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5巻
5-3
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『ケイリの玉』? 永遠の夢……?
少なくとも俺との戦闘時は手にしていなかったはずだが、もしも、それを使われていたら苦戦していただろうか。
「それで、これが一番の情報かな? なんと、ブラックベルのクリムゾン王国支部のような場所を見つけたのよ」
ルンデルがドヤ顔で告げる。
「な……本当か? でかした!」
俺は思わず立ち上がり前のめりになる。それはいくら調べても出てこなかった情報だった。
「うふん。まぁ……いろいろと調べた結果、その支部に潜入することに成功はしたんだけどね。でも残念ながら、もぬけの殻だったわ。だけどそこに、ブラックベルの信者が必ず持っているはずの教本が落ちていたのよ」
ルンデルはバッグから古びた本を取り出して机の上に置いた。
俺はその古びた本を手に取ってペラペラめくっていく。
「それで……そのもぬけの殻だった場所は、どこだったんだ?」
「うふん……教えてほしい?」
「う……なんだ」
「やっぱりいい情報を得たいなら……。それ相応の対価が必要だと思わない?」
「なんだ?」
「いくつか片付けて欲しいクエストがあるのよね」
「俺は忙しいんだがな……とりあえず、クエストの依頼書を見せてくれ」
「うふん。この二つよ」
ルンデルは再び鞄から何枚かの紙を取り出して机の上に載せる。
【クエスト】
チョウシの街から東北部にある草原に住み着いてしまったギガントオークの群れの討伐。
【完了条件】
ギガントオークの角を十本以上。
【クエスト】
ナルカの街の近くにあるカルート山の山頂付近に咲くナンミラという花の採取。
【完了条件】
ナンミラの花を十本以上。
「この二つか。チョウシの街とナルカの街なら王都から徒歩で半日くらいの距離だから、移動に問題はなさそうだが。でもこのクエストは、さすがに俺一人では難しいな。特にギガントオークの群れは……。倒せないわけではないが、取り逃がす可能性が高い」
「うふん。その心配はいらないわよ。リナリーちゃん達のパーティーメンバーを連れて行けるようにしてあるわ」
「またリナリーか」
「信頼できる冒険者がいいんでしょ?」
「それもそうか。どのくらいで片付ければいい?」
「貴方ならそれぞれ一週間くらいかしら? 早ければ早いほどいいけど」
「一応、期間についてはリナリー達と相談することにする」
「むふ。それがいいわ。一応は引き受ける方向でいいのかしら?」
「あぁ……仕方ないがな」
それから数日後、俺はルンデルが本当に面倒なクエストを押し付けてきたことを知るのだった。
◆
「ぐはーちかれたー……」
俺はチョウシの街の居酒屋のテーブルに突っ伏していた。今は一つ目のクエストの完了条件であるギガントオークの角十本を手に入れて、リナリー達と居酒屋へ打ち上げにやって来ていた。
「ギガントオークの亜種がいるなんて聞いてねぇー。これはナンミラの花の採取クエストも先が思いやられるな」
ギガントオークとは、十五メートルの巨体を持つ魔法耐性の高いモンスターである。その亜種というのは、頭が二つあり腕は四本もある化け物だった。通常種でさえ、恐ろしい身体能力を有するというのに、その亜種となると視野も広がって攻撃の手数は倍に増える。結果的には、なんとか【オートファージ】を使わずに倒せたものの、実に厄介な強敵であった。
【オートファージ】は自らの命を削って身体能力や魔力を超強化する捨て身の魔法なので、なるべくなら使いたくない。
「あの人――ルンデルは涼しい顔で無理難題を吹っかけてくることで有名なんだ。今回の依頼は、ギガントオークの亜種がいた時点でSランクのクエストだ。それをほとんど一人で片づけて、予定より二日も早く完了した。……少年は恐ろしいことを達成したんだぞ」
俺の対面に座っていたリナリーが、少し呆れた声で戦果を労う。
「そうですよ。戦いを見ていましたが、どっちが鬼か分かりませんでしたよ」
「……確かに、私がドン引くくらいの鬼神のごとき戦いぶりでした。これは本当に主要メンバーだけでよかったですね。あの戦闘を見たら、トラウマになる子もいたでしょう。特に、ギガントオークの体を真っ二つにした瞬間など……」
「ハハ。ユーリの強さは今に始まったことではないだろう。そんなことより、私の酒はまだかな?」
リナリーのパーティーメンバーであるルシア、シルもその意見に同意する。その一方で、ルースはどこ吹く風で自分の酒の注文を確認していた。
