FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第二十五話 カーバンクルとエマージシャンド

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(Rubella side)

 ヘルマンに付いてアルベルトのバカを探しに来ていただけなのに…、何かとんでもない事に巻き込まれているわね。

 このひと月の間にたくさんの幻獣なかまの死を目の当たりにして、苦い記憶が蘇る。

 もう四十年も前の話なのに、未だにあの時守れなかった同族かぞくの事は忘れられないのね。あの時、アルベルトやエラ、ヘルマンが居なければ、今の私は…。

「ヘルマン…。この子の世話は私に任せてくれないかしら」

 目の前で傷付き、今にも消えてしまいそうなこの黒い小鳥を見ていると、とても他人事には思えなかった。

「大丈夫かい?無理はしなくて良いんだよ?」

 あぁ、ヘルマン…!貴方はあの時から全然変わらないのね。いつだって私や、私たちの事を一番に考えてくれて、私たちのために怒って、悲しんで、笑ってくれる。

 貴方のそんな所が、私は愛おしくてたまらないわ。…面と向かっては絶対に言えないけれどね。

 私のことを心配してくれる貴方が居れば、私はいつだって大丈夫よ。

 自分でもぎこちないと分かるくらい凝り固まった表情を気合いで柔らかくする。

「えぇ、大丈夫よ!私は幻獣達この子達の姉であり、母ですもの!」

 本当は昔の事を思い出して、今にでも穴に入って閉じこもりたいけれど。
 上手に笑えている自信などないけれど、小さく震え続ける身体を殴り付けながら、ヘルマン愛しい私の弟を全霊をもって騙す。

 ヘルマンはまだ不安気な顔付きだったけれど、小さく「任せて」と言ってもう一度胸を叩き、傷付いた小鳥を抱えて社に向かって歩く。

 ダメ…。まだ泣いちゃダメ。お姉ちゃんなんだから。お母さんなんだから!

 止まらない震えと、零れ落ちそうになる涙に膝が折れそうになりながらも、なんとか社の影に隠れられることが出来た。

 社の裏手にある日差しの下に、ヘルマンのハンカチを敷いた。その上に、小鳥を寝かせた瞬間、今の今まで耐えていた物が堰を切って溢れ出した。

「うぅっ…!んぐっ…!!」

 ヘルマンや、この子には聞かせられない。私は大丈夫、そう自分に言い聞かせるように声を押し殺して泣いた。

 どのくらい時間が経ったんだろうか。一度溢れると、どれだけ頑張っても止まらない涙と震えで、いつしか両腕で身体を抱き込み丸くなっていた私は、何かが動く気配がして顔を上げた。

「……ピ……ィ…?」

 弱々しく鳴いたその声は、傷だらけの小さな黒い鳥。薄ぼんやりと開いたキレイな青い瞳は、心配そうに私を見つめている。

 私は急いで涙を拭いて、小鳥の頭を撫でながら独りごちる。

「バカね…。……私のコトよりも自分の心配をなさい?」

 撫でているその手の先から私の魔力を流しつつ、エラがよく歌ってくれた子守唄を歌う。安心したのか、気持ちよさそうに目を瞑った小鳥は、しばらくすると小さく寝息をたて始めた。

「大丈夫…。大丈夫よ……。私が守るわ…、今度こそ、ね」

 安堵の表情で眠る小鳥を眺めながら、昔の私もこうだったのかと思いを馳せる。同時に、あの時のヘルマンは、こんなにも暖かな気持ちだったのかと…。

 あの時彼から貰った暖かな力を、今この子にも。

 同族かぞくが殺され、世の中の全てが敵だと思っていた私の心を溶かしてくれた、あの優しい温もりを。

「いい歌やなぁ、ルベラちゃん」

 なんて言う曲なん?と言いながらいつの間にかそこに居たトウメが声をかけてきた。

「さぁ?なんだったかしら。昔、エラがよく歌っていたのよ。なんとなく覚えていただけ」

 聞かれていたのが恥ずかしくて、思わず嘘を吐いてしまった。

 トウメはふぅんと興味を失ったかのようにしながら、かがんで私の前で眠る黒い魔鳥を覗き込む。

「うん、大分顔色ようなったね」

 もともと細い目をさらに細めて笑う彼女は、悔しいけれど本当に綺麗だと思ってしまった。ヘルマンも初めに見た時は鼻の下を伸ばしてたものね。

 思い出したら少し腹が立ってきたわ…

「ところで」

 こんな女が良いのかとヘルマンに対して密かに怒りの念を送っていると、鋭く目を光らせたトウメが私を覗き込んでいた。

「…な、何よ?」

「ルベラちゃんのその魔力ちから、借りもんやろう?」

 その言葉に私の心臓は跳ね上がる。いや、隠せる訳もない、か。彼女は私よりも遥かに高位の幻獣そんざい。私が魔力を練れば直ぐに気付く筈だ。

「えぇ。……本人は気付いてないんでしょうけどね」

 ドクドクと煩い鼓動を無視して、出来る限り平静を保って答える。

「せやろね」

 未だ鋭い瞳はピクリとも動かず私を睨みつけたままだ。段々背筋がゾワゾワと逆毛立つのがひどく気持ち悪い。

 無言のまま短いようで長い時間見つめられ、耐えかねて声を上げようとしたその時、トウメは口を開いた。

「分かってると思うけど、いつかは返さなあかん力やからね」

 どんなけ辛いことになってもな、と念を押してくる。
 カッと熱くなる頬。思わず牙を剥きそうになったけれど、なんとか落ち着かせる。

「ッ…!…分かってるわよ…。」

 それでも。

「それでも、今はその時じゃない。それに…」


「それに、私は私の家族を守る使命がある!…今度こそ、なんとしてでも……」

 眼光鋭いキツネの巫女を、私も力を込めて睨み返す。

 また幾許いくばくかの無言が続いたあと、トウメはフッと表情を弛めて立ち上がる。

「ほんなら、えぇ。正しい事にその力を使いぃ」

 そう言い残して、彼女は来た方向とは別の方へと歩いていった。

 巫女服の紅い袴が見えなくなるまで、その姿を睨んでいた私は、足元から小さく鳴く声で我に返る。

 綺麗な漆黒の羽と、蒼玉サファイアのように煌めく瞳に毒気を抜かれた私は再びその頭を撫でながら歌を歌う。

 私の流す魔力に安堵したのか、もう一度瞼を閉じて寝息をたて始めた小鳥に、一つ笑みを零した私は、先程の会話を思い出して独りごちた。


「分かってる…。分かってるわよ……。」



「例え、この身が果てることになろうとも」


 私の掠れた声は、夜風と共に、消えた。
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