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1.追放

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「宮廷に、ただの通訳は必要ありません。フェイ・ソシュール。あなたは爵位を剥奪の上、国外追放とします」


 ――青天の霹靂とはまさにこのことだった。

 フェイは、ドラゴニア王国に仕える宮廷<言語術師>だ。

 通訳・翻訳に加えて、魔法呪文の開発・研究などが本来の<言語術師>の仕事であったが、なんやかんや、機械語を使った機械のプログラミングや、古代語を話すドラゴン等の魔法生物の管理なども行なっていた。

 10歳で仕官し、それから10年。

 ――自分で言うのもなんだが、給与以上には働いてきたつもりだった。

 実際、フェイの働きぶりは、前王リチャード3世に認められていた。わずか15歳で技官の最高位に上り詰め、その後子爵位まで授かっている。

 しかし、つい先日前王が崩御して、風向きが変わってしまった。

 もともと、新たに王位に就いた女王メアリーは、父親である先王リチャード3世と激しく対立していた。
 だから即位してすぐに、リチャード3世の「お気に入り」だったフェイを追放しようと決意したのである。

「ちょっと他人より言葉がわかるくらいで、子爵など片腹痛いですわ。きっと、その巧みな言葉で、先王を惑わしたのでしょう。ですが、私(わたくし)はそうはいきません。あなたの言葉に騙されるほど愚かではないのですから」

 メアリーはそう言い放った。

 ――それは、先王は愚かだと言いたいのか。

 世が世なら不敬罪に値する言動だったが、誰がなんと言うと今の国王はメアリーである。


「あなたのような無能を臣下に持ったのは、王家の恥ですわ」

 あまりに、ひどい言われようである。

 しかしフェイには、追放される自分の身より、心配になるものがあった。

「……しかし、陛下。恐れながら申し上げます。僕がいなくなれば、宮廷のドラゴンや魔導機械に指示を出せるものはいなくなります。また、精霊界の力も使えなくなることでしょう――」

 フェイは、親切心でそう具申した。
 だが、メアリーはそれに耳を傾けようとはしなかった。

「バカなことを。単なる通訳にすぎないあなたがいなくなったとて、何も変わりませんわ。ドラゴンや魔導機械に指示を出せなくなる? 精霊界の力? 通訳ならもっとましな嘘をついたらどうです?」

 メアリーはフェイの言葉を聞くつもりなど毛頭なかった。

「とにかく、あなたはこのまま<未開の地>へ追放。これは決定事項です」

 メアリーは近衛騎士に目配せをした。

 すると、騎士がフェイをそのまま王座の間から連れ出したのだった。
 

 †


 ――王座の間から連れ出されるフェイを見て、近衛騎士団長のクラッブは高笑いした。

 クラッブは、前王の時代には全く不遇の扱いを受けたと自分では思っていた。
 なにせ、前王は「国防の要はフェイである」と言って憚らなかったのだ。
 近衛騎士団を差し置いて、この若造の「言語マニア」が国防の要だと言うのだ。

 近衛騎士団は、フェイの手足くらいにしか思われていなかったのである。
 とんでもない話だ。

 近衛騎士団こそ、王国の繁栄を支えてきたのだ。
 ただの通訳が国防の要などありえない。

 ――そして、跡を継いだメアリーは、クラッブの訴えに共感してくれた。

「これで邪魔者が消えましたね」

 メアリーはクラッブにそう語りかけた。

「はい、女王様。ご賢明な判断に、感謝いたします」

「これからは、我々の時代ですね、団長。はははッ!」

「その通りでございます!」

 メアリーとクラッブは人目もはばからず高らかに笑った。


 ――まさか、自分たちがとんでもない過ちをおかしたとは思いもしなかったのだ。


 †


 フェイは、身支度をする時間も与えられず、そのまま騎士たちに捕らえられ、馬車に乗せられた。

「一応忠告なんだが、このままだと近いうちに結界がなくなってしまうんだが……」

 フェイは騎士にそう説明するが、聞く耳を持たなかった。

「黙れ。そんな戯言を信じるわけがないだろう」

 近衛騎士は、新王メアリーに忠実でフェイの言うことを聞く様子がなかった
 フェイはそれ以上は無駄だと理解して、大人しくすることにした。

 ――フェイは三日かけて、王国の外へと連れ出される。

 国境の城壁の先には、不毛の大地が広がっている。
 馬車から降ろされ、そこに放り出されるフェイ。

「――2度と、我が国に足を踏み入れるんじゃないぞ」

 そう言い残して、騎士たちは城壁の中へと帰っていく。
 
 ――本当に追放になってしまったな。


 子爵の地位からいきなり引き摺り下ろされ、未開の地に国外追放。

 普通であれば絶望して命を絶ってもおかしくはない。

 だが――

「ま、研究に専念できそうだし、いっか」

 少しも絶望していなかった。

 むしろ、時間ができてラッキーと思ったのだ。

「今までずっと王国のためにと身を粉にして働いてきたからな」

 フェイはわずか10歳で宮廷に入り、それから寝る間も惜しんで国のために働いてきた。
 誰かのために働くのは悪くはないが、正直フェイには荷が重すぎた。

 だが、これからは違う。フェイを縛るものはもう何もなかった。

「これからは自分の研究のために時間を使うぞ!」

 夢のスロー研究ライフを送るのだ。

 フェイは、幸福を感じながら、不毛の大地を歩き始めたのだった。


 
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