ちなみに今回のクエストには、リナリーのパーティーの主要メンバー四名に俺を加えた五人で挑んでいた。この五人が揃うのは、リナリー達がドジって盗賊達に捕まったのを助けて以来である。
「ルース、酒はほどほどにするんだぞ? 分かっているな?」
「リナリー、固いこと言うなっての。なーユーリよ?」
リナリーはルースの様子を気にして注意する。
しかし、ルースは俺に身体を寄せて笑いながら反論した。
「あーよいよ。今日はお前らが冒険者ギルドでAランクに昇格したお祝いってことで、俺の奢りだから」
ルースは頷きつつ、ご機嫌な様子で俺の頭をわしわしと撫でてくる。
「さすがユーリ! そこら辺の男どもと違って、懐が深いぜ」
「おだてても何も出てこないからな」
「ハハ。それは残念」
そんな風に他愛もない雑談を交えていると、店の給仕が酒やら食べ物やらを運んできた。
「はーい、おまたせしました」
チョウシの街はニンニクが名産らしく、どの料理にもニンニクが使われていた。
ニンニクの塩焼きから始まり、肉と肉の間にニンニクが挟まったスタミナ串、卵とニンニクのスープ。唯一ニンニクが入っていない食べ物は、パンだけだった。
「それじゃあ……お前達、グラスは持ったか? さあ、宴じゃ!!」
俺はグラスを掲げながら乾杯の音頭を取る。五人はお互いにグラスをぶつけ合った。俺とリナリー達は、それからしばらくの間、口をニンニク臭くしながらも宴を存分に楽しむのであった。
ギガントオークの群れの討伐クエストを完了して数日が経った。
俺とリナリー達は、一度王都のギルドに戻って入手したギガントオークの角を預け、すぐにナンミラの花の採取のため、ナルカの街へ足を向けた。
◆
ナルカの街へ行く途中で、先頭を歩いていたルースが突然立ち止まり振り返った。
「リナリー。これ……道を間違えたんじゃないか?」
「いや……そんなはずは」
訝しむルースに、リナリーは口元へ手を置いて考えるしぐさをする。
うむ。本来なら、とっくにナルカの街に到着している時刻である。
俺もルースの意見に同意だった。それに正直、歩くのが面倒臭くなってきている。
「んん……ああ、そういえば」
「そういえば……なんだ?」
「いや、三時間前に通り過ぎた分かれ道に道しるべの看板があっただろ?」
「うむ、少年もちゃんと見ていたよな? こちらの道にナルカの街があると」
「うん、それなんだけど。……実は、気になっていたことがあって。というのは、看板の下の地面に、一回抜いて突き刺した跡があったんだよね」
「……」
パーティーのメンバー達が腕を組み、無言で俺のほうを見た。
急に深刻な雰囲気を醸し出した彼女らに俺は戸惑いを覚える。
「ん? えっとなんだ? どうした?」
「なんで、それを早く言わないんだ!」
リナリーが責めるような口調で俺に詰め寄った。
「え? あぁ? けど、なんでなんだろうね?」
「……おそらくですが、間違ったほうに看板が向けられたのでしょう」
俺の疑問にシルが溜め息混じりに答えた。
ルシアが担いでいたカバンを降ろして心配そうに辺りを見渡す。
「あの、どうしますか? このままでは暗くなってしまいますよ」
「そうだな。ここから先に川が見える。目的地のナルカの街への方角からはやや逸れるが、そこまで行こう」
「それがいいと思います。川があるということは近くに街があるかも知れませんからね」
俺達は川まで歩いて行くことに決めた。すると幸運にも、本当に街を発見したので、今日のところはその街へ宿泊する案に話が纏まる。
……あ、それともう一つ。
彼女らに打ち明けるタイミングを逃してしまったが、俺には他にも気になることがあったんだっけ。例の分かれ道の道しるべの看板あったところで、何者かからの視線を感じたんだよな。
まぁ……俺の気のせいであってほしいのだが。
リナリー達も初めて訪れるという街は、ルフンという名前だった。
土地の傾斜の影響か遠目では視界に入らず、川の手前まで行かなければ気づかなかっただろう。その雰囲気は昔の日本でいうところの隠れ里を思わせた。
そうは言うものの、街にはガラの悪い連中が結構屯しているほか、様々な人達で意外なほどの賑わいを見せていた。
「まぁ……何にせよ、今夜は屋根の下で寝られるのだ。良かったではないか」
「確かに、野宿よりは全然マシだけど……。でもなんで、五人全員同じ部屋なん? おかしくないか? 俺は別々の部屋にするように、前にも言ったはずだけど」
「いやいや、全然おかしくないだろ」
「いや、すごくおかしいだろ。そもそもさぁ……あの部屋、よく見たのか? なんか三人部屋に無理矢理ベッドを二つ入れました、って感じだったぞ? めちゃくちゃ狭く感じるのは俺だけか?」
