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龍の騎士王と狂った賢者
第六話 幻獣学者と巨躯の狩人(2)
しおりを挟む次の日、アイザックはアーネストの薪割りの音で目を覚ました。同じくして目を覚ましたルベラはアイザックの顔を小さな両手でポカポカと殴りながら「油断し過ぎだ」とか「心配ばかりかけて本当に成長しない」などと、それはもう出来の悪い弟を叱る姉のように小言の嵐を見舞っていた。それでも最後には
「まぁ、ホントに無事で良かったわよ…」
と、大きな瞳を少しウルっとさせたのを気取られないようにプイっと首を振りつつ小さく呟いた彼女を見て、申し訳ない気持ちと、姉になりきれていない可愛らしい一面を目の当たりにして複雑な笑みを浮かべた。
「ゴメンね、ルベラ。それから昨日はずっと看病してくれてたみたいだね、ありがとう。」
少し顔を赤らめフンっと鼻を鳴らしたルベラは照れ隠しか少し早口に話を逸らした。
「…それで?ウォーカーとは話したかしら?」
彼女のこういう素直ではない所は長い付き合いの中で慣れてはいるが、未だに可愛いと感じながら素直に転換された話題に乗ってあげる。アイザックは軽く微笑みながら昨夜のアーネストとの会話について話し始めた。
「あぁ、夜中に少し目が覚めてね。その時に少し。」
「アルベルトは?!何か分かったの?!」
「いや、それはまだ…。少し長い話になるらしくてね。取り敢えず疲れを癒してから改めてってことになったよ。」
そう…、と少し肩を落としたルベラだったが、丁度そのタイミングで部屋の扉が開き、グレイが入ってきた。
「アイザック、ルベラ。起きたのだな。昨日は我が主人が済まなかった。……腹が減ったであろう?アーネストが呼んでいる。食事にしよう。」
アイザックたちの起床を確認したグレイは、主人の非礼を短く謝罪し、彼らをダイニングへと連れていった。
ーーーーーーーーーーー
グレイに連れられ入ったダイニングでは、既にアーネストが食卓に座っており、簡素な木製テーブルの上にアーネストとアイザック用の凡そ二人で朝から食べるとは思えないほど大量の食事と、ルベラの為の小さい食器が用意されていた。大人六人ほどが囲めるサイズの机にはイノシシの丸焼きをメインに、山菜のサラダや、クリームシチュー、硬めに焼かれたパンのバゲットがズラりと並んでいた。
「来たか。では存分に食べてくれ。そこに座れ、二人とも。」
イノシシの丸焼きの向こうに座ったアーネストがガハハと笑いながら席に着くように促した。
既にアーネストとシンザ、ラーウスは食べ始めており、アイザック達を連れてきたグレイも自分の皿の前に移動して行った。
「す、すごい量ですね、アーネストさん…。いつもこのような量を…?」
「朝はしっかり食わんと力が付かんだろう?アルベルトの奴だってここに来た時はしっかり食っていくぞ!」
「無駄よヘルマン…貴方が寝てる間に私も夕食を頂いたけどね、夜はもっと多いわよ…」
ゲンナリと肩を落とし素直に席に着いたルベラは、テーブルの上をトコトコと歩き、イノシシの丸焼きを器用に切り分け自分とアイザックの皿に盛り付ける。
「大雑把に見えるけどね、案外料理上手よ、彼。」
普段アイザックの身の回りの世話をするルベラは大層な料理上手なのだが、その彼女が太鼓判を押すアーネストの料理に気を引かれたアイザックも、一声かけて席に着いた。
「まぁ食べろよ、アイザック!そんなヒョロっちい身体じゃ研究も満足に出来んだろう!ガハハ!!」
「ハハハ…どうも少食なもんで…。ではお言葉に甘えて…」
そう言って一口サイズに切り分けたイノシシ肉を口に入れたアイザックは、まるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「う、美味い!!口に入れた瞬間に広がるこの甘い肉汁!名のあるレストランで出される最高級のマルカッサン(子猪)に負けるとも劣らない味だ!!
これ、サングリエですよね?!成獣は肉が固くなり噛み切り難いはずなのに、煮込んだ訳でもない丸焼きでここまでホロホロとした噛みやすさになるなんて!!
さらにこのスパイス!ただ塩コショウしただけじゃない!鼻からスっと抜けるこの独特な辛味、一体何なのですか?!」
「ガハハハ!!そうだろう!
ここらに居るイノシシはな、うちの庭に植わってある脂肪分の多いアブラナやらオリーブなんかを食ってるからブタみてぇに甘い油が出るんだわ!
別に飼ってる訳じゃねぇが、街まで肉買いに行くよりも手軽に食えるからな。適当に野菜育てて適度に食わせとくんだ!まるまる太ってきやがったら収穫時だわな!!
そのスパイスはな、山椒っていうアジア原産のスパイスだ、アルベルトの奴が面白がって撒いて行った種から取れたやつだがこれが存外美味くてな!!」
食事で熱くなるそれぞれの主人を、また始まったかとばかりに呆れた目で見つめるルベラとグレイ。
静かに食べれないものかと抗議の目を向けるも主人らは気付かず、ふと目が合ったルベラとグレイは溜息を吐きつつ「お互い大変だな」とアイコンタクトで会話し、諦めたように自分たちの食事を食べ始めた。
◇◇◇◇◇
食事を始めて暫くすると、自身の食事を終えたラーウスが
「おぉ、そうじゃアイザックよ。昨日はアーネストの件で有耶無耶になっておったが、我らとアルベルトの《契約魔法》の事じゃが…」
と切り出した。夢中になって口いっぱいにパンを頬張っていたアイザックは、ビックリして喉に物を詰まらせて胸をドンドンと叩く。半目になってその様子を見ていたルベラは溜息を吐いたあと指を鳴らした。するとアイザックの目の前にいきなり水の入ったグラスが現れる。それを目にした彼はすぐさまゴクゴクと流し込み、漸く一息吐くことが出来た。
「あ、ありがと、ルベラ…。えと、ラーウス。続けてくれるかい?」
シハハ…と呆れ気味に笑いつつもラーウスは続けた。
「彼奴との契約魔法は限定的なものでな。研究への助力が目的なんじゃ。」
「研究への助力…?」
「あぁ」
と続けたのはグレイ。彼も食事を終えたらしく、ペロリと口の周りを舌で舐める。
「なんでも彼奴が必要な時に我等を召喚するから力を貸してくれと。対価は食事。殆どが亜空遊戯室を見せてくれというものだったがな。」
「確かに、特殊個体の亜空間は通常のそれとは少し変わっているのかもしれないね…。ところで気になっていたんだけれど、君たち食事なんて必要なのかい…?」
そう、通常なら幻獣は食事を必要としない。(アイザックの身の回りの世話をしてきたルベラは料理をするため、味見していたものがだんだんと習慣化し、今ではアイザックと共に食事をするようになっているが)
「たまに魔獣が出るからな、この辺りは。コイツらにはその時に動けるだけの力をつけさせる意味で狩りと食事をさせているんだ」
そう言って、アーネストが話に加わってきた。なんでもこの森には定期的に魔獣が出現するらしく、周辺に被害が出ないよう処理する為の力を常に蓄えているのだという。
「ご飯は美味しいにゃあ…。おいらここ何十年かはコレが楽しみで生きてるにゃあ…」
トロンとした猫なで声をあげながら腹を見せるシンザに、一同が大笑いしながらそれぞれの食事の時間が過ぎていく。
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