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4巻

4-3

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「あのクリストの授業で寝ることを考えるんはユーリだけやで?」
「そうそう。クリスト先生はいい先生だよ。基本的には」

 ロバートの発言に対し、ヘレンも同意するように頷く。

「俺にはとてもいい奴には思えないがな。俺の睡眠を邪魔する奴は、基本的に悪でしかないぞ」
「ふふ。ユーリに言わせれば、そうだよね」
「ハハ。そうやな」

 ヘレンとロバートはそう言って笑い合っている。

「はぁ……俺の気持ちをわかってくれる奴はいないのか。寂しいな」
「あ……そう言えば、ユーリとロバートはさ、カーニバルの日はどうするのかな?」

 俺の言葉を無視してヘレンが問いかけてくる。

「カーニバルの日か? まだわからん。何かあるんか?」
「そうか……。店の人にお手伝いしてくれる人を探してきてほしいと頼まれているんだよね。ユーリはカーニバルの日、どうするの?」
「俺の嘆きを無視してからに……。もちろん、カーニバルの日は学校も休みだから寝るに決まっている」

 最近、リムやラーナの修業に付き合わされたりサバイバル演習があったりと、休みがつぶされっぱなしなのだ。俺には休息が必要なんだ。

「だよね。やっぱり」
「しかし、カーニバルっていっても一カ月も先の話だろ?」
「そうなんだけどさぁ。店長さん曰く『祭りは攻め時』なんだって。だから、人を出来る限り集めて荒稼ぎしたいみたい」
「荒稼ぎって……」

 そんな会話をしながら、俺とヘレン、ロバートはいつものように昼食を共に食べ始めた。
 すると、昼休みが始まって二十分が過ぎたくらいだろうか。
 ご飯を食べ終え一息ついていた俺に向かって、不意に声がかかる。

「おい、お前」

 声の聞こえた方に視線を向けると、転校生の……えーっと名前は……。

「ん? えーっと、ノーマルだっけ? 転校生の」
「な!? ノーマンだ!! 朝、自己紹介したばかりだろ!!」

 横で見ていたヘレンがノーマンに問いかける。

「そ、それで何の用かな?」
「お前には用はない。用があるのは……そこの、目の死んだお前だ」

 ノーマンは、俺を指差して言い放った。

「目の死んだ奴って俺のことか?」
「お前しかいないだろう」

 俺の問いかけにノーマンは首肯しゅこうする。
 そうか。俺は死んだ目をしているのか。アレ? 転生する前にもそんな失礼なことを言う奴がいたな。
 まぁ……そんなことはどうでもいいか。
 それにしても、転校生である彼に絡まれる心当たりがないのだが。
 俺は首を傾げながらノーマンに問いかける。

「それで、なんだよ?」
「お前、このクラスで一番強いだろう。これから、僕と戦え」
「え? 嫌ですけど」

 ノーマンの突然の戦え宣言に、俺は嫌だと即答する。
 その回答が不満なようで、ノーマンは声を荒らげて詰め寄る。

「な!? 何故だ!?」
「うるさいよ。大声で叫ばなくても聞こえてるって。というか、何故って面倒だからに決まってるじゃないか。そんなに戦いたいなら他の奴でいいじゃんか」
「ふ……他の奴では力不足だ」

 ノーマンは相当腕に自信があるのか、周りを見下したように言う。
 ヘレンやロバートはじめ周囲のクラスメイトの視線が厳しくなるのがわかった。
 うむ……クラス内が一瞬で殺伐さつばつとした雰囲気になったな。
 どうしたものかと考えていると、突然教室のドアが開いた。
 ……なぜか、ここでクリストが教室に入ってくる。

「よく言った。しかし、騎士学校は原則私闘を禁止している。よって、勝手は許さない」

 お、クリストらしからぬ発言。
 嬉しいこと言ってくれるじゃんよ。体育会系バカだと思っていたが、ようやく教員としての自覚が芽生めばえてきたか?

「しかし……!」

 異議を唱えようとするノーマンを、クリストが「まぁ……早まるな」と言って制する。
 そしてクリストは俺を見据えて、ニヤリと笑みを浮かべた。
 くそ……そのいやらしい笑みには心当たりがあるぞ。
 俺はその笑みを見て、さっき一瞬でもクリストを見直したことを後悔していた。
 理不尽なことを言うに決まっているのだ。

「私闘は禁止している。次の授業は地理の授業だったが、変更して……【プランク】の授業にしよう。そこで存分に戦えば良いだろ? なぁ? 転校生?」
「フン! いいだろう」

