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そんなこんなで初まりは散々でしたが、一応は夫婦となったのです。私は何とか旦那様へ歩み寄ろうとしました。
政略結婚なのだから、最初に愛が無いのは仕方ありません。だけど長年共にいるうちに、愛情が芽生えることもあるでしょう。いずれは幼い恋など忘れて私と向き合ってくれるかもしれませんもの。
共に過ごすのは食事の際か、建前上の夫婦としてパーティへ出席するときだけ。それでも何かと話題を作って話しかけましたが、旦那様は面倒そうに一言二言返事をした後は黙ってしまわれました。
執務中の旦那様へ「少し休憩致しません?」とお茶を持って行ったこともあります。ですが彼は「これ以上、俺を煩わせないでくれ」と仰って、シッシッと私を追い払いました。
妻相手にその手振りは、如何なものかと思いますわよ。
「毎日毎日深酒をなさると、お身体に触ります」
「肉ばかりお食べになっては良くないですわ。野菜もお召しになって」
無下に扱われているとはいえ、妻は妻。夫の身体を心配するのも私の役目と、口出しをしてくる私を鬱陶しく思われたのでしょう。
ある日、旦那様は「……オティーリエならそんなことは言わない」と仰いました。
何と返せば良いのか分からず押し黙ってしまった私に、気を良くしたのでしょう。それからというもの、彼はことあるごとに初恋の人の話を持ち出すようになりました。
夜会へ出席するために着飾った私を見て、ボソッと「オティーリエならもっと可愛らしいドレスを着るだろうに」と呟かれたこともあります。
だって、仕方が無いのです。背が高く肩幅も広い私には、可愛らしいドレスよりも、シンプルでスッキリとしたドレスの方が似合います。だいたい、今まで私が何を着ようとも興味一つ示さなかったでしょうが。
それでも彼の好みに合わせ、フリルがふんだんに付いた淡いピンクのドレスを着たこともあります。そんな私を見て、旦那様は深い溜め息をついただけでした。
ええ。フリルのドレスを着たガタイの良い女は、さぞ滑稽に見えたでしょうね。
分かっていたとはいえ、流石に少し傷つきましたわ。
耐えきれず「いい加減、現実を見ては如何ですか」と苦言を申したこともあります。彼はこれまた溜め息まじりの声で「初恋の女性に拘るのは男のロマンだよ。君のようなガサツな女性には、理解できないだろうけど」と答えたのでした。
失礼な。私にだって初恋の君くらい、いますわよ。
ここまでくれば、私にも分かります。テオバルト様は頭の中で、オティーリエという理想の女性を作り上げているのです。
そんな妄想上の人物に、生身の女が勝てるはずもないでしょう。
一年で歩み寄りを諦め。
二年目には対話も諦め。
三年目は会話すらほとんど交わさなくなりました。
私にとって、テオバルト様は夫ではなくただの同居人。おそらく、向こうもそう思っているでしょうね。
幸いなことに、彼は伯爵としての執務はキチンとこなしているようでした。それに、妻として体裁を整えるだけの予算は与えてくれます。
もういいわ。貰ったお金の分は働きましょう。伯爵夫人としてしっかり責務をこなし、残った予算は好きなように使えばいい。
そう割り切った私は妻として、出来得る限りのことをしたと思っています。
伯爵夫人として社交には力を入れました。”氷冷の貴公子”に嫁いだ私をやっかんだのか、ご令嬢たちにちくちくと嫌みを言われることもありましたが、笑って受け流しましたわ。
クランベックの領地からは新鮮な野菜が収穫できるのに収入には結びついていなかったから、伝手を辿ってかなり有利な条件で商会と定期販売契約を結びました。社交で人脈を作った成果です。
もちろん、家内を取り仕切ることも忘れてはいません。仕事をしない使用人には暇を出し、よく働いてれる者の給料を上げました。彼らに慶事があれば、私の予算の中から祝い金を出しました。おかげで使用人たちからの評価は上々。妻を省みない旦那様に対してよく尽くしている、うちの奥様は貴族夫人の鑑だ。なんて言われていたそうですわ。
夫を気にしなければ、この生活もなかなか悪くないわね。
