FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第十五話 幻獣学者と当代の賢者たち(1)

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 ユアンとフェンリに連れられひと月ぶりに故国英国イギリスの地を踏んだアイザックとルベラ。
 今彼らの目の前にそびえ立つ古い貴族城は、現代の魔法使いたちを束ねる組織、賢者省の本庁として使用されているものだ。

 国の文化遺産にでも指定されていそうな建物だが、魔術の秘匿という観念から一般に公開されることもなく、隠蔽と人払いの魔術によって魔法使い以外の人間を迷い込ませないようにしてある。

 絵本の中に出てくるようなローブを着込んだ熟練の魔術師や、現代風にスーツを着こなす若い魔法使いたちがせっせと行き来している一階スペースは、いつも騒々しい。

 ちょうど大きな役所といった雰囲気で、天井から吊られた看板に『登録課』等の事務手続き、『ケルト・ドルイド課』『北欧課』『神道課』といった各流派の相談窓口の名前が書かれ、その下に大きな机で囲まれた空間と事務員、相談に来た魔法使いがずらりと並んでいる。

(いつ来てもここの物々しさには慣れないな…)

 幻獣学会の末席とはいえ、この世界で三十年以上働いているアイザックは、当然何度もここを訪れる用事があった。
 魔法使いとしての登録や、位階(魔法使いの熟練度)更新の為の検定試験、学会の論文発表などもここで行われるからだ。

 ルベラも慣れない場所だからかいつもの場所に座りつつもその両手は、ギュッとアイザックの服を握りしめて尻尾を丸めている。

「ウェルズ博士、ルベラさん、こちらへ」

 ユアンの案内で役場スペースの奥へ連れられ、中世の頃に作られた魔導エレベーター(半径一メートル程の石版が魔法によって昇降するタイプのもの)で、三階の会議室エリアに着く。

 しばらく歩き、学会などでも使用されるこのフロアで1番大きな会議室の前でユアンが止まり、アイザックらを振り返る。
 同時に、子猫のサイズにまで縮んでいたフェンリが翼を一つはためかせる。するとさっきまで遠くに聞こえていた喧騒が消え、無音の空間『遮音結界』が出来ていた。

「ウェルズ博士。この先で賢者の方々がお待ちです。今回の件、重要参考人としてお呼び立てしましたが、中にはあなた方を犯人として疑っている者も少なくありません。
 厳しい追求があるかもしれません。…私個人の印象、フェンリを通して見ていた先日の行動から考えれば、絶対にそんなことは無いと確信していますが…。」

 不安と微かな憤りが感じられる言葉を漏らすユアンに対し、アイザックは苦笑しながら大丈夫だと答えた。

「まぁ、なんとかなりますよ。頭の固いお歴々にも分かるように説明しますし、ユアンはただ自分の仕事を成しただけです。あまり気にしてもしょうがありません」

「ヘルマンが大丈夫って言ってるんだから平気よ。とにかくさっさと終わらせちゃいましょ?早く外の新鮮な空気が吸いたいわ」

 先程まで縮こまっていたその尻尾は、今はかすかにその力を取り戻して揺れていた。アイザックは彼女を見て微笑む。

「何よ?」

「いやぁ、君がいると本当に心強いと思ってね?ハハハッ」

 アイザックがそう言って声を上げて笑う様子に、顔では抗議を示していたが、尻尾がこれまでにない勢いで揺れているところを見ると、彼女の天邪鬼あまのじゃくっぷりがうかがえる。
 ひとしきり笑ったあと真剣な表情に戻ったアイザックは、未だ不安そうに眉を細めるユアンの目を見て先を促した。

「そういう訳ですからユアン、賢者殿にお目通りを願えますか」

 一遍の曇りない彼の瞳を見て、渋々といった様子でユアンは一つ指を鳴らして遮音結界を解いた。

「分かりました…。でも本当に気をつけてくださいね、アイザックさん」

 ユアンのその言葉にウィンクで返したアイザックに、一抹の不安を拭えぬまま彼は眼前の扉に手を掛けた。




◇◇◇◇◇◇


「お待たせ致しました。本件の重要参考人、アイザック・ヘルマン・ウェルズ博士をお連れしました」

 扉を開け軽く一礼をしたあと、ユアンは目の前の円卓に座る十人の賢者に報告する。

 円卓の席数は。楕円状のその机の頂点である上手に一つ、左右に五席ずつ並んでおり、上手を除いた左側一番奥の席以外全てに魔法使いが座っている。

 ユアンの言葉に最初に反応したのはアイザックらから一番遠い席に座る、年老いた魔法使い。胸の下まで伸ばした立派な髭と深い緑のローブ、つば広の三角帽子はまさに物語に登場する魔法使いそのものだ。

