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四十話 ぬぬぬ。
しおりを挟む円形闘技場の中央にある舞台では戦闘部門の競技に出場している生徒同士の激しい戦いが繰り広げられていた。
俺は円形闘技場の観客席に座るリナリーの膝の上でその戦いを観戦していた。
『それにしてもちょうど空席があってよかったですね』
『ぐぬぬぬ』
『……』
『ぐぬぬぬ』
『はぁ……スコーンでも食べて、気をなおしてください。はい、あーん』
『ぬぬ……あむ……』
俺がこんなので機嫌をなおすわけ……このスコーンうまいな。
リナリーがくれたスコーンは一見堅そうなパンであったが、ほろほろとほどけて、シロップの甘く優しい味わいが口の中に広がった。
口の中でスコーンを味わいながら俺は生徒同士が戦う中央の円形闘技場に視線を向けた。
そして、その戦いよりもあることに気付いて目を見張った。
戦う光景がプロジェクターのように白いスクリーンに映し出されていた。
『リナリー、アレはどうやって映し出しているんだ? この世界にもプロジェクターがあるのか?』
『あぁ……アレは私も詳しくは知りませんが。確か、ビネーブの遺跡で大量に発掘された古代の魔導具の一種だったかと』
『古代の魔導具?』
『はい、千年以上も昔と言われる古代文明は現代の魔法技術では再現できない高度な魔法技術力を持っていたそうです』
『なんで、高度な魔法技術があった文明が滅んだんだ?』
『……それはいまだ解明されていません』
『そうか……まぁ千年以上昔のことなんて、なかなか分かるもんじゃないよな』
俺は納得してうなずくと、中央の円形闘技場で繰り広げられている戦いに視線を落とした。
中央の円形闘技場では茶色の髪を短髪にした男子生徒と金色の髪をおでこの辺りでぱっつんと切り揃えたオカッパ頭の男子生徒が戦っていた。
魔法使いが戦うのだからもっと派手な魔法を使っての戦いをするイメージしていたが、完全に接近戦が繰り広げられていた。
ちなみに、装備は短髪の生徒が両手にナイフ、オカッパ頭の生徒が片手剣と片手持ちの小さな盾で俺のイメージする魔法使いの姿からかけ離れたものだった。
そんなことを考えていると、短髪の生徒が仕掛けた。
移動力を上げる魔法でも使ったのか不自然な急加速をすると、おかっぱ頭の生徒との間合いを詰めて右手に持っていたナイフを向けて振り上げた。
その振り上げられたナイフをおかっぱ頭の生徒は左手で構えていた盾で受けると、ナイフの勢いに押される。
その勢いを逆に利用して一歩下がって、剣が優位の間合いを作ってなんかしらの魔法が付与されているように見える片手剣を振り下ろした。
短髪の生徒は後ろに飛んで、鼻先三寸のところでその片手剣を躱した。
そして、後ろに飛んだ勢いそのままに後方にバク転して、おかっぱ頭の生徒と距離をとろうとしていた。
おかっぱ頭の生徒が一歩踏み出して追撃しようとした時、バク転しつつ短髪の生徒はナイフをおかっぱ頭の生徒に投げつけてけん制した。
次の手を考えているのか互いにじりじりと見合っているタイミングで、歓声がドッと会場内が溢れかえった。
なかなか攻防だな。
しかし、なんだか思っていたよりも地味な戦いだな。
魔法使いなんだからド派手な魔法を打ち合う戦いだと思っていた。
『んーなんだか……』
『ふふ、たるい戦いに見えますか?』
『いや、そうは思ってないが』
『私と普段習練しているのですから当然でしょう』
『いや、そんなことこれっぽちも思ってないですが?』
『え?』
『思わないだろ。なかなかの戦いじゃないか』
『そうなんですか? てっきり、あまりに鈍いので欠伸が出るんじゃないかと思ったのですが』
『確かにリナリーが見たらおままごとに見えるかも知れんが、俺から見たらなかなかの戦いに見えたぞ』
