1 / 1
息子が断罪劇の真っ最中なんだけど、これからどうすればいい?
しおりを挟む
「ヴィオラ!お前のジェシカに対する悪行の数々、もはや看過できない。お前との婚約は破棄させてもらう!そして、俺は新たにジェシカと婚約する」
貴族学院の大講堂に響きわたる大声の主は、この国の王太子クリフォードだ。傍らにはピンクブロンドな髪の女生徒を伴っている。
あー、卒業パーティの断罪ね。
悪役令嬢ものってやつ?
よくあるよくある。
そんで断罪劇を眺める転生者、すなわち俺。
これもよくある。
ただし――俺があそこでアホなことを叫んでいるバカ王子の父親、つまり国王であることを除けば。
息子のあまりの愚行に、一瞬頭が真っ白になって。
俺は突然、転生者であることを思い出した。ちなみに前世はただの会社員。なんか特殊技能とか、そういうものは別にない。
でもさあ。普通、断罪王子の弟とか隣国の王子とかモブ令息とかに転生するのがセオリーじゃない?そんで悪役令嬢を華麗に助けてラブラブするの。
いや俺、乙女ゲームとか詳しくないけど。異世界ものアニメは結構観てるからね、オタクの嗜みとして。
「悪行と仰いますが、私は全く身に覚えがありません」と、毅然とした態度で応えるヴィオラ嬢。
それにしても息子よ。
彼女のどこが不満だったんだ?
ヴィオラ・グランヴィル侯爵令嬢は身分良し頭良し器量良しで文句のない淑女。さらに楚々とした佇まいでありながら、出るとこは出てる。
見た目清楚なのにボンキュッボン。ソレ=ナンテ=エ=ロゲ。
ジェシカとかいう娘も可愛らしい容姿はしているが、細すぎる。どう見てもAカップじゃん。
俺なら迷わずヴィオラたんを選ぶね。
「貴方」
隣に立つ王妃から声を掛けられ、俺はあわてて我に返った。
(どうなさいますの、アレ)
(んー。流石に王太子のままってわけにもいかないね。処す?処す?)
(お任せしますわ)
なんてことを目で会話する。
とりあえず、ここは国王としてその場を収めないとなあ。はあ、面倒だ。バカ息子のせいで。
「え、普通に嫌ですけど!」
と、ここでピンクブロンドヒロインことジェシカ嬢が叫んだ。彼女はじりじりと後ずさり、クリフォードから距離を取ろうとしている。
「ジェシカ?遠慮しなくていいんだぞ。ヴィオラとの婚約を破棄したのだから、もう俺たちの間を阻むものはない」
「ヴィオラ様に虐められたことなんか、ありません!むしろ私に嫌がらせをしていた令嬢から庇って下さいました。何度もそう話したじゃないですかっ」
「そうか、ヴィオラが怖くて本当のことが言えないんだな。安心しろ。侯爵令嬢といえど、俺の婚約者となったお前に手は出せない。そうだ!ヴィオラは国外追放の刑にしよう」
おめーにそんな権限ねぇから。
ていうか振られてんじゃん。かっこわる。
「だから違うってばー!!」「ばー!」「ばー!」
ジェシカ嬢の叫びが講堂中に木霊した。
◇ ◇ ◇
「このバカ息子がっ!!」
収拾がつかなくなったので、俺は衛兵に命じてクリフォードと令嬢二人を退出させた。息子はまだ真実の愛ガ―とか叫んでたけど。
王宮へ連れ帰って雷を落としたものの、クリフォードは不満げな顔をしている。こやつ、全然事態を理解してないな。
「お前は政略結婚というものを理解しておらんのか?」
「ジェシカに嫌がらせをするような女を、国母にするわけにはいかないでしょう。それに比べてジェシカは明るくて優しくて、いつだって俺を癒してくれる。俺たちは真実の愛で結ばれているのです」
「ジェシカ嬢は嫌がっているようだが」
「それは王太子たる俺の求婚に対して、恐れ多くて遠慮しているのでしょう。彼女は慎ましい性格ですから」
うちの子、こんなに話の通じない奴だったかな。物語の強制力だとしても、ポンコツ化が激し過ぎない?
