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三十話 悔しい。
しおりを挟むここはアリアの部屋である。
「うぅ……負けた」
リナリーとの朝の習練を終え、昼食を食べた後、俺はアリアの部屋のカーペットの上でクデーっと突っ伏していた。
スキルがうまく使うことができなかったことよりも……リナリーに手も足も出なかったことが……悔しい。
なんでだろう? 初めてリナリーと戦った時はもっといろいろやれていた気がするんだけど……。
俺の癖が完全に把握されてしまったのだろうか?
一応、癖を読まれないように戦っているつもりなんだが。
んー分からん。
分からんが……負けたままでは。
悔しい。
悔しい。
悔しい……っ!
俺は赤茶色のカーペットの上でゴロゴロと転がって、悔しさを紛らわすが……全然ダメな。
悔しすぎる。
いや、実力差がすごくあるのは分かっているんだが……こればかりは負けず嫌いの性分として仕方ないではすまないのだ。
実力差が分かった上で……少しでも……一矢報いたい。
新しい攻撃方法が欲しいなぁ。
もちろんスキルも使えるようにならなきゃなんだけど。できたら、リナリーが予想できない……。
むむむむ……。
何か無いかな。
俺はゴロゴロと転がるのをやめて起き上がると、今度アリアの部屋の真ん中でぐるぐると歩き回りながら考える。
そもそも今の俺は猫である。
聖獣と言う生物らしいが、体の構造的には猫と変わりないのである。
この猫の手は木刀を持つことはできないし操りにくい。
その代わりに爪という攻撃手段があるんだけど。
爪は鋭くてなかなか固いんが、短いんだよな。
どうにか長くならないかな?
そうしたら、攻撃面でも防御面でも役立つんだが。
いや、まぁ長くなりすぎると普段の生活では邪魔かもしれないが。
他に。
他に何か。
猫だからできることとか……あ。
俺は目の前にあったあるものが目に入って、閃いたのだった。
窓際の日向で寝っころがっていた俺は外が騒がしくなったのを俺の耳でとらえた。
「ノヴァは&%#%$#%#」
「私が%$#%#$%%$#%#$スキルを%#$%#$#」
「ふふ、ノヴァは大丈夫かしら%#$%$%」
ん?
この声はアリアとリナリーか?
どうやら、アリアが魔法学園を終えて、帰ってきたようだな。
俺は出迎えるために起き上がって、扉の方に近づいていく。
そして、扉の前で座っているとすぐにギーッと音を立てて扉が開いてアリアが部屋に入ってきた。
「$%$%#帰りました。ノヴァ」
「ニ、ャーニャー」
アリアは俺を見つけるとニコリと笑顔を深めて、俺の頭をワシャワシャと撫でてくる。
俺はお帰りと言ってみたつもりなんだが……うまく発音が出来なくて、普通の猫の鳴き声になってしまった。
その頭を撫でるアリアの指には【ハーネットの指輪】がはめられていて、指輪を通してアリアの言葉が頭の中に流れ込んできた。
『ふふ、ただいま帰りましたよ。ノヴァ』
『おかえり、魔法学園は楽しかったか?』
『それはもう。ただ、休みすぎて勉強は遅れていまし、ピオニール競技会に関しても出遅れていたんで大変でしたが……やはり勉学とは楽しいものです』
『それはよかった。ん? ピオニール選考会って何だ?』
『えっと、ピオニール競技会は魔法学園で創立以来毎年行われていて、クリスト王国の有力者を含む多くの人たちの前で魔法使いとしての技量を競う会です』
『ふうん。いろんな魔法が見ることができそうだな』
『そうですね。研究部門、実技部門、戦闘部門の三つがあって、それぞれ魔法が飛び交うことになりますね。ちなみに私は実技部門に出る申請してあります』
『へぇへぇ、いいじゃん。いいじゃん。なんだかお祭り感がある。是非とも見に行きたいな』
『ふふ、観客の皆さんはお祭り騒ぎですね。ただ将来に関わるのでみんな真剣なのですよ?』
『ハハ、まぁ……そんなもんだよ。ちなみにどんな……いや、楽しみが減ってしまうから、今はいいか』
『あ、それから、見にきてくださるのなら、リナリーも来ると言っているので一緒に来てはいかがでしょうか?』
『そうするよ。楽しみだなー』
楽しみにしている俺の様子を見たアリアは口元に手を当てて、小さく笑う。そして、立ち上がって歩き出した。
『ふふ、そういえば、ノヴァは寝ていたんですか?』
『む、失礼な。確かに窓際の日向で横になっていたが、ちゃんと秘密の特訓をしていたんだぞ』
俺はムッとした表情でアリアの隣についていく。
アリアは持っていた鞄を勉強机の横に置くと、一人掛けのソファに移動して座った。
『秘密の特訓ですか?』
『うむ。だいぶうまく扱えるようになったんだ』
アリアが座る一人掛けのソファの前で俺は座る。そして、アリアの問いかけに対して、少し胸を張って答えた。
『ん? リナリーがスキルの使い方を教えていると言っていましたが……それとは別ですか?』
『あぁ……全く別だ』
『そうなんですね。それは私にも秘密なんですか?』
『ん? まぁリナリーに言わないならいいよ』
『本当ですか? ふふ、私とノヴァだけの秘密ですね』
『そうだな。よっと』
俺はアリアが座った一人掛けソファの隣にあったサイドテーブルに飛び乗った。
そして、アリアに後ろを見せるようにして、二つに別れているしっぽをうねうねと動かしてみる。
『しっぽを自在操るための特訓だ』
『へ? しっぽですが?』
視線を俺のしっぽに合わせてゆらゆらと動かしているアリアは問いかけてきた。
対して俺は二つに別れたしっぽを絡めてみたり、しっぽを膨らませてみたりしたとさまざまな動きをさせる。
ちなみに、しっぽを膨らませるのは特訓中に気付いたことなのだが、それも何か使えるかと思って特訓していた。
『そうだ。この特訓のために丸いボールがいくつか欲しいんだけど。何か……』
『……』
アリアが何かに取りつかれたように手を俺の方に伸ばした。そして、俺のしっぽを掴もうとしてきた。
俺は咄嗟にアリアの手から逃れるようにしっぽを動かした。
『アリア? 悪いんだが、しっぽに誰かに触られるのはまだむず痒いからやめてくれると』
『……』
『あのアリアさん?』
俺の問いかけが耳に入らないのか、アリアはぼーっとした様子でしっぽを追尾していく。
対して俺は何とかアリアの手から逃れるようにしっぽを動かしていく。
しばらく、やり取りを続けていく。
十分過ぎた頃には、俺はもう特訓の続きだと認識でアリアが俺のしっぽに触ろうとするのを躱し続けていた。
この特訓はリナリーがこの部屋の扉をノックするまで続いたのだった。
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