 クリストの提案に、ノーマンは鼻を鳴らして了承した。
 ただ、俺が納得するわけもなく、すぐさま手をピンと挙げて反論する。

「……異議あり! 地理の授業も大切だと思います!」
「静粛に! その異議却下する! なぜなら、俺が決めたことが、このクラスでは絶対だからである!」

 俺の反論を速攻で却下し、クリストは教室から出ていくのだった。


 昼休みが終わり、俺達は【プランク】の授業が行われる修練場に来ていた。
 今は身体を軽く動かしてストレッチをしている最中だ。
 はぁ……眠くて退屈だけど座ってるだけの授業だったはずなのになぁ。
 アレ? 待てよ? クリストと試合するよりは楽でいいんじゃないか。
 そんなことに思い当たり内心飛び回りたくなるほど喜んでいると、ポンと背後から肩に手が置かれた。

「ん?」
「言い忘れていたな。ユーリよ」

 俺が後ろを振り向くと、いつからそこにいたのかクリストが立っていた。

「なんだよ?」
「お前は【プランク】を使わずに戦え」
「は? なんでだよ? 【プランク】の授業なんだよな?」
「ハンデがないとダメだろ?」
「念のためにもう一度聞くぞ? 【プランク】の授業なんだよな?」
「あぁ……そうだが? わかったか? 破ったら放課後校舎千周な」

 俺が盛大に溜め息をついていると、修練場の真ん中で木製の薙刀なぎなたを持ったノーマンが声を上げた。

「何をしている。始めるぞ!」

【プランク】の授業は、最初こそ拳による戦闘訓練だったが、騎士学校に入学して四カ月が経った今では【プランク】を使用した状態での木製武器による訓練となっていた。
 俺は辟易へきえきしつつも木刀を手に、クリストを伴ってゆっくりとノーマンに歩み寄った。
 それにしても困ったな。
 実はムーザとの戦闘後、俺のレベルは飛び級する勢いで上がっていた。
 当然、攻撃力はじめステータスも軒並み上がり、今では普通の人間をデコピン一発で殺せてしまいそうなのだ。正直なところ、ノーマンに対しても全く脅威を感じない。【プランク】なしでも余裕で勝てるだろう。
 ノーマンには失礼だが手加減してもまともに試合になるかどうか。注意しなければ本当に大怪我させてしまうかもしれない。
 ちなみに、これが今の俺のステータスである。


 ユーリ・ガートリン レベル41


 HP 3505/3505 MP 3670/3670


 攻撃力 4550 防御力 4010


 スキル 【超絶レベル10】【隠匿レベル10】【鑑定レベル10】
       【剣術(中)レベル10】【危険予知レベル10】【剣鬼レベル10】
       【言語対応レベル6】【調理レベル6】【馬術レベル5】【夜目レベル3】など
 魔法  【火魔法(大)レベル10】【水魔法(大)レベル10】【風魔法(大)レベル10】
       【土魔法(大)レベル10】【無魔法(大)レベル10】【音魔法(中)レベル10】
       【時空間魔法(大)レベル5】【重力魔法(大)レベル1】【氷魔法(大)レベル10】
       【雷魔法(中)レベル10】【治癒魔法(大)レベル10】
 状態  【妖精王の加護】【足枷の呪】


 まぁ……一応、【鑑定】でノーマンのステータスを覗いてみるか。


 ノーマン・ラストイ レベル13


 HP 780/780 MP 600/600


 攻撃力 1050 防御力 511


 スキル 【剣鬼レベル8】【言語対応レベル5】【危険予知レベル5】【槍術(大)レベル3】
       【剣術(大)レベル2】【弓術(大)レベル1】【投擲術(中)レベル10】
       【鎌術(中)レベル10】【武技万能レベル10】【馬術レベル2】
 魔法  【無魔法(中)レベル6】【風魔法(中)レベル2】


 なんだ、この戦闘スキルの数は? しかも、あらかた最上位のクラスだ。
 更に【武技万能】というスキルが、各種戦闘スキルをブーストしているのか。
【武技万能】か、どんなもんかな?
 俺とは結構な差があるが、相手が戦闘特化なら手加減すればなんとかなるか。
 はぁ……どっちにしても手加減は必要だよな。面倒臭い。
 やれやれと思いながら、俺はノーマンを前に木刀を構えた。


 ◆


 僕――ノーマン・ラストイは、薙刀を構えて目の前の男と向き合った。
 この男……ユーリと呼ばれていたか。
 腑抜ふぬけた奴だが、向き合った瞬間にスイッチが入ったのか恐ろしいほどの威圧いあつが漏れている。
 気配から強いとわかっていたつもりだが、ここまでとは思わなかった。
 肌がピリピリ痛い。
 汗が頬を伝う。
 足が震える。
 これは、クリムゾン王国に来る船で遭遇した、あのクラーケンに近い威圧感……。
 いや、それ以上か……?
 まさか、たかだか騎士学校の生徒がそこまで……。
 僕は気を引き締め、薙刀の柄を両手で握り直した。
 ユーリはゆっくりとした動作で木刀を構えている。

