FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第三話 幻獣学者と灰色のキツネ(2)

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 ビュンビュンと風の音を置き去りにして走る事数十秒。ようやくルベラ達の姿を捉えた。
 しかし、先程までウサギを追いかけていたヒヤシス=ペディ達はその追跡を辞め、今はルベラの周りを囲うようにグルグルと回っている。

 体長二十センチメートル程のルベラにとって、二回り以上大きな灰色の獣三体に囲まれるのはやはり恐ろしいのか、文字通り身の毛がよだっており、精一杯に身体を膨らませて威嚇しているようだ。

まずい…!標的がルベラになってしまったか…?!)


ーーヒュッ…!!


(僕の到着まで耐えてくれよ…っ!)


と先程までよりも更に鋭く風を切り裂いてルベラの元に駆けつけようと歩を進めるアイザック。どんどんと距離を詰める内、微かにルベラとヒヤシス=ペディ達の話している様な声が聞こえてきた。




ーーーーーーーー

 時はルベラがアイザックの肩から飛び出した所まで遡り……


 前を走る三頭のキツネを追う内に先程までの古い交易路から深い茂みへ侵入したルベラ。自分の姿を優に超える背丈の葉を鬱陶しそうに掻き分けて進み、いつしか少し開けた場所に出た。

 (それにしても変ね…?灰色のヒヤシス=ペディなんて見た事も聞いたことも無いわ?
でも誰も見た事ない幻獣なら、ヘルマンの研究も進むかもしれないわね!ふふっ!何処までも追ってやるんだから!!)


 アイザックを置き去りにした事も忘れ、灰色のキツネ達を見失わないように追うルベラはそんなことを考えていた。

 その小さな身体からは想像もつかないスピードで未知の幻獣の姿を捉え続けていると、三体居たヒヤシス=ペディの内の最後尾を走る個体が、何かを感じとったかのように後ろを振り返る。

(っ!!ヤバっ!)

 未知との遭遇に興奮を隠しきれなかったルベラは隠蔽魔法で身を隠すどころか、己の魔力を体外に撒き散らしながら追走していた事に遅ればせながら気付き、身体が強ばってしまう。

「止まれ!兄弟達よ!ウサギよりも面白いものがボク達を追ってきたぞ!」

 最後尾の個体がとても流暢りゅうちょうな言葉で前の二頭を呼び止めると、すぐさま振り返りルベラを一瞥いちべつし、ニタァと口を大きく開けて笑う。

「本当にゃあ…!ここいらじゃあ見かけない珍しいネズミが居るにゃあ!!」

 三体の中で一際丸くでっぷりとした身体のヒヤシス=ペディがゆっくりとルベラに近付きながら声を上げる。全体的に丸々と太っており、キツネ型幻獣なのにネコのような印象だ。

「シハハハッ!!額に美味そうな魔石があるのう…!…どれっ」

 ザッ…!とルベラの逃げ道を塞ぐように背中側に回り込んだのは先頭を走っていたヒョロヒョロと細い身体のヒヤシス=ペディ。こちらはあごひげが妙に逞しく長い。ほっそりとした体躯は一見すると頼りなさげだが、三頭の中では一番大きい。背中が曲がっているのか、頭よりも上の位置に肩が見え隠れしているのでどうにも老けて見えるが、ルベラを見る目は薄く、そして鋭く見開いている。

「ぐっ…!!誰がネズミよ、このバカキツネ共!私はカーバンクル!!」

 キッ!と険しい目付きでヒヤシス=ペディ達を睨み付けながら、どうやってこの場を抜け出すか算段するルベラ。下手に動くと一瞬の内に取り押さえられ食べられてしまう、そう思うと迂闊には動けない。
 緊張で手足が震えるのを必死に誤魔化し、全身の毛を逆立て精一杯身体を大きく見せようとする。

「にゃあ、兄者?このネズミ喰って良いかにゃ?」

 不敵に笑いながら今にもルベラに飛びかからんとするヒヤシス=ペディに、兄者と呼ばれたそれが待ったをかける。この三頭のリーダー格なのか、ひょろ長と丸ネコの視線が集まる。図体はそれ程大きくないが全体的に筋肉質でがっしりとしており、にじみ出る闘気オーラというのか、明らかに他の二頭をしのぐ力量が伺える。

「まぁ待て、シンザ。よく見れば奴は我らと同じ幻獣ではないか。
それに何やら懐かしい匂いがする。」

 兄の声に従い、クンクンと匂いを嗅ぎ始める二頭。

 ルベラは自分が匂っていると言われ、慌てて自身の匂いを確認して、言い返す。

「に、匂いなんてしないじゃない!仮にも淑女レディに向かって匂うだなんて失礼しちゃうわっ!」

 少し前まで食べられるかどうかとビクビクしていたのが嘘のような勢いでプリプリ怒っている。
 しかしキツネたちはそんなことお構い無しに話を続ける。

「……本当にゃあ!ほらほら!ラーウス、あの人間だにゃ!あの……にゃ?誰だったかにゃ…?」

 ラーウスと呼ばれた細いキツネもうーん、と唸りながら思い出そうとする。

「はて…?確かに嗅ぎ覚えのある匂いじゃなぁ…。グレイ、お主は覚えておるのか…?」

 そう言ってルベラとグレイを交互に見る。グレイは一向に思い出さない二頭の弟達の姿に溜め息を吐きながら、仕方が無いといった風に話し出す。

「はぁ…、まったくお前たちは物覚えが悪くて仕方ない。アーネストの友人の名を忘れるとは…。このネズミに染み付いた匂いは、我らの主人の友人、アルベルトの物だろう。……ほら、奴の後ろから飛んで走ってくる彼奴あやつがアルベルト、見覚えがあるだろう!」

 その言葉にシンザとラーウスのみならず、ルベラまでもがグレイの指す方を見遣る。顔を歪め必死になって走る彼の姿を目にしたルベラはぱぁっと笑顔になって叫んだ。

「ヘルマン!!」
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