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龍の騎士王と狂った賢者
第十三話 幻獣学者と絹の道(3)
しおりを挟む東を目指す旅の途中、草原に建てたテントを訪れる突然の来訪者。彼は大型幻獣フェーンベッドに乗って現れた。
現在彼らはテント(家というのが正しいのか)の中に入って、ルベラの淹れた紅茶を前にして座っていた。
「そろそろ夏と言ってもこの時間は冷えたでしょう?さぁ、温かい紅茶でも飲みながら話をしましょう、…えぇっと…」
にこやかに話し始めたアイザックは、訪問してきた彼の名を聞いていなかったことを思い出した。当の本人も名乗りをしなかったことに気付き、赤面しつつ慌てて返した。
「ユアンです!ユアン・ハイデル・リック!先程言い当てられたように、賢者省の幻獣調査保護庁のエージェントをしています」
その言葉にアイザックとルベラは得心がいったと頷く。
魔法界においての様々な事案を一手に受ける賢者省の中で幻獣に特化した部署が、ユアンの所属する幻獣調査保護庁だ。希少な幻獣の生態調査や分布調査は勿論のこと、確認危惧種(絶滅では無く、隠れてしまったという説が一般的なためこの文言になっている。)の動向調査、並びに怪我をしたり住処の環境が悪化してしまった幻獣の保護活動や生息域の浄化までを行う部署だ。その特性上、幻獣をパートナーとして行動するエージェントが多く、彼もそのようだった。
「なるほど。確かに二十年ほど前に、一人の幼い魔法使いが大変希少な幻獣を手懐けてしまったという……、リックさんのことでしたか」
アイザックは感心した声を上げながら、今はユアンのそばで文字通り身体のサイズを小さくして大人しくしているフェーンベッドを見やる。彼もその視線に吊られるように自身のパートナーの顔を見て口元が綻ぶ。
「箝口令が敷かれていたのによくご存知で。確かに今でも時々なぜ自分に懐いてくれたのか不思議でたまらなくなりますよ」
このフェーンベッドという幻獣。ある意味では《龍種》よりも希少な幻獣と言える。
《竜種》や極一部の高位の《龍種》はその限りでは無いが、一般的な《龍種》は人間と同じように子育てをする。それ故、常に親の《龍種》がそばに居る為、仔龍を盗もうなどと考える輩は居ない。命の危険と天秤に掛けた時、全く割に合わないのだ。
一方でこのフェーンベッドは子育てをしない。親は、卵生のその生殖活動後は、卵を産み落としてそのままどこかへ消える。一度に産み落とされる卵は鶏卵より二回りほど大きなものが十から十五個。産卵場所は必ずと言っていいほど《龍脈》のそばなので、少し力のある魔法使いなら周りの魔素を使って難なく卵を獲得出来る。
目の前に居るフェーンベッドのような成体は、本来ならば人に懐くほど大人しい獣ではなく、百頭からなるライオンの群れに放り込まれても、無傷で全滅させるような獰猛さを誇る。しかし、幼体はそこまでの力が無い上に、人懐っこい。さらにカーバンクルと同等以上の利用価値のある魔力量を内包しているのだ。
当然、利用しようと血眼になって探した魔法使いらによって乱獲された。数少なくなったフェーンベッドは、ユアンの属する幻獣調査保護庁によって厳重に管理され、その数を少しずつ増やしてはいるそうだが。
さらにこの幻獣の面白いところが、羽毛や体毛に覆われた獣の姿なのにも関わらず、二度の脱皮を経て成体になるというものだ。先に述べたように、幼体はグリフォンに酷似した姿だ。但し、足は六本ある。次の亜成体になると、猛禽類のようだった嘴がグンと伸び、牙と体毛を生やしてオオカミのような顔付きになり、さらなる脱皮で虎顔、猛禽、オオカミ、虎の足の姿になるのだ。また脱皮の姿が非常に美しい!不死の鳳、フェニックスに連なる血筋という事もあり、孵化の際から三度の形態変化の折には火柱をその身体から吹き上がらせ、進化に不要な体組織を燃やし尽くすのだ!
……話が大幅にズレてしまったが、アイザックが話した二十年前当時の話は要約すると以下の物になる。
二十年前、保護区に産み落とされたフェーンベッドの卵を盗み出した魔法使いが居た。しかし何たる偶然か、卵が孵化したときにすぐそばに居たのは盗み出した魔法使いでは無く、魔法を覚えたばかりの少年だった。グリフォンに似た小さなフェーンベッドの雛はその少年に懐き、卵を盗んだ魔法使いを協力して撃退、見事事件は解決するという運びになった。
だが、一度懐いたフェーンベッドの雛、は頑なに少年から離れることを拒み、手をつけられなくなった賢者省は、フェーンベッドの雛をその少年に育てさせる事にした。その少年が彼、ユアンなのだ。
「あぁ、あの時賢者省に泣き付かれてね。教授…、アルベルト・ウェルズ幻獣学会長と二人で、少年に育てさせれば良いと提案したからね」
ハニカムような笑みでそう言ったアイザックを目を白黒させてユアンは見つめる。
「あ、あなたが…!あの時、あなた方の提案がなければ今の僕らはこうじゃなかった…!!
…あぁ!人生の恩人にこんな形で会うなんて…」
なんとも大袈裟な身振り手振りで感涙するユアンに苦笑しつつ、アイザックは訪問の意図を訊ねた。
「それで?今日はどう言ったご要件でしょう?察するに、先日の森での…?」
天を仰ぎ自分の世界に浸っていたユアンは意識を引き戻し、一転して真剣な目付きで対面の彼の顔を見る。
自身の人生を変えた二人に言うような事ではないと躊躇いつつも、観念したようにハッキリとした口調で信じられないような言葉を放つ。
「えぇ。先日の精霊虐殺の件並びに、世界中で相次いで発生している幻獣虐殺事件におきまして、アイザック・ヘルマン・ウェルズ教授と、お爺様のアルベルト・トンプソン・ウェルズ教授に重要参考人として出頭命令が下っています。」
◇◇◇◇◇◇
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