「もういい。お前は廃嫡とし、アレックスを王太子とする」
アレックスは俺の二人目の息子、つまりクリフォードの弟ね。
「そ、そんな!おかしいでしょう。父上の第一子である俺が、次の国王となってしかるべきで」
「黙れ。お前の愚行のせいで、どれだけ王家が被害を受けたと思っておる。お前のような奴を国王にしたら、国内中の貴族が離反するわ」
貴族学院の生徒やその父兄の前であれだけの醜態を晒したんだ。王家は当然批判に晒される。息子がこんな風に育ってしまったのは親の責任だが、今はクリフォードに全ての罪を被らせるしかない。
親としては少々忍びないが、王家を守るためだ。
「二人とも、愚息のせいで迷惑を掛けた。特にヴィオラにはあのような場で恥をかかせてしまったこと、何と詫びればよいか」
「陛下、ご尊顔をお上げください。そのようなお言葉は勿体のうございます」
「えっ、あっ、私は気にしておりませんので」
頭を下げた俺に慌てるヴィオラとジェシカ。
うんうん。ヴィオラたんの回答は百点満点だね。出来た娘だよ、ホントに。
いてっ。
妻が俺の腕をつねった。イヤらしい視線投げてたのがバレてたようだ。
ちなみに妻も巨乳である。そりゃもうボンキュッボンである。
性癖にブレが無い。
子供を二人産んだ後も妻は変わらず美しい。むしろ妖艶さに磨きがかかっている。今でもちゃんと愛してますよ。
ヴィオラたんは推してるだけです。断じて浮気ではないですよ、断じて。
「迷惑を重ねるようだが、王家としてグランヴィル侯爵家との縁を切るわけにはいかない。そこで、だ。ヴィオラにはアレックスと婚約して欲しい。君より二歳年下ではあるが、親の欲目を引いても優秀な奴だと思っとる」
「アレックス様と、ですか……」
「ホイホイと婚約者を変えられるのは不本意だろうが、国を纏めるためだ。分かってくれ」
いくらヴィオラ嬢に瑕疵が無いとはいえ、婚約解消という傷は残る。父親のグランヴィル侯爵は激怒するだろう。
アレックスと結婚させるのなら、彼女が次代の王妃となることに変わりはない。これでグランヴィル侯爵が矛を収めてくれればいいんだが……。怖いんだよ、あのおっさん。
侯爵が王家へ離反したら、間違いなく貴族の半分はあちらにつく。そうなったら内戦状態になってもおかしくはない。
「そんなこと、許されるわけがない!ヴィオラは俺の婚約者だ!」
「そもそもお前が婚約の破棄を言い出したんだろうが」
捨てた女はずっと自分を想ってなきゃ嫌だとか、そういうヤツ?
お父さん、そういう考えはどうかと思うよ。
「分かりました。父の意向次第ですが、アレックス様との婚約を前向きに考えたいと思います」
「よくぞ聞き分けてくれた。その代わり、望みがあれば出来うる限り叶える。せめてもの償いだ」
「望み……」
バカ息子は放っといて話を進める。ヴィオラは思案顔だ。うんうん、思案顔もイイね!
「それでは一つだけ、お願いがあります」
「うむ、何なりと言ってくれ」
「この場でクリフォード様を、思いっきり殴らせてほしいのです」
Oh……ワイルド。だがそのギャップがいい。
「分かった。許そう」
「父上!?」
内戦が防げるのなら、息子の顔の形がちょっと変わるくらい安いモンだ。好きなだけヤッちゃってくれ。
王妃もうんうんと頷いている。愚息子を見捨てる気満々だ。それでこそ我が妻。
「今から私がどんな暴言を吐いても、聞き逃していただけますか?」
「うむ。聞かなかったことにする」
「それと……ジェシカ様」
「はい?」
黙って聞いていたジェシカ嬢がびくっと身体を震わせた。まさか、彼女も殴らせろとかそういう……?
