貴方と奏でるワルツ

藍田ひびき

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 楽団員たちから祝福され、ハーバートと婚約したクレア。
 婚約者を支えるべく、クレアはサブとして一生懸命チューバを吹いた。彼が演奏しやすいように、彼を目立たせるように。
 
 ハーバートは人気奏者になり、ファンがつくようになった。その多くは女性だ。
 サラサラの金髪に長身、ちょっと垂れた目がセクシーだと騒がれているらしい。

 そのうちに、彼はファンの女性たちと飲み歩くようになった。今夜のように、約束を破られることなど日常茶飯事だ。

 当然クレアは怒ったし、コーディや楽団員たちも彼を諫めた。
 だけど楽団のためにファンサービスをしているんだと言われれば、何も言えなくなる。
 実際、彼女たちは楽団へ多くの金を落としていたのだ。チケットは毎回たくさん購入してくれるし、パトロンになるよう実家へ頼んでくれた娘もいる。

 楽団のためだ。自分だけが我慢すれば良いと、クレアは自分を納得させた。
 だがハーバートの問題行動は他にもある。練習を休みがちになったのだ。
 
 どんな名演奏家であろうとも、日々の練習を怠ればその腕は落ちる。
 一日休んだら、三日練習しなければ元のようには戻らない。だから一日たりとも練習を欠かしてはならない。
 
 それが父の教えだ。
 
 クレアはその教えを忠実に守り、どんなに疲れていても基礎練習だけは毎日行っていた。

 見るに見かねて、ハーバートへ注意しようとしたこともある。
 それは近々本番を控えた日で、楽団全員で集まって音合わせをすることになっていた。久々に参加したハーバートと共にクレアはチューバを吹いたが、ハーバートがミスばかりするので全然進まない。流石に黙っていることはできず、クレアはいつもよりキツい口調で婚約者を窘めた。
 
「ハーバート。貴方、流石に練習をサボり過ぎよ」
「今日はちょっと調子が悪かっただけさ。次はうまくやるから大丈夫だって」
「次って……。本番に『次』は無いわよ。お金を支払って来て下さるお客様に、そんな言い訳をするつもり?」
「煩いなあ。お前なんて、俺のサブしか出来ない落ちこぼれじゃないか。偉そうな口を叩くな!」

「ハーバート、流石にそれは言い過ぎだぞ」とコーディが口を挟む。

「楽団長として、今の言葉は看過できない。クレアに謝れ」
「この楽団は俺で保っているようなものだ。コーディ、お前こそ口の効き方に気をつけろ」

 悔しいけれど、彼の言うことは事実だ。
 ハーバートの機嫌を損ねて、次のコンサートに出ないと言われてしまったら……。誰よりも困るのは、楽団長のコーディだ。

「いいのよ、コーディ。私が言い過ぎたわ。ごめんなさい、ハーバート」
「ふん。分かればいいんだよ」

 それからますますハーバートは増長した。
 
 以前はチューバを吹くのがあんなに楽しかったのに、今はそう思えない。ただ義務として吹いているだけ。
 その原因が何であるか、クレアは薄々分かっている。だけど心に蓋をして、見ないふりをした。
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