8 / 11
8. シャーロット(1)
しおりを挟む
その朝はいつものように目覚めた。ボウルで顔を洗い、服を着替えたシャーロットは部屋から出る。
「おはよう」
通りかかった使用人の一人に声をかけるが、無視された。他の者も同じ態度だ。
きっとエレインの指示だろう。よくまあ、次々と新しい嫌がらせをしてくるものだ。そう思っていた。
「シャーロットはどうしたんだ」
「それが、見当たらないようなのです。侍女が探していました」
「どこへ行ったのかしら?人騒がせな娘ね」
叔父夫婦の会話を聞いて、ようやくおかしいと気付く。
「お嬢様を見ませんでしたか?」と聞き回っているコリンナの耳元で『コリンナ、ここよ!私はここにいるわ!』と叫んでも、彼女は振り向かない。みな、自分が見えていないのだ。
自分には自分の手足が見えている。だが鏡を見て愕然とした。そこには誰も映っていなかったのだ。
もしや、自分は死んだのだろうか?
だが、物に触ることは出来た。ペンを持てば字も書ける。
(もしかして……昨夜の祈りが原因……?)
昨日は、我が家で貴族婦人やその令嬢たちを招いたお茶会が開かれていた。レイナからは絶対に客人に姿を見せてはならないときつく言われている。
大人しく書き物をしていたシャーロットだったが、インクが無くなっている事に気づいた。コリンナに持ってきて貰おうと、人目を避けながら侍女を探すシャーロット。その耳に、男女の囁き声が聞こえてきた。
「いいじゃないか。いずれ結婚する仲だ。愛してるよ、エヴリーヌ」
「本当ですの?その割にはなかなか婚約話を進めて下さらないじゃない」
「あー……。今は従姉妹の成人を控えて、ちょっとごたごたしていてね」
「従姉妹って、前クレヴァリー伯爵のご令嬢?シャーロット様といったかしら」
「ああ。今は一緒に住んでいるんだ。君も、嫁ぎ先に余計な人間がいるのは嫌だろう?あの娘は相続手続きが済み次第、領地へ送る予定だ。それが片づいたら、すぐに結婚の準備を始めよう」
男がレナードであることにはすぐに気づいた。
従弟に対して恋愛感情を抱いていたわけではない。だけど彼はブレント一家の中で唯一、シャーロットに優しい言葉を掛けてくれた人だ。だから兄のように慕っていた。
それが建前だったとしても、シャーロットはそれに縋りたかった。誰か一人でも自分を愛し、自分を必要としてくれる人がいると思いたかたった。
だけど目の前の現実は、それが幻想に過ぎないことを彼女へ突きつける。
(この家に私の居場所は無い……。いいえ、この家だけじゃない。お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様もいない今、私を真に必要としてくれる人なんて誰もいないんだわ)
だから女神様に祈ったのだ。
この世から消えてしまいたいと。
信心深い母が大切にしていた女神像に、シャーロットもまた毎日祈りを欠かさなかった。
そんな彼女に女神様がほんの少し、慈悲を与えたのかもしれない。
「おはよう」
通りかかった使用人の一人に声をかけるが、無視された。他の者も同じ態度だ。
きっとエレインの指示だろう。よくまあ、次々と新しい嫌がらせをしてくるものだ。そう思っていた。
「シャーロットはどうしたんだ」
「それが、見当たらないようなのです。侍女が探していました」
「どこへ行ったのかしら?人騒がせな娘ね」
叔父夫婦の会話を聞いて、ようやくおかしいと気付く。
「お嬢様を見ませんでしたか?」と聞き回っているコリンナの耳元で『コリンナ、ここよ!私はここにいるわ!』と叫んでも、彼女は振り向かない。みな、自分が見えていないのだ。
自分には自分の手足が見えている。だが鏡を見て愕然とした。そこには誰も映っていなかったのだ。
もしや、自分は死んだのだろうか?
だが、物に触ることは出来た。ペンを持てば字も書ける。
(もしかして……昨夜の祈りが原因……?)
