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番外編~その後のハーバート
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「つまんねぇ演奏だなあ!」
酔っ払いたちのヤジがステージへ飛ぶ。ハーバートは罵声に耐えながら、チューバを吹き続けていた。
隣町の楽団から追い出され、しばらく女たちの所を転々としていたハーバート。しかし彼女たちからも早々に愛想を尽かされ、家から追い出された。
当然だろう。人気奏者どころか働きもせず金をせびる男など、何の魅力もないのだから。
オルグランからも追い払われたハーバートは様々な街を訪れた。そこで楽団を見つけると、自分を入団させてくれと頼み込む。だが彼の演奏を聞くと、楽団の者たちは「悪いが、うちには要らないよ」と首を振った。
「人気奏者だったって?その腕でか?随分とレベルの低い楽団だったんだな!」と侮辱的な言葉を投げ付けられたこともある。
ようやく見つけた今の職場は、港へほど近い街にある小さな酒場だ。そのステージで毎晩チューバを吹く。
客の多くは寄港した船に乗っていた水夫だ。ただでさえ気の荒い男たちに酒が入っているものだから、今夜のように罵声を浴びせられることも多い。
そんな屈辱に耐え、得られる収入はわずかなものだ。その日暮らしが精いっぱいで、楽団にいた頃の華やかな生活を思い出す度に惨めな気持ちになる。
「下手くそ!やめちまえ!」
「何だと!音楽の何たるかも知らない低能のくせにっ」
耐えきれず言い返したハーバートは、怒りに任せて客と乱闘。その場でクビを言い渡された。
「クソっ……!俺は街一番の奏者、ハーバート・マクレイだぞ。どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……」
ふらふらと歩いていたハーバートの耳に、音楽が聞こえてきた。行進曲らしき、テンポの良い音色だ。
その音を頼りにたどり着いたのは、街の真ん中にある広場。そこで小さな楽団が演奏を行っていた。
見たことのない連中だ。流しだろうか、それとも祭りか何かで招待されてきたのだろうか?
昔懐かしいその音に惹き付けられ、ハーバートはしばしその音色に聞き入る。
曲が変わり、チューバ奏者がメインとなって吹き始めた。女性奏者だ。
それを見た途端、ハーバートの頭の中はクレアの事でいっぱいになった。
「あの女……俺がちょっと離れている間に男を引き込みやがって。俺より劣る奏者のくせに生意気だ」
「きゃあっ」
女性の悲鳴で、ハーバートは我に返った。
あの女性奏者が額から血を流している。自分が石を投げたのだと気付いた時には――もう遅かった。ハーバートはその場にいた観客たちから取り押さえられていた。
街の衛兵に引き渡されたハーバートは賠償金を支払うことが出来ず、鉱山での強制労働が課せられた。
屈強な男たちに混じってツルハシを振るうのは、優男のハーバートにはとても辛い作業だ。慣れない肉体労働に疲れ果て、寝るだけの日々。
「兄ちゃん、少し飲まないかい?」
同僚の男が、酒瓶を片手に声を掛けてきた。
鉱山の労働者たちは自分のことで手一杯で、他人のことなど気にしない奴らばかりだ。そんな中で、この中年男だけがハーバートを気にかけ、何かと話しかけてくる。
渡された酒は酷い味だ。安酒を更に薄めているのだろう。だが、久々のアルコールにひりつくような喉の渇きを潤しながらハーバートは酒を煽る。
「前から思っていたが、何でお前は俺を気に掛けるんだ?」
「んー。兄ちゃんを見てると、他人とは思えなくてな。ここにいる連中は皆ワケありだが、兄ちゃんはスレてないから」
男はぽつぽつと自分の過去を話し始めた。
彼は小さな商店を構える商人だった。妻と子もいた。その平凡な生活に、どこか退屈を感じていたのだろう。商人仲間に唆され、リスクの高い商品を扱い始めてしまった。
妻は再三危ないから止めた方がいい、今の収入でも十分やっていけると夫を止めたそうだ。だが男は聞く耳を持たなかった。最初はかなりの儲けになったことも、気を大きくしてしまった原因だったろう。羽振りがよくなった男は遊び歩くようになり、娼婦へ入れ込んだ。そんな夫に愛想を尽かし、妻は子供を連れて出ていった。
その後、商品が大暴落。破産して食うに困った男は盗難に手を染めて捕らえられ、鉱山へと送られたのだ。
「俺のいるべき場所は、嫁と子供のいるあの家だったんだよ。あの時の俺は、そんな当たり前のことに気付かなかった。兄ちゃんもここへ来るまでに色々あったんだろう?帰るところがあるんなら、今度こそ大事にした方がいい」
その夜、床に入ったハーバートは涙を流した。
