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2. ブレント
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「シャーロットはまだ見つからないのか!」
執事のゴーチエを怒鳴りつけたのは、ブレント・クレヴァリー伯爵代理だ。手に持ったペンを叩きつける所作が、彼の怒りの度合いを表している。
「近隣をくまなく当たってみましたが、それらしい娘を見かけた者はいないと」
「くそっ。なんで今なんだ。来月だったら、いっそ消えてくれて良かったものを」
兄のジョスラン・クレヴァリー伯爵が亡くなった際、ブレントは幼いシャーロットに代わって盛大に葬儀を行った。兄夫婦の死を悲しみ涙を流す彼に、参列者はもらい泣きをしたものだ。
だが実のところ、彼はちっとも悲しんでいなかった。むしろその肩を震わせるのは、隠しきれない喜び故だったのである。
兄は優秀な男であった。幼い頃からブレントには何ひとつ、兄に勝る物は無い。しかも弟を見下すことはなく愛情深く接してくるところが、また癪に障るのだ。
前クレヴァリー伯爵は隠居に際して、ジョスランへ家督を譲った。ブレントに与えられたのは子爵位と、いくばくかの領地だ。
名門クレヴァリー家の当主という輝かしい地位、社交界での確固たる評価。それは長男というだけではなく、ジョスランが自らの地位に相応しくあるように努力した結果だ。だがブレントはそれを認められず、ただ次男に生まれた自分の運命を呪うだけだった。
その兄が亡くなり、羨んでいた地位や財産が自分の元へ転がり込んでくる。そう思うと顔が自然にニヤついてくる。
だが意気揚々と伯爵邸へ乗り込んだ彼を待っていたのは、伯爵家の執事が呼んだ公証人だった。
公証人は、クレヴァリー伯爵の遺言について淡々と説明した。
一. クレヴァリー伯爵家の全財産はシャーロットが相続すること
一. 伯爵位はシャーロットの夫となった者が受け継ぐこと
一. 相続はシャーロットの成人後に行うこと、もしシャーロットの成人前に自分が死んだときは、ブレントが伯爵代理となって財産の管理を行うこと
ブレントは愕然とした。これでは自分に何も利がないではないか。それどころか、シャーロットが成人するまでの繋ぎとしてこき使われるだけだ。
財産と伯爵位の相続を分けたのは、シャーロットの身を守るためだろう。自分が死んだ後まで用意周到な兄に、ブレントは舌打ちした。
その後すぐに、ブレントは長男のレナードとシャーロットの婚約を取り結んだ。
シャーロットには「お前一人でこれからどう生きていくのだ。私たちが家族となれば、お前を支えてやれる」と言葉巧みに説得した。
妻子を連れて伯爵邸へ移り住んだブレントは、自ら「クレヴァリー伯爵」と名乗った。彼が伯爵位を継いだと思い込んだ貴族たちが擦り寄ってくるのは、気分が良かった。
その中に共同事業の話を持ち込んでくる者がおり、ブレントはよく調べもせず提携した。兄の代からいる執事が咎めてきたが、煩いので解雇してやった。
結局事業は破綻して損害を被ったが、ブレントはさして気にしていない。クレヴァリーの領地は広大であり、財産はまだ十分にあったのだ。
妻のレイラや娘のエレインも、浪費をするようになった。その一方で、シャーロットが冷遇されていたのは知っている。
ブレントがそうさせたわけではない。家内を仕切っているのは妻のレイラだ。彼女が姪に対して虐待じみた振る舞いをするのを、ブレントはただ黙って見ていただけだ。
彼は、兄に良く似た姪を疎ましく思っていた。兄そっくりの蒼い瞳で見られるだけで落ち着かなくなるのだ。
だから彼女がいなくなったこと自体は何とも思っていない。
ただ、時期が問題だった。なぜなら、シャーロットは来月成人するからだ。
公証人の前でシャーロット自身が相続証明書にサインをする。そして彼女と結婚したレナードが伯爵位を継ぐ。
そうなればシャーロットはもはや不要の存在だ。むしろ消えてくれた方が都合がいいというものだ。彼女が死ねば、この家は全てレナードの、すなわち我々の物になるのだから。
「旦那様。やはり衛兵隊に連絡して助力を仰いでは?」
「馬鹿者!我が伯爵家の恥を晒すようなものではないか。とにかく、使用人総出で探せ!」
衛兵なんぞに知られたら、内情を探られる可能性がある。芋蔓式に自分がクレヴァリー家の財産を使い込んでいることまで、調査が及んでしまうかもしれない。何としても、内々に解決せねばならないのだ。
