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1. コリンナ
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「もう……ったら、こんなところで」
「いいじゃないか、いずれ結婚する仲だ。愛してるよ……」
木陰で愛を囁き合い、身体を密着させる男女。
図らずもそれを見てしまった少女は、衝撃のあまりよろめいた。
聞こえてくる男の声が、間違いなく自分の婚約者のものだったからだ。
ふらつく足を動かし、少女はその場から立ち去る。
その胸中は絶望に染まっていた。
彼は少女にとって、数少ない希望のひとつ。それが幻に過ぎなかったと突き付けられたのだ。
今は自分を取り巻く全てのものが、厭わしく思える。
だから少女は祈った。
誰も私を必要としないのなら、私はこの世から消えてしまいたい――
****
「お嬢様……いったいどこへ行ってしまわれたのか……」
侍女コリンナは深い溜め息を吐いた。
コリンナが仕えているお嬢様ことシャーロット・クレヴァリー伯爵令嬢が行方不明になってから三日が経つ。
この家の者たちは、彼女が自ら出奔したと思っている。それは彼らに、少なからず身に覚えがあるからだ。
シャーロットは名門クレヴァリー伯爵家の一人娘である。両親や祖父母の愛を一身に受け、大切に育てられた。
心根の良くない令嬢だったなら、溺愛に甘んじて傲慢に育ったかもしれない。だが彼女は心優しい性格で、驕ることはなかった。また賢く勤勉で、家庭教師からは「公爵家のご令嬢にも劣らないほど優秀な生徒ですわ!」と絶賛されたほどだ。
シャーロットが幼い頃より仕えているコリンナは、そんな主を心から敬愛していた。
だが、その幸せな生活は5年前に終わりを告げる。
馬車の事故により、クレヴァリー伯爵夫妻が亡くなったのだ。祖父である前クレヴァリー伯爵やその妻も既にこの世を去っている。そのため一番近い親族である叔父のブレント・クレヴァリー子爵が、シャーロットが成人するまでの間、伯爵代理として采配を揮うことになった。
妻子を連れて伯爵邸に移り住んだブレントは、伯爵代理の立場をいいことに好き勝手し始める。財産を湯水のように使い、妻子にも贅沢をさせた。
一方で、シャーロットの扱いは酷なものだった。彼女の部屋はブレントの娘エレインの物になり、代わりに与えられたのは物置のように狭く暗い部屋。持っていたドレスや装飾品は全て取り上げられた。外出は禁止。来客があっても顔を出すなと部屋へ押し込めた。
食事の際だけはブレント一家と同じテーブルに着かせてもらえるが、シャーロットの前に並べられるのは使用人に与えられるような食事だ。そんな皿でも食べないわけにはいかず、シャーロットが口を付けるのを見て、ブレント一家は嘲笑った。
ブレントの妻レイラも館の女主人のように振る舞った。館の内装を自分好みに替えただけではない。商人を呼びつけて高価な装飾品や美術品を買い漁り、頻繁に貴婦人たちを招いてパーティを催した。無論、そこに掛かる莫大な費用は全て、クレヴァリー伯爵家の財産から賄われた。
本来ならば、それはシャーロットのものであるというのに。
エレインは更に酷かった。常にシャーロットを見下し、「いつまでここにいるのかしら、この居候」と貶す。機嫌の悪いときはシャーロットの数少ない服を破いたり持ち物を壊したりして、憂さ晴らしをしていた。
一家の中で、多少なりともマシな態度だったのは息子のレナードだけだ。とはいえ、妹の嫌がらせを「やり過ぎだ」と窘める程度だが。
古くから仕えていた執事や使用人の中にはブレントへ忠告する者もいたが、みな解雇された。
新しく雇った執事や使用人もまた、シャーロットを軽んじた。主人の態度を見てシャーロットを「どう扱っても良い存在」と捉えたのである。
コリンナは主人夫妻に従順な振りをした。そうしなければ自分も解雇されるからだ。そしてこっそりとシャーロットの世話をした。
こんな扱いをされれば、誰だって家を出たくなるだろう。
だが、どこに?
シャーロットは他に身寄りがないのだ。それにあの義理堅い彼女が、コリンナにまで黙っていなくなるとは思えない。何より、数少ない身の回りの物や服はほとんど残っていた。
お嬢様は、拐かされたのではないか?