ようやく、そう思えるようになっていたところだったのです。
政略結婚なのだから、最初に愛が無いのは仕方ありません。だけど長年共にいるうちに、愛情が芽生えることもあるでしょう。いずれは幼い恋など忘れて私と向き合ってくれるかもしれませんもの。
共に過ごすのは食事の際か、建前上の夫婦としてパーティへ出席するときだけ。それでも何かと話題を作って話しかけましたが、旦那様は面倒そうに一言二言返事をした後は黙ってしまわれました。
執務中の旦那様へ「少し休憩致しません?」とお茶を持って行ったこともあります。ですが彼は「これ以上、俺を煩わせないでくれ」と仰って、シッシッと私を追い払いました。
妻相手にその手振りは、如何なものかと思いますわよ。
「毎日毎日深酒をなさると、お身体に触ります」
「肉ばかりお食べになっては良くないですわ。野菜もお召しになって」
無下に扱われているとはいえ、妻は妻。夫の身体を心配するのも私の役目と、口出しをしてくる私を鬱陶しく思われたのでしょう。
ある日、旦那様は「……オティーリエならそんなことは言わない」と仰いました。
何と返せば良いのか分からず押し黙ってしまった私に、気を良くしたのでしょう。それからというもの、彼はことあるごとに初恋の人の話を持ち出すようになりました。
夜会へ出席するために着飾った私を見て、ボソッと「オティーリエならもっと可愛らしいドレスを着るだろうに」と呟かれたこともあります。
だって、仕方が無いのです。背が高く肩幅も広い私には、可愛らしいドレスよりも、シンプルでスッキリとしたドレスの方が似合います。だいたい、今まで私が何を着ようとも興味一つ示さなかったでしょうが。
それでも彼の好みに合わせ、フリルがふんだんに付いた淡いピンクのドレスを着たこともあります。そんな私を見て、旦那様は深い溜め息をついただけでした。
ええ。フリルのドレスを着たガタイの良い女は、さぞ滑稽に見えたでしょうね。
分かっていたとはいえ、流石に少し傷つきましたわ。
耐えきれず「いい加減、現実を見ては如何ですか」と苦言を申したこともあります。彼はこれまた溜め息まじりの声で「初恋の女性に拘るのは男のロマンだよ。君のようなガサツな女性には、理解できないだろうけど」と答えたのでした。
失礼な。私にだって初恋の君くらい、いますわよ。
ここまでくれば、私にも分かります。テオバルト様は頭の中で、オティーリエという理想の女性を作り上げているのです。
そんな妄想上の人物に、生身の女が勝てるはずもないでしょう。
一年で歩み寄りを諦め。
二年目には対話も諦め。
三年目は会話すらほとんど交わさなくなりました。
私にとって、テオバルト様は夫ではなくただの同居人。おそらく、向こうもそう思っているでしょうね。
幸いなことに、彼は伯爵としての執務はキチンとこなしているようでした。それに、妻として体裁を整えるだけの予算は与えてくれます。
もういいわ。貰ったお金の分は働きましょう。伯爵夫人としてしっかり責務をこなし、残った予算は好きなように使えばいい。
そう割り切った私は妻として、出来得る限りのことをしたと思っています。
伯爵夫人として社交には力を入れました。”氷冷の貴公子”に嫁いだ私をやっかんだのか、ご令嬢たちにちくちくと嫌みを言われることもありましたが、笑って受け流しましたわ。
クランベックの領地からは新鮮な野菜が収穫できるのに収入には結びついていなかったから、伝手を辿ってかなり有利な条件で商会と定期販売契約を結びました。社交で人脈を作った成果です。
もちろん、家内を取り仕切ることも忘れてはいません。仕事をしない使用人には暇を出し、よく働いてれる者の給料を上げました。彼らに慶事があれば、私の予算の中から祝い金を出しました。おかげで使用人たちからの評価は上々。妻を省みない旦那様に対してよく尽くしている、うちの奥様は貴族夫人の鑑だ。なんて言われていたそうですわ。
夫を気にしなければ、この生活もなかなか悪くないわね。
ようやく、そう思えるようになっていたところだったのです。
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