「いいじゃないか。私はアレくらいアットホームな感じが好きだぞ?」
「いや、アットホームって言葉の使い方間違っているから。それ、信用しちゃいけないブラック企業を見分ける求人ワードだよ?」
「少年が何を言っているか不明だが……。しかしな。これは前にもどこかで話した通り重要なことなんで、改めてもう一度言うぞ? 冒険者のパーティーというのは、全員が日頃から団結していなければならない。つまり、その団結力や協調性を高めるのに最も手っ取り早い方法は、一緒に飯を食って寝る、に限るんだ」
「……くっ! いや……」
俺はリナリーのパーティーメンバー達に瞳で助け舟を求める。しかし、彼らには状況を変える意志はないらしく、俺から一様に視線を逸らした。
「もう諦めてください。ユーリ様」
シルはわざとらしく俺の肩を叩いて頭を振る。
あんなタコ部屋に押し込められて、まともな休息が取れるわけないだろう? それにこいつらのペースに都合よく運ばれるのも癪だった。
俺は釈然としない感情を露わにしてシルに詰め寄った。
「いや、常識的に考えて無理だろ。そもそもお前らパーティーのメンバーがきちんと主張しないから、俺が言ってるんだぞ」
「まぁまぁ、まずは飯でも食いながら話せばいいじゃないか」
「そ、そうですよ」
ルースとルシアは愛想笑いを浮かべながら俺の背中を押す。
こうして俺は、なし崩し的に街の居酒屋に連れ込まれてしまった。
俺達は居酒屋に入ると適当な席を探した。
店の中は酔っぱらった陽気な客達でワイワイ賑わっており、その一角を堅気には見えないガラの悪い連中が我がもの顔で陣取っている。
俺達は彼らを刺激しないように、そこから少し離れた席に腰をかけた。無益な争いごとに巻き込まれるのは出来るだけ避けたい。
ところが、見知った顔があったので、逆にこちら側から彼らに挨拶をすることになった。
「オッチャンじゃん。久しぶりー!」
ヤッホーと言わんばかりの無邪気な声に、いかにも荒くれ者達の代表格とも言うべき人物――その集団の中で一番偉そうにしていたスキンヘッドの男ががなり立てた。
「なんだ? この儂をオッチャンなどと言う奴はぁ! はぁ!? お前はぁぁ……!?」
男はイブスの街で起こった黒い魔物騒ぎの時に出会ったシンゲという盗賊だった。以前と同じように、耳を塞ぎたくなるほどの大音声である。スキンヘッドに血管を浮き上がらせ、身の程知らずの輩に目に物見せてくれようと、ジョッキを手にした腕を怒りで震わせていた。
「相変わらず……でっけえ声だな。オッチャン」
俺は片耳を塞いだまま、溜め息混じりにシンゲに応じた。
「なんだ? クソガキ」
「この方を『火山のシンゲ』様だと知っての無礼か? あん……!?」
「そうだぜ。やんのか? あん?」
などと口々に言って、シンゲの周りの部下達が俺に絡んでくる。
俺は面倒臭いなと思いつつ、いっそのことトイレから出られなくなる魔法でもかけて黙らせてやろうかと考えた時、シンゲが取り巻き達を一喝した。
「黙ってろい! 馬鹿ども、下がっとれ!」
シンゲが怒号にも似た声を発すると、しおらしく部下達は身を引く。
それからシンゲは一人仲間から離れて、ズカズカと俺の目の前までやって来た。
「だから、声がでけえって、言ってんだろう?」
「相変わらず食えんクソガキのようだなぁ。本来なら厳しく教育してやるところじゃがな。しかし、お前をやるには骨が折れそうじゃ。ここは居酒屋じゃし、騒ぎを起こすのは良くないんじゃ」
「……教育って、盗賊に何を教えてもらうっていうんだよ?」
「あん? クソガキ! 大人しく見逃してやろうって言っておるのに、なんじゃい、その言い草はぁ! 殺すぞ。あん?」
シンゲは俺の軽い挑発に頭の血管をよりいっそう盛り上がらせ、そのまま猛獣のような勢いで俺の胸倉を掴んで威嚇してくる。
そこへすかさずリナリーが焦った顔ですっ飛んで来て間に割って入った。
「おいおい、無用な争いは止めろ!」
「な……なんじゃ。ひ、久しぶりじゃな!」
予期せぬリナリーの登場により、シンゲは顔を赤くして俺の胸倉から手を放した。相変わらず、シンゲは女に弱いようだった。
「なんだ、止めに来ちゃったの?」
「なんで、わざわざ挑発するようなことを言う」
「ああ、スキンヘッドの血管がぴくぴく動くのが興味深くてな」
「悪質! そんなことで挑発してたのか?」
「もちろん」
「馬鹿たれ……この通り、こいつが悪かった!」
リナリーは俺の頭をその腕で無理矢理下げさせると、自身も頭を下げた。
この状況の変化に拍子抜けしたのか、シンゲは頬を掻きながら「い、いいってことよ。け、飲み直しだ!」と言って踵を返して、自分の席に戻っていった。