昨日は、我が家で貴族婦人やその令嬢たちを招いたお茶会が開かれていた。レイナからは絶対に客人に姿を見せてはならないときつく言われている。
大人しく書き物をしていたシャーロットだったが、インクが無くなっている事に気づいた。コリンナに持ってきて貰おうと、人目を避けながら侍女を探すシャーロット。その耳に、男女の囁き声が聞こえてきた。
「いいじゃないか。いずれ結婚する仲だ。愛してるよ、エヴリーヌ」
「本当ですの?その割にはなかなか婚約話を進めて下さらないじゃない」
「あー……。今は従姉妹の成人を控えて、ちょっとごたごたしていてね」
「従姉妹って、前クレヴァリー伯爵のご令嬢?シャーロット様といったかしら」
「ああ。今は一緒に住んでいるんだ。君も、嫁ぎ先に余計な人間がいるのは嫌だろう?あの娘は相続手続きが済み次第、領地へ送る予定だ。それが片づいたら、すぐに結婚の準備を始めよう」
男がレナードであることにはすぐに気づいた。
従弟に対して恋愛感情を抱いていたわけではない。だけど彼はブレント一家の中で唯一、シャーロットに優しい言葉を掛けてくれた人だ。だから兄のように慕っていた。
それが建前だったとしても、シャーロットはそれに縋りたかった。誰か一人でも自分を愛し、自分を必要としてくれる人がいると思いたかたった。
だけど目の前の現実は、それが幻想に過ぎないことを彼女へ突きつける。
(この家に私の居場所は無い……。いいえ、この家だけじゃない。お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様もいない今、私を真に必要としてくれる人なんて誰もいないんだわ)
だから女神様に祈ったのだ。
この世から消えてしまいたいと。
信心深い母が大切にしていた女神像に、シャーロットもまた毎日祈りを欠かさなかった。
そんな彼女に女神様がほんの少し、慈悲を与えたのかもしれない。
1,120
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ベルトラム王国物語~七歳で女王に立てられ、八歳で王位と国を譲らされ、十九歳で離縁された私ですが、恋をしてもいいですか~
平井敦史
恋愛
「パトリシア、お前を離縁する」
チャリオン朝ベルトラム王国の王妃パトリシア=プラムは、子供ができないからという理由で、十九歳にして国王カイン=チャリオンから離縁を言い渡される。
元々彼女はプラム朝ベルトラム王国の王女であり、権臣シュラウドにより幼くして女王に立てられ、彼の従兄の子であるカインと結婚させられて王位と国を譲らされ、父や一族も殺された身の上だ。
怒涛のように襲い来る理不尽に屈することなく、神殿に身を寄せて治癒術士としての研鑽を積む彼女の前に、かつての幼馴染、タリアン=レロイが現れる。
タリアンに好意を抱きつつも、シュラウドの目を憚り一歩踏み出すことができないパトリシア。
そして、彼女の人生を踏みつけて平和を謳歌するベルトラム王国に、世界征服を企むアンゴルモア帝国の魔の手が迫る!
ベルトラムの運命は、そしてパトリシアの恋の行方はいかに。
※本作はベトナム史上唯一の女帝・李昭皇こと李仏金(リ・パット・キム)の生涯を異世界恋愛物として脚色したものです。固有名詞は元ネタをもじったものですので、「ヨーロッパ諸言語として見たときに統一感が無さ過ぎる」といった苦情は受け付けません(笑)。
また、史実に寄せているため、作中で一気に時間が流れる描写があります。ご注意ください(それでも史実よりはイベント前倒ししたりしています)。
恋愛がメインでざまぁはおまけです。あしからず。
※「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
失踪した聖女の行方
はくまいキャベツ
恋愛
謎の不作により食糧不足に陥り、疫病まで流行り始め滅亡の一途を辿っていたある国が異世界からあらゆるスキルを持つと言われている聖女を召喚した。
ニホンという世界からきた聖女は、困惑しながらもその力を発揮し見事にその国を立ち直させる。
しかし全ての国民に感謝され、見事な偉業を果たしたにも関わらず、いつまでも浮かない表情である事を護衛の騎士は知っていた。
そして聖女は失踪する。彼女は一体どこへ、何故消えたのだろうか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる