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龍の騎士王と狂った賢者
第七話 幻獣学者と巨躯の狩人(3)
しおりを挟む「まさか本当にあの量を食べ切れるとは…」
アーネストが用意したイノシシの丸焼きはあまりにも美味しく気付けばペロリと平らげていた。
アイザック達が食後の余韻に浸っていると「ちょっと借りるわよ」とルベラが台所へと移動し数分後、いつもの様にカップやソーサーを浮遊させてティーセットを持って来た。
「おい、ウチにそんな洒落たカップなんざあったか?」
見慣れないティーセットに目を白黒させるアーネスト。それに対しルベラは小さく鼻を鳴らしながら
「ティーセットはいつも持ち歩いているのよ。淑女の嗜みよ!」
「ハハハ…、ルベラの淹れた紅茶は絶品ですよ。アーネストさんも是非」
「おぉ、そうか!紅茶なんざ洒落た飲みもんは久しぶりだ。どれ、一服いただこうか」
アイザックの勧めを受け、ルベラの淹れたミルクティーを一口啜る。食後の余韻も抜けた所でアイザックは昨晩話した祖父とアーネストの話について訊ねた。
「…それで、昨晩伺った私達の体質の話ですが…」
「おぉ、そうだったな。オレやアルベルト、お前もそうだ。ヒヤシス=ペディに長く関わった人間はな、寿命が伸びるんだ。」
「寿命が…?確かに魔法を修めた人間は使えない人間よりも長命になりますが、まさかそれ以上に…?」
「お前さん、アルベルトの年齢を知らんのか?」
「えぇと…」
アイザックが生まれてから既に五十年近くが経っていたが、祖父のアルベルトはその間ずっと見た目には歳をとっておらず、そういうものだと認識していたので年齢についてあまり考えたことがなかった。頬をポリポリとかくアイザックの様子にアーネストは「おいおい」と溜息を吐きつつも口を開こうとしたが、彼よりも先にアイザックの肩で紅茶を飲んでいたルベラが答えた。
「二百八十二歳よ。まさか自分のおじいちゃんの年齢もわからなかったなんてね、ヘルマン」
「えぇ?!教授ってそんな年齢だったのかい?!百は超えているだろうと思っていたけど、まさか…見た目には六十を少し超えたくらいにしか見えなかったよ??」
「あら、そういうヘルマンこそ五十を超えているようには見えないわよ?精々二十歳かそこらに見えるわ」
そんな二人の様子を見ていたアーネストは、ガハガハと豪快な笑い声を上げながら「そういう事だ」と話を続ける。
「アルベルトの奴は研究だなんだとコイツらと居る時間が少ないが、それでも三百年近くも生きている。」
そう言ってアーネストはシンザを撫でた。シンザは気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら、
「うにゃああ、そういう事にゃあ。おいらたちにもよく分かんないんだけどにゃ」
だらしのない声をあげるシンザを横目に見つつグレイが続ける。
「どうやら我等ヒヤシス=ペディは主人と決めた人間と居ることで、主人の老化を遅くする力が働くらしい。」
アーネストとその従僕たる三頭のヒヤシス=ペディの話をまとめると、
ヒヤシス=ペディが神隠しに使う亜空遊戯室の中で過ごす時間が現実のそれよりも遅くなるように、彼らが主人と認めた人間は三次元空間内でも亜空遊戯室に居る時と同様の効果を得るらしい。つまり寿命が延びるのだ。さらにその効果は遺伝するらしく、アイザックが歳をとりにくい理由もこれに起因するのだという。
また幻獣と主従契約を交わすと、幻獣と主人との間に魔術的な繋がり《魔術糸》が結ばれ魔法を知らない人間でも後天的に魔法使いになるらしく、アーネストも元は英国の片田舎でしがない猟師をしていたそうだが、ヒヤシス=ペディとの主従契約で後天的魔法使い、所謂《超能力者》となったらしい。
「まぁ、そういう訳だ。コイツらに会った時、俺は英国で猟師として生計を立て始めたばかりでな…たまたま拾ったキツネを狩りに使えやしないかと育ててたんだわ。したらまぁ、ただのキツネじゃなく幻獣で、いつの間にか主従契約なんか結んじまったみてぇでな。歳は取らねぇし、魔法は使えるしで一所に住めなくなっちまってな。今じゃこんな森ん中に居を構えてるって訳だ」
そう言いながらアーネストは煙管を取り出し、指をパチンと鳴らした。するとテーブルの上に置いてあった煙草の葉が詰まった缶がひとりでに開き、空を舞うようにヒラヒラとアーネストの持つ煙管の中に入っていく。葉が詰まった事を確認したアーネストがもう一つ指を鳴らすと、人差し指に小さな火の玉が浮かんだ後、煙草の葉に向かってユラユラと飛んで火をつけた。パフパフと何度かブレスした後、ふぅと一息紫煙を燻らした。