一連の騒ぎにより騒然としていた居酒屋の店内は、シンゲが矛を収めることで普段の穏やかな活気を取り戻した。
俺達も元の席に戻ると、早速メニュー表に目を走らせて、皆で注文を検討する。
「ここの食べ物と飲み物はこんなに安いのか?」
メニューから顔を上げたリナリーがお姉さんを呼び止める。
「はい。この辺りはお客様の数も少ないですから。美味しい料理をお安く提供することで宣伝を兼ねているんです」
そうは言ってもかなり安い。
名物の鶏肉料理は、なんでもチキン半羽を辛ダレで焼いたものらしい。もし、それを王都で食べたら銅板六枚はするだろう。しかしここでの値段は銅板二枚なのだ。日本円にしたらおよそ二百円といったところか。酒の値段にしても、ルース曰く相場よりすごく安いそうだ。俺はよく知らないが、周囲の客達も売り切れを気にして、我先に注文を急いでいた。
俺達も店員に注文を済ませ、料理が出来上がるのを待っていると、焼き上がった鶏肉が香ばしい匂いを漂わせて運ばれてきた。
「チキンの辛ダレ焼きとトルティーヤです。熱いので気をつけてください」
頼んだ料理を両手一杯に抱えた店員は、一緒に大きな餃子の皮で包んだような品も俺達のテーブルに置いていく。
べらぼうに値段が安かったため、料理の質に不安はあったが、その見た目は実に美味しそうである。唐辛子とハーブのタレで味付けされたチキンの辛ダレ焼きは、思わず涎が零れそうなくらいだし、初めて見るトルティーヤも興味深い。
「このトルティーヤってのは何だ?」
「これは店長が世界を旅している時に見つけたという料理ですね。トウモロコシをすり潰して作っています」
「へぇー、トウモロコシをねぇ」
「チキンの辛ダレ焼きと野菜を巻いて食べてください。すごく美味しいですよ」
「それは楽しみだね」
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去っていくのを見送ると、リナリーが立ち上がって木のコップを掲げた。
「今日はお疲れ。宴だ」
「うぃー」
リナリーの音頭と共に俺達は木のコップを互いにぶつけ合って乾杯する。
普段、リナリーとルシアはお酒を飲まないのだが、ここでは飲むらしい。
俺だけ仲間外れも寂しいのでお酒を頼もうとしたら、ブドウジュースに変更されてしまった。……ちっ! つまらねえな。
それならそれで俺は料理を楽しもうと、ふかふかのトルティーヤを手に取った。触れた感じはナンに似ている? 俺は、トルティーヤにチキンの辛ダレ焼きとキューリやトマトなどの野菜を載せて巻いていく。
さて、どんな味だろうか?
そんなことを考えながら一口かぶり付く。
「うま……!」
ジューシーなチキンから肉汁が零れてくる。印象としてはピリッとしたチキンの辛さが最初に来るのだが、野菜の甘味で緩和されていて食べやすかった。
リナリーとルシアも俺と同じものを食べてその美味しさに目を丸くしている。
「ひー、ここのエールはうめーな。私、ここに住みたいね」
「ほぁ……ワインも美味しい」
酒を片手に持ったルースとシルは、次から次へと追加を注文する。
その後も宴は止め処なく続いていくのだった。
◆
ユーリ達が宴を始めて少し経った頃。
ルフンの街のどこかの家の一室。
「今日の標的は、Aランク冒険者パーティー『ギアナの赤剣』とA級賞金首『火山のシンゲ』とその一派」
先ほどユーリ達に食事を給仕していた店員が、椅子に腰かけた老婆に向けて言った。すると、老婆は首を傾げる。
「ほぁ……『イブスの英雄』殿か? いいねいいね。それにしても、Aランク冒険者とA級賞金首が一緒の居酒屋で飲んでるのかい?」
「あぁ……どうやら、知り合いのようでした」
「ふぇふぇ……いいんじゃないかえ。私らで二つとも美味しくいただいちゃおう」
「はい」
「両方とも大物だねぇ。睡眠薬を盛ったとはいえ、気を抜かないよう若い連中にも言っておきな」
「はい。早急に準備するように言っておきます。まぁ……もう眠っている頃だと思いますが」
「ふぇふぇ、盗賊の街に来たことを後悔するんだね」
「ふふ、そうですね」
店員は軽く笑って部屋を後にする。
老婆は手をこすり合わせながら、不敵な笑みを浮かべていた。
◆
「ん……?」
俺――ユーリが目を覚ますと、見知らぬ馬車に乗せられていた。
しかも妙に居心地が悪く、全身の身動きが取れない。それもそのはずである。両手両足に手錠と足枷を嵌められているのだから。
ぼやけた視界がはっきりしてくるに従い、自分と同様に拘束されたリナリー達とシンゲの姿が目に映る。
……え!? なんでこうなった……?