 名をアレイスター・マーリン十三世という。

 アーサー王伝説に登場する大魔法使いマーリンの直系に連なる当代随一の大賢者だ。

「ご苦労であった、ユアンよ。下がってよろしい」

 マーリンの言葉に、未だ不安そうにしているユアンだが、アイザックが一つ目配せしたあと頭を下げ退出する。

 彼の退出を見届けたあと、アイザックは改めてマーリン以下当代トップレベルの魔法使いたちに顔を向けた。


「さて、アイザック・ヘルマン・ウェルズよ。ここに招喚された理由は、既に聞き及んでおるな?」

 マーリンのしわがれた声に、アイザックは首肯し口を開く。

「えぇ、先程のユアンから道中に説明を受けました。なんでも、幻獣虐殺が横行しているとか。その重要参考人として、私と祖父であるアルベルト・ウェルズ教授に招喚命令が下ったのだと聞きましたが」

「重要参考人だぁ?テメェふざけんのも大概にしやがれ!テメェらでやってんだろうが!」

 机を強く叩き、立ち上がりざまに大声を上げたのは、アイザックから見て左側手前から三番目の席に座っていた魔法使い、レイ・ミスティング。
 この円卓で上から数えて七番目の実力者である彼は、狩猟魔法と戦略魔法の権威であり、魔法戦団の元帥を務めている。
 齢は百二十ほどだが今なお鍛え上げられたその身体は、どの格闘王も裸足で逃げ出すくらい大きく盛り上がり衰えを感じさせない。


「まぁ、そう熱くなるなミスティング。話が進まぬ。…、してアイザック・ウェルズ博士。此度の件、主は関わっておらんの?」

 ミスティングの激昴を諌めたマーリンがアイザックに続けて質問をする。

「《看破ペネトレーション》の掛けられたこの部屋で嘘は直ぐに見破られる。少しでもおかしな反応を見せればオレが切り捨ててやる」

 ミスティングは諌められたにも関わらず、怒気を強めてアイザックを睨む。

「そもそも、私や祖父が疑われている理由はなんでしょうか?」

 自分達が疑われている理由に皆目見当もつかないアイザックの疑問は当然のものだ。彼の問いに対し、口々に声を上げた賢者らの言葉をまとめると、

 アルベルトの失踪以降、幻獣虐殺が既に十件発生しており、そのうち二件はアイザックが英国イギリスを出発してから通った道で発生したものなのだという。かねてから幻獣虐殺は起きていたが、特にこの四ヶ月は数が多く、ウェルズ家の行動に合わせたかのように数が増えた事が疑われた理由であるらしい。

「嘘を吐くつもりはありませんが、この場合の関わりとはどの程度のものでしょうか?…先日精霊の虐殺現場に遭遇致しましたが、私は傷付けていませんし、後に埋葬も手伝いました。その時、犯人と誤認してユアンのパートナーであるフェンリと交戦致しましたが、お恥ずかしい限りかすり傷を負わさただけで気を失いましてね」

 頭を掻きながら答えるアイザックに、賢者らの視線が集まる。
 この部屋に掛けられた魔法《看破ペネトレーション》は偽りを見抜くと発言者の周りが赤く光る。あくまで嘘を看破するに留まる魔法だが、尋問の際には有効な魔法だ。

「それに、幻獣たちを研究する身ではありますが、いたずらに彼らを傷付けるような人間に思われているというのは正直、いくら気の長い私でも怒りが沸きますね」

 いくら嫌疑が掛けられていると言っても、自らの研究をも侮辱されたようで腹が立つと、珍しく感情を剥き出して抗議する。

 十秒待っても光らないことにひとまずの信用を得たのか、マーリンが頷く。

「ふむ。なるほど、その程度の関わりならば疑われることもなかろう。それとここに列席しておる賢者らを代表して謝らせてくれ。」

 そこで一度言葉を切った大賢者は、椅子から立ち上がり頭を下げた。その姿に溜飲が下がるどころか、妙な汗が噴き出してくる思いのするアイザックだが、顔を上げたマーリンの真剣な表情に何も言えなくなった。

「お主の名誉を傷付けるような発言、誠に申し訳なかった」

 マーリンの言葉に続き、渋々といった様子ではあるが、他の賢者らも頭を下げ謝意をして示す。その姿を見てひとつ頷いた大賢者は再び席に着き、顔を引きしめて話を進める。

「では次じゃ。本来この円卓に居るはずの者について聞こうか」

 アイザックはその言葉に、やはりと思って身構える。


「儂の隣に座っているはずの男。我が友、アルベルト・トンプソン・ウェルズの事を聞かせい」
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