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龍の騎士王と狂った賢者
第二十八話 狂った賢者
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幼い頃、幻獣たちについて教えてくれたのは母さんと、祖父のアルベルトだった。魔法の面白さを教えてくれたのは優しかった父さんだ。
自分の思う通りの変化を世界にもたらすことの出来る魔法に、少年の僕は心を踊らせたんだ。父さんが操る魔法はとても綺麗で、それでいて優しかったのを覚えている。
彼の生み出すその奇跡に憧れ、毎日のように魔法を見せてとせがんだ。どれだけ仕事で疲れていても、優しく微笑んで、大きな手で僕の頭を撫でて、小さな奇跡を見せてくれた。
真夏に雪を降らせ、真冬にバラを咲かせ、クッキーの小人を踊らせる。子どもだった僕にとって、父の魔法はまるでサーカスのようだった──────────
◇◇◇◇◇◇
あぁ、ベン…。嘘だと言ってくれ。祖父のパートナーである彼が、僕らの目の前に作り上げたスクリーンに映し出すその光景に、僕は狼狽を隠しきれない。
整髪料で後ろに撫で付けた黒い髪、整えられた口ひげと片眼鏡、黒の燕尾服に身を包んだその男を、僕は知っている。
映像を見ていたトウメが顔を引き攣らせながら声を発する。
「…な、なぁ?この男、誰かに似てへんか?それもめっちゃ…」
そう言って僕の顔を覗き込み、さらに顔が強ばる。僕は今、どんな表情をしているのだろうか。
ベンジャミンも苦虫を噛み潰したように重く口を開いた。
「あぁ、信じ難い…いや、信じたくはなかったが…」
ベンはそこで一度映像を映すのを辞め、僕の方を振り返る。その表情は僕のことを心配しているようで、しかしなんと声を掛けていいのか分からないといったふうだった。
僕も信じたくはない…。けれど、この顔、この声は……
「…父だ。ギルバート・グラハム・ウェルズ…、僕の父親だ」
トウメは驚愕の、ベンは希望を失ったかのような顔をしてそれぞれに言葉を失う。
「父は、母さんが死んだあの日、姿を消した。もう四十年も前のことだ」
座椅子の背にもたれ、ぽつぽつと言葉にしていく。父、ギルバートの事を。
「父は、魔法研究者だった」
世界中の人々を、笑顔にさせる素敵な魔法を。それが父さんの研究テーマなのだと、毎日のように聞かされた。
個人主義に偏りがちな魔法使いの中にあって、魔法使いらしくない人だった。けれど、不思議と父さんの周りにはたくさんの人が居た。周りに居た他の魔法使いはいつも笑っていたっけ。父さんは自分の夢を実現しているんだって誇らしく思っていたのが脳裏をよぎる。
「どんなに忙しくても、僕や母さん、それに周りの魔法使いたちのことを何より大事にしてくれた」
記憶の中にある父の姿は、いつも優しく、笑顔だった。しかし、僕が十歳になった年の晩夏、父は突然僕らの前から姿を消した。
「同時に僕は、母をも失ったんだ」
秋の陽射しが近付いた頃の夕方過ぎだった。ルベラと共に外で遊んでいた僕は、日が傾いてきたから家に帰ろうとしたんだ。いつもなら点いている家の灯りがその日は無くて、母さんは買い物にでも行ったんだと思っていた。でも家の鍵は開いていて、母さんも出かけてはいなかった。
斜陽に照らされた母さんの死に顔は、まるで寝ているかのように穏やかで、死んでいるだなんて微塵にも思わなかった。
祖父が帰ってきて初めて、母さんがもうこの世に居ないんだと知った。祖父は普段の優しい顔から想像もつかない程に大粒の涙を流していたけれど、僕はその事態を飲み込めなくて泣くことすら出来ずに立ち尽くしていた。
その日から父は姿を消し、僕は家族を一度に失った。心のどこかで、父ももう死んでしまったのだと思っていた、今日この時までは。
「今にして思えば、父さんが母さんを殺したのかもしれない」
「どういうこと?」
僕の独白を黙って聞いていたトウメが聞き返してくる。僕が答えるよりも先にベンが答えてくれた。
「不可解なことが多かったのだ、エラの死は」
魔法使いでなくても、人間は大なり小なり魔力を帯びている。たとえ死んだとしても一日二日は魔力残滓が身体を包んでいるものなのだ。だけど、
「母さんは魔力残滓がなかったんだ。全くね」
「そんなこと…。ま、まさか?!」
トウメの驚く顔に、僕は肯定を示す頷きを返す。
「うん、恐らく、抜かれたんだよ。魔力を全て」
「アイザックの言う通りだったよ。先程の記憶にはなまだ続きがあるんだ」
そう言ってベンジャミンは再びスクリーンを出して、サフィーの記憶を映し出した。
◇◇◇◇◇◇
「どうせお前達はコソコソと見ているのだろう?アイザック、ルベラ、それにベンジャミン」
サフィーの魔力を吸い取った燕尾服の男、ギルバート・ウェルズはそう言い放つ。
「エラを殺して以来だから、もう四十年になるのか。義父と同じ道を歩んだそうだな」
不快感が滲み出る笑みで話すその男は、かつての父の姿と全く違い、怖気が走る。
「だが、もう幻獣を研究する必要も無い。もちろん私の研究を継ぐ必要も無い」
そこまで言ったところでサフィーを投げ捨て、手を広げ天を仰いで笑いだした。
「この世の魔は全て私が手にする!お前が何者でも私は止められない!全て狩り尽くし、私が天に立つ!」
ギルバートは高らかにそう宣言すると、一転して落ち着き払った声で話し始める。
「長年の脅威であった義父も排除した。お前達は震えながら指を咥えているがいい」
そう言い残すと踵を返して山の奥へと歩いていく。途中デスぺラティオに何かを言いつけると今度こそ姿を消し、サフィーの記憶もそこで途切れた。
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ペルフィフさん、コメントありがとうございます!
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