あまりの状況の変化に思考がついていけない。記憶が曖昧である。
俺はわけも分からないまま、ひとまず気持ちを落ち着かせようと、ルフンの街の居酒屋でリナリー達と食事をしていた時の光景を頭に思い描く。
確か……店でシンゲと会ってごちゃごちゃ言い合った後、妙に安いくせに味はめっぽう美味い料理を食べてワイワイ楽しく宴をしていたはずなんだが……。
そうそう、その後、眠くなっちゃって、ちょっとだけ休もうとテーブルに突っ伏していたら、そのまま寝てしまったんだった。単純に冒険の疲れが出ただけかと思っていたけど、どうやら、そうじゃなかったみたいだな……。
少なくとも俺との戦闘時は手にしていなかったはずだが、もしも、それを使われていたら苦戦していただろうか。
「それで、これが一番の情報かな? なんと、ブラックベルのクリムゾン王国支部のような場所を見つけたのよ」
ルンデルがドヤ顔で告げる。
「な……本当か? でかした!」
俺は思わず立ち上がり前のめりになる。それはいくら調べても出てこなかった情報だった。
「うふん。まぁ……いろいろと調べた結果、その支部に潜入することに成功はしたんだけどね。でも残念ながら、もぬけの殻だったわ。だけどそこに、ブラックベルの信者が必ず持っているはずの教本が落ちていたのよ」
ルンデルはバッグから古びた本を取り出して机の上に置いた。
俺はその古びた本を手に取ってペラペラめくっていく。
「それで……そのもぬけの殻だった場所は、どこだったんだ?」
「うふん……教えてほしい?」
「う……なんだ」
「やっぱりいい情報を得たいなら……。それ相応の対価が必要だと思わない?」
「なんだ?」
「いくつか片付けて欲しいクエストがあるのよね」
「俺は忙しいんだがな……とりあえず、クエストの依頼書を見せてくれ」
「うふん。この二つよ」
ルンデルは再び鞄から何枚かの紙を取り出して机の上に載せる。
【クエスト】
チョウシの街から東北部にある草原に住み着いてしまったギガントオークの群れの討伐。
【完了条件】
ギガントオークの角を十本以上。
【クエスト】
ナルカの街の近くにあるカルート山の山頂付近に咲くナンミラという花の採取。
【完了条件】
ナンミラの花を十本以上。
「この二つか。チョウシの街とナルカの街なら王都から徒歩で半日くらいの距離だから、移動に問題はなさそうだが。でもこのクエストは、さすがに俺一人では難しいな。特にギガントオークの群れは……。倒せないわけではないが、取り逃がす可能性が高い」
「うふん。その心配はいらないわよ。リナリーちゃん達のパーティーメンバーを連れて行けるようにしてあるわ」
「またリナリーか」
「信頼できる冒険者がいいんでしょ?」
「それもそうか。どのくらいで片付ければいい?」
「貴方ならそれぞれ一週間くらいかしら? 早ければ早いほどいいけど」
「一応、期間についてはリナリー達と相談することにする」
「むふ。それがいいわ。一応は引き受ける方向でいいのかしら?」
「あぁ……仕方ないがな」
それから数日後、俺はルンデルが本当に面倒なクエストを押し付けてきたことを知るのだった。
◆
「ぐはーちかれたー……」
俺はチョウシの街の居酒屋のテーブルに突っ伏していた。今は一つ目のクエストの完了条件であるギガントオークの角十本を手に入れて、リナリー達と居酒屋へ打ち上げにやって来ていた。
「ギガントオークの亜種がいるなんて聞いてねぇー。これはナンミラの花の採取クエストも先が思いやられるな」
ギガントオークとは、十五メートルの巨体を持つ魔法耐性の高いモンスターである。その亜種というのは、頭が二つあり腕は四本もある化け物だった。通常種でさえ、恐ろしい身体能力を有するというのに、その亜種となると視野も広がって攻撃の手数は倍に増える。結果的には、なんとか【オートファージ】を使わずに倒せたものの、実に厄介な強敵であった。
【オートファージ】は自らの命を削って身体能力や魔力を超強化する捨て身の魔法なので、なるべくなら使いたくない。
「あの人――ルンデルは涼しい顔で無理難題を吹っかけてくることで有名なんだ。今回の依頼は、ギガントオークの亜種がいた時点でSランクのクエストだ。それをほとんど一人で片づけて、予定より二日も早く完了した。……少年は恐ろしいことを達成したんだぞ」
俺の対面に座っていたリナリーが、少し呆れた声で戦果を労う。
「そうですよ。戦いを見ていましたが、どっちが鬼か分かりませんでしたよ」
「……確かに、私がドン引くくらいの鬼神のごとき戦いぶりでした。これは本当に主要メンバーだけでよかったですね。あの戦闘を見たら、トラウマになる子もいたでしょう。特に、ギガントオークの体を真っ二つにした瞬間など……」
「ハハ。ユーリの強さは今に始まったことではないだろう。そんなことより、私の酒はまだかな?」
リナリーのパーティーメンバーであるルシア、シルもその意見に同意する。その一方で、ルースはどこ吹く風で自分の酒の注文を確認していた。