そう考えたコリンナは意を決してブレントへ直談判した。衛兵隊に連絡して、お嬢様を捜索するべきだと。
ブレントは聞く耳を持たぬどころか「侍女の分際で生意気な!」と激怒し、彼女を解雇すると告げた。
この家の人たちは、誰もシャーロットの身を案じていない。
「どうしよう……。誰か、真にお嬢様を案じて下さる方はいないの?」
「いいじゃないか、いずれ結婚する仲だ。愛してるよ……」
木陰で愛を囁き合い、身体を密着させる男女。
図らずもそれを見てしまった少女は、衝撃のあまりよろめいた。
聞こえてくる男の声が、間違いなく自分の婚約者のものだったからだ。
ふらつく足を動かし、少女はその場から立ち去る。
その胸中は絶望に染まっていた。
彼は少女にとって、数少ない希望のひとつ。それが幻に過ぎなかったと突き付けられたのだ。
今は自分を取り巻く全てのものが、厭わしく思える。
だから少女は祈った。
誰も私を必要としないのなら、私はこの世から消えてしまいたい――
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「お嬢様……いったいどこへ行ってしまわれたのか……」
侍女コリンナは深い溜め息を吐いた。
コリンナが仕えているお嬢様ことシャーロット・クレヴァリー伯爵令嬢が行方不明になってから三日が経つ。
この家の者たちは、彼女が自ら出奔したと思っている。それは彼らに、少なからず身に覚えがあるからだ。
シャーロットは名門クレヴァリー伯爵家の一人娘である。両親や祖父母の愛を一身に受け、大切に育てられた。
心根の良くない令嬢だったなら、溺愛に甘んじて傲慢に育ったかもしれない。だが彼女は心優しい性格で、驕ることはなかった。また賢く勤勉で、家庭教師からは「公爵家のご令嬢にも劣らないほど優秀な生徒ですわ!」と絶賛されたほどだ。
シャーロットが幼い頃より仕えているコリンナは、そんな主を心から敬愛していた。
だが、その幸せな生活は5年前に終わりを告げる。
馬車の事故により、クレヴァリー伯爵夫妻が亡くなったのだ。祖父である前クレヴァリー伯爵やその妻も既にこの世を去っている。そのため一番近い親族である叔父のブレント・クレヴァリー子爵が、シャーロットが成人するまでの間、伯爵代理として采配を揮うことになった。
妻子を連れて伯爵邸に移り住んだブレントは、伯爵代理の立場をいいことに好き勝手し始める。財産を湯水のように使い、妻子にも贅沢をさせた。
一方で、シャーロットの扱いは酷なものだった。彼女の部屋はブレントの娘エレインの物になり、代わりに与えられたのは物置のように狭く暗い部屋。持っていたドレスや装飾品は全て取り上げられた。外出は禁止。来客があっても顔を出すなと部屋へ押し込めた。
食事の際だけはブレント一家と同じテーブルに着かせてもらえるが、シャーロットの前に並べられるのは使用人に与えられるような食事だ。そんな皿でも食べないわけにはいかず、シャーロットが口を付けるのを見て、ブレント一家は嘲笑った。
ブレントの妻レイラも館の女主人のように振る舞った。館の内装を自分好みに替えただけではない。商人を呼びつけて高価な装飾品や美術品を買い漁り、頻繁に貴婦人たちを招いてパーティを催した。無論、そこに掛かる莫大な費用は全て、クレヴァリー伯爵家の財産から賄われた。
本来ならば、それはシャーロットのものであるというのに。
エレインは更に酷かった。常にシャーロットを見下し、「いつまでここにいるのかしら、この居候」と貶す。機嫌の悪いときはシャーロットの数少ない服を破いたり持ち物を壊したりして、憂さ晴らしをしていた。
一家の中で、多少なりともマシな態度だったのは息子のレナードだけだ。とはいえ、妹の嫌がらせを「やり過ぎだ」と窘める程度だが。
古くから仕えていた執事や使用人の中にはブレントへ忠告する者もいたが、みな解雇された。
新しく雇った執事や使用人もまた、シャーロットを軽んじた。主人の態度を見てシャーロットを「どう扱っても良い存在」と捉えたのである。
コリンナは主人夫妻に従順な振りをした。そうしなければ自分も解雇されるからだ。そしてこっそりとシャーロットの世話をした。
こんな扱いをされれば、誰だって家を出たくなるだろう。
だが、どこに?
シャーロットは他に身寄りがないのだ。それにあの義理堅い彼女が、コリンナにまで黙っていなくなるとは思えない。何より、数少ない身の回りの物や服はほとんど残っていた。
お嬢様は、拐かされたのではないか?
そう考えたコリンナは意を決してブレントへ直談判した。衛兵隊に連絡して、お嬢様を捜索するべきだと。
ブレントは聞く耳を持たぬどころか「侍女の分際で生意気な!」と激怒し、彼女を解雇すると告げた。
この家の人たちは、誰もシャーロットの身を案じていない。
「どうしよう……。誰か、真にお嬢様を案じて下さる方はいないの?」
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