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第5章 夏目和葉(20歳)=立松千宙(17歳)

§2 初恋の隠し事

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 夏目和葉の父親は資産家で、輸入家具を扱う店舗をいくつも所有しており、母親も経営に加わっていた。渋谷の広尾に豪邸を構え、一人娘の和葉は何不自由なく育った。聖海女子大付属の中高一貫校から大学に進んだ彼女が、親に反感を抱くようになったのは、高3の春休みだった。
「和葉も大学生になったから話しておくが、いずれはパパの会社を継ぐつもりで勉強しなさい。2年生が終わったら、留学のためにしっかりと語学を身に付けておくんだぞ。それともう一つ、男性との交際は気を付けて、中学の時の家庭教師みたいな男との恋愛など、絶対にいかんぞ!」
 大学の入学式の前日、お祝いだと言って出掛けたレストランで、ディナーを食べながら父が話し始めた。私の人生なのに、親が敷いたレールの上を行くのはうんざりだった。私は上の空で、父の言葉を聞いていた。
「それから、和葉にはパパが決めた許嫁がいるんだ。来年大学4年生になるんだが、パパの知り合いの息子さんだ。今度紹介するから、いいね!」
「何言ってるの?江戸時代じゃあるまいし、許嫁って何?何で私の結婚相手まで、パパが決めるの?わたしだって、大学に入ったら男の子と付き合いたいし、自由にしたいよ!」と言うも虚しく、父の言葉は絶対だった。母は黙って聞いていて、後で慰めともつかない言葉で説得してきた。

 和葉の初恋は、中学2年生から卒業までの間、英語を教えてくれた家庭教師の大桃おおもも詩朗しろうだった。父親が連れてきた大学2年生で、特別に容姿に優れている訳ではないが、帰国子女であり語学が堪能だった。和葉が彼を男性として意識をし出したのは、中学3年生になってからだった。
「先生には、恋人とかいるんですか?」と訊いたのは、夏休みの時だった。先生の「いないよ」と照れ臭そうに答える顔を、私は可愛らしく思った。女子だけの学校に通う私は、男性に対する免疫がなかった。それからは先生と勉強するのが楽しく、成績も当然上がった。「よくできたね」と頭をなでられた時には、先生を異性として好きになっていた。

 中学ももうすぐ卒業という時に、和葉は親から家庭教師も終わりだと告げられた。高校に入ってからも続けるつもりでいた彼女は、母親の突然の通告に納得がいかなかった。理由を聞くと、高校生の女子の所に男子学生の家庭教師は良くないという父親の一言で決まったという。和葉のやり切れない思いは、詩朗への思慕へと向かっていた。
「もうすぐ先生ともお別れで、寂しい!先生が好きだから、別れたくない。」
 私は心の内にある言いようのない思いを、彼に打ち明けた。
「仕方ないことだよ!あと1カ月あるし、家庭教師が終わってからも会えない訳じゃないよ!そうだ、高校入学のお祝いにデートする?」と言われ、彼と心が通じ合ったと確信した私は、半分は冗談でキスを求めた。
「先生もわたしのことを好きなら、キスして!」と私は目をつぶって、じっとしていた。すると、彼が本当にキスをしてきたのでびっくりした。唇に軽く触れるような初めてのキスで、私の全身の力は抜けていた。
「和ちゃんのことが、ずっと好きだった。先生としては失格だけど、男としては我慢できなかった。僕もキスは初めてで、もっとしていい?」と言いながら、彼は何度も何度もキスを繰り返した。

 それからは、勉強の合間だけでなく、勉強中にも体を寄せ合っていちゃついていた。和葉にとって、彼の事がそれほど好きだというのではなく、親に隠れてする行為が刺激的だった。そんな所を母親に見とがめられたのは当然で、血相を変えた母親は詩朗を追い出した。父親には内緒だと言って、
「だから、男の学生は駄目だと言ったのに。パパが連れてくるから、こんな目に遭ってね。これからも、男には気を付けるのよ」と和葉を怒らなかった。彼とはデートの約束も果たせず、二度と会う事はなかった。
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