流石に女性への暴力は気が引けるなあ。
「あなたも、彼には色々と言いたい事があるのではなくて?」
「あ、はい……それは、まあ」
「陛下。彼女にも、私と同じ権利を」
「うむ、認める。……ああ、少し待て」
俺は側近に指示を出した。
暫くして戻って来た側近が、トレイに乗せたソレを恭しく差し出す。
「素手で殴っては、手に傷がつくであろう。これを使いなさい」
「これは?」
「手に装着する武具だ」
ウッドナックルである。
美少女の白魚のような手を傷つけるなんて、俺には耐えられない。
「なっ……まさか、それで!?」
「この程度で済ませてくれるのだから、ヴィオラ嬢に感謝したほうがいいぞ」
アイアンではなくウッドにしたのは父の優しさだ。
「ご配慮ありがとうございます」
ヴィオラは指にナックルを装着し、クリフォードの前に立ちはだかる。
「なあ、ヴィオラ。じょ、冗談だよな?悪かった、謝るから……お前が望むなら側妃に迎えても」
「貴様の側妃なんぞ、誰が望むかああああああ!!!」
ボディブローが見事に決まった。
「ぐふっ……」と腹を抑えて蹲るクリフォード。
ヴィオラはそれに臆することなく彼の襟を掴み、容赦なく顔を殴りつける。
「こっちだって、脳内お子様王子との婚約なんて望んでなかったのよ!陛下の命だから仕方なく従ってたのに、やれ可愛げがないとか成績が良いのを鼻にかけてるとか言いたい放題言って。女に負けるのがそんなに悔しいんなら、遊んでばかりいないで勉強すりゃいいでしょうが!」
ぼっこぼこ殴りながらのシャウト。
よっぽど鬱憤溜まってたんだなあ。ゴメンね。
「しかも公務を私に押し付けてさあ!お前、王太子の自覚あんの?しかも胸元に手突っ込んだり足触ろうとしたり……そういう方面だけ大人になってんじゃないわよ!!」
クリフォードお前、何してんの??
手を離したヴィオラに、ようやく気が済んだのかと安堵したのも束の間。
彼女が足を振り上げた。見えそうで見えない絶妙な角度で。
そして綺麗に回転蹴りをぶち込む。綺麗な弧を描いて吹っ飛ぶクリフォード。
秋空や カーブを描く 息子かな(心の俳句)
「ふう。お次どうぞ?」
「ありがとうございます」
ナックルを受け取ったジェシカ嬢は倒れこんだクリフォードを掴むと、これまたボコボコと殴り始めた。華奢な見た目なのに、意外とパワフルね。
「あんたのせいで、どんだけ迷惑したと思ってんの!?何度も付き纏わないでくれって言ったのに!おかげでクラスメートからは遠巻きにされるし、ご令嬢からは妬まれて嫌がらせされるし。私の平穏な学院生活を返せってのよ!!」
「しかも二人っきりになったら尻触ったり胸触ろうとしてさあ。このエロ王子!!」
ホントにお前、何してんの!?
存分に殴り終わったジェシカ嬢とヴィオラ嬢は、拳を突き合わせて微笑みあった。
二人ともなんて漢らしいんだ。惚れちゃいそう。
「あ、これお返ししますね。ありがとうございました!」
「うわぁ……」
超爽やかな笑顔で血だらけのナックルをトレイに返却するジェシカ嬢。
俺は側近に(捨てとけ)と目配せで命じた。
ちなみに妻は「私も殴りたかったけど、あの娘たちにボコられてるのを見たらすっきりしたからもういいわ」だって。
女って怖い。知ってたけど。
その後、無事にアレックスとヴィオラは婚約した。今は二人仲良く公務に勤しんでいる。
ジェシカは商家の跡取りと婚約し、商売の勉強をしているらしい。「貴族夫人より、こっち方が性に合ってるみたい!」とイキイキしているとか。
めでたしめでたし。
ん?クリフォード?