ちなみに今回のクエストには、リナリーのパーティーの主要メンバー四名に俺を加えた五人で挑んでいた。この五人が揃うのは、リナリー達がドジって盗賊達に捕まったのを助けて以来である。
「ルース、酒はほどほどにするんだぞ? 分かっているな?」
「リナリー、固いこと言うなっての。なーユーリよ?」
リナリーはルースの様子を気にして注意する。
しかし、ルースは俺に身体を寄せて笑いながら反論した。
「あーよいよ。今日はお前らが冒険者ギルドでAランクに昇格したお祝いってことで、俺の奢りだから」
ルースは頷きつつ、ご機嫌な様子で俺の頭をわしわしと撫でてくる。
「さすがユーリ! そこら辺の男どもと違って、懐が深いぜ」
「おだてても何も出てこないからな」
「ハハ。それは残念」
そんな風に他愛もない雑談を交えていると、店の給仕が酒やら食べ物やらを運んできた。
「はーい、おまたせしました」
チョウシの街はニンニクが名産らしく、どの料理にもニンニクが使われていた。
ニンニクの塩焼きから始まり、肉と肉の間にニンニクが挟まったスタミナ串、卵とニンニクのスープ。唯一ニンニクが入っていない食べ物は、パンだけだった。
「それじゃあ……お前達、グラスは持ったか? さあ、宴じゃ!!」
俺はグラスを掲げながら乾杯の音頭を取る。五人はお互いにグラスをぶつけ合った。俺とリナリー達は、それからしばらくの間、口をニンニク臭くしながらも宴を存分に楽しむのであった。
ギガントオークの群れの討伐クエストを完了して数日が経った。
俺とリナリー達は、一度王都のギルドに戻って入手したギガントオークの角を預け、すぐにナンミラの花の採取のため、ナルカの街へ足を向けた。
◆
ナルカの街へ行く途中で、先頭を歩いていたルースが突然立ち止まり振り返った。
「リナリー。これ……道を間違えたんじゃないか?」
「いや……そんなはずは」
訝しむルースに、リナリーは口元へ手を置いて考えるしぐさをする。
うむ。本来なら、とっくにナルカの街に到着している時刻である。
俺もルースの意見に同意だった。それに正直、歩くのが面倒臭くなってきている。
「んん……ああ、そういえば」
「そういえば……なんだ?」
「いや、三時間前に通り過ぎた分かれ道に道しるべの看板があっただろ?」
「うむ、少年もちゃんと見ていたよな? こちらの道にナルカの街があると」
「うん、それなんだけど。……実は、気になっていたことがあって。というのは、看板の下の地面に、一回抜いて突き刺した跡があったんだよね」
「……」
パーティーのメンバー達が腕を組み、無言で俺のほうを見た。
急に深刻な雰囲気を醸し出した彼女らに俺は戸惑いを覚える。
「ん? えっとなんだ? どうした?」
「なんで、それを早く言わないんだ!」
リナリーが責めるような口調で俺に詰め寄った。
「え? あぁ? けど、なんでなんだろうね?」
「……おそらくですが、間違ったほうに看板が向けられたのでしょう」
俺の疑問にシルが溜め息混じりに答えた。
ルシアが担いでいたカバンを降ろして心配そうに辺りを見渡す。
「あの、どうしますか? このままでは暗くなってしまいますよ」
「そうだな。ここから先に川が見える。目的地のナルカの街への方角からはやや逸れるが、そこまで行こう」
「それがいいと思います。川があるということは近くに街があるかも知れませんからね」
俺達は川まで歩いて行くことに決めた。すると幸運にも、本当に街を発見したので、今日のところはその街へ宿泊する案に話が纏まる。
……あ、それともう一つ。
彼女らに打ち明けるタイミングを逃してしまったが、俺には他にも気になることがあったんだっけ。例の分かれ道の道しるべの看板あったところで、何者かからの視線を感じたんだよな。
まぁ……俺の気のせいであってほしいのだが。
リナリー達も初めて訪れるという街は、ルフンという名前だった。
土地の傾斜の影響か遠目では視界に入らず、川の手前まで行かなければ気づかなかっただろう。その雰囲気は昔の日本でいうところの隠れ里を思わせた。
そうは言うものの、街にはガラの悪い連中が結構屯しているほか、様々な人達で意外なほどの賑わいを見せていた。
「まぁ……何にせよ、今夜は屋根の下で寝られるのだ。良かったではないか」
「確かに、野宿よりは全然マシだけど……。でもなんで、五人全員同じ部屋なん? おかしくないか? 俺は別々の部屋にするように、前にも言ったはずだけど」
「いやいや、全然おかしくないだろ」
「いや、すごくおかしいだろ。そもそもさぁ……あの部屋、よく見たのか? なんか三人部屋に無理矢理ベッドを二つ入れました、って感じだったぞ? めちゃくちゃ狭く感じるのは俺だけか?」
「いいじゃないか。私はアレくらいアットホームな感じが好きだぞ?」
「いや、アットホームって言葉の使い方間違っているから。それ、信用しちゃいけないブラック企業を見分ける求人ワードだよ?」
