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四十九話 風が吹いた。
しおりを挟むうぅ……。
俺は今にも倒れてしまいそうなことを、グッと堪える。
『ノヴァ。ノヴァ。大丈夫ですか』
『ぐ……アリア』
『なんですか? どうしました?』
『残念だが……あの子を助けるのは無理だ』
『え……』
その時だった。
ずっと聞こえていたマチルダのうめき声が止まって、凄まじい殺気が……。
「がああああああ……!!」
俺はマチルダに視線を向ける。
マチルダは完全に動きを止めて、うな垂れていた。
マチルダから感じる気配が全く別のものとなっていることに、息をのんだ。
「……ひひひひひひひひいひひ」
うな垂れていたマチルダからは引き笑うような声が聞こえてきた。
そして、マチルダの腕と足についていた拘束具をブチブチっと音を立てて引きちぎった。
マチルダを見たまま俺は体が動かなくなっていた。全身に鳥肌が止まらない。
やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。
ディレークが切り札と言ったことが納得できた。
あのディレークが霞むほどに圧倒的な力を感じる。
「素晴らしい力です」
「……」
マチルダは顔を上げて、ニヤリと笑みを浮かべた。
……こいつは戦ったらいけない奴だ。
戦っちゃいけないが。
視線の先に居た筈のマチルダの姿が消えて、アリアの背後に移動したのが目に映った。
それを目にした俺は恐怖に囚われていた体が咄嗟に動いた。
【肉体強化】
俺はスキルの【肉体強化】を使って地面を蹴った。
地面が吹き飛んで……俺の体が吹き飛んだ。
「ひひひひひ……死んでください」
マチルダは牽き笑いながら鋭く尖った爪をアリアへ突き刺そうとした。
そのマチルダの動きに対して、何とか追いついて俺は体当たりをすることができた。
「……っ」
「ひひ、何ですか。邪魔ですね」
俺は体当たりしたのだが、マチルダを押しやることすら出来なかった。
マチルダは俺の首根っこを掴んだ。
首にはマチルダの爪が突き刺さり、そのまま首を握り潰されそうになった。
やられそうになっている俺に気付いたワンダとアリアがそれぞれ魔法で火の玉と水の刃を放った。
マチルダは俺を投げ捨てると、手を振った。すると、アリアとワンダが放った火の玉と水の刃を容易に弾き返してみせた。
「きゃ……」
「うわ」
アリアとワンダは小さな悲鳴を上げて、弾き返された火の玉と水の刃を受けることができずに後方に吹き飛ばされた。
「やっぱり、素晴らしい力ですね。……けど殺し損ねてしまいましたわ。残念」
傷を負いながらもなんとか立ち上がったアリアを見たマチルダは口元を尖らせて、不満げな様子を浮かべた。
俺は全身に痛みを感じながらも立ち上がる。
そして、マチルダから一瞬も目を離さぬまま倒れていたアリアを庇うようにアリアの前にまで戻った。
「ん? もしかして、貴方が聖獣何ですね?」
「っ」
マチルダから視線を向けられた。
ただそれだけで全身の毛が逆立つ。
ん……俺のことを知っている?
なんで?
あ……ディレークが何か言っていたな?
マチルダはアリアを嫉妬していたと。
だから、アリアと【聖約】を結んでいる俺の存在を知っていた?
え? アレ? では今話しているのは誰?
俺が一瞬触れただけで、強烈な悪意を受けた短剣を突き刺されて……まさか、マチルダの意識が残っているとでも言うのか?
説得ができる?
いや、強烈な悪意の中にいる彼女を納得できる言葉を俺は持っていない。
じゃ……どうする。
なんかないのか?
せめて、アリアを逃がしてやる方法は……っ。
その時、ザワ……寒気が走った。
俺は逃げようとした。
しかし、それすらも許してくれなかった。
マチルダの姿が消えたと思うと、次の瞬間にはマチルダに俺は頭を掴まれた。
「ぐぅ」
「小さいですね。ですが、触り心地にいい毛並みで、いいマフラーの生地になりそうです」
ヒュン……。
風が吹いた。
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