バカ息子は断種の上、北の辺境に押し込めた。顔の形はちょっと変わってたけど、人より獣の方が多い土地なんだから問題ないだろう。
最低限の生活費は出してやってるから、何とか生きていけるでしょ。後は知らん。
貴族学院の大講堂に響きわたる大声の主は、この国の王太子クリフォードだ。傍らにはピンクブロンドな髪の女生徒を伴っている。
あー、卒業パーティの断罪ね。
悪役令嬢ものってやつ?
よくあるよくある。
そんで断罪劇を眺める転生者、すなわち俺。
これもよくある。
ただし――俺があそこでアホなことを叫んでいるバカ王子の父親、つまり国王であることを除けば。
息子のあまりの愚行に、一瞬頭が真っ白になって。
俺は突然、転生者であることを思い出した。ちなみに前世はただの会社員。なんか特殊技能とか、そういうものは別にない。
でもさあ。普通、断罪王子の弟とか隣国の王子とかモブ令息とかに転生するのがセオリーじゃない?そんで悪役令嬢を華麗に助けてラブラブするの。
いや俺、乙女ゲームとか詳しくないけど。異世界ものアニメは結構観てるからね、オタクの嗜みとして。
「悪行と仰いますが、私は全く身に覚えがありません」と、毅然とした態度で応えるヴィオラ嬢。
それにしても息子よ。
彼女のどこが不満だったんだ?
ヴィオラ・グランヴィル侯爵令嬢は身分良し頭良し器量良しで文句のない淑女。さらに楚々とした佇まいでありながら、出るとこは出てる。
見た目清楚なのにボンキュッボン。ソレ=ナンテ=エ=ロゲ。
ジェシカとかいう娘も可愛らしい容姿はしているが、細すぎる。どう見てもAカップじゃん。
俺なら迷わずヴィオラたんを選ぶね。
「貴方」
隣に立つ王妃から声を掛けられ、俺はあわてて我に返った。
(どうなさいますの、アレ)
(んー。流石に王太子のままってわけにもいかないね。処す?処す?)
(お任せしますわ)
なんてことを目で会話する。
とりあえず、ここは国王としてその場を収めないとなあ。はあ、面倒だ。バカ息子のせいで。
「え、普通に嫌ですけど!」
と、ここでピンクブロンドヒロインことジェシカ嬢が叫んだ。彼女はじりじりと後ずさり、クリフォードから距離を取ろうとしている。
「ジェシカ?遠慮しなくていいんだぞ。ヴィオラとの婚約を破棄したのだから、もう俺たちの間を阻むものはない」
「ヴィオラ様に虐められたことなんか、ありません!むしろ私に嫌がらせをしていた令嬢から庇って下さいました。何度もそう話したじゃないですかっ」
「そうか、ヴィオラが怖くて本当のことが言えないんだな。安心しろ。侯爵令嬢といえど、俺の婚約者となったお前に手は出せない。そうだ!ヴィオラは国外追放の刑にしよう」
おめーにそんな権限ねぇから。
ていうか振られてんじゃん。かっこわる。
「だから違うってばー!!」「ばー!」「ばー!」
ジェシカ嬢の叫びが講堂中に木霊した。
◇ ◇ ◇
「このバカ息子がっ!!」
収拾がつかなくなったので、俺は衛兵に命じてクリフォードと令嬢二人を退出させた。息子はまだ真実の愛ガ―とか叫んでたけど。
王宮へ連れ帰って雷を落としたものの、クリフォードは不満げな顔をしている。こやつ、全然事態を理解してないな。
「お前は政略結婚というものを理解しておらんのか?」
「ジェシカに嫌がらせをするような女を、国母にするわけにはいかないでしょう。それに比べてジェシカは明るくて優しくて、いつだって俺を癒してくれる。俺たちは真実の愛で結ばれているのです」
「ジェシカ嬢は嫌がっているようだが」
「それは王太子たる俺の求婚に対して、恐れ多くて遠慮しているのでしょう。彼女は慎ましい性格ですから」
うちの子、こんなに話の通じない奴だったかな。物語の強制力だとしても、ポンコツ化が激し過ぎない?
