FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第五話 幻獣学者と巨躯の狩人(1)

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 次にアイザックが目覚めた時、見知らぬ天井がそこにあった。

「痛っつつ……!!こ、ここは…?ルベラ?」

 咄嗟に相棒であるルベラを探そうと身を起こすアイザックだが、本人の焦りとは裏腹に彼女はアイザックの寝ているベッドの脇に置かれたサイドテーブルで、看病の際に使用したであろう救急箱の包帯にくるまって可愛らしい寝息を立てていた。恐らくずっと看病していてくれてたのであろう彼女の小さな頭を優しくひと撫でし、アイザックは安堵した。

(ずっと看病してくれていたのか…。ありがとう)

 相棒の安全が確認できたので、次に自身の状態を確認する。上半身は服を脱がされ包帯が巻かれている。左頬と背中に鈍い痛みを感じるが、どちらも骨が折れているという訳では無さそうだ。

(ひとまず命はあるし、痛みはあるけどなんとか大丈夫そうだな…)

 一通りの状態確認が済んだアイザックは辺りを見回した。
 どうやら何処かの家屋らしく、この辺りに自生している木を建材とした山小屋のような雰囲気だ。壁や床からほんのりと木の香りが漂い、少し気分が落ち着く。アイザックの寝ているベッドは窓に面しており、ガラスの向こうから月明かりが差し込んでいるのが分かる。窓と正反対の位置には火が灯された暖炉があり、パチパチと音を立てつつ周りを照らし暖めている。

(かなり暖かくなってきていたけれど、この辺りの夜はまだ冷えるんだろう。暖炉の火が暖かくて気持ちいいな…)

 そして自身の身に何が起きたのかを思い出す。

(確か…。ヒヤシス=ペディ達と話していた時にいきなり大きな男が現れて……)

 ガチャ、と部屋の扉が開き、くだんの男が入ってくる。その手には木でできたマグカップを二つ手にしており、内一つをアイザックに差し出しながら申し訳なさそうに話し出した。
 大男は自らの事をアーネスト・ヘンリー・ウォーカーと名乗った。どうやら灰色のヒヤシス=ペディ達の主人のようだ。

「おう、起きたか。…ココアだ。飲めるか?」

 アイザックは差し出されたマグカップを受け取り、口にする。
 温かく甘い香りが鼻をつき、少しホッとする。落ち着いたところで、詳しく話を聞く。

「ありがとうございます、ウォーカーさん」

「アーネストで良い。それで、さっきはいきなり悪かったな…」

「分かりました、アーネストさん。いえ。もういいですよ。…僕の代わりに彼女が相当暴れたようですから」

 アイザックはそう言って、包帯に巻かれて寝息を立てるパートナーを見やる。アーネストは苦虫を潰したような顔で、あれには本当に参ったと零す。
 見れば、大男の逞しい身体には平行の傷が何本も刻まれており、アイザックが気を失ってからのルベラの大暴れが簡単に想像出来た。

「アルベルトのヤツと勘違いしてな…。あまりにも綺麗にキマッた時にはゾッとした上に、その後の嬢ちゃんの狂ったような猛攻…アレほど後悔することはこの先無いだろうな!……いや、本当にすまねぇと思ってるんだぞ?」

 ガハハと笑うアーネストに、本当に申し訳ないと思っているのか少し疑問が残るアイザックだったが、それよりも気になったのは、

「あの、祖父のことをご存知で…?」

「やっぱりアルベルトの血縁だったのか。あぁ、知っているとも。もう二百年以上の付き合いになるな。」

 アイザックは驚愕した。なぜなら、アーネストはどう見ても四十を少し過ぎたくらいにしか見えなかったからだ。赤茶でサッパリとした短髪に、立派に蓄えた髪と同色の髭、シワや筋肉の膨らみなどどれをとっても二百年以上生きている人間には思えなかった。

(というか、教授もそんなに長生きしてたのか…!)

「まぁ、驚くのも無理はないが、別に伝説上のドワーフだのエルフだのって訳じゃない。人間だよ。歳をとるのが遅くなっただけのな。」

「もしや、魔法が使えるのですか?いや、しかし……」

 アーネストの言うように伝説に聞く亜人族なら確かに納得出来るし、魔法使いは長命であるというのもまだ納得出来る。しかし魔法使いと言えど、二百を過ぎれば枯れ木のような姿のはずだ。

「魔法はまぁ使えなくもないが…。なんだ、アルベルトからは聞いていないのか?オレやアルベルトの身体のことを。周りの魔法使いより歳をとりにくいんじゃないか?」

 確かに、アイザックは童顔であった。現在の彼は二十歳過ぎの青年に見えるが、実際にはその二倍以上の歳を重ねている。初めて魔法学校の教鞭を握った際には、学生と変わらないような外見の為に生徒によく茶化されていたのを思い出し、少し気分が落ち込んだ。

「僕のコンプレックスは、ただ魔法使いだからという訳じゃなかったのですね…。祖父はいずれ分かるとしか…。」

「なんだ、アイツもしょうのない奴だな…。オレやアルベルトは長くヒヤシス=ペディと時間を過ごしてきた。それは分かるな?
ヒヤシス=ペディが神隠しに使う空間、アルベルトの奴は亜空遊戯室プレイルームなんて呼んでいやがったがな。アレの中での時間とこちらの時間の流れはかなり違う。」

 なんでも、亜空遊戯室プレイルームの中は時間の流れが遅くなっており、中での一時間が外では三十日の時間になっているのだという。

「なるほど…、だから神隠しに…。」

「アルベルトの奴は発表していないのか?」

 全て初めて聞くと言った感じのアイザックの様子に、アーネストは驚く。

「えぇ、祖父がヒヤシス=ペディの事を研究していたのは知っていますが、今聞いたようなことも、グレイ達のような特殊個体がいることも発表されていません。」

 困り顔をしながらそうだったのかと呟くアイザックに、アーネストはいつの間にか飲み切っていたアイザックのマグカップを寄越すように促し、

「そうか、詳しく話すと長くなるからな?ほら、今日はもう寝てしまえ。明日詳しい話をゆっくりしようじゃないか。アルベルトの奴が今何してやがるのかもその時に聞かせてくれや。これ以上話し込んでその白いカーバンクルを起こしても可哀想だしな。」

 歯を大きく見せながらニカッと笑うアーネストにマグカップを渡し、彼の言葉に甘えてもう一眠りさせてもらうことにする。
 起きた時には気付かなかったが外はもう暗く、遠くから聞こえるフクロウの鳴き声を背に、寝言を漏らすルベラに一つ笑みを零して眠りについた。
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