17 / 30
龍の騎士王と狂った賢者
第十五話 幻獣学者と当代の賢者たち(1)
しおりを挟むユアンとフェンリに連れられひと月ぶりに故国英国の地を踏んだアイザックとルベラ。
今彼らの目の前にそびえ立つ古い貴族城は、現代の魔法使いたちを束ねる組織、賢者省の本庁として使用されているものだ。
国の文化遺産にでも指定されていそうな建物だが、魔術の秘匿という観念から一般に公開されることもなく、隠蔽と人払いの魔術によって魔法使い以外の人間を迷い込ませないようにしてある。
絵本の中に出てくるようなローブを着込んだ熟練の魔術師や、現代風にスーツを着熟す若い魔法使いたちがせっせと行き来している一階スペースは、いつも騒々しい。
ちょうど大きな役所といった雰囲気で、天井から吊られた看板に『登録課』等の事務手続き、『ケルト・ドルイド課』『北欧課』『神道課』といった各流派の相談窓口の名前が書かれ、その下に大きな机で囲まれた空間と事務員、相談に来た魔法使いがずらりと並んでいる。
(いつ来てもここの物々しさには慣れないな…)
幻獣学会の末席とはいえ、この世界で三十年以上働いているアイザックは、当然何度もここを訪れる用事があった。
魔法使いとしての登録や、位階(魔法使いの熟練度)更新の為の検定試験、学会の論文発表などもここで行われるからだ。
ルベラも慣れない場所だからかいつもの場所に座りつつもその両手は、ギュッとアイザックの服を握りしめて尻尾を丸めている。
「ウェルズ博士、ルベラさん、こちらへ」
ユアンの案内で役場スペースの奥へ連れられ、中世の頃に作られた魔導エレベーター(半径一メートル程の石版が魔法によって昇降するタイプのもの)で、三階の会議室エリアに着く。
しばらく歩き、学会などでも使用されるこのフロアで1番大きな会議室の前でユアンが止まり、アイザックらを振り返る。
同時に、子猫のサイズにまで縮んでいたフェンリが翼を一つはためかせる。するとさっきまで遠くに聞こえていた喧騒が消え、無音の空間『遮音結界』が出来ていた。
「ウェルズ博士。この先で賢者の方々がお待ちです。今回の件、重要参考人としてお呼び立てしましたが、中にはあなた方を犯人として疑っている者も少なくありません。
厳しい追求があるかもしれません。…私個人の印象、フェンリを通して見ていた先日の行動から考えれば、絶対にそんなことは無いと確信していますが…。」
不安と微かな憤りが感じられる言葉を漏らすユアンに対し、アイザックは苦笑しながら大丈夫だと答えた。
「まぁ、なんとかなりますよ。頭の固いお歴々にも分かるように説明しますし、ユアンはただ自分の仕事を成しただけです。あまり気にしてもしょうがありません」
「ヘルマンが大丈夫って言ってるんだから平気よ。とにかくさっさと終わらせちゃいましょ?早く外の新鮮な空気が吸いたいわ」
先程まで縮こまっていたその尻尾は、今はかすかにその力を取り戻して揺れていた。アイザックは彼女を見て微笑む。
「何よ?」
「いやぁ、君がいると本当に心強いと思ってね?ハハハッ」
アイザックがそう言って声を上げて笑う様子に、顔では抗議を示していたが、尻尾がこれまでにない勢いで揺れているところを見ると、彼女の天邪鬼っぷりが窺える。
ひとしきり笑ったあと真剣な表情に戻ったアイザックは、未だ不安そうに眉を細めるユアンの目を見て先を促した。
「そういう訳ですからユアン、賢者殿にお目通りを願えますか」
一遍の曇りない彼の瞳を見て、渋々といった様子でユアンは一つ指を鳴らして遮音結界を解いた。
「分かりました…。でも本当に気をつけてくださいね、アイザックさん」
ユアンのその言葉にウィンクで返したアイザックに、一抹の不安を拭えぬまま彼は眼前の扉に手を掛けた。
◇◇◇◇◇◇
「お待たせ致しました。本件の重要参考人、アイザック・ヘルマン・ウェルズ博士をお連れしました」
扉を開け軽く一礼をしたあと、ユアンは目の前の円卓に座る十人の賢者に報告する。
円卓の席数は十一。楕円状のその机の頂点である上手に一つ、左右に五席ずつ並んでおり、上手を除いた左側一番奥の席以外全てに魔法使いが座っている。
ユアンの言葉に最初に反応したのはアイザックらから一番遠い席に座る、年老いた魔法使い。胸の下まで伸ばした立派な髭と深い緑のローブ、つば広の三角帽子はまさに物語に登場する魔法使いそのものだ。