「もういい。お前は廃嫡とし、アレックスを王太子とする」
アレックスは俺の二人目の息子、つまりクリフォードの弟ね。
「そ、そんな!おかしいでしょう。父上の第一子である俺が、次の国王となってしかるべきで」
「黙れ。お前の愚行のせいで、どれだけ王家が被害を受けたと思っておる。お前のような奴を国王にしたら、国内中の貴族が離反するわ」
貴族学院の生徒やその父兄の前であれだけの醜態を晒したんだ。王家は当然批判に晒される。息子がこんな風に育ってしまったのは親の責任だが、今はクリフォードに全ての罪を被らせるしかない。
親としては少々忍びないが、王家を守るためだ。
「二人とも、愚息のせいで迷惑を掛けた。特にヴィオラにはあのような場で恥をかかせてしまったこと、何と詫びればよいか」
「陛下、ご尊顔をお上げください。そのようなお言葉は勿体のうございます」
「えっ、あっ、私は気にしておりませんので」
頭を下げた俺に慌てるヴィオラとジェシカ。
うんうん。ヴィオラたんの回答は百点満点だね。出来た娘だよ、ホントに。
いてっ。
妻が俺の腕をつねった。イヤらしい視線投げてたのがバレてたようだ。
ちなみに妻も巨乳である。そりゃもうボンキュッボンである。
性癖にブレが無い。
子供を二人産んだ後も妻は変わらず美しい。むしろ妖艶さに磨きがかかっている。今でもちゃんと愛してますよ。
ヴィオラたんは推してるだけです。断じて浮気ではないですよ、断じて。
「迷惑を重ねるようだが、王家としてグランヴィル侯爵家との縁を切るわけにはいかない。そこで、だ。ヴィオラにはアレックスと婚約して欲しい。君より二歳年下ではあるが、親の欲目を引いても優秀な奴だと思っとる」
「アレックス様と、ですか……」
「ホイホイと婚約者を変えられるのは不本意だろうが、国を纏めるためだ。分かってくれ」
いくらヴィオラ嬢に瑕疵が無いとはいえ、婚約解消という傷は残る。父親のグランヴィル侯爵は激怒するだろう。
アレックスと結婚させるのなら、彼女が次代の王妃となることに変わりはない。これでグランヴィル侯爵が矛を収めてくれればいいんだが……。怖いんだよ、あのおっさん。
侯爵が王家へ離反したら、間違いなく貴族の半分はあちらにつく。そうなったら内戦状態になってもおかしくはない。
「そんなこと、許されるわけがない!ヴィオラは俺の婚約者だ!」
「そもそもお前が婚約の破棄を言い出したんだろうが」
捨てた女はずっと自分を想ってなきゃ嫌だとか、そういうヤツ?
お父さん、そういう考えはどうかと思うよ。
「分かりました。父の意向次第ですが、アレックス様との婚約を前向きに考えたいと思います」
「よくぞ聞き分けてくれた。その代わり、望みがあれば出来うる限り叶える。せめてもの償いだ」
「望み……」
バカ息子は放っといて話を進める。ヴィオラは思案顔だ。うんうん、思案顔もイイね!
「それでは一つだけ、お願いがあります」
「うむ、何なりと言ってくれ」
「この場でクリフォード様を、思いっきり殴らせてほしいのです」
Oh……ワイルド。だがそのギャップがいい。
「分かった。許そう」
「父上!?」
内戦が防げるのなら、息子の顔の形がちょっと変わるくらい安いモンだ。好きなだけヤッちゃってくれ。
王妃もうんうんと頷いている。愚息子を見捨てる気満々だ。それでこそ我が妻。
「今から私がどんな暴言を吐いても、聞き逃していただけますか?」
「うむ。聞かなかったことにする」
「それと……ジェシカ様」
「はい?」
黙って聞いていたジェシカ嬢がびくっと身体を震わせた。まさか、彼女も殴らせろとかそういう……?
流石に女性への暴力は気が引けるなあ。
「あなたも、彼には色々と言いたい事があるのではなくて?」
「あ、はい……それは、まあ」
「陛下。彼女にも、私と同じ権利を」
「うむ、認める。……ああ、少し待て」
俺は側近に指示を出した。
暫くして戻って来た側近が、トレイに乗せたソレを恭しく差し出す。
「素手で殴っては、手に傷がつくであろう。これを使いなさい」
「これは?」
「手に装着する武具だ」
ウッドナックルである。
美少女の白魚のような手を傷つけるなんて、俺には耐えられない。
「なっ……まさか、それで!?」
「この程度で済ませてくれるのだから、ヴィオラ嬢に感謝したほうがいいぞ」
アイアンではなくウッドにしたのは父の優しさだ。
「ご配慮ありがとうございます」
ヴィオラは指にナックルを装着し、クリフォードの前に立ちはだかる。
「なあ、ヴィオラ。じょ、冗談だよな?悪かった、謝るから……お前が望むなら側妃に迎えても」
「貴様の側妃なんぞ、誰が望むかああああああ!!!」
ボディブローが見事に決まった。
「ぐふっ……」と腹を抑えて蹲るクリフォード。
ヴィオラはそれに臆することなく彼の襟を掴み、容赦なく顔を殴りつける。
「こっちだって、脳内お子様王子との婚約なんて望んでなかったのよ!陛下の命だから仕方なく従ってたのに、やれ可愛げがないとか成績が良いのを鼻にかけてるとか言いたい放題言って。女に負けるのがそんなに悔しいんなら、遊んでばかりいないで勉強すりゃいいでしょうが!」
ぼっこぼこ殴りながらのシャウト。
よっぽど鬱憤溜まってたんだなあ。ゴメンね。
「しかも公務を私に押し付けてさあ!お前、王太子の自覚あんの?しかも胸元に手突っ込んだり足触ろうとしたり……そういう方面だけ大人になってんじゃないわよ!!」
クリフォードお前、何してんの??
手を離したヴィオラに、ようやく気が済んだのかと安堵したのも束の間。
彼女が足を振り上げた。見えそうで見えない絶妙な角度で。
そして綺麗に回転蹴りをぶち込む。綺麗な弧を描いて吹っ飛ぶクリフォード。
秋空や カーブを描く 息子かな(心の俳句)
「ふう。お次どうぞ?」
「ありがとうございます」
ナックルを受け取ったジェシカ嬢は倒れこんだクリフォードを掴むと、これまたボコボコと殴り始めた。華奢な見た目なのに、意外とパワフルね。
「あんたのせいで、どんだけ迷惑したと思ってんの!?何度も付き纏わないでくれって言ったのに!おかげでクラスメートからは遠巻きにされるし、ご令嬢からは妬まれて嫌がらせされるし。私の平穏な学院生活を返せってのよ!!」
「しかも二人っきりになったら尻触ったり胸触ろうとしてさあ。このエロ王子!!」
ホントにお前、何してんの!?
存分に殴り終わったジェシカ嬢とヴィオラ嬢は、拳を突き合わせて微笑みあった。
二人ともなんて漢らしいんだ。惚れちゃいそう。
「あ、これお返ししますね。ありがとうございました!」
「うわぁ……」
超爽やかな笑顔で血だらけのナックルをトレイに返却するジェシカ嬢。
俺は側近に(捨てとけ)と目配せで命じた。
ちなみに妻は「私も殴りたかったけど、あの娘たちにボコられてるのを見たらすっきりしたからもういいわ」だって。
女って怖い。知ってたけど。
その後、無事にアレックスとヴィオラは婚約した。今は二人仲良く公務に勤しんでいる。
ジェシカは商家の跡取りと婚約し、商売の勉強をしているらしい。「貴族夫人より、こっち方が性に合ってるみたい!」とイキイキしているとか。
めでたしめでたし。
ん?クリフォード?
