FairyTale Agent -幻獣学者の妖精代行記-

わたぼうし

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魔導の大家

五目並べ

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「これは、『五目並べ』という遊戯ゲームなんだけどね」

 そこで一度話を切ったアルベルトは、自身を取り囲むようにして鎮座する化けギツネ達の目を見やった。遊戯という言葉を聞いてからというもの彼らの眼差しはナイフのように鋭く、小柄な少年を刺し貫かんばかりであった。未知の遊びに出会えた喜びと、抑えきれない興奮を隠す余裕もないようだ。
 今にも取って食われそうだと感じつつも、アルベルトは「五目並べ」のルール説明を続けていく。先攻後攻に分かれて行う二人用のボードゲームの一種で、先に五個の石を連続で一列に並べた者が勝者となる遊びだ。五目の並びは縦横斜めいずれでも構わないというもので、単純ながらも非常に奥の深いゲームだ。
 
 本来であれば、白黒二色の石と碁盤という木の卓を使って行うゲームだが、ここには適したものが無いため、碁盤は地面に描いた計三十本の交差線と、マス目に丸や三角といった記号を書くことで石の代わりとすることにした。
 
 アルベルト自身このゲームを姉達から教えてもらってからというもの、母の遺した庭園での自習時間の息抜きに一人で毎日のように遊んでいた。同年代の遊び相手が居なかったというだけでなく、単純に姉達や家庭教師では相手にならぬほど研究してしまったことが、一人で遊ぶ原因となってしまったのだが。

 粗方のルール説明を終えたアルベルトは、もう一度ぐるりとキツネらの顔を見回して、彼らがきちんと理解できたか問うた。

「こんな感じなんだけど、理解出来たかい?」

 ルールを聞いている間ずっと薄く開いていた目を、鬼ごっこをしていた時同様に開いているのか判別がつかないほど細めたリーダー格の化けギツネは一つ頷いて口を開いた。

《……覚エタゾ。早速仕合オウデハナイカ》

 全身の毛が膨らみ、ゲームが始まるのを今か今かと待ち構える青い獣の眼前に待ったをかけるようにアルベルトは五指を広げた。

「いや、最後にもういくつかルールがある。まず一つ、全部で四ゲーム勝負にして、ゲームごとに先攻と後攻は交互になるようにしよう。不公平にならなくていい」

 開いた指を一本折り、ルールを追加していく。すぐにゲームを始められると考えていたキツネのバケモノ達は、出鼻を挫かれて少し不機嫌さを漂わせる。だが、少年が追加したそれ自体には不満はないので頷くことで先を促す。

「次に、一手ごとに相手に一つ質問をして聞かれた側はそれに答えてから次の手を打つこと。このゲームの目的はお互いを知ることだからね」

 二本目の指を曲げる。このルール自体もすぐに頷くかと思われたが、リーダー格のキツネが口を開いた。

《我ラニ答エラレル物ダケデ構ワヌカ?》

 既に冷静さを失ったかと思っていたアルベルトは、内心で彼らを侮っていたことを反省した。表情には出していなかったはずなのでキツネらには気付かれていないはずだが、怪しまれないように笑顔をつくり頷いた。

「もちろんさ。僕も答えられないことがあるかもしれないからね。ただ、一ゲームごとに勝った者は相手に五つ追加で質問できるルールにしよう」

 少年が自分たちの提示を拒否しなかったことに安堵したように鼻を鳴らしたリーダー格のキツネは、新たなルールの提示にも頷いて見せた。

《ルールハソレダケカ?》
「いや」

 そう言ってアルベルトは一度顔を伏せた。一つ大きく息を吸い込んだアルベルトは、次の瞬間に大きく白い歯を覗かせキツネらに笑みを向けた。

「どちらが勝っても恨みっこなしだ!これは遊びだからね!」

 アルベルトの言葉を聞いたバケモノ達は好戦的な笑みを見せつつも、オウと返した。

 そうして、人族の少年による蹂躙が始まった。



◆◆◆◆◆◆

 化けギツネらにとって初めてのゲーム。その第一セットの先攻は彼らからスタートした。
 
 アルベルトはこのゲームを研究していく過程で、ある致命的な欠点を見つけていた。姉達から聞いたルールでは、どう足掻いても後攻に勝ち目の無い道筋が存在したのだ。先手になったものが必ず勝つ、それではゲームとして成り立たないと気付いてからは、どのようにして後攻の不利を埋め合わせるかを考えた。そして、いくつかの制限を先攻側に課すことで、後攻側が勝つ見込みを残すことが出来た。
 まだまだ研究途中ではある為、完全に同条件かと言われれば不安が残るが、全くの初心者である彼らと行う数試合くらいであれば負ける気はなかった。

 今回はアルベルト一人に対して、化けギツネ側は五匹で考えて答えを出して良いことにした。このゲームが個人戦であることに加えてある問題があったのだ。人族であるアルベルトに対し、獣である彼らは木の枝を使って記号を書くことが出来ず、キツネ側だけでのゲーム進行が困難だったのだ。記号の代筆をしようにもアルベルトの体は一つしかなく、それならば皆で考えて一手を決めればいいとなった。
 