「それでは、始め!」

 他の生徒達もそれぞれ相手と向き合ったのか、教員のクリストがそう宣言した。
 ユーリは一見隙だらけだ。
 だが、どこから打ち込んでも跳ね返されると僕の本能が感じ取っている。
 でもだからと言って、攻撃しない訳にはいかない。
 僕は左右にステップを踏み、フェイントを入れ【プランク】を使用して突きを放つ。
 しかし、ユーリはヒラリと横にかわした。
 そしてすぐさま、ユーリは間合いを詰めてくる。
 僕は即座に【プランク】で腕力を強化し、身体を支点に薙刀を真横に振り抜いた。

「はっ!」
「おっと、危ない」

 だがユーリは、ヒョイっと後ろにジャンプして薙刀を躱した。
 ……まさか、こんなにあっさり……。
 僕は薙刀を引き戻し再び構える。
 しばらく互いに見つめ合い、膠着こうちゃく状況が続いていると――。

「おい。休んでんじゃないぜ。ユーリ。校舎回り追加してやろうか?」

 指導をして回っていたクリストがユーリをたしなめる。

「アレ? バレてた?」

 ユーリとクリストの気の抜けた会話に、僕の頭にカッと血が上る。
 すぐさま【プランク】を使用し、渾身こんしんの力でユーリに突きを放った。

「舐めるな!!」

 だが次の瞬間、ユーリがフッと消える。

「な!? どこ……だ!?」

 僕は目を見開き驚愕する。周囲を見回してもユーリはいない。
 ふとそこで地面の影が視界の端に映った。すぐさま上を見上げる。
 飛び上がっていたユーリが、僕に向かって降りてきていた。
 ユーリはポツリと「【山割り】」と技の名前を口にする。
 上段から勢いよく木刀が振り下ろされ、見上げた僕の顔面スレスレのところでピタリと止まった。
 凄まじい剣速だった。振り下ろした木刀を寸止めしたことにより、空気がブァッと僕の身体を吹き抜け、修練場の床のほこりを巻き上げた。
 ……その威力は、僕に死を連想させるには十分だった。

「これで終わりかな?」

 僕は目を見開いたまま、ヘタリと尻餅をついて動けなくなってしまった。
 ユーリは木刀を引き欠伸をしながら行ってしまう。

「……」
「ノーマン。なかなかやるじゃないか。正直付いていけるか心配していたんだがな。杞憂きゆうだったな」

 僕がほうけていると、いつの間にか隣にやってきていたクリストが僕の肩をバンバンと叩きながら言ってきた。

「ただ、激情に任せた攻撃は読まれやすいから気をつけるように。まぁ……なんだ、今日は脇で休んでいろ」

 クリストに励まされたことが悔しくて……。
 しかし、再度ユーリに立ち向かうには、心が折れてしまっていた。
 歯を食いしばることしかできなかった。
 クリストがスッと立ち上がり、脇で座って休んでいたユーリに視線を向けた。

「おい! ユーリ! お前に休んでいいといつ言った! さっさと戻れ。次は俺が相手だ!」

 クリストの言葉を受け、ユーリがやれやれといった様子で首を横に振る。
 そしてのそっと立ち上がると、こちらに戻ってきた。

「はぁ……まだやるの? 疲れた。【山割り】はかなりのエネルギーを消費するんだぜ」
「なに馬鹿なことを言っている。それになんだあの【山割り】は。飛び過ぎだ。初見じゃなかったら躱されて反撃を食らっている。相手は巨大な魔物じゃないんだからな」
「あー、はいはい。飛ぶ加減を間違えました」

 クリストとユーリが試合を始めるようだった。
 僕はその場を離れ、修練場の脇で試合を見つめていた。
 クリストもユーリも木刀を使用するようだ。
 二人が木刀を構えた瞬間、開始の合図すらなく試合は始まっていた。
 睨み合う二人の間の空気が張り詰める。
 最初に仕掛けたのはクリストだった。
 クリストはおそらくユーリの間合いのギリギリ外の位置にまで踏み込み、手足の長さを活かして上段から木刀を振り下ろす。
 ユーリはそれを紙一重で躱した。
 そしてクリストの足を踏んで動きを止めると、クリストのあごを狙って木刀を振り上げる。
 クリストはユーリの振り上げをって躱した。
 すかさずユーリが突きを放つも、寸前でクリストの木刀にはばまれる。
 瞬きすら許されない一瞬の攻防を、僕はぽかんと口を開いて見ていた。
 それからも木刀がぶつかり合う甲高い音を響かせながら、息もつかせぬ壮絶な攻防が続いた。
 僕との試合などほとんど遊びに思えてくる。
 唖然としている僕の頭に、パサッとタオルがかけられた。