「今じゃこんな事まで出来るようになっちまったぜ」
ガハハと笑ったアーネストとは対照的に、アイザックは真剣な面持ちであった。
「幻獣の研究をしていた僕が知らないことだらけで、なんだか嫌になりますね」
「アルベルトの奴もそんなこと言ってやがったな。この事はあまり知られない方がいいともな。」
「確かにそうね。私はまだ産まれてなかった大昔の事だけど、私の同族達もこの魔石を狙った魔法使い達に狩り尽くされそうになったもの。この事が知れれば今残ってる幻獣達は今の生活を脅かされるかもしれないわ」
眉間にシワを寄せつつ紅茶のお代わりを用意していたルベラがアイザックに念を押す。
「いい?ヘルマン!この事学会に発表しようだなんて思っちゃダメよ!」
「そんな事しないよ!このことが知られないように教授は学会長なんて面倒なことをしているのだろうしね……。しかし教授はヒヤシス=ペディと契約なんてしていたかな…?」
考え込むアイザックだったが、その答えは意外な所から返ってきた。
「何も契約をしたからといってずっとそばに居るとは限らんからのぉ。それにじゃ、契約も主従の物だけとも限らん。のぉ?グレイや」
それまで暖炉の前で昼寝をしているように見えたラーウスが、アーネストのそばで兵士宜しく佇んでいたグレイに話を振った。
「あぁ、我々の母は遠く東へと渡ったのだが、彼女はそこの守り神となって人々に加護を与えていると聞き及んでいる。アルベルトももしかすると母の加護を受けているのかもしれん。加護持ちもそれぞれ特殊な力を得ると聞くしな。」
「加護…。というか、君たちには親が居るのかい?それに君たちは特殊個体だというが、僕は今までそんな固体に出会ったことがない。君たちの母親も灰色の特殊個体なのかい?」
「我々にも親は居るとも。人間達や他の獣のような生殖行為はしないがな。ただ、母親と言っても我々はそう長く親とは一緒に生活せぬのだ。と言うよりも自分の好奇心に勝てず親からはぐれてしまうことの方が多いからな。」
そう言ってグレイは窓の外を見る。親や郷里に思いを馳せているのだろうか。
すると今までアーネストの上に居たシンザが間延びした声で
「うにゃあ、お母さん?そういえばおいらこの前夢で会ったにゃあ。にゃんでかはわかんにゃいけど身体が真っ白でとってもフワフワだったにゃあ……」
寝ぼけ眼を擦りつつ言った。それを聞いたアイザックは机を叩きつけながら立ち上がりすごい勢いでシンザに詰め寄り
「白いヒヤシス=ペディだって?!それにグレイが言った東とは日本のことかい?!教授の研究手帳に書かれていた特殊個体か?!」
「にゃああっ??!!にゃ、にゃんにゃ!おいらそんにゃの知らにゃいにゃ!」
あまりの勢いに驚いたシンザはアーネストの上でバタつき、大きな音を立てて床に落ちた。その勢いで煙管を落としそうになったアーネストは慌てて煙管を持ち直し、机をドンと叩きながら
「このバカ野郎!いきなりでけぇ声を出すんじゃねぇ!俺のヒゲが燃えちまうかと思っただろうが!」
あまりの迫力にしおしおと萎れるように気勢を失ったアイザックは申し訳ないと謝罪をして平静を取り戻し、さらに深く訊ねる。
シンザが言う白い特殊個体については、ラーウス曰く「恐らく母で間違いなく、二百年ほど前に異人が白狐の加護を得た」と噂を聞いたらしく、その異人も恐らくはアルベルトであろうとの事だった。
そもそもこのヒヤシス=ペディの特殊変態についても祖父アルベルトが研究しており、ヒヤシス=ペディ自身の好奇心を人間が導き指し示すことで経験を積み、興味を突き詰める為の最適解に近づく為の進化であるのだとグレイが教えてくれた。それによると良い事、つまり善心を持ち一種の徳を積み続けた者は白く、逆に悪業を突き詰めた者は黒く変質するのだという。灰色の自分達は特殊個体の中でもさらに特殊で、本来食べ物を必要としないヒヤシス=ペディが人間の為に狩りを手伝う。つまり、動物の側から見た時の殺害(悪業)と、人間(アーネスト)の側から見た時の仕事の手伝い(善行)が積み重なって灰色の体毛に至ったのだそうだ。
「僕がこの三十年研究してきた事は一体なんだったのかってすごく落ち込むよ…」
「まぁ、そう気を落とすな、アイザックよ。ここ数百年で我々幻獣は人から隠れて生活するようになった。中にはこの地上から別の場所に移住した奴なんかも大勢居る。我等兄弟やお前と共にいるカーバンクルが稀有な存在なのさ」
自信をなくし肩を落とすアイザックを慰めるように声をかけたグレイは、せっせと朝食の後片付けをするルベラを見遣った。
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