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四十五話 それは突然に。
しおりを挟む歓声が鳴りやまない中で……。
それは突然の出来事だった。
アリアが倒したゴーレムの上の辺りで黒い煙が立ち上った。
黒い煙の中からタキシードを着た男性が表れた。
その男性を目にしたところで、身に纏っている気配にザワッと背筋が寒くなって、全身の毛が逆立つのを感じた。
やばいな……。
男性は一見普通の人間に見えたが、頭に羊の角のような黒い角が生えて、背中に蝙蝠のような羽を持っていた。
少なくとも人間には見えなかった。
ガタ……。
リナリーの表情が鋭くなって、立ち上がった。
膝の上に乗っていた俺は地面に突き落とされるも、なんとか着地した。
『アレはやばいですね』
『やばいと思ったが……リナリーが言うほどか』
『ノヴァ、アリア様の元に向かいますよ』
『ああ、わかった』
俺とリナリーが走り出そうとした時だった。
タキシードの男性に対して警戒心を露わにしたワンダがアリアを庇うように前に出て声を上げる。
『何者だ。貴様! いや、どうやって入ってきた!』
タキシードの男性は軽薄そうな笑みを浮かべる。
「キヒキヒ、ワイはディレーク・デ・デンタ・クライムって言うねん。よろしゅうに。ちょっとお邪魔させてもらってるわぁ」
『ふざけているのか!』
「失礼なーふざけてへんで、ちょっとそこの嬢ちゃんを殺しに来たんや。おっと、いかんいかん、やっかいなんが集まって来てまうなぁ」
ディレークが両手を広げる。
すると観客席の上にも黒い煙が上がった。
リナリーが視線を辺りに巡らせた。
黒い煙から黒い寅、大蛇、鹿が表れて、そのどれもが観客達を襲い始めたのだ。
『なんか、変なのが出てきたぞ』
『ノヴァ、ここは……っ』
「シャーアァ」
観客を襲っていた黒い大蛇が観客を吹き飛ばしつつ、俺とアリアの方に突き進んできた。
そして、ほほを膨らませるような仕草の後に黒い何かを吐き出した。
俺と咄嗟に近くにいた観客を抱えたリナリーはその黒い何かを回避する。
黒い何かを受けた座席は硫酸でもかけられたようにドロリと溶けてしまって、ツンと鼻を刺すような刺激臭を周囲に漂わせた。
あちら、こちらから観客の悲鳴が上がった。
そして、観客は我先に逃げようと出口に集中してパニック状態になっていた。
俺は短剣を引き抜いたリナリーの元に駆け寄る。
『どうする? アリアの元に向かうか?』
『いや、私がこいつ等を仕留めます。ノヴァはその召喚魔法でアリア様のもとへ』
俺はリナリーが指示した方向に視線を向けた。
すると、俺の足元には薄く光る魔法陣が出現していた。
『わかった……』
『約束です。私が行くまで何とかこらえてください。あとこれを……』
リナリーは、自身がはめていた【ハーネットの指輪】を俺に向けて投げてきた。
【ハーネットの指輪】を咥えた俺は一度練習していた通りに……その魔法陣にマナを供給する。
すると、体を白い光が包んだのだった。
体感では一瞬視界がぼやけると、すぐに違う場所……アリアの目の前に居た。
「ノヴァ、$%#%#$呼んでしまって」
「にゃあぁ」
「これは【ハーネットの指輪】……わかりました」
アリアは俺が渡した【ハーネットの指輪】を手早く指に通して、【ハーネットの指輪】の意志疎通する効果を使用する。
『ノヴァ、突然呼んでしまって……すみません』
『いや、いい。それよりもここから逃げるぞ』
『それは……できません。私がここを離れたら……戦っているワンダ先生が』
俺は周りを見回す。
すでにアリアの魔法【スターリー・スカイ】が展開されている。
そして、ワンダが炎の剣を振るいディレークと戦っていた。
ディレークは俺が表れたのを目にして眉をピクンと上げた。
「あちゃ、面倒なんが来てしまったわ。抜けとったわ。【聖約】ちゅうんには召喚権も含んどったんやなぁー。弱ってもうてるから、メイドさんおらへんし行ける思うとったんやけど、難しいかなぁ」
「よそ見してていいのか!」
ディレークが俺に視線を置いて手が止まったところを、ワンダは手にしている炎の剣を振り抜いた。
ただ、ワンダの炎の剣をディレークは余裕を持って躱してしまう。
そして、剣を振るったことで隙が生まれたワンダにディレークが持っていた刃がアイスピックのように鋭く尖っている短剣を突き刺そうした。
『……させません』
アリアがパチンと指を鳴らした。
展開されていた【スターリー・スカイ】の水球が、アリアの指を鳴らした音とともに針形状に変形しディレークへと降り注いだ。
それでもディレークは羽を広げて飛び上がり、軽く躱してしまう。
ディレークとの距離があいたところで、ワンダがディレークを警戒しつつアリアに近づいてくる。
「すまん。先生としてはアリアに逃げろとカッコよく言いたいところだが……私だけでは奴をここから逃がしてしまう」
「いえ、それよりも先生」
「ん? 何だ?」
「私は今からマナを回復します」
「マナの回復? 何をそんなことできる訳……それが可能な魔法薬でも持ってきているのか?」
「そのやり方は後で説明します。今はそれよりも……」
「そうだな、悪かった。それよりもなんだ?」
「はい。おそらく私のマナの回復を%#%#$ためにディレークが何をするかわかりません……」
「わかった。私がその間守ればいいな」
「頼めますか? それほど時間はかかりません」
「先生に任せなさいての! 【エアーウォーク】」
ワンダは移動を補助すると思われる魔法【エアーウォーク】を足元に発動して、ディレークに向かって走っていった。
アリアはワンダを見送ったところで、再び俺に視線を向けた。
『俺からマナを持っていくか?』
『お願いします。実はマナが切れかけていたんです』
アリアはしゃがんで俺の右前足を手に取る。
はぁーっと大きく息を吐いた。
『【エンゲージ】』
アリアが【エンゲージ】と呟くと、俺の体が白く光りだした。
その白い光がアリアの体にゆっくり溶け込んでいく。
そして、十秒もしない内にアリアは手を放して立ち上がった。
『……ありがとうございます』
『もういいのか?』
『はい。もういっぱい……今まで一番マナを感じることができて怖いくらいです』
『そうかなら、いいんだが。これからどうするんだ?』
『……私はワンダ先生の補佐しようと思っています。ノヴァは……』
『じゃ……俺は』
俺は言葉を切って、ワンダとディレークの戦いに視線を向ける。
……正直、ワンダの分が悪かった。
『……俺も戦うかな』
『大丈夫ですか?』
『あぁ。今のところは……マナが無くなりそうなったら早く言えよ。何とか、リナリーが来るまで耐えるぞ』
俺はディレークの方に視線を向ける。
すると、ワンダにディレークの短剣が振り下ろされようとしていた。
俺は【肉体強化】のスキルを使用して走り出した。
ドカン!
俺の足元が大きな音を上げて吹き飛んだ。
そして、俺の体も吹き飛んだ。
いや……本当は走り出したつもりなんだけどね?
うん。やっぱり、まだ【肉体強化】のスキルはうまく扱えていない。
ただ、いつもなら習練場の壁へまっしぐらなんだが、今回は……。
「な……ぼべえ!!」
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