた。
自分がいなくなっても、最低限のことは回るように、引き継ぎのマニュアルを作っておいたのだ。
「マニュアルですって!? そんなものどこにあると言うのです!」
だが、女王はそんなこと全く覚えていなかった。
やれやれ、やっぱりか。
フェイは頭をかく。
「だろうなと思いました。もうめんどくさいので、もう一度渡します」
と、フェイはポケットから石を取り出す。
変哲も無い石だがフェイの言語術によって、膨大な対応マニュアルが記録されていた。
それをフェイは従者のものに渡す。
「これ通りにやれば、僕がいなくても最低限のことは回ると思います」
「ほんとでしょうね? 確認しなさい」
女王はそう部下に。
技官の男は必死にマニュアルを読んでいく。
「女王様! 確かにこれがあればなんとかなりそうなのですが……」
「どうした?」
「……おそらく、今までの100倍の魔法石が必要になります」
「なんだと!? 100倍だと!?」
それはフェイからすると仕方がないことだった。
自身で直接動かせば、効率よくできるが、ズブの素人たちがフェイの代わりを務めようとすれば、どうしてもそれくらいはかかる。
それでもかなり標準化して、努力した結果だった。
だが、女王は怒り狂う。
「そんなの許せるわけないでしょう! フェイ、今まで通りにしなさい! これは王命です!」
と、女王は権力をかざして、フェイに迫る。
――だが。
「すみません、これで義理は果たしました。マニュアルの存在は女王様には教えていたのですが、きっとお忘れになっているだろうなと思って、それだけが気がかりでここに来たんです。あとはあなたがただけでどうぞご自由にやって下さい」
そう言って、フェイは踵を返す。
――そうなると、焦るのは女王だった。
100倍の魔法石だと!?
このままでは国が滅んでしまう!
「ま、待ちなさい!」
と女王はあらん限りの声でフェイを呼び止める。
「何か他に?」
――女王の焦りは最高潮に達していた。
どうやら脅しにはこの男は屈しないらしい。
「し、子爵の座に戻らせてあげます! 特別に今までの罪を全て許します! だから今まで通り宮廷に仕えなさい!
」
堰を切ったように、女王がまくし立てる。
額に汗を流しながら、すがりつくような口調だった。
だが――
「すみません、王宮に戻るつもりはありません。未開の地を開拓していくことこそ、自分のやりたいことだと気が付いたので」
とフェイは毅然と言い放つ。
「し、子爵では足らぬか!? 仕方がない、では公爵にしてやろう! どうだ!」
「子爵でも公爵でも関係ありません。もうとにかく、私はこの国の人間ではありませんので」
と、フェイはそのまま宮殿を後にする。
「お、おい! 待て、そのものを止めよ!」
と、女王が騎士たちに命令を下す。
一斉に騎士が剣を引き抜き、フェイを止めようと駆け寄ってくる。
――だが、次の瞬間、騎士たちは身動き一つ取れなくなる。
フェイの精霊術によって縛り上げられたのだ。
「それでは、さようなら」
フェイはそのまま宮殿を後にするのだった――
女王はそれを呆然と見つめるしかなかった。
†
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