執事のゴーチエを怒鳴りつけたのは、ブレント・クレヴァリー伯爵代理だ。手に持ったペンを叩きつける所作が、彼の怒りの度合いを表している。
「近隣をくまなく当たってみましたが、それらしい娘を見かけた者はいないと」
「くそっ。なんで今なんだ。来月だったら、いっそ消えてくれて良かったものを」
兄のジョスラン・クレヴァリー伯爵が亡くなった際、ブレントは幼いシャーロットに代わって盛大に葬儀を行った。兄夫婦の死を悲しみ涙を流す彼に、参列者はもらい泣きをしたものだ。
だが実のところ、彼はちっとも悲しんでいなかった。むしろその肩を震わせるのは、隠しきれない喜び故だったのである。
兄は優秀な男であった。幼い頃からブレントには何ひとつ、兄に勝る物は無い。しかも弟を見下すことはなく愛情深く接してくるところが、また癪に障るのだ。
前クレヴァリー伯爵は隠居に際して、ジョスランへ家督を譲った。ブレントに与えられたのは子爵位と、いくばくかの領地だ。
名門クレヴァリー家の当主という輝かしい地位、社交界での確固たる評価。それは長男というだけではなく、ジョスランが自らの地位に相応しくあるように努力した結果だ。だがブレントはそれを認められず、ただ次男に生まれた自分の運命を呪うだけだった。
その兄が亡くなり、羨んでいた地位や財産が自分の元へ転がり込んでくる。そう思うと顔が自然にニヤついてくる。
だが意気揚々と伯爵邸へ乗り込んだ彼を待っていたのは、伯爵家の執事が呼んだ公証人だった。
公証人は、クレヴァリー伯爵の遺言について淡々と説明した。
一. クレヴァリー伯爵家の全財産はシャーロットが相続すること
一. 伯爵位はシャーロットの夫となった者が受け継ぐこと
一. 相続はシャーロットの成人後に行うこと、もしシャーロットの成人前に自分が死んだときは、ブレントが伯爵代理となって財産の管理を行うこと
ブレントは愕然とした。これでは自分に何も利がないではないか。それどころか、シャーロットが成人するまでの繋ぎとしてこき使われるだけだ。
財産と伯爵位の相続を分けたのは、シャーロットの身を守るためだろう。自分が死んだ後まで用意周到な兄に、ブレントは舌打ちした。
その後すぐに、ブレントは長男のレナードとシャーロットの婚約を取り結んだ。
シャーロットには「お前一人でこれからどう生きていくのだ。私たちが家族となれば、お前を支えてやれる」と言葉巧みに説得した。
妻子を連れて伯爵邸へ移り住んだブレントは、自ら「クレヴァリー伯爵」と名乗った。彼が伯爵位を継いだと思い込んだ貴族たちが擦り寄ってくるのは、気分が良かった。
その中に共同事業の話を持ち込んでくる者がおり、ブレントはよく調べもせず提携した。兄の代からいる執事が咎めてきたが、煩いので解雇してやった。
結局事業は破綻して損害を被ったが、ブレントはさして気にしていない。クレヴァリーの領地は広大であり、財産はまだ十分にあったのだ。
妻のレイラや娘のエレインも、浪費をするようになった。その一方で、シャーロットが冷遇されていたのは知っている。
ブレントがそうさせたわけではない。家内を仕切っているのは妻のレイラだ。彼女が姪に対して虐待じみた振る舞いをするのを、ブレントはただ黙って見ていただけだ。
彼は、兄に良く似た姪を疎ましく思っていた。兄そっくりの蒼い瞳で見られるだけで落ち着かなくなるのだ。
だから彼女がいなくなったこと自体は何とも思っていない。
ただ、時期が問題だった。なぜなら、シャーロットは来月成人するからだ。
公証人の前でシャーロット自身が相続証明書にサインをする。そして彼女と結婚したレナードが伯爵位を継ぐ。
そうなればシャーロットはもはや不要の存在だ。むしろ消えてくれた方が都合がいいというものだ。彼女が死ねば、この家は全てレナードの、すなわち我々の物になるのだから。
「旦那様。やはり衛兵隊に連絡して助力を仰いでは?」
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衛兵なんぞに知られたら、内情を探られる可能性がある。芋蔓式に自分がクレヴァリー家の財産を使い込んでいることまで、調査が及んでしまうかもしれない。何としても、内々に解決せねばならないのだ。
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