「少年が何を言っているか不明だが……。しかしな。これは前にもどこかで話した通り重要なことなんで、改めてもう一度言うぞ? 冒険者のパーティーというのは、全員が日頃から団結していなければならない。つまり、その団結力や協調性を高めるのに最も手っ取り早い方法は、一緒に飯を食って寝る、に限るんだ」
「……くっ! いや……」
俺はリナリーのパーティーメンバー達に瞳で助け舟を求める。しかし、彼らには状況を変える意志はないらしく、俺から一様に視線を逸らした。
「もう諦めてください。ユーリ様」
シルはわざとらしく俺の肩を叩いて頭を振る。
あんなタコ部屋に押し込められて、まともな休息が取れるわけないだろう? それにこいつらのペースに都合よく運ばれるのも癪だった。
俺は釈然としない感情を露わにしてシルに詰め寄った。
「いや、常識的に考えて無理だろ。そもそもお前らパーティーのメンバーがきちんと主張しないから、俺が言ってるんだぞ」
「まぁまぁ、まずは飯でも食いながら話せばいいじゃないか」
「そ、そうですよ」
ルースとルシアは愛想笑いを浮かべながら俺の背中を押す。
こうして俺は、なし崩し的に街の居酒屋に連れ込まれてしまった。
俺達は居酒屋に入ると適当な席を探した。
店の中は酔っぱらった陽気な客達でワイワイ賑わっており、その一角を堅気には見えないガラの悪い連中が我がもの顔で陣取っている。
俺達は彼らを刺激しないように、そこから少し離れた席に腰をかけた。無益な争いごとに巻き込まれるのは出来るだけ避けたい。
ところが、見知った顔があったので、逆にこちら側から彼らに挨拶をすることになった。
「オッチャンじゃん。久しぶりー!」
ヤッホーと言わんばかりの無邪気な声に、いかにも荒くれ者達の代表格とも言うべき人物――その集団の中で一番偉そうにしていたスキンヘッドの男ががなり立てた。
「なんだ? この儂をオッチャンなどと言う奴はぁ! はぁ!? お前はぁぁ……!?」
男はイブスの街で起こった黒い魔物騒ぎの時に出会ったシンゲという盗賊だった。以前と同じように、耳を塞ぎたくなるほどの大音声である。スキンヘッドに血管を浮き上がらせ、身の程知らずの輩に目に物見せてくれようと、ジョッキを手にした腕を怒りで震わせていた。
「相変わらず……でっけえ声だな。オッチャン」
俺は片耳を塞いだまま、溜め息混じりにシンゲに応じた。
「なんだ? クソガキ」
「この方を『火山のシンゲ』様だと知っての無礼か? あん……!?」
「そうだぜ。やんのか? あん?」
などと口々に言って、シンゲの周りの部下達が俺に絡んでくる。
俺は面倒臭いなと思いつつ、いっそのことトイレから出られなくなる魔法でもかけて黙らせてやろうかと考えた時、シンゲが取り巻き達を一喝した。
「黙ってろい! 馬鹿ども、下がっとれ!」
シンゲが怒号にも似た声を発すると、しおらしく部下達は身を引く。
それからシンゲは一人仲間から離れて、ズカズカと俺の目の前までやって来た。
「だから、声がでけえって、言ってんだろう?」
「相変わらず食えんクソガキのようだなぁ。本来なら厳しく教育してやるところじゃがな。しかし、お前をやるには骨が折れそうじゃ。ここは居酒屋じゃし、騒ぎを起こすのは良くないんじゃ」
「……教育って、盗賊に何を教えてもらうっていうんだよ?」
「あん? クソガキ! 大人しく見逃してやろうって言っておるのに、なんじゃい、その言い草はぁ! 殺すぞ。あん?」
シンゲは俺の軽い挑発に頭の血管をよりいっそう盛り上がらせ、そのまま猛獣のような勢いで俺の胸倉を掴んで威嚇してくる。
そこへすかさずリナリーが焦った顔ですっ飛んで来て間に割って入った。
「おいおい、無用な争いは止めろ!」
「な……なんじゃ。ひ、久しぶりじゃな!」
予期せぬリナリーの登場により、シンゲは顔を赤くして俺の胸倉から手を放した。相変わらず、シンゲは女に弱いようだった。
「なんだ、止めに来ちゃったの?」
「なんで、わざわざ挑発するようなことを言う」
「ああ、スキンヘッドの血管がぴくぴく動くのが興味深くてな」
「悪質! そんなことで挑発してたのか?」
「もちろん」
「馬鹿たれ……この通り、こいつが悪かった!」
リナリーは俺の頭をその腕で無理矢理下げさせると、自身も頭を下げた。
この状況の変化に拍子抜けしたのか、シンゲは頬を掻きながら「い、いいってことよ。け、飲み直しだ!」と言って踵を返して、自分の席に戻っていった。
一連の騒ぎにより騒然としていた居酒屋の店内は、シンゲが矛を収めることで普段の穏やかな活気を取り戻した。
俺達も元の席に戻ると、早速メニュー表に目を走らせて、皆で注文を検討する。
「ここの食べ物と飲み物はこんなに安いのか?」
メニューから顔を上げたリナリーがお姉さんを呼び止める。
「はい。この辺りはお客様の数も少ないですから。美味しい料理をお安く提供することで宣伝を兼ねているんです」