『ふふ、そうですか? 彼らはこの学園を卒業後王国の騎士団にエリートとして入団することも可能な将来有望な学生達なのですが。そんな彼らの魔法戦をなかなかの戦いというノヴァも大概だと思いますが』
リナリーは俺に視線を落とすとニヤリと笑って見せた。
俺は円形闘技場の中央にある舞台でおこなわれている戦いにもう一度視線を向けて、目を見開いた。
『……エリート? 彼らが?』
『まぁ……アレから騎士団で洗礼があり十分使えるようになりますよ。それにブルック騎士団長筆頭にこの王国の騎士団にも強者が複数いますから、現状は大丈夫でしょうね』
『そうか……それにしても、魔法使いならばもっと派手な魔法を使うのかと思っていたんだが、違うのか?』
『あのくらい狭いフィールドではこの戦い方が限界でしょう』
『そうなのか?』
『はい。例えば、普通の魔法使いが人を戦闘不能にするほどの炎を出そうとしたら、数十秒かかってしまうのです。その数十秒の間にこの狭いフィールドでは魔法で動きを補助し戦う魔法使いに切り殺されてしまう』
『なるほどな……ん?』
俺は円形闘技場の中央にある舞台で行われている戦いに視線を向けると、あることに気付いて目を凝らした。
『……』
先ほどの試合が終わって、すでに次の試合が始まっていた。
そして、今試合をしている癖毛の金色の髪が印象的な男性に見えるほどに中世的な顔立ちの女性に目が留まった。
彼女は強かった。
一番動きがよかった。
確かに男性相手でパワー負けしているように見えたが、癖毛の彼女は余裕しゃくしゃくと言った様子で相手の剣を躱して、翻弄していた。
『どうしたのです……?』
リナリーは急に黙って円形闘技場の中央にある舞台に視線を向けた俺のことが気になった様子だった。
そして、リナリーも俺と同様に舞台へ視線を向けて目を細めた。さらに感心したような言葉が聞こえてきた。
『ほう……なかなかの動きですね』
『うん。流れるようないい動きだ』
『魔法やスキルを使うとどうしても動きに歪ができますからね。あそこまで歪なく剣を振れるのはよほどの才能の持ち主なんでしょうね』
癖毛の彼女は相手を舞にも似た独特な身の動きで翻弄し、転ばせていた。
その転ばせた隙に持っていたレイピアを喉元に突き立てて勝利を収めていた。
それから戦闘部門の試合は進んでいき結局癖毛の彼女……ウィンリィ・ファン・クルドルドが戦闘部門の優勝を決めることになった。
今、そのウィンリィは円形闘技場の中央にある舞台で学長だと言うローブを身に纏った男性から表彰されている。
彼女の戦う様に見惚れていた観客達からは大きな拍手が沸き上がった。
『ウィンリィと言うのか……やっぱり、一番強かったな』
『そうですね。しかし、クルドルド……男爵家は確か文官の役職持ちの家でしたが。それでよくあれほどの剣を習得できたものです』
『ん? 文官だと何かあるのか?』
『これは一般的なことですが……文官の家で武人は望まれることはありませんからね。家には剣術を教えてくれる人もいなかったでしょう。いや、そもそも貴族令嬢に剣の使い方を教えるなんてことはないです。男よりも強い女性は結婚相手に欲しがられませんから』
『ふっ……なるほどな。ウィンリィはかなり異端ということか。確かに自分より強い女性は嫌だな。喧嘩した時に窓の外まで殴り飛ばされて殺させそうだ。想像しただけで……あぁ怖い。怖い』
俺がほんと何気なく。本当に何気なく呟いた一言にリナリーがぴくっと反応した。
リナリーは両手で俺の両頬をワシっと掴むとムニムニと揉んで持ち上げた。
そして、視線を合わせるとニコッと笑ったリナリーが問いかけてきた。
『ふふ、何ですか? ノヴァ?』
『……いえ、なぁんでもありましぇん』
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