帰る場所なんて無い。自分の居場所はオルグランの、クレアの傍だった。だけど今さらそれに気付いたところで、どうしようもないのだ。
酔っ払いたちのヤジがステージへ飛ぶ。ハーバートは罵声に耐えながら、チューバを吹き続けていた。
隣町の楽団から追い出され、しばらく女たちの所を転々としていたハーバート。しかし彼女たちからも早々に愛想を尽かされ、家から追い出された。
当然だろう。人気奏者どころか働きもせず金をせびる男など、何の魅力もないのだから。
オルグランからも追い払われたハーバートは様々な街を訪れた。そこで楽団を見つけると、自分を入団させてくれと頼み込む。だが彼の演奏を聞くと、楽団の者たちは「悪いが、うちには要らないよ」と首を振った。
「人気奏者だったって?その腕でか?随分とレベルの低い楽団だったんだな!」と侮辱的な言葉を投げ付けられたこともある。
ようやく見つけた今の職場は、港へほど近い街にある小さな酒場だ。そのステージで毎晩チューバを吹く。
客の多くは寄港した船に乗っていた水夫だ。ただでさえ気の荒い男たちに酒が入っているものだから、今夜のように罵声を浴びせられることも多い。
そんな屈辱に耐え、得られる収入はわずかなものだ。その日暮らしが精いっぱいで、楽団にいた頃の華やかな生活を思い出す度に惨めな気持ちになる。
「下手くそ!やめちまえ!」
「何だと!音楽の何たるかも知らない低能のくせにっ」
耐えきれず言い返したハーバートは、怒りに任せて客と乱闘。その場でクビを言い渡された。
「クソっ……!俺は街一番の奏者、ハーバート・マクレイだぞ。どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……」
ふらふらと歩いていたハーバートの耳に、音楽が聞こえてきた。行進曲らしき、テンポの良い音色だ。
その音を頼りにたどり着いたのは、街の真ん中にある広場。そこで小さな楽団が演奏を行っていた。
見たことのない連中だ。流しだろうか、それとも祭りか何かで招待されてきたのだろうか?
昔懐かしいその音に惹き付けられ、ハーバートはしばしその音色に聞き入る。
曲が変わり、チューバ奏者がメインとなって吹き始めた。女性奏者だ。
それを見た途端、ハーバートの頭の中はクレアの事でいっぱいになった。
「あの女……俺がちょっと離れている間に男を引き込みやがって。俺より劣る奏者のくせに生意気だ」
「きゃあっ」
女性の悲鳴で、ハーバートは我に返った。
あの女性奏者が額から血を流している。自分が石を投げたのだと気付いた時には――もう遅かった。ハーバートはその場にいた観客たちから取り押さえられていた。
街の衛兵に引き渡されたハーバートは賠償金を支払うことが出来ず、鉱山での強制労働が課せられた。
屈強な男たちに混じってツルハシを振るうのは、優男のハーバートにはとても辛い作業だ。慣れない肉体労働に疲れ果て、寝るだけの日々。
「兄ちゃん、少し飲まないかい?」
同僚の男が、酒瓶を片手に声を掛けてきた。
鉱山の労働者たちは自分のことで手一杯で、他人のことなど気にしない奴らばかりだ。そんな中で、この中年男だけがハーバートを気にかけ、何かと話しかけてくる。
渡された酒は酷い味だ。安酒を更に薄めているのだろう。だが、久々のアルコールにひりつくような喉の渇きを潤しながらハーバートは酒を煽る。
「前から思っていたが、何でお前は俺を気に掛けるんだ?」
「んー。兄ちゃんを見てると、他人とは思えなくてな。ここにいる連中は皆ワケありだが、兄ちゃんはスレてないから」
男はぽつぽつと自分の過去を話し始めた。
彼は小さな商店を構える商人だった。妻と子もいた。その平凡な生活に、どこか退屈を感じていたのだろう。商人仲間に唆され、リスクの高い商品を扱い始めてしまった。
妻は再三危ないから止めた方がいい、今の収入でも十分やっていけると夫を止めたそうだ。だが男は聞く耳を持たなかった。最初はかなりの儲けになったことも、気を大きくしてしまった原因だったろう。羽振りがよくなった男は遊び歩くようになり、娼婦へ入れ込んだ。そんな夫に愛想を尽かし、妻は子供を連れて出ていった。
その後、商品が大暴落。破産して食うに困った男は盗難に手を染めて捕らえられ、鉱山へと送られたのだ。
「俺のいるべき場所は、嫁と子供のいるあの家だったんだよ。あの時の俺は、そんな当たり前のことに気付かなかった。兄ちゃんもここへ来るまでに色々あったんだろう?帰るところがあるんなら、今度こそ大事にした方がいい」
その夜、床に入ったハーバートは涙を流した。
帰る場所なんて無い。自分の居場所はオルグランの、クレアの傍だった。だけど今さらそれに気付いたところで、どうしようもないのだ。
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