バカ息子は断種の上、北の辺境に押し込めた。顔の形はちょっと変わってたけど、人より獣の方が多い土地なんだから問題ないだろう。
最低限の生活費は出してやってるから、何とか生きていけるでしょ。後は知らん。
646
お気に入りに追加
87
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。
婚約破棄した令嬢の帰還を望む
基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。
実際の発案者は、王太子の元婚約者。
見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。
彼女のサポートなしではなにもできない男だった。
どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。
酔って婚約破棄されましたが本望です!
神々廻
恋愛
「こ...んやく破棄する..........」
偶然、婚約者が友達と一緒にお酒を飲んでいる所に偶然居合わせると何と、私と婚約破棄するなどと言っているではありませんか!
それなら婚約破棄してやりますよ!!
「庶子」と私を馬鹿にする姉の婚約者はザマァされました~「え?!」
ミカン♬
恋愛
コレットは庶子である。12歳の時にやっと母娘で父の伯爵家に迎え入れられた。
姉のロザリンは戸惑いながらもコレットを受け入れて幸せになれると思えたのだが、姉の婚約者セオドアはコレットを「庶子」とバカにしてうざい。
ロザリンとセオドア18歳、コレット16歳の時に大事件が起こる。ロザリンが婚約破棄をセオドアに突き付けたのだ。対して姉を溺愛するセオドアは簡単に受け入れなかった。
姉妹の運命は?庶子のコレットはどうなる?
姉の婚約者はオレ様のキモくて嫌なヤツです。不快に思われたらブラウザーバックをお願いします。
世界観はフワッとしたありふれたお話ですが、ヒマつぶしに読んでいただけると嬉しいです。
他サイトにも掲載。
完結後に手直しした部分があります。内容に変化はありません。
虚偽の罪で婚約破棄をされそうになったので、真正面から潰す
千葉シュウ
恋愛
王立学院の卒業式にて、突如第一王子ローラス・フェルグラントから婚約破棄を受けたティアラ・ローゼンブルグ。彼女は国家の存亡に関わるレベルの悪事を働いたとして、弾劾されそうになる。
しかし彼女はなぜだか妙に強気な態度で……?
貴族の令嬢にも関わらず次々と王子の私兵を薙ぎ倒していく彼女の正体とは一体。
ショートショートなのですぐ完結します。
婚約破棄された私は、世間体が悪くなるからと家を追い出されました。そんな私を救ってくれたのは、隣国の王子様で、しかも初対面ではないようです。
冬吹せいら
恋愛
キャロ・ブリジットは、婚約者のライアン・オーゼフに、突如婚約を破棄された。
本来キャロの味方となって抗議するはずの父、カーセルは、婚約破棄をされた傷物令嬢に価値はないと冷たく言い放ち、キャロを家から追い出してしまう。
ありえないほど酷い仕打ちに、心を痛めていたキャロ。
隣国を訪れたところ、ひょんなことから、王子と顔を合わせることに。
「あの時のお礼を、今するべきだと。そう考えています」
どうやらキャロは、過去に王子を助けたことがあるらしく……?
どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね
柚木ゆず
恋愛
※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。
あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。
けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。
そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。
殿下、貴方にだけは言われたくないのですが
富士山のぼり
恋愛
「ノエリア、君との婚約を破棄させてもらう。」
「えっ?」
「考えてみたまえ。君は特に一番に秀でた所が無いではないか。」
「どういう事でしょう。」
「わざわざ言わせるな。
君の学業成績はリネア嬢、美しさで言えばカリーネ嬢に劣るではないか。
ついでに身分で言えば君より家格が高い令嬢もいる。」
『殿下、そういうあなたは何なのですか?』ノエリアは心の中で呟いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
国王陛下が転生者で、悪役令嬢推しって素敵です❗
しかも即座に王として、国の為に馬鹿息子を切り捨てる判断ができるのは、最高です‼️
(この馬鹿息子、母親である王妃様にも見捨てられてるし笑)
ご感想ありがとうございます💕
元オタクだけどちゃんと仕事も出来る王様です。王妃様も私情は挟まないタイプ。
この国の未来は多分明るい(^^
バカ王子の父親が転生者だったら面白いかも?と勢いで書いちゃった話ですが、楽しんで頂けたのなら嬉しいです!