「?」
「凄かったね」

 声が聞こえた方を見ると、ユーリと一緒に昼食を食べていた、女のような奴がいた。


 そいつは僕の隣に座った。

「何が凄いんだ。全然だ」
「ユーリに技を使わせた……【山割り】だったかな」
「? それがどうしたんだよ?」
「ユーリがクリスト先生以外で剣技を使うのは珍しいことだよ」
「……そうなのか?」
「うん、珍しい。特に女の私には頼んでもしてくれない」
「は? 女? 誰がだ?」

 僕はそいつの言っている意味がわからず視線を向ける。

「え?」
「は?」
「失礼だね。私はヘレン……女だけど、見えないかな?」
「……お、女!? さっき、男の制服着てたじゃないか!!」
「クリムゾン王国の騎士学校には男性用の制服しかないんだよ!」
「……ひ」

 僕はそいつから距離を取るためにじたばたと後ずさる。
 女だと……!? この騎士学校には女がいるのか?

「急にどうしたのよ?」
「ひ!! 僕に近づくな!?」
「ふふ。もしかして、女性が苦手なの?」
「違う。そんな訳ないだろう。だ、だが、いや、近づいてくるな」

 ニヤリと笑みを浮かべて迫ってくるヘレンから仰向けに後ずさろうとしていると、不意に後ろの誰かにぶつかった。

「ど、どいてくれ」

 振り返ると、そこには凄くいい笑顔のユーリが立っていた。

「お前ら、俺がクリストの相手している間に何ラブコメ始めている訳? 俺に削られたいの?」


 ◆


 ここは、クリムゾン王国王都にある大きな屋敷の一室。
 ロバートの父親であるカニルが、老人の腰掛けるデスクの前でひざまずく。

「申し訳ありません、お館様。ターゲットが予想以上の曲者くせものやって、暗殺が失敗……」
「もうよい。可愛い娘の頼みだからお前を仕向けたが、もはや関係ない」

 老人は持っていた資料をデスクに置き、オレンジの夕日が差し込む窓の前に立つ。

「お館様。関係ないとは、どういうことでっしゃろ?」
「……この王国の王権を奪う。反乱を起こす」
「まさか、そんな! 無謀です!!」
「やはり……ケルンよ」

 老人はそう言って部屋の脇に視線を向ける。そこには、黒いローブをまとった男が、金色のベルを持ってたたずんでいた。

「……お館様、そいつは誰です?」
(ワイが気配を察知できへんかったやと……)

 警戒したカニルは懐に仕込んでいたナイフを手に取る。そしてナイフを構えてケルンと向き合った。

「ケケケ。ノワック辺境伯様、承知いたしました」

 不気味な笑みがローブの隙間から見える。そしてケルンは、持っていた金色のベルをチリンチリンと鳴らした。
 ベルの音が部屋に響くと、カニルの身体がビクンと震える。
 ケルンは笑みを浮かべながら、「貴方は主君に……ノワック辺境伯に従うのだ……」と呪文のように呟く。

「……かしこ……畏まりました……」

 無表情のカニルが跪くのを見たケルンは、満足そうに頷くと更に続ける。

「カニルよ。戦える者を集めよ。反乱の作戦については、くれぐれも内密にな」
「は! 承知しました」

 カニルが部屋を出ていくのを見送った後、ノワック辺境伯はケルンに笑みを浮かべた。

「しかし、凄い効果じゃな。そのベルは」
「ケケケ。この魔導具『リンガのベル』は、音魔法を応用して相手を洗脳に近い状態にするのですが、完全ではありません」
「あれは最早、洗脳だと思うのだかな」
「いえいえ、このベルは対象者が全く望まないことは命令できません」
「あぁ……なるほどな。だから同じ反乱の意志を持つ貴族を集めろと言っておったのか」
「その通りでございます」
「それで、そちら側の手筈は整っているんだろうな?」
「王都に攻め込むための魔物の軍勢二百。準備万端でございます」
「そうか。そうか。これで、王位は我がものだ! ハハハハ!」

 一部の貴族が反乱を起こして王家を転覆てんぷくさせるなどほとんど無謀と言っていいのだが、ノワック辺境伯は勝利を確信しているのか高笑いを始めた。
 それを見ていたケルンは、新月のような形に口をゆがめ、不気味に笑みを浮かべるのであった。


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