そうは言ってもかなり安い。
名物の鶏肉料理は、なんでもチキン半羽を辛ダレで焼いたものらしい。もし、それを王都で食べたら銅板六枚はするだろう。しかしここでの値段は銅板二枚なのだ。日本円にしたらおよそ二百円といったところか。酒の値段にしても、ルース曰く相場よりすごく安いそうだ。俺はよく知らないが、周囲の客達も売り切れを気にして、我先に注文を急いでいた。
俺達も店員に注文を済ませ、料理が出来上がるのを待っていると、焼き上がった鶏肉が香ばしい匂いを漂わせて運ばれてきた。
「チキンの辛ダレ焼きとトルティーヤです。熱いので気をつけてください」
頼んだ料理を両手一杯に抱えた店員は、一緒に大きな餃子の皮で包んだような品も俺達のテーブルに置いていく。
べらぼうに値段が安かったため、料理の質に不安はあったが、その見た目は実に美味しそうである。唐辛子とハーブのタレで味付けされたチキンの辛ダレ焼きは、思わず涎が零れそうなくらいだし、初めて見るトルティーヤも興味深い。
「このトルティーヤってのは何だ?」
「これは店長が世界を旅している時に見つけたという料理ですね。トウモロコシをすり潰して作っています」
「へぇー、トウモロコシをねぇ」
「チキンの辛ダレ焼きと野菜を巻いて食べてください。すごく美味しいですよ」
「それは楽しみだね」
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去っていくのを見送ると、リナリーが立ち上がって木のコップを掲げた。
「今日はお疲れ。宴だ」
「うぃー」
リナリーの音頭と共に俺達は木のコップを互いにぶつけ合って乾杯する。
普段、リナリーとルシアはお酒を飲まないのだが、ここでは飲むらしい。
俺だけ仲間外れも寂しいのでお酒を頼もうとしたら、ブドウジュースに変更されてしまった。……ちっ! つまらねえな。
それならそれで俺は料理を楽しもうと、ふかふかのトルティーヤを手に取った。触れた感じはナンに似ている? 俺は、トルティーヤにチキンの辛ダレ焼きとキューリやトマトなどの野菜を載せて巻いていく。
さて、どんな味だろうか?
そんなことを考えながら一口かぶり付く。
「うま……!」
ジューシーなチキンから肉汁が零れてくる。印象としてはピリッとしたチキンの辛さが最初に来るのだが、野菜の甘味で緩和されていて食べやすかった。
リナリーとルシアも俺と同じものを食べてその美味しさに目を丸くしている。
「ひー、ここのエールはうめーな。私、ここに住みたいね」
「ほぁ……ワインも美味しい」
酒を片手に持ったルースとシルは、次から次へと追加を注文する。
その後も宴は止め処なく続いていくのだった。
◆
ユーリ達が宴を始めて少し経った頃。
ルフンの街のどこかの家の一室。
「今日の標的は、Aランク冒険者パーティー『ギアナの赤剣』とA級賞金首『火山のシンゲ』とその一派」
先ほどユーリ達に食事を給仕していた店員が、椅子に腰かけた老婆に向けて言った。すると、老婆は首を傾げる。
「ほぁ……『イブスの英雄』殿か? いいねいいね。それにしても、Aランク冒険者とA級賞金首が一緒の居酒屋で飲んでるのかい?」
「あぁ……どうやら、知り合いのようでした」
「ふぇふぇ……いいんじゃないかえ。私らで二つとも美味しくいただいちゃおう」
「はい」
「両方とも大物だねぇ。睡眠薬を盛ったとはいえ、気を抜かないよう若い連中にも言っておきな」
「はい。早急に準備するように言っておきます。まぁ……もう眠っている頃だと思いますが」
「ふぇふぇ、盗賊の街に来たことを後悔するんだね」
「ふふ、そうですね」
店員は軽く笑って部屋を後にする。
老婆は手をこすり合わせながら、不敵な笑みを浮かべていた。
◆
「ん……?」
俺――ユーリが目を覚ますと、見知らぬ馬車に乗せられていた。
しかも妙に居心地が悪く、全身の身動きが取れない。それもそのはずである。両手両足に手錠と足枷を嵌められているのだから。
ぼやけた視界がはっきりしてくるに従い、自分と同様に拘束されたリナリー達とシンゲの姿が目に映る。
……え!? なんでこうなった……?
あまりの状況の変化に思考がついていけない。記憶が曖昧である。
俺はわけも分からないまま、ひとまず気持ちを落ち着かせようと、ルフンの街の居酒屋でリナリー達と食事をしていた時の光景を頭に思い描く。
確か……店でシンゲと会ってごちゃごちゃ言い合った後、妙に安いくせに味はめっぽう美味い料理を食べてワイワイ楽しく宴をしていたはずなんだが……。
そうそう、その後、眠くなっちゃって、ちょっとだけ休もうとテーブルに突っ伏していたら、そのまま寝てしまったんだった。単純に冒険の疲れが出ただけかと思っていたけど、どうやら、そうじゃなかったみたいだな……。
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