 本来であれば、縦横十五本ずつ引かれた罫線の交点に白黒の石を交互に置いていく遊戯であるが、前述の理由から彼らが描ける記号というのが前足の爪で地面を引っ掻くというものだった為、急遽線を四本増やして縦横十五マスずつの枠内に記号を交互に書いて石を差す手順の代わりとした。

 リーダー格のキツネが全てのマス目の丁度真ん中に四本の引っかき傷を付けた。それと同時に、アルベルトに問う。

《アル、今年ハ何年ダ?》
「うん……?それが質問かい?今年は王国暦一六八六年だよ」
 
 一番目の質問が自分の想定していたものとかけ離れていたため、混乱仕掛けたが少年は正直に答えた。アルベルトの答えに満足したのか青いキツネは鼻を鳴らして次の手を促す。疑問は拭えなかったがそれ以上会話が続きそうにもなかったので、アルベルトはキツネが記した傷の斜め上に丸印を描き、彼らを見て質問を投げた。

「それじゃ僕の番だ。君達に名前はあるのかい?」
《我ラハ『ペディ』ト呼バレテイル》
「『ペディ』?呼ばれているって誰から?それに君達一匹一匹には名は無いのかい?」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すアルベルトだが、キツネがそれに答える様子はない。首を振って、溜息を吐いた青ギツネは笑顔の少年に対し億劫そうに指摘した。

《質問ハ一手ニツキ一ツデアロウ?聞キタケレバ次ノ手デ聞ケ》
「バレたか。分かった、そうするよ」
《フン、シャアシャアト……》
 
 舌を出して苦笑するアルベルトに呆れた視線を送った青ギツネ――改め、ペディのリーダーは次なる一手とともに次の質問をしていく。質問自体は先程と大差ないようなものであったが、アルベルト自身答えられるものであったのですらすらと答えていった。彼自身も初めの質問から派生した疑問を解消すべく次々と質問をして、その答えをもらうことが出来た。

 青い毛並みの彼らを「ペディ」と呼ぶのは、彼らの創造主たる神だという。彼らが語るにはこの世の全ては三柱の神々が創り給うたのだという。これはアルベルトの住むイングレア王国に伝わる宗教とも一致していたが、よく聞くと細々としたところが一致しない。神の存在は信じられていても実際に会ったことのある人族など居ないので、そういったものかと納得しかけたアルベルトだが、どうやら違うらしい。

 ペディらは最初に自らのことを「夢幻の獣」と言ったが、彼らと同様の智慧ある獣というのは数多く存在しているらしく、ペディら自身全てを知らぬというのだ。だが、ペディ達を含め全ての「夢幻の獣」は誕生と同時に同じ神の存在を知覚するという。

 では、人族に伝わる神々の存在が空想かと問えば、それも違うのだそうだ。彼ら曰く「創造主らは複数の名と姿を持つ」とのことであった。そういえばとアルベルト自身思い返せば、国教の聖典の序文にも開祖がそれぞれの神から天啓を授かり教えを広めたと記されてあった。彼ら自身それ以上のことは言葉にしなかったが、神々は受け取る側が一番受け入れやすい姿を取るのかもしれない。

 また、目の前に鎮座するペディ達、というよりは「夢幻の獣」達には種族名のようなものはあるが、個々を識別する名を持つことは稀であるらしい。人族と同様に一種族の中にいくつかの王のような者が存在し、その係累には名があることが普通だが、そうでない場合には特に自分たちから名乗ったりはしないのだという。

 いくらかの問答を繰り返し、アルベルトは例えようのない多幸感に包まれていた。疑問と答えが巡る中で、新たな疑問が生じ、また答えを得てさらに疑問が起こる。永遠に浸っていたいとさえ思えたが、ふと違和感を覚えた。
 当初、アルベルトはルールとして認めた、五匹一チームでのかしましい様相を呈するかと考えていたが、実際には互いの息づかいと葉擦れの音が聞こえるとても静かな対局となっていた。淡々とリーダーが盤面に傷を付けていき、質問と回答を繰り返す、これが少年には奇妙に写った。
 
 相変わらず当たり障りのない質問を繰り出すペディに回答し、自らの手番になった時に決まり手となる一打を差し、アルベルトは勝利を宣言した。

「これで僕の勝ちだね」
《ナニッ?――ヌ……!》

 アルベルトの描いた丸印が五つ、斜めに並んでいた。対するペディらの印は多くて三つが連続して並んでおり、一つ飛ばしでも四つ以上の並びはない状態で封じられていた。
 一局目の敗北を理解したペディのリーダーは、先程まで天を向いていた尾が地に垂れてしまうほどに愕然としていた。いや、周りを見れば全てのペディの尾が垂れている。
 その様子に苦笑しながら、アルベルトはこの対局においての最後の質問を口にした。

「ハハハ、何とか勝てたよ。で、質問はそうだな……、君達に名を送ってもいいか、でどうかな?」

 少年の言葉を聞いたペディ達は一斉に彼を見たが、何も口にしなかった。ただ、何も反応しなかったわけではなかった。
 彼らの青い尾がピクリと持ち上がり、ゆっくりと左右に揺れていたのだ。
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