名をアレイスター・マーリン十三世という。
アーサー王伝説に登場する大魔法使いマーリンの直系に連なる当代随一の大賢者だ。
「ご苦労であった、ユアンよ。下がってよろしい」
マーリンの言葉に、未だ不安そうにしているユアンだが、アイザックが一つ目配せしたあと頭を下げ退出する。
彼の退出を見届けたあと、アイザックは改めてマーリン以下当代トップレベルの魔法使いたちに顔を向けた。
「さて、アイザック・ヘルマン・ウェルズよ。ここに招喚された理由は、既に聞き及んでおるな?」
マーリンのしわがれた声に、アイザックは首肯し口を開く。
「えぇ、先程のユアンから道中に説明を受けました。なんでも、幻獣虐殺が横行しているとか。その重要参考人として、私と祖父であるアルベルト・ウェルズ教授に招喚命令が下ったのだと聞きましたが」
「重要参考人だぁ?テメェふざけんのも大概にしやがれ!テメェらでやってんだろうが!」
机を強く叩き、立ち上がりざまに大声を上げたのは、アイザックから見て左側手前から三番目の席に座っていた魔法使い、レイ・ミスティング。
この円卓で上から数えて七番目の実力者である彼は、狩猟魔法と戦略魔法の権威であり、魔法戦団の元帥を務めている。
齢は百二十ほどだが今なお鍛え上げられたその身体は、どの格闘王も裸足で逃げ出すくらい大きく盛り上がり衰えを感じさせない。
「まぁ、そう熱くなるなミスティング。話が進まぬ。…、してアイザック・ウェルズ博士。此度の件、主は関わっておらんの?」
ミスティングの激昴を諌めたマーリンがアイザックに続けて質問をする。
「《看破》の掛けられたこの部屋で嘘は直ぐに見破られる。少しでもおかしな反応を見せればオレが切り捨ててやる」
ミスティングは諌められたにも関わらず、怒気を強めてアイザックを睨む。
「そもそも、私や祖父が疑われている理由はなんでしょうか?」
自分達が疑われている理由に皆目見当もつかないアイザックの疑問は当然のものだ。彼の問いに対し、口々に声を上げた賢者らの言葉をまとめると、
アルベルトの失踪以降、幻獣虐殺が既に十件発生しており、そのうち二件はアイザックが英国を出発してから通った道で発生したものなのだという。予てから幻獣虐殺は起きていたが、特にこの四ヶ月は数が多く、ウェルズ家の行動に合わせたかのように数が増えた事が疑われた理由であるらしい。
「嘘を吐くつもりはありませんが、この場合の関わりとはどの程度のものでしょうか?…先日精霊の虐殺現場に遭遇致しましたが、私は傷付けていませんし、後に埋葬も手伝いました。その時、犯人と誤認してユアンのパートナーであるフェンリと交戦致しましたが、お恥ずかしい限りかすり傷を負わさただけで気を失いましてね」
頭を掻きながら答えるアイザックに、賢者らの視線が集まる。
この部屋に掛けられた魔法《看破》は偽りを見抜くと発言者の周りが赤く光る。あくまで嘘を看破するに留まる魔法だが、尋問の際には有効な魔法だ。
「それに、幻獣たちを研究する身ではありますが、徒に彼らを傷付けるような人間に思われているというのは正直、いくら気の長い私でも怒りが沸きますね」
いくら嫌疑が掛けられていると言っても、自らの研究をも侮辱されたようで腹が立つと、珍しく感情を剥き出して抗議する。
十秒待っても光らないことにひとまずの信用を得たのか、マーリンが頷く。
「ふむ。なるほど、その程度の関わりならば疑われることもなかろう。それとここに列席しておる賢者らを代表して謝らせてくれ。」
そこで一度言葉を切った大賢者は、椅子から立ち上がり頭を下げた。その姿に溜飲が下がるどころか、妙な汗が噴き出してくる思いのするアイザックだが、顔を上げたマーリンの真剣な表情に何も言えなくなった。
「お主の名誉を傷付けるような発言、誠に申し訳なかった」
マーリンの言葉に続き、渋々といった様子ではあるが、他の賢者らも頭を下げ謝意をして示す。その姿を見てひとつ頷いた大賢者は再び席に着き、顔を引きしめて話を進める。
「では次じゃ。本来この円卓に居るはずの者について聞こうか」
アイザックはその言葉に、やはりと思って身構える。
「儂の隣に座っているはずの男。我が友、アルベルト・トンプソン・ウェルズの事を聞かせい」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる